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水面の彼方に 第12話

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         12  レンジャー対オルゴン 


 午後二十二時を過ぎた頃、秘書ら四人の女性たちは須永理事長の自慢のテル
マエ、大浴場を満喫していた。これ以降の時間には誰もこの大浴場を使う者は
いないので貸し切り状態であり、普段はこの時間以降にこのテルマエを利用す
るのは須永理事長だけである。

 古代ローマの神殿を思わせるような白い遺跡風の大浴場は、全てが石を組み
合わせて造られていて、とても暖かな印象と肌触りの良い優しい空間となって
いた。その白い石は須永理事長自ら、わざわざ現地まで足を運んで見つけてき
たものだった。地中海にある島で採れるという粘土状の石で、きめが細かいう
えに軽くて柔らかいその石は加工するのに適したもので、とても優しい肌触り
である。

 淡いターコイズアクア色のライトのお湯に、大浴場の中は甘いミルクの香で
いっぱいだった。ミルクには穏やかな気持ちにさせてくれる効果があり、その
柔らかい匂いは一日の疲れを取ってくれる。

「すんごい甘い匂い。まるでお菓子屋さんかなにかみたいね。」

 秘書がお湯に浸かり足を伸ばしながら言った。
隣の真理も身体を沈め、足を伸ばしリラックスした体勢で秘書の言葉に答えて
言う。彼女は毎日ここを利用している。

「理事長は酒とチョコレート以外にも、大変なミルク好きでもあるんですよ。
お酒と同じくらいミルクを飲んでいるの。胃に優しいんだとか何とかで…胃が
健康だと美容に良いんだって。」
「良美ちゃん、いっつも乳臭い匂いしてるもんね。そりゃあ乳もおっきくなる
筈だわ…。」

 おまけに浴槽の中は、柔らかいスポンジ状の物が敷き詰められてあり、その
不思議な弾力は心地良いことこのうえない。

 

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「…この柔らかくてふにゃふにゃした模様みたいの何なの?」

 胸までお湯に浸かり、手や足の裏にあたる奇妙な柔らかさを持ったスポンジ
状の模様のような物を見つめながら涼子が言った。仕事で立ち寄った筈なのに
、豪華な食事をご馳走になり、おまけに美しいお風呂にまで入っている涼子に
は、ここは天国のように思えた。

「海綿動物よ。身体全体が網目状の海綿質繊維で出来ている生物群で、ほら、
スポンジや化粧品に使われてる奴よ。」
「へぇ、そうなんだ。」

 光の説明に涼子は湯船の底の柔らかいスポンジ状の物を指で押してみた。
とても感触の良い弾力が指に伝わってくる。ちょうど涼子の足元には、巨大な
細長い海綿動物が敷かれてあった。カイロウドウケツという円筒状の海綿だ。

「…あれよ、男の人のアレも海綿質繊維で出来てるのよ?」
「ああーっ、だから伸びたり縮んだりするんだー!?」

 光の馬鹿な説明に秘書は大きな声で答えて笑った。
それを聞いた涼子は、足元の大きな細長い海綿動物の場所からゆっくり後ずさ
るように移動した。

 

      

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 秘書らがお風呂に浸かっている頃、理事長室に一人残った博士は涼子が持っ
てきた、事件の資料である数枚の写真などを見ながら地図を広げていた。部屋
は電気がついてはおらず、テーブルにあるステンドグラスの照明がぼんやりと
淡いオレンジ色を放っている。

 河川敷で見つかったという女性の皮だけ遺体、そしてそこから見つかったと
いう小さな緑柱石の欠片と古生物学者の写真…。皮だけの亡きがらは、博士が
写真の男の家で見たのとまったく同じものだった。

 緑川という町については、理事長のノートパソコンを使い調べてみたが、出
てきたのは僅かな情報ばかりである。人口は約五百にも満たない小さな町で、
夏のシーズンには僅かな客がペンションなどに泊まりにくる程度であり、これ
という目を引くものも特になかった。

 一つだけ、街の外れにある食品加工工場が情報として出てくる。
小さな町にしては割と大きな工場で、この緑川町唯一の大会社のようだ。三年
前、町に大きな工場を建設するにあたり一部住民とトラブルを起こしている事
が記事になっているが、和解し今ではそれらの問題も解決しているらしい。


 それと共に、博士はある小さな記事にも注目した。

 

       ”UFO出現!山中に秘密基地が存在か!?”

