ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

水面の彼方に 20話

 

         f:id:hiroro-de-55:20200426092347g:plain

 

           20   女性用化粧室の悪夢


 レストランを出た秘書や須永理事長らが、向かいにある洋服屋でお気に入りの服
を選んでいる同じ頃、その行方を追っている江田はつい先ほどまで彼らが食事を取
っていた洋風レストランでコーヒーを飲んでいた。

 江田にとって仕事前のブラックコーヒーは、どんなものより格別な贅沢であり、
幸せな気分に浸れる時間だった。インスタントではない、本物の豆から挽いた匂い
は格別なのだ。

 ウェイトレスがカウンターに座る江田の前にコーヒーのカップを置くと、彼はし
ばらくの間その上品な匂いを楽しむ。仕事の過酷さを忘れる事が出来る唯一の時間
である。大仕事の前はいつもこの一人の時間を楽しんでいた。

 江田の仕事はその性質上、自分の正体を人に知られてはならない、というのが
大前提であり、普段から友達や知り合いすら作ってはならなかった。最も、江田に
とっては仕事そのものが趣味のようなもので、友達や親友など邪魔な存在にしかな
らないと考えている。

 そんな江田にとっての、一人のコーヒータイムは何よりも大事な時間だ。
何者にも邪魔されない、そして誰もが自分を知る事もなく、ゆっくりと香りを楽し
む事が出来る時間ー

 だが、この日はいつもとは少しだけ違っていた。

 

  カウンターに座りコーヒーの匂いを楽しんでいた江田の隣に、一人の男が座った
のである。

「となり開いてるかい?」
「あ?ああ、開いてるけど…」

 カウンターは江田の席以外全て開いている筈なのに、その男はわざわざ隣の席に
座った。黒い防寒着のような物を着た目元まで隠れるバンダナを頭に被っていて、
手にしていた水のコップをカウンターに置いた。


「…それにしても、今日は良いお天気だな。おたくもそう思わんかね?」
「なに?天気……?ああ、まあな…」

 バンダナの男は傍にある砂糖をコップの水に入れ、それを一口飲み干すと奇妙な
笑みを浮かべて江田に話しかけてきた。

「今日は一日、あちこち動き回ったもんで両足がパンパンだ。あ、おたく一本やる
かい?」

 そう言ってバンダナ頭の男は、江田に向かって煙草の箱らしき物を見せる。
見ず知らずの男に煙草をくれるという奇妙な男を用心深く見つめていたのだが、
いつになく幸運な日になりそうだと感じていた江田は、喜んで男の煙草に手を伸ば
す。

「……すいませんね。じゃあ一本…」

 江田はバンダナ男の差し出す箱から一本だけ煙草を抜くと口にくわえて小さく頭
を下げた。

「いやなに、ただのチョコレート菓子だ。遠慮なくやってくれたまえ。屁の役にも
立たない煙が出ることもないしな。」
「…………。」

 冷めた目で口の煙草をカウンターに置いた江田を無視するように、バンダナ男は
煙草を模したチョコレート菓子を、本物さながらに吸う真似をして満足げな表情を
している…。

「……あんた馬鹿にしてんのか…?あ?」
「おいおい、冗談に決まってるじゃないか!あんた気が短いんだな?」

 江田は頭にきて、すぐさま席を立とうと両手をカウンターについた。
頭のおかしな者を相手にしている暇は無いのである。それでなくても大事なコーヒ
ータイムなのだから…。

「何だお前?知り合いでもないのに馴れ馴れしいぞ!?」
「まあ、確かに…俺だってあんたみたいな男と知り合おうなんざ思っちゃいない
さ。まあまあ、そう怒らずに奥のテーブルを見てみろよ?当然、君は彼女の事も
知ってるんだろ?」

 江田はいらつく表情で背後を振り返り奥のテーブルを見た。
そこには先ほどすれ違った、女刑事の村山涼子が不機嫌そうな表情でこちらを見つ
めている。

 

                                 (ちょっと待て、何だと…!?)

 

 男はいつの間にかバンダナをはずしていて、江田にとっては見慣れた顔が出て
きた。そう、自分が追いかけているターゲット、例の探偵の一人だ!

