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水面の彼方に 25話

 

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            25   静寂の街で


 資料館の中は、もう何年も前から時が止まったままの状態に見えた。
入り口付近に貼ってあるポスターもかなり古いもので、1992年と書かれてあ
る。おそらく、その頃からすでにこの資料館を利用する者は少なかったのだろう。
薄暗い玄関先にあるカウンターにも誰もいなかった。


「…ふむ、むしろ探し物をするのには好都合だな。」

 博士はそう言うと足早に奥の薄暗い本棚の方へと向かう。 
地方の街にしては中々の本の数だったが、そのいずれの棚にもほこりがかぶってい
た。昔はこの町にも子供が沢山いたのだろう、児童文庫や童話などの本が入り口付
近に並んでいる。 

「博士、何の本を探すの!?」

 乱雑に並べられた本棚を覗き込むようにしながら秘書が言うと、静まりかえった
資料館の中で驚くほど自分の声が響いた事にはっとして口に手を当てる。ここは敵
が潜んでいるかも知れない街なのだ。不用心な振る舞いは命取りになると、秘書は
感じた。

 が、意外にも博士は和やかな笑みを浮かべながら傍へとやって来ると、秘書の頬
を軽く撫でながら通り過ぎ、次の本棚へと足を向ける。

「いや、本を探してる訳じゃないんだ。こういう地方都市には必ずあるもので…
おっ、この辺かな?」


 博士が足を止めた本棚には、ファイル状に収めてある地方紙らしき物が並んでい
た。古いものから年代別にずらりと並んでいて、その数はざっと見ても三十冊はあ
り、消えかかった文字で1950年代と書かれたものがある。

「その街の出来事を知るには、その街の地方紙を見るのが一番なんだよ。」
「えっ?博士、これ全部目を通すの?」
「まあね……んっ?」

 本棚を見ていた博士は、奇妙なものを見つけて覗き込む。
ずらりと並んだ地方紙ファイルに僅かな違いがあったのだ。三冊ほど僅かにずれて
少し飛び出している。

「…ほら、この三冊だけ最近誰かが手に取って見た跡があるんだ。」
「ほんとだ、これだけ棚から抜いた跡があるわ。」

 そのファイルにはそれぞれ、1985年、1965年、1945年と書かれてあ
る。


 博士はさっそくその三冊を手に取ると、奥にある長テーブルへと持ってゆく。
そして木の椅子に腰かけ、85年のファイルを開いた。

「さて…何が書いてあるのか…おや?」

 ファイルを適当に開いた博士は奇妙なものがあるのに気が付く。
あるページに何か紙のようなものが挟まっており、たぶんしおりのような物である
と思われる。

 少しのあいだ博士は腕を組み考えてから、おもむろに別の二冊のファイルも開け
て見る。そのどちらにも同じようにある記事ページに紙が挟めてあった。さっそく
博士は最初のしおりが挟まった85年の記事にじっと目を通した。


「博士、何か書いてありました?」
「おっと…こいつは凄い。」

 

 

       < 炭鉱で事故!作業員三人行方不明。>


   1985年、4月20日

   炭鉱洞内の石油採掘施設において、爆発事故のため作業員3名が行方
  不明となった。洞内を捜索3日後、作業員の制服並びに長靴などが見つ
  かり、さらに洞内の石油採掘ポンプ付近で3名の白骨死体が見つかる。
  その後、事故検証中に落盤事故で怪我人多数。
  以後、同炭鉱閉鎖、入口を立ち入り禁止とした。

 

   同 4月20日

   落盤事故による炭鉱入口閉鎖後、炭鉱洞内よりこれまた行方不明だっ
  た少年少女8名が戻ってきた。彼らは洞内より出てきたとだけ告げたが
  、どこから洞内を抜けたのかは不明。記憶の欠如が見受けられる。
  また、彼らの一人は白骨死体で発見された作業員の1人の子供であった。

 


 博士はすぐに、65年の紙が挟まったぺージの記事も読む。
奇妙な事に、85年と同様の事故が起きたことが書かれてあったのだ。もう一冊の
ファイルを開けることなく、博士はまたも腕組みをして僅かなあいだ思案する。


「…こいつは奇妙な話じゃないかい?我々がやっとの思いで来た町に、数十年単位
で奇妙な事故が起きてる。これは偶然の産物とは思えないんじゃないかな?」
「白骨死体…ですもんね。」

「しかもだ、もっと奇妙な事はこの三つのファイルさ。何者かがこのファイルを
過去に見ているんだ。恐らくは…そう、今から数年前だな。」

 椅子に座る博士の後ろに立っている秘書は、博士の顔を不思議な表情で覗き込ん
だ。

「あら、博士どうして数年前だと分かるんです?」

「…20数年おきに事故が起きているからさ。たぶん6、7年前にこれを見た者が
いるはず。理由は…我々と同じようなものかも知れない。このファイルを調べなき
ゃならない事態になったのだろうね。」

