ザ・怪奇ブログ

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水面の彼方に 11話

 

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           11 送り主の正体と侵入者

 
 夕食時間が過ぎ、ほとんどの寮生たちが食堂を出ていった頃、広い大ホール
の一番奥のテーブルで食事を取りつつ、博士らは先ほど突然秘書が言い放った
”茶封筒の送り主の正体”について語り合っていた。


 初めてこの大学へとやって来た涼子は食事の豪華さに驚きつつも、自分が関
わる事件がまたも奇妙な方向へとむかい始めたのではないかと感じた。
と、いうのも、何より奇妙な事は、茶封筒を送りつけてきた人物がここにいる
彼らの過去の事件について詳しく理解しているという事だ。それは警察に厳重
に保管された情報を得ているという事実である。

”…茶封筒の送り主は何者かしら?警察関係者?あるいは…変死体で見つかっ
たという被害者の仲間かしら?となると政府関係者、それか生物学者仲間の誰
かということになる…。”

 涼子以下の面々は食事をとりながら、博士が描いている人物画を興味深そう
に見つめていた。これは秘書が言った茶封筒の送り主と思われる人物のスケッ
チである。

 光や探偵の二人は面識がある涼子だが、僅かしか会っていない須永理事長や
今回初めて会う真理の事は、興味深く観察していた。

 初めて会った時、メイド服姿でフェラーリから降りてきた須永理事長を理解
する事は出来なかったが、なるほどこうしてじっくり見ていると、新興の芸術
大学を経営しているだけあり聡明な雰囲気に思える。ただ…いかんせん胸元の
アピールと香水?のフェロモン臭は強烈なもので、ぼうずの探偵が言う魔女と
いうのも間違いではないなと涼子は思った。

 と、頬杖をついて絵を眺めている理事長と目が合った。
彼女はじっとりとした視線を涼子に向けて小さく微笑んでいる。何かこちらの
考えてる事を見透かされているようで、涼子は彼女から目をそらし真理の様子
を眺めた。

 警察の資料で調べた彼女の過去と、事件の経緯から想像していた彼女の印象
が随分違うのではないかと涼子は思った。いま彼女は光さんと同じく山盛りの
フルーツヨーグルトを食べながら金髪のお姉さんとじゃれている。その姿に暗
い過去の面影は感じられない。


「あら、上手いもんですわね。」

 出来あがったスケッチを見て須永理事長が意外な表情を浮べた。
彼女は現在理事長職についているが、元々は西洋絵画専門の講師であり芸術家
なのである。

「事務所の小屋には、博士が貰った賞状が山ほどあるわ。」
「学生の頃のものさ。全部我流だしね。」

 そのスケッチは若い女性を描いたものだった。
ほっそりとしたスタイルに長い黒髪、そのカジュアルな服装はどこにでもいる
ような普通の女の子である。

「…これがあなたたちがコンビニで見たっていう女性で間違いないのね?」
「そう、絵の通りよ、絵の通り!」

 スケッチの女性を見つめながら、秘書は自身満々に涼子に言った。
茶封筒に残されていた買い物レシートから判明した送り主の痕跡。そしてここ
に来る前、そのコンビニに立ち寄った時に出会ったこの絵の女性が茶封筒の送
り主であると彼女は言ったのだ。

「でも、そのレシートのコンビニで会ったからって、何で彼女が送り主だと思
うの?その根拠は?」

 刑事である涼子は、絵の彼女が何故に茶封筒の送り主だと推測したのか?
さらに秘書に質問をぶつける。それは最もな話で、理由もなしに彼女が送り主
だと断定する事は出来ないからだ。

 秘書は食後のコーヒーを一口飲みその苦さに顔をしかめ、隣の博士の砂糖を
自分のカップに入れながら涼子の質問に答えて言った。

「根拠なんてないわ、そう思っただけ。」
「ちょ……あなた、隣の男みたいなこと言わないでよ。それじゃ何の証拠にも
ならないじゃないのよ!?」

 

         

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 腕組をしながら楽しそうに笑う博士と秘書を、睨みながら文句をつける若い
刑事に、秘書は真顔に戻ると茶封筒の送り主が彼女ではないか?という理由を
説明し始めた。

「ただ…奇妙だなって思ったのよ。この子、コンビニで博士を見てびっくりし
たの。この十年、博士と一緒にいてこの人を知ってる女の子なんて一人もいな
かったから。女の子の知り合いもいないし。」
「おいおい…そんな理由かい?」