 

 

 


【無料フリーBGM】怪しい道化師のテーマ「Enchanter2」

 

 

「お、お前は…!?」
「まあ、座れよ。でないとあんたの頭が吹き飛ぶ事になるぞ?」

 慌てて椅子に座り辺りを見回し始めた江田に、さらにぼうず頭の探偵が囁くよう
に声をかける。

「…彼女の射撃の腕前は、板橋署の中でもナンバーワンらしい。数百メートル離れ
た凶悪犯の肩に銃弾を命中させたという逸話があるほど射撃の名手なんだ。」
「…………。」

 少々パニック気味だったが、震える手でコーヒーを一口だけ飲み込み、現状を
冷静に分析しようとした。何故、どうして自分の正体が連中にバレたというのか?
どう考えても有り得ない出来事に江田はうろたえてしまった。自分の正体が敵に
バレてしまったなんて事は今回が初めてである。おまけにコーヒーの味も感じられ
ないほど江田は動揺していた…。

 そして不安からか、胸のポケットにしまっておいた銃に手を伸ばす。
人前で銃を使うなどという行為は、江田のような暗殺のプロには自殺行為のような
ものだ。事件にでもなれば自分の正体が世間に知られてしまうからである。だが…


「…おっと、あんたがかなりの射撃の名手であろうと、彼女には到底敵わないぜ?
おまけに彼女は街の中だろうが店の中だろうが関係なく発砲するぞ?もちろん腕前
が確かだからこそ発砲出来るんだがね。おまけにひどく短気な性格をしてる。」

 江田はまたしても、背後のテーブルをちら見した。
先ほどよりもさらに彼女は不機嫌な表情でこちらを睨み、小首を傾げカップのコー
ヒーを飲んでいる。


「……どうやって知った?俺をどうする気だ?」
「まあまあ、そう慌てなさんなって。」

 そう言いながら博士は、窓の外に見えるはす向かいの洋服屋をちらりと見る。
こちらからでも向こうの洋服屋の様子が見え、背の高い光や秘書の姿がちらりと見
えた。

「まず、少し話しをしようじゃないか?」

 動揺を隠せない江田に対し、博士は陽気に笑いながら言った。
洋服屋にいる秘書や光らが、こちらの様子に気ずいてくれる事を祈りながら…。

 

 

 

          f:id:hiroro-de-55:20200426093123j:plain



 道路を挟んだレストランの向かいにある洋服屋に入った須永理事長らが、お気に
入りの服を探している間、光は落ち着きなく窓の外の様子を眺めていた。辺りは日
も暮れ始め暗くなりつつある。

 追っ手が自分たちを追いかけられない事情を知りつつも、何時どこで何者が襲っ
て来るとも限らないと光は考えていた。何かの秘密に関わってしまった以上、敵さ
んは簡単には自分たちを見逃す事はしないはずで、何かの罠を仕掛けている可能性
はある。ましてここはすでに敵のアジトの近くなのだから…。

「光さん、どうかした?」

 秘書がさっそく購入した服に着替え、暗い窓の外の様子を眺めている光に声をか
けてきた。先ほどまでの制服と違い、大人っぽいワンピースに身をつつんでいる。
もちろん、光もすでに買い物と着替えを早々と済ませていた。

「いえ…何でもないわ。あら、良い服ね?」
「そうなの、博士こういうピッタリした身体のラインが出る服が好きなの。」

 女子高生から大人の女にチェンジした秘書の全体のシルエットを眺めていた光は
その背後に、暗い窓の外の明るいレストランが見えた。光は通常の人間よりも非常
に視力が良い。

「あら…?早紀ちゃん、あれを見て?」
「はい?何です?」

 光の指さす先には、道路を挟みレストランが見える。
秘書にもぎりぎり窓の中に博士の姿が確認できた。カウンターで何かを飲んでいる
ようだが、隣に座る男性らしき者と話をしているように見える。

「あれ、誰かしら?」

 時折、博士はレストランの中からちらちらと自分たちの方に視線を送っていた。
歯を食いしばってみせたり、目を閉じたり開いたり…変な顔をこちらに向け、何か
をアピールしている…。

「…ねぇ、あの博士って誰にでも声かけたりするの?」
「いいえ、知らない人に絶体声かけたりはしないわ。まして男なんか特に…」

 秘書はそう言ってから何かに気が付き、隣でレストランを見つめる光と顔を見合
わせた。

「…て、ことはー」
「あっ!あれ、博士のSOSだわ…!」

 光はさっと顔色を変え、須永理事長について洋服を探している真理のところへと
急ぎ足で向かう。理事長はすでに危険な逃走中だという事をすっかり忘れて、買い
物を楽しんでいる。