 と、博士の隣の椅子にゆっくり腰かけると、秘書は自分の顎に手をかけて薄暗い
資料館の中を横目で見渡しながら囁くように話す。

「……て、いう事は、この街の事件は今もまだ続いてる…ってこと?」

 緊張の面持ちでいる隣の秘書の小さな顎を博士は片手で掴むと、僅かに上に向け
自分の方に向けさせる。眼鏡が下にずれ、開いた唇から可愛らしい息が漏れる。

「ふむ、必ずしも…可愛いな、っと…必ずしもそうとは限らないな。その炭鉱だが
ね、現在は潰されて跡地に大手の食品加工会社が出来てるんだ。数年前に炭鉱で大
規模な火災が起きて埋め立てられたそうだ。街の外れにある丘の上に建設されたん
だよ。おまけに……何色?」
「…え?何色って…」

 顎を掴まれたまま秘書は博士の奇妙な質問に困惑する。
その間も、彼は至近距離でにこやかにじろじろと自分の顔を見つめていた。

「今日は何色?」
「……薄いグレー?かな…?」
「…口紅の色聞いたんだけどな…おまけに、この三冊のファイルはちゃんとこの棚
に戻されてある。たぶんこれを見た者がここにきちんと戻したんだろうね。」

 博士の言葉に秘書は少しだけ安心しながら、自分の両足をぴったりくっつけて
座り直すとファイルを見ながら言った。

「なら、問題は解決したのね?よかった。」
「ただねえ…問題なのは、俺たちがここでこのファイル記事を見る事は”必然”だ
ったんじゃないかって思うんだ。」
「必然…かならずそうなってたって事?」
「そう、このファイルを目にするといー」

 

 と、博士は急に言葉を切ってその場に立ち上がり、資料館の奥をじっと見つめ
はじめた。そしてコートのポケットに両手を入れると、ゆっくりとその方向へ歩い
てゆく。

「…博士?何かありました?」

 秘書がその後を追いかけてゆくと、博士は壁際に立ち何かを覗き込んでいる。
壁には一枚の真新しい紙が貼ってあり、何か文字が書かれてあった。

 

            ” 丘へ向かえ! ”

 

「…丘へ向かえ?丘って…さっきの事故が起きた炭鉱の場所でしょ?」
「そうだね、今はもう無いが。」

 博士は紙を壁から剥がすと、四つ折りにしてポケットにしまい込み、資料館の中
を見回す。もちろん、この寂れた地方都市の資料館には彼らのほか誰もいない…。
だが、貼られた紙の真新しさはどう考えてもごく最近、ここに貼られたとしか考え
られなかった。

「…ほら、やっぱり俺たちがここに来る事は必然だったみたいだね。」


 そう言うと博士はファイルを三冊手に取ると、秘書と共に薄暗い資料館を後に
した。

 

 

 

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 基地司令の藤原弘毅が地下基地の外へと出たのは、正午を少し過ぎた頃だった。
とはいえ、すでに弘毅は基地司令の立場では無いのだが、どうにも地下基地の様子
が気になりこの緑川町へと戻ってきていた。

 案の定、例の計画は入江杏博士の言う通り準備不足のためか、地下基地内は混乱
をきわめており、セキュリティーも甘く弘毅は簡単に基地内を出入り出来たのであ
る。

 もっとも、すでに計画が実行された今、この地下基地自体に価値は無く、中に
いた研究員や科学者たちはすでにここを退去した後だった。基地内に残っているの
は恐らく新たな司令となった白石の部隊のみで、後は彼らが問題の「物」をあの
場所から入手出来るかどうかなのである。

 唯一つ問題となるのは、最悪の事態が起きた場合、この地下基地そのものを爆破
させるという事だ。その爆破にはこの小さな街そのものを犠牲にする事になるので
ある。もちろんここに住む5百ほどの人口と共に、である。

 弘毅にはそのことが気になり、一度街の様子を見るため地下基地を出たのだ。
地下基地の全てを知る弘毅にはいくつもの出入り口を知っており、今出てきた場所
は神楽山の麓にある森の中だった。


 その時、上空を大きな音と共に黒塗りのヘリコプターが弘毅の真上を通過してい
った。その行き先は山中にある地下基地のヘリポートである。そして、そのヘリに
誰が乗っているのかも弘毅には分かっていた。

「…ふん、謎の出資者様のご到着だな。」

 会ったこともないし、どこの誰か名前すらも分からなかったが、弘毅にはその
人物がこの地下基地のプロジェクト全てに資金を提供している人物であると知って
いたのである。

 一度会ってみたいと思ったが、今は街の住民の様子を確かめるのが先だと弘毅は
思い、山を下りるため足早に移動を始めた。

 

