ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

夜の観覧者 11話

 

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             11  暗闇の魔女


10月7日 金曜 早朝まで…

 懐から取り出した小さな古めかしい本を開きながら、博士は今だに疑心暗鬼
な夏美たちに説明を始めた。時刻はすでに日をまたいでいて、一日の疲れもあ
り思考能力は落ちてきていたが、博士は何かを急ぐように熱を込めて彼女らに
説明を続けた。

 博士の開いたページには、黒いローブのような物をもとった女の姿が描かれ
ている…いわゆる魔女と語りつがれてきた存在である。


「…紀元前にはすでに人類の歴史に登場する奇怪な存在として、魔女は語り継
がれてきた。悪魔や精霊との関わりにより、超自然的な魔力や呪術で人間社会
に害悪を及ぼすものとして恐れられてきたんだよ。」

 さらに博士は数ページをめくり、暗黒の魔女について語り始めた。
絵の中の魔女と思われる女性は、民衆の中央に立ち片手を上げている。その姿
はなんとも美しい女の姿で描かれていて、人々を先導する得体の知れない魅力
のようなものを夏美は感じた…。

「…もともとこの魔女については今だに詳しく知られていない。ほとんどは、
ケルトの時代にまで遡った民話の中に出てくる存在だった。あるガリアの部族
が、この黒い魔女を崇拝していたらしい…。」
ガリア…って、本にあった首狩り族の事?」

 涼子の言葉に無言で頷いた博士は、さらに話を続ける。
ガリア人たちは紀元前から、好戦的な部族として恐れられていた。敵を倒した
戦利品としての首狩りや、神々への生贄に人間や動物の首などを捧げていたら
しい。それらはケルト宗教の、冷酷で血なまぐさい側面を映しだしている。

「好戦的なガリア人たちが好んで崇拝していた神々は、残忍で血を好む恐ろし
い存在だ。文献にはかつてローマ帝国ギリシア人たちが、神々は人間の姿を
していると信じている事を、ガリア人は知って笑いこけたそうだ。残忍なテウ
ターテス神や恐るべきエスス神をなだめるためにおぞましい生贄を行っていた
と記されてあるね。」

「…神々…そんなものほんとにいたのかしら?」
「さあねぇ、私の見解としては「神」と「神々」は違うものだと解釈している
よ。神々というのは複数だからね、古代の人々からしたら”人間以上の存在”
を神々と呼んで恐れたのだと思う。」


 ひどく真面目な顔で力説する博士とは対照的に、夏美や涼子はにやけながら
彼の話を聞いている。もっとも、現実の恐ろしい連続殺人鬼の正体が魔女だ…
と言われれば誰だってそういう反応をする事だろう。ソファーに深く座り直し
た夏美が、ワイン片手に笑いながら言った。

「だって、魔女ってほら…黒いマントみたいの来て魔法杖持った老婆でしょ?
鍋でおかしな物ぐつぐつ煮込んだり。それが現代の東京で連続殺人事件なんて
…信じられる?今どき、神様すら信じていない現代人なのよ?」

「そう、まさにそれなんだよ。神様を信じない者たちというのは特に、人間
以上の力あるものに引かれるんだ。そうでもなけりゃ、財界の大物や一流ビジ
ネスマン、エリート弁護士という実利、実益主義者たちがどうしてオカルトな
んかに入れ込むんだろう?答えはハッキリしている、それらがまったく非現実
の世界ではないと知っているからだ。むしろ、我々一般人の方が非現実的だと
”思い込まされている”のかも知れない。」

「そんな…。」

 涼子は博士の説明にしばらくの間、部屋の中をうろうろと歩き回りながら
うつむいて呟いた。彼女は警官だ、非現実の世界がまかり通り、そうではない
と一部の連中に”思い込まされている”状況などは許される事ではないし、信
じられるものではない。

 だが、あの会員名簿の名前…
自分や利根川警部の上司までもが関わりを持っているとなると、あながち嘘で
はなくなってくる。奇妙な事件の隠ぺい捜査…我々を事件から外した事なども
考えれば、博士の言う話も辻褄が合うのだ。