 博士の方へ顔を向けると秘書は満面の笑みを浮べて笑った。
なにせ、茶封筒の送り主の正体に気がついた理由が、「博士に女の知り合いが
いない」というのだから…。

「でも…いくらなんでもそんな事でこの女性を事件の重要人物とは断定出来な
いわ。」
「うーん……あっ!そうだ、冷やし中華は!?茶封筒に入ってたレシートにも
冷やし中華を購入してたじゃない?あの時も、籠の中に入れてたわ!」
「だからー、そんなコンビニに売ってる商品くらいじゃ証拠にはならないし、
それじゃモンタージュも作成出来ないの。」

「いや…ちょっと待って…」

 山盛りのフルーツヨーグルトを食べながら、光が博士の描いた女性の絵を手
に取った。博士の絵は、コンビニで出会った人物のほぼ全身像を描いていて、
顔の表情も繊細に描写している。

「ねえ、この絵ってほんとにこの娘に良く似てる?」

 ヘーゼルグリーンの美しい瞳を精一杯絵に近ずけて見つめる光は、コンビニ
で出会った秘書に聞いた。

「ええ、もうクリソツよ!絵は博士の二番目の好きな事だもん。」
「…二番目?じゃ、一番目は何なの?」

 と、秘書はそれきり黙り、一瞬奇妙な沈黙が場に流れると彼女は無言で口を
大きく開けてしばらく後ろを振り向いたままだった。

 
「…いやね?この絵の子、日本人なのかな?って思ったのよ。」
「ほう、どういう事かな?」

 興味深そうに博士は絵を見つめる光に質問する。
この中で一人だけ外国人の血も混ざっている彼女ならではの着眼点を見せた。
もちろん、現代に生きる魔女としての知識も。

「…人類学、特に人類集団の起源を探る形質人類学の研究者たちがいうには、
この日本においても主に二つの起源を持つ人種が存在するそうよ。鼻の付け根
が低く、口元が出っ張りぎみの歯の大きな弥生人系。もう一つは鼻が付け根か
ら高くて太い、そして口が引っ込んでいる縄文人系…この二つの系統の明らか
な違いは同民族では到底考えられないという結論もあるのよ。」

「ふむ、弥生人の大陸からの渡来説だな。大きな頭部の弥生人、小さな頭部の
縄文人だ。」

 光は博士の言葉に無言で頷き、先を続ける。

「見て、この子の鼻根部から鼻柱にかけての高さ…鼻が高いっていうよりは、
せり出してるって感じよね?これはヨーロッパの白人にも中々いないタイプの
鼻なのよ…。確かに、偶然あなたたちとそのコンビニに居合わせた女性として
は、何だか凄く神秘的な感じがするのよね、この子…。」
 
 それを聞いたテーブルの面々は、しばらく無言でその絵の女性を見つめて
いた。光の言う僅かな気になる点を覗いては、まるで何処にでもいる普通の女
の子である。

「…じゃあ、この子のモンタージュ作成をお願いしますか?」
「いや、それはちょっと待ってくれ。」

 涼子の申し出に待ったをかけたのは、博士だった。

「…何故よ?モンタージュを作ればこの子がどこに住んでいるか、調べれば
そう時間はかからないと思うけど?」

「いや、そもそもあのレシートが無ければ、送り主の正体にはこんなに早くに
気がつく事はなかった筈なんだ。あれを茶封筒に入れたのはアクシデントなん
じゃないかと思う。たまたま、封筒に入ってしまったんだと思うんだよ。彼女
は封筒で自分の正体を明かしてはいない事から、彼女の素性が知れてはまずい
のかも知れない…。」

「でも、それじゃあこの事件の謎は解けないんじゃないの?」
「うーん…もう少し何か事件の背景というか、何かが理解出来れば…」

「じゃあ、もう一回そのコンビニに行ってみたら?この子、また現れるかも
知れないじゃん?」

 そう提案したのはしばらく黙っていた真理だった。

 

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「あら、どうしてそう思うの?」
「どうしてって…なんかコンビニが好きそうな気がして、私も好きだから。」

