ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

水面の彼方に 29話

 

      f:id:hiroro-de-55:20200427105242j:plain

 

           29  運命の捜査会議


 午後十九時を過ぎた頃、光らが待つペンションに博士と秘書は戻ってきた。
この辺りにも家はちらほらと点在しているが、住む人もいないのか明かりが点いて
いる家は殆んど無い。

 町の中心部からかなり外れた斜面の上にあるこの古いペンションだけ、オレンジ
色の暖かな明かりが見える。電気などは通っていない筈なので、恐らくは蝋燭か、
ガスランプの類だろうと博士は思った。

 地中海風の玄関ドアを博士は叩くと、すぐに誰かがやって来て鍵を開ける。
いの一番にドアを開けたのは、明らかに不機嫌そうな表情の涼子だった。


「随分遅かったじゃないの!大体ね、あなた達が街を調べに行って、刑事のあたし
が空き家の拭き掃除って…完全に間違ってるわ!それにー」 

 涼子の言葉に反応することなく、博士はペンションの中へと入ってゆく。
朝に比べ、見違えるほど綺麗に掃除された建物に関心がいく事もないくらい急ぎ足
で皆のところにやって来た博士は、地中海風のリビングルームのソファーに腰を下
ろし、町の資料館から拝借してきた昔の新聞記事を広げた。

 ようやく戻ってきた博士と秘書の傍に、ペンション内にいた全員がやって来る。
電気も引いていない部屋の中は、建物内から見つけた蝋燭やランプの明かりしかな
く薄暗かったが、動き回るのに問題はなかった。


「…で、何か分かったの?」

 待ちくたびれたと言わんばかりに一番先にソファーに座り、博士に質問してきた
のはもちろん刑事の涼子である。


「まあね、今日一日街をうろついてみて、全ての事件の発端はこの街にあると確信
したよ。恐らく、例の茶封筒を送り付けてきた人物がいるのもこの街に違いないと
思う。」

 博士は自分の腕時計をちらりと見てから、集まった皆に向けて言った。


「とりあえず、話をするのはもう少しだけ待ってくれないか?もうすぐここにある
人達が来る事になってるんだ。全員揃ってから話をしたいんだ。」
「…ある人達って、一体誰なのよ?」

 涼子がイラついた表情で博士に言うが、彼は穏やかな表情で綺麗になったペンシ
ョンのリビングルームを眺めている。

「おい、早紀君。二階を見に行こうぜ?」

 博士と秘書の二人は唖然とする皆を残してペンションの二階を見に行った。
相変わらずの探偵二人の自由な態度に、涼子は無言で地団太を踏む。


「まあまあ、どなたか来るそうですから、それまで待ちましょう?」

 須長理事長はにこやかな表情で皆に言うが、窓際の椅子に肩肘をついて座る光は
こめかみの辺りを押さえうつむき加減で窓の外を見つめていた。依然として不可解
な頭痛が続いていて、それを不安げな表情で真理が見つめている。

 その真理の不安げな表情に気ずいた光は、わざとらしくおどけたような表情で
冗談を言った。

 

 

       f:id:hiroro-de-55:20200427112029j:plain

 

「昼間飲んだ、バケツの雨水にあたったみたいなの…。」

 真理はその年上の冗談を、ただじっと哀れみ深い表情で見つめている…。
隣で聞いていた涼子は、信じられないという声を洩らし、わざと光の傍から離れて
みせた。


 それからすぐに、ペンションの前に一台の軽トラックが止まり、数人の人影が
降りてくる。どうやら彼らが博士の言う連中らしい。


「…こんちわー?黄州飯店です…こちらで良いのかな?」


 やって来たのは二人組の男で、何やら両手に”岡持ち”を持ってやって来た。
博士の言う「ある人達」とは、出前の事なのだろうか?


