ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

H・P・ラヴクラフトについて…

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 1890年、米国ニューイングランドに生まれた怪奇作家ラヴクラフト
が生み出した数々の小説が、のちに「クトゥルフ神話」と呼ばれ世界中に
広まりました。

 

 生涯を故郷で過ごし、怪奇小説雑紙「ウィアード・テイルズ」の常連と
して次々と怪奇と幻想の世界を書き続けましたが、癌のために46歳で
この世を去りました。


 彼の作品がこれまでの怪奇小説と違う点は、この世ならざる異次元から
の脅威であることでした。それも人類以前、途方もない昔から存在してい
る邪神たち、「旧支配者」と呼ばれる恐ろしい存在です。


 その作品の中でも異彩を放つのが、この大いなるクトゥルフであります。
おそらく人生の中で一度は目にしたことがあるはずのこの存在。タコを
彷彿とさせる巨大な頭部。ルルイエの海底神殿で、復活の日を夢見て眠っ
ているのです。彼らが復活したそのとき、人類に未来はありません。

 

 さらに、彼の作品を後世に残した最大の功績が禁断の書物「ネクロノミ
コン」の存在です。

 

 狂えるアラブ人、アブドル・アルハズレドが著わしたという、死者の魂
を招く術について書かれた禁制本が作中に出てくるのです。

 そのアラブ人は、アラビア南部の大砂漠で一人きりで十年間を過ごし、
名もない都市の廃墟の地下で、人類以前の古い種族が書いた年代記を発見
した。晩年、彼は自分の知った秘密を著書にまとめたが、白昼大勢の人の
前で目に見えない怪物に食い殺されたそうです。

 

 と、いうような内容の事が書かれてあるのですが、作者であるラヴクラ
フトは「これは私が作り出した架空の物語だ」と繰り返し述べています。
ところが、彼の父親は有名なフリーメーソンのメンバーであったとかなん
とかで、実在する様々な禁制本を目にしていたのかもしれません。

 

 そのあまりにも強大な彼らの存在に近ずいた人類の恐怖を描く物語に、
多くの作家や映画監督が魅せられて、現在もこれらをモチーフにした作品
が数多く残っています。

 

  そういう意味では私も、ラヴクラフト信者の一人なのかもしれません。

 

 

 

怪奇ブログ再開について・・・

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 ようやく、ヤプログから引っ越し作業も終わり、怪奇ブログ再怪

であります!ここ10年くらい書きためた怪奇小説がたくさんあるの

で、見たことある人も、初めての人も楽しんでいただけたらなと思

います。

 

 色々とリニューアルしているところがあるので、一度見たという

人でも楽しめると思います。ちなみに私の怪奇小説は、ブログ左の

「怪奇プログラム一覧」から観覧できますが、一番下の「虹色の丘」

から上に向かって続編的なストーリーになってます。順番に見ていく

とより楽しめると思いますよ。むしろ、順番に見てね!

 

 まあ近年、ブログとかやる人も少なくなってきてますが、ブログ

だから伝わる面白さ、みたいなものを打ち出していきたいです。

この、はてなブログで!!

 

 それとともに、怪談(ブログ)や怪画(絵)なんかも上げていきま

すのでお楽しみに…ゴムア、ゴムア…!

 

 

 

 

 

水面の彼方に 31話

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         31  丘の秘密と三つの事件


 完全に闇に包まれた緑川町を、足早に進む影があった。もちろん博士たちだが、
目的地の丘へは全員では向かわず僅か数名のみで、という事になったのである。

 それには理由があったが、ここでも異議を唱えたのは刑事の涼子だった。かつて
丘のあった食品加工会社へ向かっているのは博士に秘書、それに光と道案内の中華
飯店の親父たちだけである。

 夜になったとはいえ、相変わらず街の中には人の気配はまるでない。


「…ねえ、どうして私らだけで行くことにしたの?」

 光が辺りを見回しながら博士に小声で話かける。
丘のあった食品加工会社までは緩やかな坂道が続いていて、どんどん町の中心から
離れてゆく。家の明かりらしきものはほとんど無いと言ってもよかった。元々この
辺りは原っぱしかなかったらしく、子供たちの遊び場となっていたそうである。


「理由は簡単さ。例の茶封筒が届いたのが私たちと光さんのところだからさ。彼女
…たぶん送り主の彼女にとって、用事があるのは我々だけだからだよ。いや、もし
かすると、朝方に街の入口で別れたおかっぱの彼女もそうかも知れないな。」

「別れた彼女って…智佳子さん?あの子にも、茶封筒が届いたの?」

 秘書は昨夜出会った、おかっぱ頭の智佳子を随分気に入ったようで、目を輝かせ
ながら博士に聞いた。

「そう。彼女はさっき会議で話した、この街で起きた事件に何か関わりがあるに違
いないからさ。昨日トンネルの中で出会ったのは偶然ではないはずだよ。」
「…例の石油採掘所の事件ね?今度の一件って…この街の事件が全ての原因なのか
しら?」

 光の疑問に博士は足を止め、腕を組んで考えを巡らせる。

「確かに、この街に何かの原因があるのは間違いなさそうだけど…我々が呼ばれた
のはそれだけじゃない気がするんだよ。もっと別な、何か大きな事が関わっている
んじゃないかと思うんだ。」


 しばらくすると前方に大きな建物が見えてきた。
数年前まで丘があった場所といわれる食品加工会社であるが、現在工場が建てられ
てから三年近く経過していた。

 博士はこの街へ来る前、この食品加工会社について詳しく調べてきている。
それは実に奇妙な会社だった。

 いくら調べてみても、一体何を作っているのか?何を販売しているのかもよく
分からないのである。ただ、この会社の出資者の一人を、博士は偶然知っていたの
だ。

 

 

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 坂槙正三…世界的にも有名な日本の財閥の一つ、坂槙グループを率いる若き企業
家である。来るべき未来のエネルギー産業を担う、日本の若きホープと言われてい
る大物だ。が、それは表向きの顔で、彼には軍事産業という裏の顔も持ち合わせて
いるのである。その莫大な収入の多くは戦争や紛争によるところが多く、人は彼を
「戦争屋」と呼ぶ者もいるという。

 この謎の食品加工会社に彼の名前を見つけた博士は、今回の一連の事件は彼が
関わるものではないかと推測したのである。であるならば、軍隊まがいの連中が敵
に存在することも頷けるのだ。


「こっから先は全部、山の中もこの会社の所有地になってるんだ。問題の麓にある
穴はこの先の立ち入り禁止区域の奥にある。これは地元の人間、特に俺たちのよう
な変わり者じゃなきゃ知らない場所なんだ。昔はよくこういう大人が行っちゃだめ
だという場所で遊んだものさ。」
「案内できるかい?」
「もちろんさ!そのために来たんだからな。」