 ほんの他愛の無いどこにでもあるゴシップ記事ではあるが、博士はその小さ
な記事に目を通す。町に住む男が、神楽山を横切る奇妙な発光体を目撃したと
いう情報だったが、その男というのがどうやら問題のある人物らしく、信憑性
に乏しいとのことだった。例の工場建設でトラブルを起こしたという住民なの
である。


 博士はパソコンの画面から目を外し、一つだけため息を吐き出す。
やはり現地に足を運ぶ必要があるなと博士は思った。しかし、その街が何かの
謎の発生源だとすれば、敵の総本山である可能性もある。大っぴらに地図を広
げて動き回る訳にもいかない…となると、まずは例のトラブルを起こしたとい
う人物に会い、町の様子を聞くのが正解だろうと博士は思った。
 

「あら、電気くらいつければよろしいのに…。」

 自慢のテルマエに秘書らを案内していた須永理事長が部屋に戻ってきて明か
りを点ける。その手に持つお盆には、コーヒーとケーキがのっている。

「このチーズケーキ美味しいんですのよ?」
「こりゃ、どうも。」

 理事長は地図を広げて何かを思案している博士のテーブルにコーヒーとケー
キを置くと行儀よくソファーの隣に座り、地図にペンで印をつけながらケーキ
をほおばる博士をじっと見つめている。

「………ん?ああ、おいしい。これおいしい。」
「そうでしょう!?このお店のケーキ凄く美味しいんですの!」

 何かえらくご機嫌な様子で、理事長はそのお店のケーキのうんちくを語って
いたが、博士は腕を組んで地図とにらめっこをしていて彼女の話は頭には入っ
てはいなかった。

 四方を山に囲まれた町を挟みこむように流れる二つの川を地図上で確認する
と、博士は何か奇妙な感覚に陥った。緑柱石が採れるという緑川と、東側に流
れる黒川…。おや?と博士は思った。こんな地図を最近どこかで見たような気
がするからだ。


「何だか今晩は暑いですわね。」

 真剣に地図を見つめて何かが閃きそうな博士の横で、理事長は扇子のような
物でぱたぱたと顔を扇ぎ、長い髪の毛がさらさらとなびいている。何度か博士
の鼻先に理事長の髪が当たり、食べ物か?というくらい甘い香りがした。

 ちらりと横目で隣に座る理事長を見ると、同じくこちらをちらりと見つめ、
にやついた笑みを浮べながら自分の眼鏡のモダンと呼ばれる部分をかりかりと
噛んでいる。

 

         

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「理事長さん、あのねえ…。」
「はい、何でしょう?」

 どうしたらこんなに行儀のよい姿勢で待ちの状態を保っていられるのか?
じっとりとした、光さんとはまた違う瞳の眼力があるのでは、と博士は思う。

「あの子たち、二時間は戻りませんわ?女の子は長風呂ですの…。」
「……それはまた随分時間があるね、大変だ。」


 しばらく黙っていた二人だったが、堪えきれず突然吹き出して笑ってしまっ
た。特に須永理事長は顎が外れるのではないか?と、いうほどの馬鹿笑いであ
る。先ほどの淑やかな行儀の良さが嘘のように思えるほどの馬鹿笑いだ。

 もっとも、これが彼女本来の姿なのかも知れないと、博士は思った。

「こんなとこで油売ってないで、君も皆と一緒にお風呂行っといで。」
「はーい。」
 
 可愛らしい返事でぱたぱたと部屋を出ていった四十過ぎの女性を見送ると、
博士はコーヒーをひと口飲み干し、またも地図とにらめっこを始めた。 


 その時、突如として大学内の電気が消えた。

 

 

 大浴場の淡い照明が急に消えると、目の前が突然真っ暗闇に包まれた。
いきなりの事で少々パニックに陥ってしまった秘書だったが、先ほど博士が言
っていた事を思い出し、素早く臨戦態勢を整える。何者かが襲撃をかけて来る
かも知れないと博士は想定していたが、お風呂に浸かっているうちにすっかり
油断していたのだ。