「…真理、ちょっとの間、良美ちゃんを頼むわ…。」

 耳元で囁くように言う光の表情が硬い事に気がついた真理は、無言で頷いて理事
長の方へと向かった。光の表情から、只ならぬ事だとすぐに気ずいたのである。

 そして光は秘書の手を掴むと、狭く迷路のような洋服屋を急ぎ足で駆け抜ける。

「…早紀ちゃん、”アレ”の準備が必要かもしれないわ。」
「えっ?あ、アレって…!?そんないきなりってー」

 急な事とはいえ、光にはいずれこういう事態がやってくるとは思っていた。
つまり、自分たちの逃走が敵に看破され、いよいよ追っ手がやってきたのである。 

 

 

 

「…一体どうやって俺の事が分かったんだ…!?」
「そりゃ簡単さ。」

 顔色のすぐれない江田は、隣で美味しそうに水を飲んでいるぼうず頭の男に消え
入りそうなほど小さな声で言った。

 江田のような追跡と暗殺を主に行っている者にとって、自分の存在が他人に知ら
れるという事は死刑宣告を受けたようなものである。一刻も早くこの場を逃げ出し
たい衝動に江田はかられていた。

「…君が昼間、外に置いてあるランドクルーザーで我々の車を追い抜いていった
だけなら、追っ手の一人とは気がつかなかったさ。」
「じゃあ、何で気ずいたんだ…?」

 博士は砂糖水を味わうように一口ずつちびちびと飲みながら、ゆっくりとその
質問に答えて言った。

「たぶん君は知らんだろうが、聖パウロ芸術大学周辺の土は珍しい赤土なんだそう
だ。おまけに昨夜はにわか雨もあり、砂利道はぬかるんでいたのさ。君のランドク
ルーザーのタイヤには例の赤土がついていたよ。一般人はあんなところに行く事は
ない。おまけに言えば、君のその趣味の悪い靴にも赤土がついている。これだけの
証拠があれば、君が追っ手であると考えるのは難しい事じゃない。」

「…なるほどな。」

 レストランに備え付けてある時計をちらりと見つめ、博士はにやけた表情とは
裏腹に、「早紀君でも光さんでも、早く気ずいてくれ!」と心の中で悲鳴を上げて
いた。

 それはもちろん、一緒にいるのが恐ろしい追っ手の一人という事もあるが、悪い
事に追っ手は一人ではないということを博士は知っていたからである…。


 時間を稼ぐのも限界だと感じ始めた博士は、そろそろ本題に入ることにした。
博士が握っている事実を、この隣に座る男に尋ねなければならない。

「…ところで、君は本当に一人でここまで来たのかい?」
「当然だろ、俺は諜報活動が主な任務だ。単独でしか行動しない。」

 男の言葉を聞き、博士は意外な表情を浮かべた。
ということは…

「変だな…さっき君の車を見ていた時、僅かに開いた後部のトランクに誰かいたよ
うな気がしたのだがね?うーん、何ていうか…鼻っつらの長い顔をしていたな。」
「何だって!?」

 その博士の言葉を聞いて、江田の表情は急に変わった。
何か思い当たるふしでもあるかのような…どこか怯えているような、そんな表情で
ある。

「けど、変だなぁ…単独で活動する君に知られずに車に隠れているというのは…」


 江田は急に席を立ち、怯え慌てたように窓の外を見回し始めた。
そして暗い駐車場を見つめ、隣に座る男の言う言葉に、ある人物を思いだす。
鼻っつらの長い男…そう、基地を出る前に指令室のドアに立っていた奇妙な兵士…

(…あいつが俺の車のトランクに隠れているという事は…白石司令の命令の筈だ。
奴は俺を監視しているのか?なら、敵に自分の正体がばれたなんて事になったら、
俺は奴に始末されるかもしれん…あいつはー)

 と、慌てる江田の奇妙な行動に涼子が気がつき、テーブルから立ち上がると博士
のいるカウンターの方へ、眉毛をしかめながらやって来る。

 それを見た江田は、涼子に体当たりをかけるような勢いで走り出し、レストラン
の外へと飛び出していった。

「…何なのよ!あの人、危ないじゃないの!」

 店を飛び出していった男の方を睨みながら涼子が文句を言う。
博士は驚くウェイターに千円札を一枚テーブルに置くと、涼子の肩をぽんと叩いて
言った。

「…涼子君、今のは追っ手の一人だ。我々の事が敵にバレたぞ。」
「ええっ!?ちょっ…大変じゃないの!皆にも知らせないとー」

 博士は窓の外の洋服屋の方をちらりと見やる。
先ほどまで見えていた光と秘書の姿が無い…気ずいてくれているといいのだが、と
博士は思いながら涼子と共にレストランを後にした。

 

 