 中華屋の親父と禿げ頭のスタジャン男は、食品加工会社の裏手に回り込むように
足早に歩き出す。工場の裏手は山の麓になっていて、その先は神楽山へと続いてい
る。

「…ねえ、工場に侵入するんじゃないの?」

 彼ら二人の後について歩く博士と秘書に、光が囁くようにつぶやく。

「いや、この工場自体はおそらくダミーのために建造されたものに違いない。何の
意味も無いと思う。問題なのは、この地下にあるという昔の石油採掘場だよ。おそ
らく、出資者の坂槙正三はかつて奇怪な事故が起きたこの石油探鉱跡が欲しくて、
この土地を購入し、それを隠すために巨大な食品加工会社を建てたんだと思う。」

「…何の目的で?」
「推測なら立てられるが…全ての謎を知っているのは…例の茶封筒の送り主だ。
彼女はおそらく、この地下のどこかにいる筈だよ。彼女に会えば、全ての謎が解け
ると思う。」


 しばらく歩くと、森の中に岩がむき出しになった崖のような場所へと出た。
スタジャンの男は岩のくぼみ辺りの雑草をどかすと、人一人が通れるような小さな
穴が開いていた。

「これが昔の採掘跡の坑道だよ。この辺りにはこういう出入り口があちこちにある
んだ。」

 中華屋の親父が大きな懐中電灯を点け、暗い穴の中を照らす。
冷たくひんやりとした空気が中から吹き付けてくる。


「…例の男、まだ私らをつけてきているかしら?」
「来てる筈さ。気配はまったく感じられないけどね。」


 暗い森の中で、自分たちがやってきた方向を振り向きながら光は不安に思ってい
る事を口にする。依然として彼女がこの街に来てからずっと感じている頭痛のよう
なものが、収まるどころかむしろ強まっているように感じたからだ。

「大丈夫かしら?この穴の先には…連中のアジトがあるんでしょ?」
「まあ、あるだろうね。」

 随分あっさりと答えた博士に対して、珍しく不安げな表情の光は尚も気になって
いる事を口にする。

「…この先に侵入するのは危険じゃないかしら?」
「光さん、危険は承知のはずよ?だからこの三人で来たんじゃない?」

 秘書が得意気な顔をして言った。
それを見た光は少しだけ表情を和らげつつも、思っている事を口にした。

「ええ、それは承知しているわ。それでも、敵のアジトに自ら乗り込むというんだ
から、何かそれなりの防衛策でもあるんでしょう?」
「いや、無い。」

 あまりにも短絡的な博士の言葉に、光は足を滑らせそうになった。


「…というのは冗談で、三つの事からこの作戦を実行しようと思ったのさ。一つは
、この町の様子だよ。昼間あちこち動き回っていて気ずいたんだ。街にいた筈の
食品加工会社関連の人間が誰もいないってことさ。つまり、もうこの街に用が無く
なったんだろうね。連中のアジトも含めて。」

「撤収したって事ね?」
「そう、もちろん一部の連中や責任者はまだ残ってるだろうけど。二つ目は、我々
の後を付けている例の男は…もしかしたら目的は同じかも知れないって事だ。彼が
この街に戻ったのも、我々がこの街にやって来たのも目的が一緒なのかも知れない
ってね。」

「味方になってくれるかもってこと?」
「さあ、どうだろうね?彼がこちらの味方になれば、連中のアジトの情報は全て手
に入ると思ったのさ。そう願っているよ。」

 博士はにやりと笑い、暗い森の中を見回しながらそう答えた。
森は不気味なほど静まりかえっている。

「三つ目は?」

 最後の問いに答える前に、博士はポケットから四つ折りにたたまれた紙を取り出
し、皆の前に広げて見せた。それは昼間、街の資料館に不自然にも張られた真新し
い紙で、「丘へ向かえ!」とだけ書かれていたものである。

「ふむ、これが一番重要な部分だよ。そもそも我々がここに呼ばれた理由さ。茶封
筒の送り主が、他の誰でもなく我々を危険な目に遭わせてもこの地へと呼び出した
意味だよ。それが重要なんだ。だから我々はどうしても、茶封筒の送り主に会わな
くちゃならないんだと思う。でないと…何か取り返しのつかない事になってしまう
気がするんだ。これはあくまでも勘だがね。」


 その博士の言葉を聞いた光と秘書は、意味は良く分からないまでも、小さく頷き
かつての石油採掘跡の坑道へと入っていった。

 

 

 

 


 仮の捜査本部となったペンションのリビングルームでは、いまだに納得出来ずに
うろうろする涼子の姿があった。

 それもその筈、やっとの思いでこの街にたどり着いたにも関わらず、このペンシ
ョンに一日籠りっぱなしだからである。それに対して、利根川警部はリラックスし
た様子で須永理事長の淹れるコーヒーを待っていた。


「警部、よく落ち着いていられますね?私には彼らだけで工場へ向かったのは間違
いだと思うんですけどー」

 警部は毒ずく彼女の意見に小さく笑いながら、カップのコーヒーを口にした。


「熊さんの淹れるコーヒーより美味しいよ。」
「あら、刑事さんありがとう。」

 にこにこしながら須永理事長は、ベテラン刑事の肩に手を乗せて言った。
相変わらず強烈な香水の匂いがぷんぷんしているが、警部は少しも嫌な顔をせずに
コーヒーを飲み干す。男もいくらか歳を取ると、理事長のような多少馴れ馴れしい
振る舞いをする中年女性も悪くないなと思うものだ。

「警部、コーヒーの飲み過ぎは、前立腺の病気に良くないんですよ?」
「まあ!涼子ちゃん、あなた前立腺の病気なんですの!?」

 渋々とカップに口をつけていた涼子は、トンチンカンな理事長の言葉に勢いよく
コーヒーを吹き出す。傍にやってきた真理も声を出して笑っている。

「ちょ…!?あたし前立腺なんてありませんから!」
「まあ、涼子君、我々は彼らの報告をここで待とうじゃないか?そして今、我々が
出来る事をしよう。」

「出来る事…さっき警部が話してた南条智佳子さんの事ですか?」
「そう、その名前…私ね、どっかで聞いた事があるんだ。でも、思いだせない。」


 そういうと利根川は携帯を取り出し、どこかに通話を試みる。
この街に来てからどうも携帯の電波が繋がらないようで、連絡が取れない状況とな
っていた。


「おっ、繋がった。熊さん、私だ!」
『…警部!今までどこに!?連絡が取れなくて部長もお怒りですよ?今どこなん
です?』
「それは後だ、熊さん、調べてほしい人物がいる。頼めるか?」
『…ええ、それはまあ…誰ですか?』
「名前は、南条智佳子。歳は三十代前半だ。」
『分かりました、今すぐ照会してみます。少し待ってて下さい警部。』