「…我々の依頼主が調べたところ、例の会員制ショップの連中が崇拝している
のがこの、”黒い魔女”と呼ばれる存在で間違いないだろうと。彼らはここ
最近、急激に活動を始めているらしいが、同時に会員のメンバーが次々に姿を
消しているらしい。私たちが身辺調査をしていた弁護士の川村も、あの飛び降
り事件以降姿を消した…。」


 その博士の言葉を聞いて、それまで笑っていた夏美も急に何かを思い出した
ような表情で考え込む。

 …そういえば、一度お会いした下柳会長と食事をした時、あのテーブルには
他にも人がいた気がする。医者に科学者…あの時は、なんとも鼻持ちならない
連中だなと夏美は思った。

 何故、自分のような者があのようなエリートたちに関わりを持ったのだろう
か?プロとはいえ自分はただの音楽家でしかない、旦那もしかり…。
元旦那がオカルト集団の仲間だったとしても、下柳会長のような経済界の大物
と一緒に食事をするなんて…でも、旦那はいつから連中の仲間だったのだろう
か?

 …もし、最初から旦那が連中の仲間だったとしたら?自分たちが結婚したの
も何か、他に意図があったのかも知れない…。それなら結婚後の旦那の態度が
急変した事も、辻褄が合う…。

 是が非にでも自分と一緒になりたかった理由とは一体何だろう?
 

「…信じられないのも無理はないだろうね。だが、数年前我々はある事件で、
本物の魔女とそれを中心とした秘密結社の連中の恐ろしさを真近で見てきたん
だよ。先ほどの会員クラブの名簿を手に入れてくれたのも、ある芸術大学の現
理事長さんなんだ。」
芸術大学って…もしかしてブルクハルト芸術大学焼失事件のこと!?あなた
たちあの事件に関わっていたの?」

 ぼうず頭の博士と呼ばれる男は、無言で頷き涼子や夏美を見つめる…。

 

           ”ブルクハルト芸術大学焼失事件…”

 涼子はまだ刑事になりたての頃、利根川警部からある事件の資料を見せても
らった事があった。今は現役を引退した利根川警部の師とも言うべき山村警部
補が捜査にあたった事件で、彫刻講師の間宮薫という女性がある芸術大学
乗っ取りを企てた事件である。

 彼女は前理事を殺害し、その他数人を殺害して大学の運営を僅かな期間乗っ
取ったが、最後は追いつめられ大学に火を付け自分もろとも滅ぼして事件は終
わったのである。


「…だが、それは真実じゃない。実は焼け跡に新たに建てられた大学に、この
土地に存在してきた秘密の結社の黒幕がいたんだ。黄金の魔術師と呼ばれた、
蔵前氏が…様々な害悪を撒き散らしてきた。蔵前氏は数百年以上の長きに亘っ
て不老不死の研究を密かに続けていたんだよ。」

 博士の真面目な言葉に、先ほどまで笑い顔だった二人も表情が変わりつつ
ある。

「信じられない…私が見た資料にはそんな事、何処にも書いてなかったわ?
パウロ芸術大学の事件も、蔵前教授の病的な単独犯行としか記載されてなか
ったのよ?」
「山村警部補がそこのところを上手く誤魔化したのさ。そんな事実が世の中に
明るみに出たら…それこそ大変だからね。でも、そんな事より大事だったのは
、この一連の事件である人たちを救うためだったんだ…。」


 次々に出てくる信じられない情報に、涼子は困惑しながらも今回の事件が
奇怪な方向へと向かっている事には間違いないと思った。彼女がこの一週間、
利根川警部と得てきた事件の詳細には確かに奇妙な点があった。

 その奇怪な死に方…それらは全てにおいて首を狙うものであり、犯行は野蛮
かつ兇暴である。涼子は昼間、警部が収容された病院で彼の診断をした医師に
その恐ろしい状況の説明を受けている…。

 ”…驚くべき力で警部の首を絞め続けた、あり得ざる怪力の持ち主…!”