 暗闇の大浴場内には他の女性たちの驚きの声が聞こえたが、敵の行動は想像
していたよりもずっと早かった。


 光は突然の暗闇に舌打ちしつつも、手探りでお湯から上がれる場所を探す。
電気が消えた時点で、敵が暗闇の中で動けるのだという事を悟ったのである。
探偵らを襲ったという暗殺者集団は、おそらく軍隊の訓練を受けた者たちであ
ると光は思った。当然ながら暗視カメラの一つくらいは装備しているだろう。
対する自分達は、バスタオル一丁で、下着の一枚も着けてはいないのだ…。

 そう思った瞬間、闇のなか光は背後から忍び寄る気配に反射的に振り返る。
だが、口元に布のような物を押し付けられられた瞬間、光は意識が薄れるよう
な感覚へと落ち入る。

       (”しまった…!クロロホルムだわ…。”)

 急に膝の力が抜け、光はその場に崩れ落ちた。
 

 

 

 

 

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 ふわふわと宙を浮くような気分の中で、秘書は自分の両手に強い痛みを覚え
て目を覚ました。

 目の前には大浴場の大理石の床が見え、僅かにライトの明かりのようなもの
が見える。どうやら発煙筒の明かりらしく、秘書は自分が床に倒れているのだ
と理解した。

「…目を覚ましたな?お前は特に危険人物らしいので、念入りに縛らせてもら
った。」

 上に目をやると、薄暗い大浴場の中に見た事のあるシルエットが見える。
あの家で戦った武装集団と同じようなかっこうをしていて、ヘルメットのよう
なものを被っていた。

 大理石の床に這いつくばっている秘書は、後ろ手に両手両足をきつく縛りあ
げられていて、まるで動く事は出来なかった。見ると、近くには真理や光さん
も同じようにバスタオルの上から縛りつけられている。

「…ちょっと!やめ…なさい、私は刑事なのよ…!?」
「お馬鹿…!」

 縛りあげられながら涼子は襲撃者に激しく毒ずいたが、自分を刑事だと告白
した涼子に光は怒鳴るように叫ぶ。

「ほう、そうか。」

 それを聞いた襲撃者は、更衣室の方へ歩いて行くと、全員の着変え籠の服を
ひっくり返すと涼子の服の中から警察手帳と拳銃、そして手錠を取り出した。
涼子は光が自分に怒鳴った意味を理解して唇を噛んで床にうなだれる…。


「…さて、のんびりしてられないんでな、知ってる事を全部話してもらうぞ?
抵抗するようなら、一人ずつ痛い目に遭う事になるが…。」

「あ、あの…全部知ってる事を話すわ…。他の人にはひどい事しないで…!」

 涼子は自分の拳銃をおでこに突きつけられ、あっさりとそう言った。
タオル一枚だけの完全な丸腰で、おまけに両手両足を縛られているのである。
自分一人ならどうなってもいいが、他の三人の命もかかっているのだ。襲撃者
の言う通りにするしかない…それは、涼子がここにいる他の者たちをこれまで
よりもずっと好きになってしまったからだ。

 だが、素直に全て話したところで、自分達の命の保証は無いのである…。


 秘書は自分がどんな状態で縛りつけられているのかも分からないくらい、
きつく縛りつけられ、見動きが取れなかった。当然、バスタオルを巻いてはい
るが、何も身につけてはいない状態で縛りつけられているのだ、こんな状況に
も関わらず、秘書は別の事を想像していた。もちろん、理由はある。

(…こんな恥かしい格好で縛られるなんて…博士にもされた事ないわ…ちょっ
と興奮し…)

 大理石の上で、秘書はもじもじと身をよじるとバスタオルがはらりとめくれ
てしまう…。

「あっ…。」

 


RAYMOND LEFEVRE-STORIE DI TUTTIIGIORNI 過ぎ行く日々の物語

 

 

 瞬間、秘書の中に物凄い力の渦が湧き起こり、手首にきつく巻き付けられた
ビニールテープを無理やり引きちぎってしまった。そして、両足首が縛られた
状態ながら、両手の力だけで床から飛び上がると、背中を見せている襲撃者へ
とドロップキックのような蹴りを放った。

「うおっ!?」

 男は突然の事によろけ倒れたが、防護プロテクターのおかげでダメージも
無く立ち上がり後ろを振り向いた。

「何だ…これは!?」

 振り向いた男が見たのは、足首のテープを足の力だけで引きちぎり、両目か
ら強烈な輝きを放っている女が立っているのが見えた。暗闇の大浴場にいきな
り電気が点いたような明るさで光を放っていて、それはこれまでに見たことが
ないような、不可思議な現象だった。