 店の外へと出た江田は、駐車場にある自分の車をちらりとだけ見ると、一目散に
向かいにあるショッピングセンターへと向かった。とにかく、この場を一刻も早く
立ち去らねばならないと考えたからだ。

 一瞬視界に見えた自分のランドクルーザーのトランクが開いていたからである。
たった今、ぼうず頭の男から聞いた情報は間違いないことだろう…。

 あの探偵らに自分の正体がばれたのも問題ではあるが、むしろ恐ろしいのは隠れ
ていたあの奇妙な兵士だ。江田は諜報活動には長けていて、暗殺まがいの事もやっ
てのけるくらいは出来る。だが、あの奇妙な男は軍人だ。それも、過激派と言われ
る白石の直属の部下だ。自分などが太刀打ちできるものではない…。

 おそらく、トランクに隠れ自分が目的の連中を見つけたり、しくじったりした
場合、あの軍人男が代わりに連中を始末するという事だろう。あるいは俺もろと
も…


 ショッピングセンター内は、すでに店じまいを始めたところが多く、半分以上の
店舗が電気を消し、シャッターを閉めている。江田は洋服屋の店舗を通り過ぎ、暗
い通路の奥にあるトイレへと向かった。

 江田は躊躇なく女性用化粧室の方へ入ると、開いているところに入りドアを閉め
鍵をかける。幸いトイレには誰もいないようだった。女性用化粧室へと逃げ込んだ
のは、あの奇妙な軍人が入りずらいと考えたからである。

 トイレの中で江田は安堵のため息を一つ吐き、ジャケットの中の銃を取り出す。
弾が入っているのを確認すると、それを手にトイレのドアの影に隠れ息を殺して
待つ…。
 
 と、しばらくして女性用化粧室のドアが開き、何者かがやって来た。
靴音がこつこつと響くと江田は自分の心臓がばくばく鳴るのが分かるほど緊張して
個室のドアに張り付き銃を構える…。

 トイレにやってきた何者かは、隣の個室に入り鍵を閉める。
どうやら俺を追ってきた者ではないらしい…そう思い、江田は安堵のため息を漏ら
す…その瞬間ー

 物凄い轟音と共に隣の壁が江田に向かって飛んできたのである。
まるでガス爆発を彷彿とさせるような、そんな勢いで江田はトイレの個室の壁に叩
きつけられ、飛んできた壁とサンドイッチになった。

 いきなりの衝撃に江田は、痛みよりも驚きの方が勝り、一体自分に何が起きたの
かと考えを巡らせたが、それを理解するより先に顔面に飛んできた壁が崩れ目の前
に信じられない光景が広がる。

 

        f:id:hiroro-de-55:20200426094002g:plain

 

「ごめんあそばせ?ちょっと蹴り方が強すぎたみたい。」
「…光さん、トイレの壁って案外もろいのね?」

 江田のいた個室の壁を壊して飛ばしたのは、隣の個室の光と秘書だった。
暗いトイレの中、彼女ら二人の両目は奇妙な輝きを放っていて、たったいま蹴りを
入れたばかりの態勢を維持していたのだ。

 その二人、自分が追いかけていた目的の連中は、壁に叩きつけられたまま呆然と
立ちつくしたままの江田の個室へとやってくる。彼女ら二人は、その爛々と輝く目
で睨みを効かせながら、江田の持つ銃を取り上げた。

「こんな物騒な物は取り上げなきゃね?」

 光はそう言って銃を両手で持つと、雑巾を絞るようにバラバラに解体してしまっ
た。恐ろしいほどの握力である…。

 とはいえ、すでに江田には引き金を引く力も残ってはいなかったのだが、光は
念には念を入れ金縛りを起こさせるほど強力な”蛇の目”で男の目を睨んだ。
江田は個室の壁にへたり込むように尻もちをつき、指一本動かせない…まるで蛇に
睨まれた蛙のように…。

「さて…あんたが何者か、教えてもらいましょうか?」

 コンクリの壁を蹴り飛ばした女二人は、完全に身体が硬直して座り込んでいる
江田のすぐ傍にしゃがみ込みながら言った。

「…そんなもの、言える訳ないだろ…。」
「あら、まだそんな口が利けるの?困った子ね…」

 二人はさらに睨みをきかせるため、しゃがみ歩きで男の顔に近ずいてゆく。
朦朧とする意識の中ではあるが、目の前数センチにいる二人の女は江田の好み的に
見てもかなり良い女だった。一体どうやってこんな怪力を身につけたというのか?