「…その、ブルクハルト焼失事件での、救いたい人というのは一体誰だったの
ですか?」

 一瞬だけ博士は言葉を飲み込んで押し黙ったが、涼子の質問に明快に答えて
言った。

「…事件の犯人として記録されている大学の彫刻講師、間宮薫だよ。彼女は…
今も生きている。黄金の魔女…いや、黄金の錬金術師である蔵前教授も、彼女
の協力なしではその正体を暴く事は出来なかったからね。彼女は”白い魔女
と呼ばれたブルクハルト芸術大学の理事長の実の娘だ。」

「えっ?そんな、まさか…だって彼女は今でも警察の資料では、最重要危険人
物として登録されているの…!とても危険人物だわ!それに…彼女は火災で死
んだってなってる…彼女は一体何なの?」

 博士はソファーから立ち上がり、街明かりの見える窓際へと歩いていって、
しばらく眼下に見える夜の都会を眺めている。両手をポケットにつっ込み背を
丸めるように下の道路を見つめながら言った。

「…白い魔女…我々が知りえるかぎり実在する唯一の魔女…、生きた証人だ
よ。」 

 
 その時、涼子の携帯が鳴り、しんと静まりかえった広い部屋の中で彼女は
一瞬どきりとしながらも携帯を開く。

 通話の相手は警部の病室についている若い刑事からだった。
彼はまだ涼子が捜査から外された事を知らなかったのであろう、通話の内容は
利根川警部の握りしめた手の平から何かが見つかったというものだった。

「あなたそれ、私に連絡する前に誰かに言った?」
『…いえ、まずあなたに伝えた方が良いと思いまして…』
「私が行くまで誰にも言わないで。いい?これからすぐに行くわ!」

 携帯を切ると、涼子は慌てて上着をはおりながら夏美や博士たちを振り向い
て言った。

「…もしかしたら、警部は犯人の痕跡を手にしているのかも知れない!私、行
ってくるわ。病院ここからすぐのところにあるから。」


 夏美が何かを言いかける前に、涼子は慌てて部屋を出ていった。

 

 

 涼子が出て行くと、部屋に残った三人はしばらくのあいだ黙ってソファーに
座っていた。夏美はワインの残りをグラスに注いで、それをいっきに飲み干す
と深々とソファーに座り直し、テーブルの前の二人の探偵を黙って見つめた。

「探偵ねぇ…ところで、弁護士の川村を身辺調査してたっていうけど…あの人
なんかしたの?」
「…彼は、先ほど話した旧ブルクハルト芸術大学で、理事長の弁護士をやって
いた男でした。彼はあの大学が焼け落ちたあと、行方をくらませまして…先日
とある雑誌でその姿を見つけた依頼主が、我々に調査を依頼してきたという訳
です…。」

 その話を聞いて、夏美は何やら思いあたるものがあり、ソファーに沈み込む
ようにうつむきながら言った。

「…その雑誌分かるかも。私の離婚報道かなにかの低俗な週刊誌の記事じゃ
なかったかしら?」
「ええ、そうです。そこにあなたの横にちらっと写っていたのが川村弁護士で
した。」


 もう随分前になるが、あの頃は離婚調停が上手くいかず、夏美はえらくいら
いらしていた。あの時も撮られた事に腹を立て興奮したところを写真に撮られ
たのである。

        ”…美人ヴァイオリニスト離婚調停で大激怒!”

 などという恥ずかしいタイトルがつけられていたため、夏美はしばらく世間
から姿を消していたのだ…。


 夏美はあの時の恥ずかしさを思い出し、ひたいに手を当てうなだれる…。
博士はその夏美の姿を見て、話題を変え彼女に質問した。

「そう言えば先ほどの話の中で、下柳会長と共に食事の席についていた二人の
男について話してましたね?何か知っている事はありませんかね?」
「…ああ、確か名前は名乗ったわね。一人は菅林…なんとかと、もう一人は…
そう、小野沢教授とか言ってたわね…?」

 それを聞いた博士は、さっそく先ほどの会員名簿を見直してみる。
この奇妙な会員制の名簿に名を連ねているのは約三十名ほどで、このアンティ
ークショップの品物が高額な事から、ほとんどの者が金持ちかエリートであろ
うと推測される。