 答える真理の肩を、光はにやつきながら肘でつんつんとこずく…。
あまりにもスキンシップがしつこいので、真理は仕返しに光のお尻をぱちんと
ひっぱたいた。
 
「…で、そのコンビニってどこの街にあるのよ?」

 涼子は博士に例のコンビニのレシートを見せてもらい、スマホで地図を検索
する。出てきた地図を見て、涼子は「あっ!」という小さな驚きの声を漏らし
た。

 何故なら、そのコンビニのある市街地のすぐ近くに、先ほど利根川警部から
報告があったばかりの、珍しい緑柱石が採れるという「緑川」が流れていたか
らである。

「ねえ?この川って……こんな偶然ってある?」
「ないね。どうやら何らかの繋がりがあるみたいだな。」

 二つの奇妙な事件が同じ場所で繋がりを見せた事に驚きつつも、涼子は地図
を見せながらさらに博士に質問した。

「ちょっ…そうだ!この絵の子、コンビニを出て車でどっちに向かった?」
「そうだなぁ、確かこちらの山の道路に向かって走り去ったっけな。」

 地図上で博士の示した方向にはほとんど山ばかりであったが、県道六号線が
一本だけ山の中に続いている。そしてその道は緑川町という小さな町に繋がり
そこで途切れていた。

「…町があるわ。なら、絵の女性が車で戻っていったというのは…この緑川町
ね?謎の茶封筒の送り主は、ここに住んでいるのかしら?」
「緑川町か…遺体から見つかった緑柱石が採れるという川の流れる町。ここに
何かの謎が隠されている可能性が高いな。」

 二つの奇怪な変死事件の手掛かりが、偶然にも一つの町に繋がった。
偶然が重なり開けた一本の道、県道六号線から続くその道は、まさに地獄へと
向かう一本道だったのである。

 

 

 

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 辺りは日も落ち、深い森には暗黒の闇が訪れた午後二十一時過ぎ、基地司令
の弘毅は単身、二人の探偵が逃げ込んだと思われる聖パウロ芸術大学の建物へ
とやって来ていた。途中ジープを森に乗り捨て、この大学まで徒歩で数キロも
の距離をやって来たのである。全身暗い緑色の防護服で身を固め、もちろん銃
の一つくらいは持ってはいるが、小さな護身用程度であり、ライフルなどの大
きな物は持たずに来た。

 十数年ものあいだ昏睡状態が続き、先ほど亡くなった妹の手続きを済ませ、
弘毅はすぐに仕事に戻った。もちろん最後まで自分が見送るという気持ちは強
かったが、今はこちらの用事を片ずけなければならない。

 
 暗がりの中から白い建物が見えてきた時、砂利道の外れに一台の車が止めて
あるのが見えた。屋根に赤色灯が取り付けてあるところから、どうやら二人の
探偵の仲間と思われる刑事もやって来ているようだ。


 その時、通信用の連絡が入った。部下の白石からである。

『…司令、妹さんの事はお悔み申し上げます。あの…何でしたら我々がそちら
に…』
「おい、馬鹿を言うな。もう現地に着いた。これから作戦行動に移る。」
『…司令、充分お気をつけて、そちらには例の稲本光とやらも潜伏しているか
も知れません。昨日の空港モニターに映る彼女を確認済みです。何かー』
「おい、おい、お前はこの俺が女の三人や四人に遅れを取るとでも思っている
のか?」
『…いえ、そんな事は…』

「ものの五分で、全員縛りあげて連中の知ってることを全て吐き出させてやる
さ。少々荒っぽい方法を使っても…そんなとこを人に見られたくないのでな?
だから一人の方が都合がいいだろう?」
『…なるほど、個人的には大変興味がありますが…あっ、司令ー』
「何だ?」

『…実は上から、例の計画の予定を早めろという指示が出されたそうです。
これはたぶん、今回の我々のミスが原因らしく…事が公の場に出る前に例の
計画を行い、速やかにプロジェクトを終了解散させるのが目的のようです。』 
「もみ消しだな…まあ、それもしかたない。」
『…明後日に計画を行うそうです。最悪、不満分子の追跡は後回しにしても、
ということらしいですが…』
「分かった、では通信を切るぞ?万が一にも私がしくじった時は…お前が例の
計画の指揮をとれ。いいな?」
『…はい、分かりました。では…』

 弘毅は通信を切ると、それを握り潰し草むらの中に放り込んだ。
例の計画が早期に行われるという事は、それだけ不満分子や情報の漏洩を我々
が抑え切れていなかったからだ。ここで自分がしくじったとすれば…もはや、
我々の組織は役に立たないとみなされ、最悪「消されて」しまうだろう。


 そんな事を考えながら、弘毅は闇に紛れ聖パウロ芸術大学の建物へとやって
きた。下から見上げると、なるほど要塞並みの建物で、入口は螺旋階段を上が
った二階部分にあり、一階には窓らしきものもなく、二階にある窓もひどく小
さなもので人が侵入する事は難しいと思われる…。