 ようやく外と連絡が取れた事にほっとした利根川は一度携帯の通話を切ると、飲
みかけのコーヒーカップに口をつける。すると、飲み終えるのを待たずして利根川
の携帯が鳴った。

『…警部!分かりましたよ!彼女名前ですぐ照会できました。』
「すぐに照会できた?そうか…」


 警視庁のデータからすぐに照会できる人物といえば、重大な犯罪経歴があるか、
あるいはこの国にとって大物であるか、である。 


『…南条という名前に聞き覚えがありませんか?警部、我々ベテラン刑事なら誰で
もその名前は聞いたことがあると思いますがね?』
「ちょっとまて、熊さん。南条…南条って、あの南条家か!?」

『…そうです!あの南条家ですよ。南条智佳子はその現当主です。実は彼女、子供
の頃にわずかな期間だけ緑川町に住んでいた事があるようです。この一件に彼女も
関わりがあるって事ですかね?警部。』
「その可能性はあるな。熊さん、引き続き周辺の連中を調べてくれ、頼む。」

 

 

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 通話を切ると、すぐに涼子が警部の元へとやってきた。

「警部、南条家って何です?」
「君はまだ知らないだろうな、南条家は日本でも有数の古武術の名家でね。数年前
くらいまでは、我々警察も護身術を習うため南条家の連中から教わる機会を設けて
もらっていたんだ。」
古武術合気道みたいなものですか?」

 涼子がそう聞き返すと、警部は一度話をとぎり立ち上がる。
そして急に真面目な表情に変わり、部屋にいる全員に語り掛けるように話をはじめ
た。


「いつの頃から存在するのか知らないが、この国の背後で密かに存在していた隠密
集団のようなものがこの南条家の前身だ。かなり古い時代からこの集団は存在して
きたようだが、武術といえば聞こえはいいが、主に戦国時代から暗殺などの実戦に
用いる技術を磨き続けているようだな。」

「…柳生一族みたいなものですか?」
「まあ、そんな感じだ。」

 一番離れた場所から警部の話を聞いていた真理が言った。
まだ大学生だった頃、講師である光さん…間宮薫がよく話していたのを思い出す。
彼女は柳生十兵衛に酔心していたとかいないとか…


「それで警部、あのおかっぱの彼女が、その暗殺集団だかの当主なんですか?」
「そうだ。どういう経緯か知らないが…彼女はこの事件に深い関わりがあるよう
だな。恐らくあの探偵の話を信じるならば、例の石油採掘事件の子供たちの一人
だと思う。」


 涼子は昨晩、智佳子という女性があの恐ろしい軍服男を投げ飛ばした時の事を
思い出す。あれが偶然などではなく、武術的なものであるのだとしたら…

 あの、化物金髪おばさんの打撃すら効果のない軍服男を、さらりと投げ飛ばした
技を持つおかっぱの彼女が、現時点で味方である保証も無い。そもそも、私たちの
前から姿を消したという事は…彼女が敵側の人間だという証拠なのではないか?


 そして、今、彼女はどこで何をしているのかしら?
 

 

 

 

 

 

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 昔の石油採掘跡と思われる岩のトンネルを進むこと十数分…博士らはようやく
広い場所に出た。

 そこは天井の高い自然のホールになっており、中央には深く大きな穴が開いて
いる。おそらくここから石油を汲みあげていたと思われる。

 そして、かつてここは三人の作業員が白骨死体となって見つかったいわくつき
の場所でもある。


「…見て、穴の端に下への階段があるわ。」
「階段があるって事は、この下に何かがあるって事だね。」

 博士はそう言うと、穴の下まで続く階段を降りはじめた。
下へと向かうほどに、何か重苦しい気配が増してくるような気がする。

「お、おい、大丈夫かね?ここは昔、何かの事故が起きた場所なんだろ?」
「大丈夫さ。昔の事故はもう済んだことだ。問題はこの先だよ。」


 階段を降りる中華屋の親父が博士に言った。
その博士は長い階段を下まで降りると、目の前の人工的に作られたドアを指さし
て皆に話す。何かの制御盤のような機械が壁に見える。

 その巨大なドアは、今は半分ほど開け放たれていた。
人がいる気配はまるでない…。

 

「おそらく、ここで起きた事故というか出来事は、一つの発端だと思うんだ。
でも問題なのは、それ以前から続いていたのだと思う。」
「…それ以前から?それは一体いつの事なの?」

 光はここへ来る前、ペンションで良美に聞いた事を思い出しながら博士に
聞く。彼は、「過去に戻る旅になる」と言っていたという事を…。

 

 


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「少なくとも、紀元前…それよりもずっと前の時代まで遡る必要があると思う。」
「…紀元前ですって!?」

「早紀君、君は神楽山の山頂付近の崖を見た筈だ。あれに似たような形状の山を
どこかで見た事はないかね?」
「……あっ!もしかして、双子岳スキー場の…あの奇妙な形の崖…!?」

「そうだ。あれはかつて、遠い星からやってきた宇宙船が山の山頂にぶつかった
跡で、この神楽山の山頂も似たような跡がある。それはつまり…」
「…ここにも宇宙船が落ちた?」

「たぶんそういう事だろうね。きっと同時期に、かなりの数の宇宙船がこの地球
に飛来したのかもしれない。何かが起きて。それはー」
「……あっ!灰色の物体…。」

 秘書が驚きの声を上げ言うと、博士は無言で頷いた。

「しかも、この神楽山の大きく削られた跡を見ると、我々が双子岳で見た
円盤より遥かに巨大な物がぶつかったはず。桁外れに巨大な円盤だ。」

 

 と、それを聞いていたスタジャンの男は驚く、というよりは大喜びで博士に
質問する。

「おい、おい!やっぱり宇宙船がこの町に落ちたってのかい!?」
「うん、随分むかしの事だろうけど。間違いないよ。」


 数年前、あの双子岳で起きた出来事は、数万年前に飛来した宇宙船から始まっ
た。彼らの星を死の星に変えた「灰色の物体」といわれる生命体が、双子岳に落
ちた宇宙船に侵入していたのである。

 その恐るべき事件も、何とか博士らの機転により解決する事が出来たが、それ
と同じような出来事がここでも起きていたのかもしれない。


「…て、ことは博士。あの事件がここでも起きていたってこと!?」
「まあ、同じとはいわないが、何かの事件が起きたのは確かだね。そしてあの
智佳子という女性は、数年前この街で起きた事件を知る人物だろうと思う。」

「ちょ…と待って。ひょっとして…茶封筒が送られた人物って、その二つの事件
に関わる人間って事なのかしら?」
「その可能性は高いね。」

「でも…それなら、私に茶封筒が届いたのは、一体何のためなのかしら?私は、
そんな規模の大きな事件には関わってはいな……まさか!?」
「そのまさかだと思うよ。」

「…マテリアル!?」

 

 

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 過去に戻る旅になる…という博士の言葉はこういう事だったんだわ、と光は思
った。

 あの大学の結社に古くから伝わっていると言われた白い怪生物マテリアル…。
それを扱ってきた光…いや、間宮薫本人さえその生物がいつから存在しているのか?
一体何者であるのかさえ分からなかったのだ。


 (…ひょっとすると、その例の二つの事件と関わりがあるのかも…いえ、あるん
だわ…!でも、一体どんな…!?)