 男の顎を片手で掴み、息がかかるほど近くで光は囁くように言った。

「…あのね?私ら、あんたたちみたいな連中と違って相手を痛めつけるなんていう
野蛮な行為はしたくないの…うん?あなただって、痛い目に遭うよりも気持ちの良
い間に全部しゃべっちゃう方が良くない?」
「そう、私たち平和主義者なの。戦うよりも、話し合いで解決したいのよ。」

 男の顔を優しげな手つきで撫でながら光は囁き、深いため息を男の口元に吹き込
む。生暖かくも女臭い、人の息というものはこんなにも気持ちの良いものか?何か
壁に叩きつけられた痛みが和らぐような奇妙な効果がある気がする…。

 実のところ江田はもうすでに、二人の女に逆らう気などまったく無くなっていた。
その間も、秘書は男の服のポケットを漁り、携帯やら武器の類を取り出しボキボキ
と折っていく。

「はい、まずあなたのお名前は?うん?」
「………江田。」
「江田なに?」
「……江田正樹…。」
「何の仕事してるの?」
「…追跡と尾行だ。」

 目の前にしゃがみ込んでこちらを睨み続けている二人の女は、驚くほど良い匂い
がした。時折、膝を抱えるようにしている足の間からちらちらと下着が見える…
たぶん、この二人はわざと自分に見せているのだ。

「どうやって逃げてる相手を見つけるの?」
「…クレジットカードだ。それを使用した場所が分かれば見つけるのは簡単さ。」
「なるほど…ね。良美ちゃんのカードの番号から私たちを見つけたのね…。」

 壁に叩きつけられたダメージはあるが、こんな良い女二人に尋問されるなんての
は、江田にとっては天国みたいなものだった。別に基地の連中に義理がある訳でも
なし…何をしゃべっても心は痛まない。個人的には、隣の若い子の方が可愛い…。

 

「…それで、ここへは何しに来たの?」
「………それは…それはちょっと…」
「言いずらい事?分かるわ、怒らないから何でも言ってもいいのよ?あなただって
仕事なんだから、そう、命令されれば仕方ない事よ…」

 金髪の女が優しげに言うと、隣の女も小刻みにうんうんと頷いて、江田の顔に
おもいっきりため息を吹きかける…彼女の息はマスカット飴の甘い匂いがした。

「…言うよ、ここへは…あんたらがやって来るのを待ち伏せて、全員始末すること
になっー」

 

 

        f:id:hiroro-de-55:20200426095521g:plain


 そう言った瞬間、江田の股間を光が激しく蹴り上げた。地面に尻もちをついて座
っていた江田が立ち上がるほどで、叫び声も出ないほど強烈な痛みが股間に与えら
れたのだ。おまけに口を大きく開けて、声も無く立ち上がった江田の股間をさらに
もう一発蹴り上げると、またも江田は激痛で真上に飛び上がった。

「…………!!!!」
「あら、あら、あらぁん、ごめんなさいね?痛かった?痛いわよね?私たちもこん
な事したくないのよ?ほんとに!でもね?悪い事する子にはお仕置きしなくちゃい
けないの…分かるでしょ?分かる?うん…分かんない?分かるまでするよ?」

 光は両手で江田の顔を掴み、地面から足が浮くほどの怪力で自分の目線まで上げ
ると、小さな子に言い聞かせるような口調で囁く。もっとも、江田はすでに光の声
など耳には入ってはいなかったが、そこから光はもう一発股間に膝をかち上げるよ
うに叩き込んだ。もちろん両手で顔を掴んだままである…。

 と、光は掴んでいた両手を江田の顔から離すと、トイレの地面にどさりと倒れ、
そのまま彼は気絶した。おそらくこの江田という哀れな男は、半年以上はまともに
歩く事も出来ないだろうと秘書は思った。


「…始末だ?舐めんじゃねっつうの…!」

 ぼろぼろに破壊されたトイレの個室に仁王立ちする光は、倒れている江田を見下
ろしながら言って隣の秘書に、にんまりとした笑顔を向ける。


「…さて、皆のところに戻ろー」

 壊れた個室のドアが取れ、倒れる音で光と秘書は後ろを振り向く…
そこには薄暗い女性用トイレに男が立っていた。暗いながらも男が軍服のような物
を着こんでいて、かなりの身長と体格をしているのが分かる。

「……光さん、なんかやばい感じ?」
「ハーイ!ここ女子トイレなんだけどー」

 光が言うなり目の前に立つ男は腰から何かの銃らしき物を手にする。
それが炸裂するのと二人が横に飛び退くのとは、ほとんど同時くらいのタイミング
であった。


(続く…)