「あの…出前なんか頼んでないんだけど…あっ、ちょっと!あなたたちー」

 玄関に出て対応した涼子は、二人の男たちが岡持ちを手にペンションの中へと
かってに入っていくのを慌てて止めようとしたが、彼らはすでにリビングルーム
と入ってしまった。


「えっと…夕食を持ってきたんですが…あれ?あの探偵さんたちはー」

 リビングルームにいたのが皆、綺麗な女性ばかりだったので、黄州飯店のおやじ
はその場に硬直しながら言った。スタジャンの男は、部屋の中に充満している須永
理事長の香水の匂いで、大きなくしゃみを連発している。


「…おっ!来ましたか、わざわざすまんね。」

 博士たちが二階から降りてくると、リビングの彼らを見て片手を上げ笑う。
涼子がすぐに博士に近ずいてくると、耳元で囁くように言った。

「…ちょっと、どういうつもりよ?部外者を中に連れ込むなんてー」
「いや、彼らは重要な人物だよ。この先、協力してもらう事になるんだ。それに、
ここへ来たのは…ほら、彼らだけじゃない。」

 博士が答えた瞬間、リビングにもう一人やって来た。
それは涼子も良く知る人物である。

 

 


PeriTune - Investigation2(Suspense/Royalty Free Music)

 


「と、利根川警部!?」
「涼子君、無事だったか。」

 現れたのは涼子の上司でもある、元捜査一課の利根川警部だった。
意外な人物の登場で、窓辺で肩肘をついていた光も驚きのあまり立ち上がる。


「携帯の連絡が繋がらなくて、心配しましたよ、警部!」
「それはこちらも同じ事だよ。偶然、町で彼らの軽トラに乗せてもらってね、ここ
までやって来たという訳さ。車の中で君たちがここに来ている事を聞いたんだよ。
あっ…これ栃木のお土産ね。」

 警部はそう言って手に持っていたお土産袋を涼子に渡して、顔をほころばせる。
もちろん、若い刑事の彼女はお土産どころではない。

「警部!」
「ああ、君たちか、板橋の事件以来だな。」

 博士と秘書は、何かファンのように利根川と握手をしている。
彼らは数年前の事件の時に会ってはいたが、こうしてまともに会うのは初めてなの
だ。


「…とりあえず、聞きたいことは山ほどあるんだが、彼らが持ってきた夕食を食べ
ようじゃないか。冷めたら旨くないからね?」
「警部!ラーメンなんて食べてる場合じゃないですよ!」

 さっそく涼子が警部に噛みつく。彼女としてはこの一日、廃墟同然のペンション
の掃除をしていただけに、焦りがあるのも無理もない。


「黙れパンチラ刑事!デカ(刑事)はラーメンて、決まってるんだ!」
「ちょ…あんたたちは刑事じゃないでしょうが!?」

 すかさず声を上げる秘書にも涼子が噛みつくが、警部はにこやかな表情で若い
刑事を諭すように言った。


「涼子君、私ね、今回の山は…これ警察の力だけで解決出来ないと思ってる。きっ
とここにいる彼らの力が必要な気がするんだ。ここにいる皆が、我々警察並みに…
いや、それ以上に頭を働かせてこの事件を解明しなければ、おそらくそれを出来る
者はいないんじゃないかと思ってる。もちろん、これ私の勘だけどね。」

 これだけの警部の言葉を聞いて、さすがに涼子も渋々了解したようだった。


「おい、早紀君、聞いたか?勘だってよ!たまんねぇな、最高だぜ、おい!?」
「なーっ!!」

 博士と秘書の二人だけが、最後まで異常に興奮状態で感動していた。


 黄州飯店の親父が運んできたのは、人数分のラーメンと沢山の餃子、そしてポリ
タンク数個の飲み水などだった。その他にも最低限生活に必要な物が買い揃えてあ
る。光と良美の二人は彼らの持ってきた品々を興味深そうに覗いている。


「あら、色々あるわね。助かるわ。」
「お菓子も沢山!私、お金お支払いしますわ?幾ら位しましたの?」

 荷物を開けている中華屋の親父に近ずいて財布を出した良美に、少々照れながら
彼は言った。

「…お、お金はいらないよ。俺たちは協力したくて来たんだから。」
「まあ、謙虚な人ですわね!じゃ、何か困った事があったらここまで連絡してちょ
うだいね。」

 そう言うと須永理事長は自分の胸の谷間から名刺を取り出すと、中華屋の親父
に渡した。まるでキャバクラ嬢の名刺かと思われるようなピンク色の下地に蝶が
描かれてある…。