「ちょっ…ちょっと待って、それなら…その全ての事件が、私たち全ての人間が、
一つの事件で最初から繋がっていたって事になるの?」
「…そういう事だね。それどころか、まだ我々の知らないところで何か、誰か
の繋がりがあるかも知れないよ。」


 これまで、まったく不可解な「茶封筒」の謎が、少し解かりかけてきた。
しかしながら、その茶封筒を送り付けてきた送り主が何者で、そしてその目的も
いまだ分からないのだ。

 しかし、それもこの先へ向かえば、その送り主に会えれば、全て判明するのだろ
うか?

 

「…色々な過去の事件が繋がっていたのだとして…茶封筒の送り主は、この街まで
我々を来させる事が危険だというのは充分理解していたのだと思う。それをしてま
でも我々を集めたということは…」
「…もっと危険な何かが、この先、起こりえるということね?」


 光の言葉に博士は無言で小さく頷いた。
ここに集まった者たちは、この事件が起こる遥か昔から、この場所へとやって来る
運命だったのかも知れない。


(続く…)

 

水面の彼方に 30話 

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              30  水面から


 地下基地のさらに下、目的の最深部に向かった白石の部隊から連絡が入ったのは
それから一時間も後の事だった。”動力室”と呼ばれる場所に兵士たちがようやく
辿り着いたのである。

 送られてきた映像は先ほどのものよりも悪く、時折ノイズのようなものが入るが
何とか確認できるものだった。ライトに照らされた地下の最深部は、まるで何か
遺跡のような形をしたホール状の部屋になっている。

 その部屋の中央部にはプールのようなものがあり、ライトの光に反射して時折
きらきらと輝いていた。恐らく水が張られているのだろう。


 そして、それこそが多額の資金を投入して行われてきた地下プロジェクトの最重
要機密、最重要目的の液体金属、クリア・プルトニウムが貯蔵された動力プールで
ある。それを持ち帰ることで、プロジェクトの目的は果たされる事になるのだ。


「司令官、よくやった!これで世界は新たな時代を迎える事になるよ。もちろん、
我々の手でね。」

 映像を見ながら、地下基地プロジェクトの代表、坂槙は手を叩いて喜んでいる。
司令官の白石も珍しく白い歯を見せながら笑みをこぼす。 

 だが、スクリーンを見つめながら杏は映像の先にいる部隊兵に大きな声で語りか
けた。


「シェルターは!?どうなっていましたか?」
『…水の中は思った以上に暗く、どのようになっていたかは見ていません。ですが
、ここまで危険は一つもありませんでした。恐らくシェルターには異常は無いもの
と思います!』

 総勢十数名の潜入部隊兵が一人も欠けることなく無事に目的地へ到達したことが
何よりの証拠となっているのだが、それでも杏には安心することが出来ずにいた。


「入江博士、クリア・プルトニウムとは一体どういう形なのですか?」

 映像の動力プールを食い入るように見つめる司令官の白石は、傍にやってきた杏
に尋ねる。


「…あれは世にある液体金属と良く似ていますが、少し違うのは、銀色では無く、
あらゆる色に光る金属なんです。もちろん他の液体金属と同じく、水に溶ける事は
ありません。ですから、クリア・プルトニウムが状態良く残っているとすれば、プ
ールを覗けば見えるのではないかと思います。」
「状態が悪ければ…どうなるのだ?」

 白石が眉をひそめながら杏に聞いた。
機嫌の良さそうな顔の坂槙も、その時だけは無表情になり杏の方を振り向き、返答
を待つ。


「全ての色に輝く事無く、塵に分解され水中に沈んでしまうでしょうね。かなりの
年月が経過していますから、状態良く残っていたら奇跡だと思います。その可能性
はかなり低いと、私は最初から申していましたけど…」
「…おい!動力プールを映せ!何か見えるか!?」


 司令官の白石は映像の先にいる部隊兵に、声を荒げながら言った。
兵士はすぐに動力プールへとカメラを向ける。相変わらず映像には時折激しいノイ
ズが入る。そしてそこには黒々と濁った水面だけが映し出されていた。


「博士、ほんとにこの動力プールにクリア・プルトニウムが貯蔵されているんだろ
うな?」
「ええ、間違いないわ。そうでなければ、”あれがここまでやって来ること”は
出来なかった筈です。」

 その杏の答えを聞き、司令官の白石は納得しつつも暗い水面を凝視する。
だが、いくら覗き込んでも液体金属の輝きが見える事はなかった…。


「…おい、隊長!予定の通り、動力プールの水を全てタンクに詰めろ!全て回収し
て帰還するのだ。」
『…分かりました!さほど大きなプールではありません。持ってきたタンクで何と
かなると思います!』


 さっそく部隊兵たちは、吸引ポンプで持参したタンクに動力プールの水を吸い込
みはじめる。さほど大きなプールでもないし、深さがあるようにも見えない動力
プールの水を汲み出すのはそれほど時間の掛かる作業ではない。どのような状態に
せよ、クリア・プルトニウムが眠る水ごと回収するのがプロジェクトの目的なので
ある。

 かりに液体金属が年月で風化していたとしても、その分析や成分といった研究は
出来る…まるで無駄になる事はない。それほど目的のクリア・プルトニウムは価値
のあるものなのだ。

 指令室の三人は、その部隊兵たちの作業を無言で見守っていた。


 その時、暗い水面の中で、何かが動いた。
その水の波紋を追うようにして、兵士がカメラを向ける。すると、次第に水面が
銀色の淡い光を放ちはじめた。これこそクリア・プルトニウムの輝きだと思われ
る。


『…司令!見てください!見つけました!例の液体金属です!』
「よし!よくやった!回収して直ちに帰還しろ!いいな?」


 と、兵士の一人がカメラに向かって喜びの声を放ったその時、背後の暗い動力
プールに何か動くものが見えたのである。兵士の背後にある闇が、静かに、そして
徐々に音を立てて動きはじめたのだ。