 それもその筈、この大学は理事長を中心とした”女の楽園”なのだ。
むろん学ぶ者の中には男性もいるし、男の講師もいるだろう。だが、ここには
代々”魔女”が住むという逸話があり、そういう意味では女を中心とした楽園
である、というのはけして間違いではない。 

 おまけに見た目以上にやっかいなのが、大学建物全体に張り巡らされた警戒
セキュリティーの防備である。弘毅が持つセンサーの様な機械で、建物全体に
それらの警報装置が接置されている事が分かる。二階の玄関から無理やり押し
入る事は簡単だが、十二名の暗殺部隊を倒した得体の知れぬ女の力を甘く見て
はいない。出来るだけ静かに、そして素早く大学内に侵入しなくてはならない
のだ。それも他の人間たちに知られる事なく、である。

「…となると、あそこしかないな。」

 そこで弘毅が考え付いたのは、聖パウロ芸術大学の最上部…時計台の小さな
開き窓から侵入する事だった。下から見たところ、他の窓とは違い板もガラス
も備え付けられてはいない。時計台の鐘の音を響かせるために、窓は開いたま
まになっている。無論、あれだけ高い所から侵入してくる者など、鳥くらいの
もので、まさか賊が押し入るなどと考える者はいないだろう。


 暗闇の中、弘毅は音も無く聖パウロ芸術大学の壁をジグザグに登りつつ、大
きな三角の屋根を登る…聖パウロ芸術大学、唯一の侵入口を目指して…。

 

 

 

 

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 明日の朝一番で、緑川町へ向かう事になった博士を部屋に残し、残りの女性
たちは自慢のテルマエを見せるという須永理事長の案内で、地下の大浴場へと
向かった。

 この大浴場は普段、男性用女性用に分けられ寮生に開放されている。
去年かなりの高額を投入して造られた、須永理事長自慢のテルマエなのだ。

 テルマエとは古代ローマの公衆浴場であり、中世ヨーロッパ時代「ペスト」
が大流行するまで西洋人たちの間で親しまれてきた娯楽施設である。言うなれ
ば「風呂」なのだが、ロココ調装飾に異様なまでの執着を見せる須永理事長は
、それらを利用した豪華で美しい大浴場を建造させたのだ。

「こちらですわ、真理さん以外はここへ来たことないでしょう?」

 案内されたのは、全体が大理石を使った地下のホールで、アーチ型をした
二つの入口がある。その内の「 Signora 」と掘り込まれた文字の通路へと
須永理事長は皆を案内した。

 脱衣所と思われる場所は、まるで豪華な遺跡を思わせるような作りになって
おり、その先には驚きの光景が待ち受けていた。

「うわ…凄い綺麗!」

 秘書は脱衣所の先に広がる、階段状に造られている神殿のような大浴場を見
て感嘆の声を上げる。流れるお湯は、驚くほど鮮やかなターコイズアクア色を
していて、見る者を穏やかな気持ちにさせてくれる…。

 天井から降り注ぐ淡いライトの光が、美しい色のお湯に反射してきらきらと
宝石のような輝きを放っていた。聞こえるのは、さらさらと流れる水の音のみ
で、まるで天国のような癒しの空間が広がっていたのである。

「…良美ちゃん、これまたえらいお金かけたわね?」
「ええ、そりゃあもう!毎日二時間くらい入ってますわ。」

 あきれ返るほどの大浴場に、光は文句を言う気にもなれずおどけた表情で服
を脱ぎ始めた。もちろん真理と秘書も楽しそうに後に続く。

「あ、あの…私は今晩は遠慮しー」

 何だか照れ臭そうな涼子の背中を、光は押しながら言った。
その時にはもう彼女のスーツの上着を脱がしながら。

「なに言ってんのよ、ほら、涼子ちゃんも一緒に入った入った!」
「あ…あら、ちょっ…と!?」
「それじゃあ皆さん、ごゆっくりどうぞ。」

 ほとんど無理やりに近いかたちで涼子も仲間に加えて、四人のスィニョーラ
は美しい大浴場の奥へと入っていった。この時、秘書はもちろんの事、涼子も
光も、お風呂というくつろぎの空間で完全に気を緩めていた。


 しかし、すでに大学内には誰にも気ずかれる事も無く、密かに侵入者が潜入
していたのである。

 

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      (続く…)