 光はというと、スタジャン男の持ち込んだ荷物の方に興味を示している。
鍋ややかん、フライパンなどの金物が多数揃えてあったからだ。

「このフライパン、丈夫そうだわね?一つ頂いてもいいかしら?」
「ああ、チタン製だよ。軽くて丈夫なんだ。うちは金物屋をやっているんだが、ど
のみち客も来ないし、やるよ。料理でもするのかい?」

 硬さや握りを確かめる光の様子を覗き込みながら、スタジャン男はこの国籍不明
の金髪姉ちゃんに言った。

「違うわ、いざという時の武器よ。けっこう役にたつの、これ。」
「……ほう。武器なのか…なるほど。」


 そして、夕食のラーメンをすすりながら、運命の捜査会議は始まったのである。
それぞれの情報交換と、ここまでの出来事のおさらいをする必要があった。

 

 

                       f:id:hiroro-de-55:20200427122142j:plain

 

「…それじゃ、涼子君、初めから順を追って説明してもらおうか?」
「はい、警部。」

 涼子は少し緊張した面持ちで、リビングルームの壁に貼られた事件の発端、東京
河川敷で”皮だけ”となって発見された被害者、川岸理恵の写真を指さしながら話を
はじめた。本物の捜査会議さながらの状況に、博士と秘書はにやにやと笑みがこぼ
れている。


「彼女は大学に籍を置く古生物学者で、現在五十二歳。数日前荒川の河川敷で皮だ
けとなって発見されました。現場の状況から溺死ではないかという事で驚くほど速
く捜査本部は解散となりました。もちろん、私や警部はこの事件にはまだ何かある
のではないかと、捜査を続けていました。そして、彼女が参加していたあるウイス
キーの会を調べていた時、そこにいる須永理事長も同じ会に参加している事が分か
ったんです。私は彼女の大学へ向かいました。」

「もう一人の被害者はどうだ?」
「警部、今度は私が説明しましょう。」

 博士が嬉しそうに手を上げ、壁に貼られたもう一人の被害者である禿げ頭の中年
男性を指さしながら言った。時折、ちらちらと秘書の方を見ながら…。


「こちらも数日前、私たちの事務所に差出人不明の奇妙な封筒が届きました。そこ
にはこの中年男性の写真と、この男の家を見張ってくれという奇妙な依頼が書かれ
ていました。我々はそこで、涼子君が言っていたのと同じような状況で、皮だけと
なっていた彼を見つけたのです。ところが、その後が大変だった。」

「たしか…その家、火災で燃えてしまったという事だったが?」
「ええ、ですが、その前に大騒動が起きていたのです。我々がいる家に、軍隊らし
き連中が飛び込んできたのです。ま…何とか我々は連中を叩きのめして脱出、須長
理事長が経営する聖パウロ芸術大学へと逃げ込んだ訳です。」

「…ちょっと待ってくれ、叩きのめした?」
「ええ、そこにいる私の秘書が十二人全員。おまけに連中の乗ってきた2トントラ
ックも横倒しにして…そう、運転手のウォークマンもくちゃくちゃにしたね?」

 

 

        f:id:hiroro-de-55:20200427123259j:plain

 

 それを聞いた秘書はラーメンを吹き出してしまった。
光は手を叩きながらげらげらと大笑いしている。それ以外の人間は誰一人として
笑っていない…。

「ところが、奇妙な事に我々は大学へ行く前に、ある町外れのコンビニで、封筒を
送ってきたと思われる「送り主」に偶然出会っていたんです。」
「何故、それが送り主だと分かったんだ?」

「理由は二つです。これはたぶん、送り主のミスだと思うんですが、封筒の中に
コンビニで買い物をしたレシートが紛れ込んでいたのです。それでその街のコンビ
ニに行ってみました。山の向こうの市街地です。」
「なるほど、もう一つの理由は?」