「気を付けて!何かいるわ!」
『…えっ?うわっ!何だこりゃあー』


 その瞬間、いきなり大きな振動と共に地面が揺れた。ほんの数秒ー
そして、カメラに向かって何かが激しい勢いでぶつかり、それきり映像は途切れて
しまった。


 …それが、彼らにとっての恐怖の始まりであった。

 

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 緑川町へと続く唯一の道、県道六号線のトンネルを超えた場所で執事の白川は車
を止めた。たった今、地震と思われる強い揺れを感じたからである。

 トンネルの出口で、白川は今やって来た道を振り向く。
奥の方で何か土砂が崩れるような、岩が転がるような音が聞こえてくる。どうやら
トンネル内で落盤事故でも起きたようだ。

 それはつまり、この緑川町とその外への唯一の道が閉ざされた事を意味している
のである。


「これは、困りましたな。」

 しばらく辺りの景色を見ていると、すぐ先の急カーブのところに一台の四輪駆動
ジープが止まっていて、執事と同じように数人の男女が車外に出てきていた。

 執事は街の様子を聞こうと、彼らの方へと歩いていった。


「あの、すみませんが。」

 数人の男女は、声をかけてきた執事を振り向き驚きの表情を浮かべた。
こんなところで人に会うとは思っていなかったのだろう。


「この先の緑川町へと行きたいのですが…。」
「…緑川町?一体こんな夜中に何しにあんなところに行くんだ?」
「ええ、友人に会いに行こうと思っているんですよ。この辺の道には詳しくない
もので。」
「ちょっと失礼…」

 数人の男女は、執事から少し離れた場所に移動して、小声で何かを話はじめた。
執事の白川は背後の自分の車をちらりと振り返り、彼らが戻ってくるのを静に待つ
事にした。


「ねえ、こんな時に街に向かうって…おかしくない?」
「…まあな。友人に会うって言ってるが、例の連中の仲間かも知れんな。」
「絶体にそうよ、あの車にも誰か仲間が乗ってるんじゃない?」


 浅黒い肌の南方系女性が男の一人に言った。
彼らは聖パウロ芸術大学の森で、不可思議な現象で敗走し、命からがらこの緑川町
まで逃げてきた武装集団の五人だ。

 しかし、彼らの武器は全て破壊され、これ以上戦う気も失せてしまっていたので
ある。これまでにも傭兵として数々の危険な仕事をこなしてきた彼らだが、先日の
”魔女の森”での悪夢のような体験は、彼らの闘争意欲を無くさせるには十分なも
のがあったからだ。

 
「…たとえ、そうだったとしてもよ?俺たちには関係ないんじゃないか?あんな目
に遭わされたんだ、金のために命は落とせないだろ?こんな仕事、俺はもうごめん
だね。」
「あんな目にって…あの森での事?きっと何かの仕掛けがあったのよ。今度会った
なら、同じようにはいかないわ!基地に戻れば武器もあるし…」

「あんた、まだ戦う気なのか?あの女の姿を見なかったのか?あれはきっと魔女に
違いないぜ?身体が動かなくなるなんて…きっと魔術かなんかに違いない。」

 四人の男たちは作戦が失敗した時点で、すでに戦う気は失せていたのだったが、
彼女一人だけは今だやる気満々だった。彼女は森で女の姿を見なかったし、まして
魔女なんて今でも信じてはいなかった。


「ふん、可愛いパンツ履いてたっていう女の子でしょ?次に会ったときはそれ脱が
して泣かしてやるわ!」

 彼女はそう言ってから一人執事の方へと戻り、懐から小さな銃を取り出すと彼に
向けながら言い放った。


「…この先の街にはいけないわ!あんたも連中の仲間でしょ!?」

 いきなりの女の行動に、執事の白川はその場で両手を上げる。
相変わらず落ち着いた表情の白川は、突然の状況にも慌てることなく銃を向ける
彼女を観察した。なるほど、よく見ると迷彩用の軍服のような物を着込んでいて、
ここが、敵の本拠地であるという事を思い出させる。


「でも、人質にはなりそうね。このまま基地まで連行させてもらー」


 浅黒い肌の女が言いかけた時、またも彼女の身体が硬直して指一本動かす事が
出来なくなった。あの森の時と同じく、金縛りのような状態である。


「ちょ…何でー」

 そしてそれは、彼女の後方にいる四人の男たちにも起こった。
誰一人、その場で指一本動かす事が出来なくなってしまったのである。


「お、おい、嘘だろ?まさか…!またー」

 

 

         f:id:hiroro-de-55:20200427132014j:plain


         

 執事の背後の軽自動車から、一人の女の子が降り、こちらにゆっくりとやって
来るのが見えた。長い黒髪、黒い若者風の服装…そう、彼らが魔女の森で見たあの
少女だ。

 黒髪の少女は、まるで動くことが出来ない浅黒い肌の女の手から銃を取ると、
じっと見つめてからそれを相手に向けて構える。

「…!!」


 だが、黒髪の少女は小さくいたずらな笑みを浮かべると、動けない彼女の手に
銃を戻した。そして、千恵子は浅黒い肌の女に小さな声で言った。


「…銃は役に立たないわ。それより、基地まで案内してほしいの。」
「……え、ええ、もちろんですとも!喜んで…!」


 まるで動けない女ではあるが、もうこれ以上抵抗する気は失せていた。
今度こそ、目の前で魔女の存在を思い知らされたからである。


「あの…私、パンツ脱いだ方がいいかしら…?」


 金縛りのような状態が薄れてくると、浅黒い肌の女は自分から銃を森の中へ投げ
捨て、照れくさそうに黒髪の少女に向かって言った。

 

 

 

 


 明かりがほとんど無い暗闇の中で、元地下基地の司令官、藤原弘毅は唯一の明か
りであるペンションの窓を見つめていた。

 と言っても、百メートルほど離れた場所から暗視用の特殊望遠鏡で中にいる連中
の様子を監視していたのである。しかも盗聴器を仕掛けて中にいる彼らの音も、僅
かながら拾える状態だった。

 この緑川町に戻ってきた弘毅は、町の中をうろつき回る、例の探偵二人を見つけ
ここまで密かに尾行を続けてきたのである。彼らは何故この緑川町へとやってきた
のか?ある程度彼らの会話を盗聴することで理解は出来たが、よく分からないのは
彼らがこの先、何をしようとしているのか?である。


”…一体連中は何をしに、わざわざ敵の本拠地に逃げ込んできたというのか?”


 アメリカのレンジャー部隊の経験を持つ自分を叩きのめした連中の不思議な力に
、元捜査一課の敏腕刑事もいるのだ。そしてここまでやって来た彼らの行動力は、
馬鹿には出来ないだろう。自分の忠告を無視して、この街へとやって来た連中は
この先なにを行おうとしているのか?