 襲撃者…基地司令官の藤原弘毅が見たのは、一昨日の晩、十二名の武装した
部下を叩きのめしたという二人の探偵…いや、この光る眼を持つ女の姿であっ
た。

 

 

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「女風呂で暴れるなんて良い度胸してるわね!?」

 女が仁王立ちしながら言い放った瞬間、弘毅は素早く動いて秘書にタックル
を仕掛けた。基地司令官の肩書を持っているのは伊達ではなく、レンジャー
部隊をやっていた弘毅の実力は油断して倒された部下連中とはまったく違う。

 だが、秘書は低い高さから入って来る男の頭付近に、とっさに上段蹴りを
お見舞いする。それを弘毅はさらに頭を下げ避けたが、秘書はさらに左足で
前蹴りを繰り出した。

 だが、武装した襲撃者はその蹴り足を見事にキャッチして秘書を捕まえる。

「ちょっ……やだ!?」

 片足を掴まれ、大股開き状態にさせられた秘書は、バスタオルのお股を両手
で押さえながらけんけんしてバランスを保とうとする。と、その右足を男の蹴
りで払われ倒される。

「痛っ…!?」

 大理石の上にしこたま腰を打ち付け、足をおもいっきり開いてしまった秘書
は怒りと恥かしさから興奮し、瞳をさらに激しく輝かせながら超人的な素早さ
で転がり起きあがった。

「壊れてもしらないよっ!?」

 怒りにまかせて、またも秘書は襲撃者へ先ほどと同じ左の正面蹴りを見舞っ
たが、これも男にキャッチされてしまう。

 またしても足を大きく開かせられたが、そこまでの行動を読んでいた秘書は
左足を掴まれたまま、間髪を入れずに右足で飛び上がると襲撃者の延髄付近に
強烈な蹴りを見舞った。

 

 

 

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「ごがっ…!?」

 物凄い音と共に、頭部を覆うヘルメットが粉々に飛び散るほど強烈な延髄蹴
りを見舞った秘書は、がくりと崩れ落ちる襲撃者の首に自分の両足をからませ
る。床に両手をつくと腰が浮き上がるほど太腿に力を入れて男の首を絞めあげ
るクルックへッドシザースというプロレスの基本技である。

 

  オルゴンの不可思議な力によって増幅された技の効果に、男の身体があっと
いう間に力を失いぐったりとなってゆく。すでにヘルメットは砕けていて、男
の顔は露わになっている。

 

 

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「あなた、そんな技どこで覚えたの?」

 壁際に身体を預けるようにしながら光は身体を起こすと、両足で襲撃者を
締め上げる秘書に言った。

「…博士とスパーリング!」

 その時、僅かに油断していた秘書は光の方へよそ見をしてしまった。
意識朦朧の襲撃者は首を両足で締め上げられながらも、一瞬の隙をつき秘書の
バスタオルに手をかけ、強く引っぱった。

「ひゃ…!?」

 秘書は慌てて手でバスタオルを抑えてしまい、技にかける力を一瞬だけ解い
てしまった。その隙に襲撃者は、転がるようにしながら一番近いところにいた
光の背後に回り込み、手にしたナイフを彼女の首に向け小さな声で言った。

「…誰も動くな、動けばこの女の首に突き刺す…!」

 後ろ手に両手を縛られて大理石の床にぺたんと座り込んでいる光の首に、男
は背後からナイフを突き付ける。光は見動き一つせずに、横目で背後の男を
ちらりと見つめた。男はかなりのダメージを受けているらしく、立っているの
もやっとの状態に見える。いずれにしても、ここから逃げ出せるほどの余裕は
男には無さそうに思えた。

 秘書は静かに立ちあがると、傍に倒れている真理の足のビニールテープを
引きちぎって彼女を自由にする。

「…真理さん、ここを出て誰かに知らせて下さい。」
「…ええ、もちろん!」

 両手はまだ縛られたままだったが、真理は立ちあがると大浴場を出て更衣室
の方へと走る。更衣室には縛られて転がっている須永理事長がいたが、まず今
は人に知らせる事が先だった。

「…理事長、少し待ってて下さいね!すぐ外に知らせてきますから!」

 真理は電気が消えた真っ暗闇の地下の大浴場を抜けると、人に知らせるため
に手探りで上の階へと向かった。

 


 縛られ動けない光を人質に取られ、秘書はどうしたらいいのか迷っていたが
、光はナイフを突き付けられながらもウインクして笑顔を見せる。何か策でも
あるのだろうか?