 案の定、三十名の会員名簿の中に、夏美の言う二人の名前が見つかった。

「あった…!菅林昭三と、小野沢一…うーん、一体何者だろう?夏美さん、こ
こにパソコンか何かありますか?」
「あるわ、ノートだけど。」

 さっそく電源を入れると、博士はネットで二人の名前を打ちこみ検索を始め
た。驚く事に、彼ら二人の名前はすぐに見つかった。

「…おっと…こいつは凄いな。」


 菅林昭三 『心理学・行動科学博士』

 …1989年、民族心理学と大衆心理における論文を発表、日本の心理学・
行動科学の異端児として知られている。 

 

 小野沢一 『物理学者』

 …自然科学・宇宙物理学の権威。主に量子物理や天体物理が専門の物理学
教授だったが、数年前に教授職からは離れている。

 

「…つまり、こんな連中が数年前から集まって一緒に何かをおっぱじめた訳
だ。お祭りでも始めようってのかな?」
  
 博士の言葉に夏美は、何か得体の知れない不吉なものを感じた。
元旦那に弁護士の川村…そして財界の大物である下柳会長と二人の学者たち。


 そしてどういう訳か、夏美には彼らのお祭りの中心に自分がいるのではない
のか?という予感めいたものを感じていた。

 

 

 

 

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 モラヴィア館から僅か車で五分ほどの場所にある救急病院へとやってきた
涼子は、駐車場の奥に車を止めハンドルを握ったまま降りずにいた。

 というのも、病院の入口に見た事のある刑事が二人立っていて玄関周辺を
油断なく見張っている。上司である本間署長のお気に入りの部下二人だ。普段
から警部や涼子に何かとつっかかってくる連中で、休職中の自分が入っていけ
ば、必ず一悶着起きるはずだ。

 しかも、先ほど夏美の部屋で見たあの名簿の中に本間署長の名前があった
のを見たのである…とても彼らが味方とは涼子には到底思えなくなっていた。


 少しの間、病院の入口を車の運転席から見つめる涼子は、おもむろに靴を脱
ぎ捨てると両足を抱えこんで座席に座り直す。涼子はいつも問題が起きると、
こうして足を抱えこんで考え事をする。こうすると何故か涼子は落ち着いて考
える事ができた。

 涼子は車のライトを消して、携帯を開くと先ほどの若い刑事にリダイヤルし
た。


「…そこに誰かいる?」
『いえ?私一人です。今は警部の病室ですが…何か?』
「警部はどう?何か変化はありました?」
『いえ、意識はまだ戻っていません。どうかしたんですか?』
「さっき言ってた証拠の品だけど…あなた、外に持ち出せる?」
『ええ、それは構いませんが、何故です?こちらまで来れば…』
「…私ね、さっき上から捜査外されたのよ。」

 相手の若い刑事は涼子の言葉を聞いて、数秒ほど黙っていた。
ほんの数秒。

『…分かりました、ですがその証拠品をそちらに届ける必要はありません。』
「どうして?」
『すでに写真を撮り、仲間の鑑識にメールで送り意見を聞いたところです。
もちろんまだ誰にも話していません。』
「…ありがとう。で、警部が持っていた証拠の品って何なの?」

『髪の毛です。おそらく襲われた時に相手の毛を数本むしったと思われます。
仲間に意見を聞いたところ、髪の毛の材質はナイロンだろうと。長さは約二十
センチほどですが、途中でむしり取っているところを見ると、かなり長い髪の
毛であると思われます。』

「ナイロン?つまり…かつらって事ね?」
『ええ、そうです。かつらの毛です。』

 それを聞いた涼子はしばらく考え込んだ。
警部を襲った犯人は、かつらを被っていた…となると、犯人は髪の毛が短いか
長いかも分からないし、そもそも女であるとも限らない…。犯行現場に現れる
という謎の美女が、あの博士の言う「暗闇の魔女」とかいうものなのかは分か
らないが、これで益々犯人像は分からなくなった事は確かだ…。

「…それにしても、あなたどうして私に協力してくれるの?規則違反に当たる
かも知れないのよ?」
『私はあなたや警部が考える事はいつも正しいと尊敬しているんです。協力す
るのは当たり前です。どんな事でも協力しますよ。それに…あなたは個人的に
言うと非常に僕の好みの女性でして…おかしいですか?』
「…助かるわ。ほんとに、この件がかたずいたら何かお礼しなくちゃね!何が
いいかしら?」