 そのあたりを知ろうと、弘毅は小型の機器を使い彼らの会話を拾おうと耳をすま
せていた。彼らは先ほどから捜査会議を一旦打ち切り、コーヒーを飲む準備を始め
ているようだった。

 ペンションの大きな窓には、外の暗闇を覗いている坊主頭の探偵が見える。
今は彼らから会話のようなものも聞こえてこない。小さな声まではいくら盗聴器と
いえども完全には拾えないのだ。


 暗闇の中、藤原弘毅は身動きもせず彼らの監視を続けていた。

 

 

 

          f:id:hiroro-de-55:20200427133708j:plain

 

 中華飯店の親父が持ってきたミニ・コンロでお湯を沸かし、コーヒーを入れるた
め捜査会議を一旦中断していた。ここで急に博士がコーヒータイムを要求したから
である。先ほどの地震と思われるかなり強い揺れも、会議を中断する理由にはなっ
た。


「かなり揺れましたわね?」
「この辺はめったに地震なんか起きないんだがなぁ。」

 中華屋の親父と須永理事長がコーヒーを入れている間に、博士は窓から離れると
目配せをして秘書や光をリビングの端へと呼んだ。そして囁くような小さな声で、
二人に話を始める。


「…早紀君、昼間街の中心街をうろつき回った時の事を覚えているかい?」

 博士があまりにも小さな声で話すのを見て、秘書は黙ってうなずいて見せた。
光は何事かと眉毛をひそめ、博士の次の言葉を待つ。


「…街のあちこちにあった水の入ったプラスチックボトル…あれの一つを近くで見
ていた時の事なんだがね、偶然にもある人物が我々の後を付けてきているのが写っ
ていたんだよ。」
「…つけてきた?一体誰よ?」

 光の質問に、博士はバツが悪そうな表情で頭をかきながら答える。


「…大学の風呂で我々を襲撃した軍人だよ。彼が私と秘書の二人をつけていた。
恐らく、今も近くで様子を伺っているに違いないね。彼が軍人なら盗聴だってされ
ているだろう。」
「ちょ…それって凄くやばいんじゃないの!?だって、私たちの捜査会議も聞かれ
ちゃってるって事でしょ?」

 いっきに顔が青ざめてゆく光の様子を見て、真理も博士らの方へと寄ってきた。
それを見て、涼子も首を傾げ何事かとやってくる。慌て始めた光とは対照的に、
博士はにこやかな表情でテーブルに置かれた利根川警部のお土産の箱を開け、リビ
ングルームでバラバラだった女子達に、博士はテーブルへと手招きして呼ぶ。
コーヒーを飲むためだ。

「そうだね、あえて聞かせたんだ。」
「どうしてよ!?」

 えらく小さな声で会話する博士らを見て、やってきた涼子や理事長は不思議な
表情で様子を伺っている。各々コーヒーを口にしたり、お土産の生どらやきを選び
ながら。

 中華屋の親父やスタジャン男は相変わらず、少し距離を置いてそれらを見つめて
いる。

 

 

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「…いいかね?我々を捕まえるためなら、わざわざ尾行なんてする必要は無いから
さ。捕まえてから、情報を聞き出せばいいからね。それをする機会はいくらでもあ
ったんだよ。」
「ああ、それで博士、あんなに意味も無く町の中をうろつき回ったのね?」
「そうだ、早紀君。あえて隙を作って彼がどう動くのか様子を見たんだよ。まあ、
危険だといえばその通りなんだが…」


 博士の説明を聞いて、光は大学で自分たちを襲ったあのレンジャー部隊の軍人を
思い出す。彼は自分たちに叩きのめされたあと、うわ言に妹の事を口にしていた。
長年病気の看病をしてきた妹を亡くした男は、もう私たちを本気で倒そうとは思っ
ていなかったのではないか?

 しかも彼は秘密裏に働く軍人だ。大きな失敗は許されないはず…
そんな彼がわざわざ一人、この緑川町へと戻ってきた理由は何か?

「…私たちを捕まえないのだとしたら、彼は何のためにこの街に戻ってきたの?」
「さてね、そこまでは分からないな。だから、我々のこれからの行動を彼にも聞か
せてあげようじゃないか?」


 博士は美味しそうにコーヒーを飲み干すと、利根川警部の持ってきたお土産の
どらやきをほうばり、隣の秘書にも一つ手渡して笑った。

 

(続く…)

水面の彼方に 29話

 

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           29  運命の捜査会議


 午後十九時を過ぎた頃、光らが待つペンションに博士と秘書は戻ってきた。
この辺りにも家はちらほらと点在しているが、住む人もいないのか明かりが点いて
いる家は殆んど無い。

 町の中心部からかなり外れた斜面の上にあるこの古いペンションだけ、オレンジ
色の暖かな明かりが見える。電気などは通っていない筈なので、恐らくは蝋燭か、
ガスランプの類だろうと博士は思った。

 地中海風の玄関ドアを博士は叩くと、すぐに誰かがやって来て鍵を開ける。
いの一番にドアを開けたのは、明らかに不機嫌そうな表情の涼子だった。


「随分遅かったじゃないの!大体ね、あなた達が街を調べに行って、刑事のあたし
が空き家の拭き掃除って…完全に間違ってるわ!それにー」 

 涼子の言葉に反応することなく、博士はペンションの中へと入ってゆく。
朝に比べ、見違えるほど綺麗に掃除された建物に関心がいく事もないくらい急ぎ足
で皆のところにやって来た博士は、地中海風のリビングルームのソファーに腰を下
ろし、町の資料館から拝借してきた昔の新聞記事を広げた。

 ようやく戻ってきた博士と秘書の傍に、ペンション内にいた全員がやって来る。
電気も引いていない部屋の中は、建物内から見つけた蝋燭やランプの明かりしかな
く薄暗かったが、動き回るのに問題はなかった。


「…で、何か分かったの?」

 待ちくたびれたと言わんばかりに一番先にソファーに座り、博士に質問してきた
のはもちろん刑事の涼子である。


「まあね、今日一日街をうろついてみて、全ての事件の発端はこの街にあると確信
したよ。恐らく、例の茶封筒を送り付けてきた人物がいるのもこの街に違いないと
思う。」

 博士は自分の腕時計をちらりと見てから、集まった皆に向けて言った。


「とりあえず、話をするのはもう少しだけ待ってくれないか?もうすぐここにある
人達が来る事になってるんだ。全員揃ってから話をしたいんだ。」
「…ある人達って、一体誰なのよ?」