「ええ、そこにいる私の秘書が、コンビニで偶然すれ違った私を見た送り主が驚い
たというのです。博士には女の子の知り合いがいないのに、知っている人間に会っ
て驚いたように見えた、というのですよ。」
「知っているからこそ、驚いた、か。信憑性は高いな。」

 秘書と光、そして真理の女性陣は餃子を食べる事に専念していて、会話はまるで
耳に入っていないようだった。中華屋の親父や、スタジャン男は部屋の奥で様子を
伺うように彼らの話に耳を傾けている。


「それと警部、河川敷で見つかった女性と、彼らが見たという写真の男はですね、
例のウィスキーの会に参加しているという共通点があったんです。これで、この
事件は繋がったと思われますね。男の名前は、海原邦男、環境庁緑化推進委員と
いう政府の役人だったんです。警部はこの事についてどう思われます?」

 涼子の言う二人の被害者?と思われる共通点を聞いて、利根川は腕を組んで考え
込む。が、すぐにその腕を組むのを止めると、その場に立ち上がりさらりと言って
のけた。


「涼子君、私ね、この街に来る前に、どうやらその二人に出会ったようだよ。栃木
県、小山の繁華街で。」
「えっ?」
「何ですって!?」

 意外な利根川警部の言葉に、涼子や博士、そして餃子をほうばっていた光まで
驚きの声を上げた。なにせ、今回の事件の発端である二人の被害者に、警部は出会
ったというのだ。

 …皮だけになって見つかった二人の被害者、にである。


「その二人は…一体どんな姿で警部の前に現れたんです?」
「…私には三十代くらいの、どこにでもいるような普通の若者に見えた。彼らは
はっきりと自分がそうだ、とは言っていない。だがね、話をした私にはどうしても
彼らが、二つの事件の被害者本人なんだという確信がある。」

 警部はあの栃木県小山の繁華街で会った奇妙な若者の姿を思いだしていた。
茶髪の髪、少々面長の顔立ちなどの特徴を警部は説明する。しかし、誰がどう考え
ても、五十過ぎの年配者である二人の顔写真とはかけ離れていて、その二人が本人
であるとは考えにくかった。だがー


「…おい、早紀君。君は覚えているかい?あの禿げ頭の男の家を見張っていた時、
しばらくして玄関から若い男が出て行ったじゃないか。あの男ー」
「そうだわ、茶色の髪に…面長の顔!警部の見た男に間違いないわ!」

 確かにあの日、写真の男の家から逃げるように走り去った男が、警部の見た男と
同一人物だったかもしれない。だが、それが被害者の二人なのか?と、いう証拠は
無いのである。何より体系も年齢も、あまりにも違いがありすぎる。


「その二人、警部と何を話したんですか?」
「…確か、彼女は生きている…厳密には川岸理恵はもうどこにもいないが、間違い
なく生きている、と。それを知られれば、彼女は危険になり、連中から逃げる事が
出来なくなる、とね。だから自分たちの事はもう調べないでくれと。」


 それを聞いた博士は黙り込み、しばらく無言で部屋の中をうろうろした。
警部の言う事が間違いのない事実だとすれば、これまで考えてきた憶測や推測が
形になりそうだと博士は考えていた。

 しかし…それを口に出すのは少しばかり証拠も足りないし、何よりも荒唐無稽
すぎた…


「そういえば最後に、君たちは一体何者なのか?と聞いたんだが…」
「何て言ったんです?彼らは。」


「…随分奇妙な返答だった、自分たちは大いなる旅人、あるいは大いなる傍観者、
だが、この世界の人間が大好きな者たち…とだけ言って彼らは街の中に消えていっ
たよ。」
「なるほど、大いなる旅人にして傍観者か…確かに、壮大な話になりそうだ。」


 警部の語った言葉に、博士はパズルのピースが埋まったような、そんな気がして
推測だったものが今や確信に変わった。

 そして、想像以上に自分たちが現在置かれた状況が、危険に満ちたものであると
博士は思った。
 


(続く…)