 彼はまたもほんの数秒だけ、黙って考えている。
ほんの数秒。

『…では、私と一日デートに付き合ってもらうというのは…だめですか?』
「一日…って、文字通りの一日…?」
『ええ、文字通りの朝から朝までの二十四時間です。』

 今度は涼子の方が黙って考える。
ほんの数秒。朝から朝までっていう事は…お茶して映画見て食事してバイバイ
ではないという意味も含まれている。

 

「…いいわ。また何かあったら連絡するわ。警部の事頼みます。」

 携帯の通話を切ると、涼子は急に吹き出して笑いだす。
自分のらしくない態度に笑いが込み上げてきていたが、また車を走らせると
表情を元に戻し、モラヴィア館へと引き返していった。

 

 


 
 病院へと向かった涼子が中々戻ってこない事に、夏美は不安な気分が湧き始
めていた。彼女は刑事だが、何かこの事件というか出来事が奇怪なものである
と夏美は思い始めており、女一人で病院に向かった涼子がひどく心配になって
きたのだ。

 夏美は窓を開けると、小さなベランダへと出て通りの方を眺める…。
夜の風が僅かに冷たくなってきており、秋の匂いが風に運ばれて夏美の頬を
かすめてゆく。大きな満月が真上に輝いていて、いつもより夜のモラヴィア
の周辺を明るく照らしていた。

 すると、通りの角を曲がって一台の車がこちらのモラヴィア館へとやって来
る…涼子の車だ。

「戻ってきたわ。ほら。」

 博士と秘書の二人も、ベランダに出ると車はモラヴィア館の裏の駐車場へと
向かった。しばらくして両手にコンビニの袋を手にした涼子が、玄関の方へと
歩道を歩いてやって来る。

 四階のベランダから手を振る三人に気がつき、涼子はコンビニの袋を持ち上
げ笑顔で挨拶した。

「あら?あれ…何かしら…」
「何だね?早紀君。おや?」

 その後ろ、数十メートル後方から人影のようなものが歩道を走り、涼子の方
へと向かってきた。全身を黒っぽい服装で統一した、髪の毛の長い人物が手に
何か光るものを持ってぐんぐんと涼子へと近ずいてくる!彼女はまだ背後から
やって来る者に全く気ずいていない…!

 その手に持つのは、夜の街灯に照らされて白く光る信じられないほど大きな
ナイフであった。

「…涼子さん!危ないわ、後ろ!」
「後ろだ!逃げろっ!」

 四階のベランダから大きな声で下の涼子に叫ぶが、風が意外に強く声が思う
ように届かない。
 
 歩道の涼子がベランダの三人の異常な雰囲気から後ろを振り返って見た時に
は、そのナイフを持つ者が僅か数メートルにも満たない所まで近ずいてきてい
た。

 

 

          ”…だめだ、逃げられない!?”

 

 涼子が瞬間的に逃げる事は不可能と悟り激しく目をつむった瞬間、凄い音が
目の前で響き、ナイフを持って涼子に襲いかかろうとしていた者が一瞬にして
視界から消えた。

 黒ずくめの襲撃者は、歩道を越え道路の端の方まで蹴り飛ばされたのだ。

 

 

 

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 目を大きく開いた涼子は、目の前の中空に身体をひねりながら鮮やかに歩道
に着地する金髪の女性の姿を見た…。

 大きな月明かりに照らされた彼女は、なんともいえずに美しかった。


「…東京って街はぶっそうな場所と聞いていたけど、ほんとね。」

 黒い襲撃者は、よろよろと立ちあがると凄い勢いで街の奥へと走り去って
いった。そいつは何か肩の辺りの位置がおかしな方向を向いていたが、蹴ら
れたダメージだろうか?
 
 傍らに立つ背の高い彼女を間近で見つめた涼子は、はっと息を飲む。
なぜなら…


 金髪の女性の両目は夜の闇の中にあっても、まるでライトのように爛々と
ヘーゼルグリーンに輝いていたからである。

 

 

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       (続く…)