 涼子がイラついた表情で博士に言うが、彼は穏やかな表情で綺麗になったペンシ
ョンのリビングルームを眺めている。

「おい、早紀君。二階を見に行こうぜ?」

 博士と秘書の二人は唖然とする皆を残してペンションの二階を見に行った。
相変わらずの探偵二人の自由な態度に、涼子は無言で地団太を踏む。


「まあまあ、どなたか来るそうですから、それまで待ちましょう?」

 須長理事長はにこやかな表情で皆に言うが、窓際の椅子に肩肘をついて座る光は
こめかみの辺りを押さえうつむき加減で窓の外を見つめていた。依然として不可解
な頭痛が続いていて、それを不安げな表情で真理が見つめている。

 その真理の不安げな表情に気ずいた光は、わざとらしくおどけたような表情で
冗談を言った。

 

 

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「昼間飲んだ、バケツの雨水にあたったみたいなの…。」

 真理はその年上の冗談を、ただじっと哀れみ深い表情で見つめている…。
隣で聞いていた涼子は、信じられないという声を洩らし、わざと光の傍から離れて
みせた。


 それからすぐに、ペンションの前に一台の軽トラックが止まり、数人の人影が
降りてくる。どうやら彼らが博士の言う連中らしい。


「…こんちわー?黄州飯店です…こちらで良いのかな?」


 やって来たのは二人組の男で、何やら両手に”岡持ち”を持ってやって来た。
博士の言う「ある人達」とは、出前の事なのだろうか?


「あの…出前なんか頼んでないんだけど…あっ、ちょっと!あなたたちー」

 玄関に出て対応した涼子は、二人の男たちが岡持ちを手にペンションの中へと
かってに入っていくのを慌てて止めようとしたが、彼らはすでにリビングルーム
と入ってしまった。


「えっと…夕食を持ってきたんですが…あれ?あの探偵さんたちはー」

 リビングルームにいたのが皆、綺麗な女性ばかりだったので、黄州飯店のおやじ
はその場に硬直しながら言った。スタジャンの男は、部屋の中に充満している須永
理事長の香水の匂いで、大きなくしゃみを連発している。


「…おっ!来ましたか、わざわざすまんね。」

 博士たちが二階から降りてくると、リビングの彼らを見て片手を上げ笑う。
涼子がすぐに博士に近ずいてくると、耳元で囁くように言った。

「…ちょっと、どういうつもりよ?部外者を中に連れ込むなんてー」
「いや、彼らは重要な人物だよ。この先、協力してもらう事になるんだ。それに、
ここへ来たのは…ほら、彼らだけじゃない。」

 博士が答えた瞬間、リビングにもう一人やって来た。
それは涼子も良く知る人物である。

 

 


PeriTune - Investigation2(Suspense/Royalty Free Music)

 


「と、利根川警部!?」
「涼子君、無事だったか。」

 現れたのは涼子の上司でもある、元捜査一課の利根川警部だった。
意外な人物の登場で、窓辺で肩肘をついていた光も驚きのあまり立ち上がる。


「携帯の連絡が繋がらなくて、心配しましたよ、警部!」
「それはこちらも同じ事だよ。偶然、町で彼らの軽トラに乗せてもらってね、ここ
までやって来たという訳さ。車の中で君たちがここに来ている事を聞いたんだよ。
あっ…これ栃木のお土産ね。」

 警部はそう言って手に持っていたお土産袋を涼子に渡して、顔をほころばせる。
もちろん、若い刑事の彼女はお土産どころではない。

「警部!」
「ああ、君たちか、板橋の事件以来だな。」

 博士と秘書は、何かファンのように利根川と握手をしている。
彼らは数年前の事件の時に会ってはいたが、こうしてまともに会うのは初めてなの
だ。


「…とりあえず、聞きたいことは山ほどあるんだが、彼らが持ってきた夕食を食べ
ようじゃないか。冷めたら旨くないからね?」
「警部!ラーメンなんて食べてる場合じゃないですよ!」

 さっそく涼子が警部に噛みつく。彼女としてはこの一日、廃墟同然のペンション
の掃除をしていただけに、焦りがあるのも無理もない。


「黙れパンチラ刑事!デカ(刑事)はラーメンて、決まってるんだ!」
「ちょ…あんたたちは刑事じゃないでしょうが!?」

 すかさず声を上げる秘書にも涼子が噛みつくが、警部はにこやかな表情で若い
刑事を諭すように言った。


「涼子君、私ね、今回の山は…これ警察の力だけで解決出来ないと思ってる。きっ
とここにいる彼らの力が必要な気がするんだ。ここにいる皆が、我々警察並みに…
いや、それ以上に頭を働かせてこの事件を解明しなければ、おそらくそれを出来る
者はいないんじゃないかと思ってる。もちろん、これ私の勘だけどね。」

 これだけの警部の言葉を聞いて、さすがに涼子も渋々了解したようだった。


「おい、早紀君、聞いたか?勘だってよ!たまんねぇな、最高だぜ、おい!?」
「なーっ!!」

 博士と秘書の二人だけが、最後まで異常に興奮状態で感動していた。


 黄州飯店の親父が運んできたのは、人数分のラーメンと沢山の餃子、そしてポリ
タンク数個の飲み水などだった。その他にも最低限生活に必要な物が買い揃えてあ
る。光と良美の二人は彼らの持ってきた品々を興味深そうに覗いている。


「あら、色々あるわね。助かるわ。」
「お菓子も沢山!私、お金お支払いしますわ?幾ら位しましたの?」

 荷物を開けている中華屋の親父に近ずいて財布を出した良美に、少々照れながら
彼は言った。

「…お、お金はいらないよ。俺たちは協力したくて来たんだから。」
「まあ、謙虚な人ですわね!じゃ、何か困った事があったらここまで連絡してちょ
うだいね。」

 そう言うと須永理事長は自分の胸の谷間から名刺を取り出すと、中華屋の親父
に渡した。まるでキャバクラ嬢の名刺かと思われるようなピンク色の下地に蝶が
描かれてある…。

 光はというと、スタジャン男の持ち込んだ荷物の方に興味を示している。
鍋ややかん、フライパンなどの金物が多数揃えてあったからだ。

「このフライパン、丈夫そうだわね?一つ頂いてもいいかしら?」
「ああ、チタン製だよ。軽くて丈夫なんだ。うちは金物屋をやっているんだが、ど
のみち客も来ないし、やるよ。料理でもするのかい?」

 硬さや握りを確かめる光の様子を覗き込みながら、スタジャン男はこの国籍不明
の金髪姉ちゃんに言った。

「違うわ、いざという時の武器よ。けっこう役にたつの、これ。」
「……ほう。武器なのか…なるほど。」


 そして、夕食のラーメンをすすりながら、運命の捜査会議は始まったのである。
それぞれの情報交換と、ここまでの出来事のおさらいをする必要があった。

 

 

                       f:id:hiroro-de-55:20200427122142j:plain

 

