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水面の彼方に 27話

 

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          27  過去へと続く未来…


 夕日が山の影に隠れはじめた頃、ペンションの二階、光は部屋の窓から徐々に闇
に包まれてゆく街の様子を眺めていた。街の情報を仕入れに行った博士と秘書の二
人は今だ戻ってきていない。

 下の階からは元気な様子で掃除を続けている真理や、間の抜けた女刑事の声が響
いてくる。その楽しげな声に、光は時折くすくすと笑みをこぼすが、すぐに真顔に
戻ると不安な表情で手鏡の中の自分を見つめていた。


 それというのも、この街に入ってから光は奇妙なものを感じていたのだ。
どこかで感じた事のある感覚…いや、あるいは気配か?どこか懐かしいような、そ
れでいてひどく不安な気分を思わせる感覚。こめかみに微かな頭痛も感じさせるが
、それよりも気になるのはべたりと纏わりつくような嫌な感覚である。

 もちろん、この街に来たのは生まれて初めてだし、この美しい街自体には不穏な
ものを感じさせるものはない。だが、何かが…


「…薫ちゃん?下の掃除、あらかた片付いたわよ?」
「ああ、ほんとに?すぐに行くわ。」

 二階の小部屋の入口に顔を出した良美に光は答え、薄暗い部屋の中またも手鏡を
覗き込み化粧を続ける。

 髪の毛を後ろで束ねた須永理事長は、その光の様子を見て静かに側へとやってき
た。手鏡の中から後ろに立つ良美を見つめ、光は言った。

「…なに?」
「薫ちゃん、何か心配事?」

 光はその良美の言葉にぎょっとして、後ろを振り返る。


「…どうして?」
「だって、あなたってものは、心配事があるとき化粧が濃くなるんですもの。」

 それを聞いて光はバツが悪そうに手鏡を置く。
確かに、光は迷ったり悩んだりするときは化粧に時間がかかることがある。


「…ここに来てから嫌な感じがするのよ。何ていうか…昔から知っているような…
懐かしいというか、とにかくこの街は気持ちが悪いわ。出来る事なら帰りたいくら
い。」

 窓の外はすっかり陽も落ちて、闇に包まれはじめていた。
眼下の街明かりもちらほらとしか見えず、ここが住む人も少ない寂れた街なのだと
いう事がよく分かる。

「あら、そういえば、探偵さんも同じようなこと言ってたわね。」
「…え?何て言ったの?」

 光は椅子から立ち上がると不安そうな表情で良美に聞いた。


「ここへ来る前の晩よ。確か、昔っていうか…そう、過去に戻る旅になるかも知れ
ないって。」
「…過去に戻る旅ですって?一体どういう…」


 それだけ言うと良美は部屋の出口へと戻り、下へと続く階段のある廊下へと向か
う。

「さあ?あたしには分からないわ。あの探偵さんの言うことですもん!」
「あっ、ちょっと…良美ちゃんー」

 
 階段を降りてゆく良美の後を、渋々ながら光は追いかけてゆく。
茶封筒から始まった奇妙な不安と謎…それらが今だ解ける事は無かったが、はたし
て探偵の二人が街から戻って来ることで解消されるのであろうか?


 暗くなっても戻らない探偵二人に不安を抱きつつ、彼らならきっと何かを見つけ
てくるに違いないとも光は思った。

 

 

 

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 中華飯店を出た博士と秘書は、薄暗くなりかけた街の中を足早に移動していた。
もう少しすれば辺りは完全に暗くなってしまう。その前に、どうしても見ておき
たい場所があった。

 町外れまで来ると、一本道の並木通りが大きな建物のある場所まで続いている
のが見える。ここへ来る前に場所を調べておいた”例の食品加工会社”だ。寂れた
街にしては異様な大きさの工場である。

 そして、過去ここには奇妙な事件が起きたとされる「丘」と呼ばれた曰くつきの
場所だ。


 入り口付近までやって来た博士と秘書は、まったく人気のない工場を見つめて
しばらく辺りの様子を伺っていた。


「門が閉まってるわ。今日はもう仕事終わりなのかしら?」
「いや、そういう感じじゃないな。ほら、駐車場に車が一台も止まっていないし、
おまけに建物のどこにも明かりがついていない。工場である以上、必ず夜勤務やら
守衛やらがいるはずなんだが…」

 そう言うと博士はしばらくの間、まるで音のしない食品加工会社の巨大なシルエ
ットを見つめていた。その後ろには、異様な形に切り立つ神楽山がそびえ立ってい
るのが見える。

「…皆で旅行とか行ったのかしらね?」

 隣の博士をちらりと見つめ、秘書は冗談交じりにそう言った。
その博士はポケットから「のしいか」といわれる駄菓子を一つ取り出すと、袋を破
き半分に千切ってかじる。イカやタラをすり身にして薄く伸ばした珍味だ。残りの
半分を秘書に渡しながら、博士は彼女の冗談に答えて言った。

「かもね。この会社の従業員は約300人ほどで、町の人口が約500だから、住
民のほとんどがこの食品加工会社関係の人間という事になるね。そうすると残りは
さっき会っていた二人のような元々住んでいた連中だ。100名にも満たない数だ
よ。」
「なら、ほんとに社員旅行でも行ったのかも!会社休んで。」

 のしいかをかじりながら、秘書は満面の笑顔で言った。

 

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「今日一日、町を歩き回って車をほとんど見かけなかったんだ。おまけにアパート
やマンションの駐車場にもほとんど車が止まっていなかったし。それはつまり…」
「社員旅行!」