 

 

 

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 資料館を後にした博士と秘書の二人は、もう少し街の様子を見ておこうと思い、
メインストリートから裏通りに入った。裏通りはさらに人の通りも無く、寂れ具合
もさらに激しくなっている。喉が渇こうにも、自動販売機すら置かれていない。

 数ブロックほど歩いて、また元のメインストリートへと戻ってきた時、ようやく
博士は口を開いた。

「気がついたかい?早紀君。」
「何がです?」

 ある家の軒先を指さして博士は囁く。
そこには平垣の角に水を入れた透明のプラスチックボトルが数個置かれてあった。

「この街に来てからあちこちで見かけていたんだ。かなりの家の玄関先にあのプラ
スチックボトルが置いてある、それはつまり…」
「この街って、野良猫が多いのかしら?」
「そう、猫だよ。だけど、この街に入ってからまだ一匹も見ていない。」

 そう言うと博士は裏通りを振り向き、数軒の玄関先に水が入ったペットボトルが
置かれているのを見る。これらは太陽の光が水に反射してキラキラ光るのを猫が嫌
がるというのを利用した「猫除け」のものであるが、近年ほとんど効果が無いと言
われているのだ。

 効果があまり無いとしても、それらが沢山の家に置かれてあるという事はこの街
自体に野良猫などが多いという事である。にもかかわらず、ここまで一匹も目にし
ていないというのは少し奇妙であった。


「駆除されたりしちゃったとか…?あるいは、田舎だから熊とか猪とかいてみんな
逃げちゃったとか…?」
「いや、猫を捕えられる動物はいないんだ。猫の動きはー」

 博士が言いかけた瞬間、秘書は歩道の上で素早く猫のような仕草をしながら言っ
た。

「電光石火のように早い!」
「……そう、よく知ってるね?電光石火のように早いんだ。」

 博士はまた歩き始め、ほとんど無人のメインストリートを足早に進みながら話を
続ける。

「猫という生き物はその素早い動きで相手の「目」を狙うんだよ。どんな生き物も
目を潰されたらどうにもならない事を良く知っているんだ。猫が人の目を覗き込む
のは信頼の証でもあるんだろうね…おっ?」


 と、人気のないメインストリートの一角にある中華飯店の入口に、二人の男が何
やら話をしているのが見えた。

 一人は中華飯店の店主と思われる頭にタオルを巻いた小太りの男で、もう一人は
みすぼらしげな野球帽の小男である。何か騒がしげに会話を交わしていて、いずれ
の男も年の頃は四十くらいと思われ、博士はこの街に来てから初めて活動的な人物
を目にして、片方の眉毛を上げる。彼らなら何か話が聞けるかも知れない。


「やあ、調子はどうだい!?」

 道路を挟んで声をかけた博士は、悠々と車の通らない道路を横断して彼らの方へ
と近ずいてゆく。二人は突然の事に驚き、会話を中断して博士の方を見つめる。

「…あんた正気か?こんな客の来ない店が調子良い訳ないだろ?店の売り上げより
このジュースの自動販売機の方が儲かってるっていうくらいで…」

 何故かキレ気味の中華飯店おやじの言葉を無視するように、博士は入口の蝋細工
で出来たメニューをしげしげと眺める。天津飯が皿から外れ逆さまになっている。

「見たところ、町のもんじゃないな?」

 野球帽の小男が奇妙な物でも見るように博士を見ながら声をかけた。
彼は使い古した緑色のスタジアムジャンパーのポケットに両手をつっ込んでいる。

「まあね、ちょっとある事件を調べてここまで来たんだ。数年前の工場建設につい
て…」

 その博士の言葉に二人の男は顔を見合わせる。
その二人の反応で、どうやらこの話について何か知っているのではないかと博士は
感じた。いや、もしかするとこの二人は…

「…あんたら新聞記者か何かかい?」
「ま、そんなところかな。」
「そうか!そうじゃないかと思ったんだ!」

 スタジアムジャンパーの小男は、満面の笑みを浮かべて博士の肩をぽんと叩き、
人通りの少ないメインストリートを見回してから、中華飯店の入口へと手招きして
言った。

 

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「まあ外で立ち話ってのもなんだからな、この野郎は料理の腕前だけは確かだ。
何か食いながら話そうや!」
「…なんだーこの野郎!?料理の腕前だけだとコラー!?」

 いきなり店の入り口で、掴み合いの喧嘩を始めた二人を唖然と見つめる博士と
秘書に、ヘッドロックをかけられながら野球帽の男が言った。


「なんでも聞いてくれ。俺たちは当時”奴らと”ひと悶着を起こした当事者だから
な。ところで…ギャラは出るのか?」


 陽気なスタジャン男の言葉に、博士と秘書の二人は顔を見合わせ笑った。 

 

(続く…)