「…抵抗はしないわ。私を人質に連れてここを去りなさい。」
「…まったく今日はついてない一日だ。」

 襲撃者の男は息を切らせ、声を絞り出すように話を始めた。
おそらく時間を稼いで、僅かでも体力の回復を図ろうとしているのだと、光は
思った。

「…十年間も入院していた妹が死んだ…。おまけに女湯に忍び込んだ挙句、女
のたった二つの技でこんなに重傷を負わせられるとはな。北米でビックフット
を取り押さえた時に負わされた傷よりもひどい…!悪夢のような一日だよ。」

「あら、災難だったのね?女湯を覗いた罰だわ。」
「…そうかもな。因果応報って奴だ。」

「て、いうか、ビックフットなんて実在するの?」
「ああ…交配実験で生み出された動物だよ。最近じゃ、羽の生えた奴や吸血獣
なんかもいるらしいぞ…?」

 息を整えてはいるが、どうにも男は秘書に負わされたダメージを回復させる
事が出来ないようだった。男は声を振り絞り、光に聞こえるくらいの小さな声
で囁くように話す。

「…お前、間宮薫だろう?思っていたよりもずっと良い女だな…。」
「ありがと。あなた意外と悪い人じゃないみたいね。」
「…あの女の目の輝きは…何だ?一体あれは何の力なんだ?」

 二人の正面に仁王立ちしていた秘書の瞳の輝きが徐々に小さくなってゆく。
僅かに残っていたまぶたのアイシャドーもほとんどお風呂の湯気と汗でなくな
り、オルゴンの力が消えてゆく…。秘書は緊張を解き、バスタオルを胸の辺り
でもう一度しっかりと縛り直す。

「…何だと思う?」

 

 


I Will Survive - Gloria Gaynor instrumental cover by MIANGELVE

 

 

 光はもたれかかるようにして背後の男の耳元に囁く。
男は女の妙な行動に少々戸惑いつつも、彼女から発っせられる奇妙な匂いに
誘われ、ナイフを突き付けたまま金髪女の髪の中に鼻先をつっ込む。

 襲撃者の男はそれ以上何かをする力は残っておらず、ずるりと光の肩に崩れ
るようにしながら耳元に囁き返した。

「…教えてくれ。」

 一瞬だけぞくりと震え、光は瞳を閉じる。
そして次にまぶたを開けた瞬間、二つの瞳が怪しく輝き出した。

 

 

 

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「こういう事…!」 

 両足のビニールテープを脚の力だけで無理やり引きちぎり、座ったままの
体勢から光は自分の長い足で、背後の男の後頭部へ蹴りを入れると男の手から
ナイフが落ちた。足元がふらつき目の焦点も定まっていない。

 発煙筒の淡い明かりのみで、薄暗い大浴場の中、光の両目は燃えるような
ヘーゼルグリーン色に輝きを放っている。

 

 そして両手の拘束も引きちぎると蛇のようにするりと男の背後に回り、光は
何かの固め技に移行する。そう、プロレスの卍固めに近い形に男の身体を捉え
た。彼女の長い手足が絡みつき強烈に襲撃者を締めあげる。ぼきぼきという骨
が外れる鈍い音が鳴り響く。

「…必殺、マテリアル・ホールドよっ…!」

 

 オルゴンの力と強烈な絞め技によって襲撃者の男、司令官の弘毅は意識を
失いその場に倒れ込んだ。

 

 

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 縛られた手首の辺りをさすりながら、光は大理石の上に倒れ込んだ襲撃者を
見降ろす。お湯で濡れた床に、男の服のどこかから落ちた一枚のくしゃくしゃ
の写真があった。先ほど言っていた妹の写真だろう…。

「……この男、何者なのかしら?」


 襲撃者が動けないのを確認すると、傍に秘書がやってきた。
光はにっこり笑うと彼女の肩をぽんぽんと叩く。もちろん、これで安心出来る
訳ではなかったのだが。


(続く…)