「…それじゃ、涼子君、初めから順を追って説明してもらおうか?」
「はい、警部。」

 涼子は少し緊張した面持ちで、リビングルームの壁に貼られた事件の発端、東京
河川敷で”皮だけ”となって発見された被害者、川岸理恵の写真を指さしながら話を
はじめた。本物の捜査会議さながらの状況に、博士と秘書はにやにやと笑みがこぼ
れている。


「彼女は大学に籍を置く古生物学者で、現在五十二歳。数日前荒川の河川敷で皮だ
けとなって発見されました。現場の状況から溺死ではないかという事で驚くほど速
く捜査本部は解散となりました。もちろん、私や警部はこの事件にはまだ何かある
のではないかと、捜査を続けていました。そして、彼女が参加していたあるウイス
キーの会を調べていた時、そこにいる須永理事長も同じ会に参加している事が分か
ったんです。私は彼女の大学へ向かいました。」

「もう一人の被害者はどうだ?」
「警部、今度は私が説明しましょう。」

 博士が嬉しそうに手を上げ、壁に貼られたもう一人の被害者である禿げ頭の中年
男性を指さしながら言った。時折、ちらちらと秘書の方を見ながら…。


「こちらも数日前、私たちの事務所に差出人不明の奇妙な封筒が届きました。そこ
にはこの中年男性の写真と、この男の家を見張ってくれという奇妙な依頼が書かれ
ていました。我々はそこで、涼子君が言っていたのと同じような状況で、皮だけと
なっていた彼を見つけたのです。ところが、その後が大変だった。」

「たしか…その家、火災で燃えてしまったという事だったが?」
「ええ、ですが、その前に大騒動が起きていたのです。我々がいる家に、軍隊らし
き連中が飛び込んできたのです。ま…何とか我々は連中を叩きのめして脱出、須長
理事長が経営する聖パウロ芸術大学へと逃げ込んだ訳です。」

「…ちょっと待ってくれ、叩きのめした?」
「ええ、そこにいる私の秘書が十二人全員。おまけに連中の乗ってきた2トントラ
ックも横倒しにして…そう、運転手のウォークマンもくちゃくちゃにしたね?」

 

 

        f:id:hiroro-de-55:20200427123259j:plain

 

 それを聞いた秘書はラーメンを吹き出してしまった。
光は手を叩きながらげらげらと大笑いしている。それ以外の人間は誰一人として
笑っていない…。

「ところが、奇妙な事に我々は大学へ行く前に、ある町外れのコンビニで、封筒を
送ってきたと思われる「送り主」に偶然出会っていたんです。」
「何故、それが送り主だと分かったんだ?」

「理由は二つです。これはたぶん、送り主のミスだと思うんですが、封筒の中に
コンビニで買い物をしたレシートが紛れ込んでいたのです。それでその街のコンビ
ニに行ってみました。山の向こうの市街地です。」
「なるほど、もう一つの理由は?」

「ええ、そこにいる私の秘書が、コンビニで偶然すれ違った私を見た送り主が驚い
たというのです。博士には女の子の知り合いがいないのに、知っている人間に会っ
て驚いたように見えた、というのですよ。」
「知っているからこそ、驚いた、か。信憑性は高いな。」

 秘書と光、そして真理の女性陣は餃子を食べる事に専念していて、会話はまるで
耳に入っていないようだった。中華屋の親父や、スタジャン男は部屋の奥で様子を
伺うように彼らの話に耳を傾けている。


「それと警部、河川敷で見つかった女性と、彼らが見たという写真の男はですね、
例のウィスキーの会に参加しているという共通点があったんです。これで、この
事件は繋がったと思われますね。男の名前は、海原邦男、環境庁緑化推進委員と
いう政府の役人だったんです。警部はこの事についてどう思われます?」

 涼子の言う二人の被害者?と思われる共通点を聞いて、利根川は腕を組んで考え
込む。が、すぐにその腕を組むのを止めると、その場に立ち上がりさらりと言って
のけた。


「涼子君、私ね、この街に来る前に、どうやらその二人に出会ったようだよ。栃木
県、小山の繁華街で。」
「えっ?」
「何ですって!?」

 意外な利根川警部の言葉に、涼子や博士、そして餃子をほうばっていた光まで
驚きの声を上げた。なにせ、今回の事件の発端である二人の被害者に、警部は出会
ったというのだ。

 …皮だけになって見つかった二人の被害者、にである。


「その二人は…一体どんな姿で警部の前に現れたんです?」
「…私には三十代くらいの、どこにでもいるような普通の若者に見えた。彼らは
はっきりと自分がそうだ、とは言っていない。だがね、話をした私にはどうしても
彼らが、二つの事件の被害者本人なんだという確信がある。」

 警部はあの栃木県小山の繁華街で会った奇妙な若者の姿を思いだしていた。
茶髪の髪、少々面長の顔立ちなどの特徴を警部は説明する。しかし、誰がどう考え
ても、五十過ぎの年配者である二人の顔写真とはかけ離れていて、その二人が本人
であるとは考えにくかった。だがー


「…おい、早紀君。君は覚えているかい?あの禿げ頭の男の家を見張っていた時、
しばらくして玄関から若い男が出て行ったじゃないか。あの男ー」
「そうだわ、茶色の髪に…面長の顔!警部の見た男に間違いないわ!」

 確かにあの日、写真の男の家から逃げるように走り去った男が、警部の見た男と
同一人物だったかもしれない。だが、それが被害者の二人なのか?と、いう証拠は
無いのである。何より体系も年齢も、あまりにも違いがありすぎる。


「その二人、警部と何を話したんですか?」
「…確か、彼女は生きている…厳密には川岸理恵はもうどこにもいないが、間違い
なく生きている、と。それを知られれば、彼女は危険になり、連中から逃げる事が
出来なくなる、とね。だから自分たちの事はもう調べないでくれと。」


 それを聞いた博士は黙り込み、しばらく無言で部屋の中をうろうろした。
警部の言う事が間違いのない事実だとすれば、これまで考えてきた憶測や推測が
形になりそうだと博士は考えていた。

 しかし…それを口に出すのは少しばかり証拠も足りないし、何よりも荒唐無稽
すぎた…


「そういえば最後に、君たちは一体何者なのか?と聞いたんだが…」
「何て言ったんです?彼らは。」


「…随分奇妙な返答だった、自分たちは大いなる旅人、あるいは大いなる傍観者、
だが、この世界の人間が大好きな者たち…とだけ言って彼らは街の中に消えていっ
たよ。」
「なるほど、大いなる旅人にして傍観者か…確かに、壮大な話になりそうだ。」


 警部の語った言葉に、博士はパズルのピースが埋まったような、そんな気がして
推測だったものが今や確信に変わった。

 そして、想像以上に自分たちが現在置かれた状況が、危険に満ちたものであると
博士は思った。
 


(続く…)