 そう言って笑う秘書を、博士は正面から抱っこすると彼女のかじりかけののしい
かをかじり取って食べてしまった。

「そろそろ戻ろうか。」
「…もういいの?」
「うん、見たいものも大体見れたし。君も疲れたろう?」


 博士はそのまま子供のように秘書を抱っこしながら、薄暗くなりつつある街の
並木通りを歩いて戻りはじめた。

 

 


 博士と秘書の二人が店を出た後、中華飯店の親父とスタジャン男はさっそく行動
を開始した。店を出て軽トラックを出す準備を始めた二人が隣町へ買い出しに行く
というのは久しぶりの事である。

 緑川町のメインストリートに面した場所にいる彼らだが、辺りは歩く者も通る車
もほとんどない。おまけに犬の遠吠えやら、近所の雑音一つ聞こえてこないのであ
る。

「おい、行くぞ。早いとこ車に乗れや。」
「おうよ、まったく相も変わらず薄気味悪い街だぜ。」


 車に乗り込む前に、スタジャン男は薄暗い通りを振り向き、吐き捨てるように言
った。

 年々別の街に引っ越してゆく住民たちの中で、彼ら二人は生まれも育ちもこの
緑川町なのである。現在この街に住む人々は大抵、かなりの老人か、例の食品加工
会社の従業員、関係者たちだ。 

 寂れていく街に唯一残った彼らにとって、この数年の異常事態は何とも不満の
たまるものだったのである。よそ者が入ってきて巨大な会社を作り、にも関わらず
街は荒廃してゆく一方だった。

 ”住人が増えたにもかかわらず、むしろ人の活気は無くなる一方なのだ…”


 とはいえ、生まれ育ったこの街を捨てられないのも二人にとっては事実なので
ある。そんな時、突如としてやって来た二人の探偵は、この街の状況を変えるかも
しれない何かを感じさせたのだ。

「いつか、こんな日が来ると思ってたぜ!絶体に何かあるんだ、この街は…」


 スタジャン男はそう呟くと、中華飯店の親父の軽トラックに乗り込み完全に陽が
落ちた街の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

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 工場を後にした博士たちは、すでに陽も暮れかけている緑川町の街外れまで戻
ってきていた。すり鉢状の街の全体が眺められる場所までやってきたとき、博士は
足を止め今来た道を振り向いて言った。


「どうだい?早紀君。ここからなら街の全体像が眺められるだろう?」
「ええ、明かりは少ないけど…」

 すり鉢状の底部分が街の中心部となっていて、その中心を二つの川が両側から挟
むような形で流れている。穏やかで、まるで眠っているかのような静かな街だ。

 四方を険しい山で囲われたこの土地の中でも、ひときわ異彩を放つのは山頂付近
が垂直に切り立つ崖状の形をした神楽山である。その山の奇妙な崩れ跡を、博士は
特に気にしながら見つめていた。まるで、山の頂上付近に何かがぶつかり、円形に
削り取ってしまったかのように見える。


 …おや?と、博士は思った。
その奇妙な山の形状に、どこかで見覚えがあったからだ。そう、どこかで…

 

 しばらく無言でその景色を眺めている坊主頭のパートナーを見やり、秘書はしば
らく疑問に思っていた事をおもいきって聞いてみた。実のところ、秘書には今回の
出来事についての謎が、ここまでまったくと言っていいほど解けていなかったから
である。

 今日の一日にしても、朝から人気のない街をうろうろと散歩したり、図書館で
古い新聞記事を読み漁り、挙句の果ては中華屋で天津飯をうまそうに食べ、ゴシッ
プ記事好きな街のおやじ二人の”疑わしげな情報”を得ただけなのである。最後は
どこにでもありそうな食品工場を外から覗き「のしいか」をかじっていただけなの
だから…。

 いくら長年パートナーを組んでる秘書とはいえ、今回だけはこの奇妙な男を持っ
てしても「お手上げ状態」なのではないか…?と、心配になっていたからだ。


「…ねえ博士、この事件の謎は…少しは解けました?」
「ああ、8割方ね。」

 

 

 


【無料フリーBGM】ファンファーレ&穏やかなオーケストラ「Departure」

 

 

  いとも簡単に言ってのけた博士の言葉に、秘書は下の砂利に足を滑らせバランス
を崩しかける。が、博士は彼女の手を掴み転ぶのを阻止した。

「ちょ…!?8割ってホントですか博士!?」
「まあね、実のところ…この街に来る前に半分くらい謎は解けていたんだ。ただ…
どうにも良く分からない部分があるんだ。」


 あの茶封筒から始まった奇怪な事件の謎を、この何も考えていないように見える
博士は一人、すでに事件の謎を8割方解いているというのだ!その驚異的なパーセ
ンテージもさることながら、あまりにもデタラメな根拠と自信は一体どこから出て
くるのか?

「は、博士、どうやって8割も謎を解いたんですか!?嘘でしょ?」
「いや、本当さ。しかも一番重要なヒントは、我々の事務所を出る時に君が言った
言葉にあるんだよ。」

 唖然として博士の説明を聞く秘書には、自分が言った言葉の何が重要なヒントに
なったのか?皆目見当がつかずにいた。


「あの、私…何を言ったの?」
ティグリス川とユーフラテス川だよ。」


 その秘書の質問に博士は、完全に陽が沈んだ緑川町を眼下にしながら、にこやか
な表情で答えて言った。

 

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      (続く…)