ザ・怪奇ブログ

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夜の観覧者 33話

 

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      33  消えた201号の男と、最後のコーヒータイム… 


 10月8日 運命の夜…

 二階の201号へとやって来た博士たちは、部屋の入口の鍵が開いている事
に少々とまどいながらも、中に向かって声をかけてみた。

 しかし暗い部屋の中から返事はなく、博士は後ろの二人へと顔を向けて言っ
た。

「…今は緊急事態だし、中を覗いてみよう。」

 音もなく部屋の中へと入ってゆく二人の探偵の後ろを、千枝子も慌てて追い
かけながら続く。

 博士たちが部屋の中に入り、まず驚いたのは広い部屋全体に置かれている
かつら用のマネキンだった。薄暗い部屋の中では、まるで人の生首かと思える
ほど良く出来ているマネキンである。それらに様々な色や髪型のかつらが乗っ
ていた。

 それと共に全体像のマネキンもいくつか並んでいて、それぞれ洋服が着せて
あった。広い部屋はまるでブティックの店内のごとく迷路のようになっていて
、明かりの無い室内は不気味さを醸し出している。

「…博士、これじゃあ部屋の主が何処かに隠れていても分かりませんよ?」

 小さな声ですぐ後ろを歩く秘書が博士に囁く。
彼は薄暗い室内の、マネキンの間に背を低くして辺りを見回す二人の女性を
振り返った。しばらく博士はぼんやりと二人を見つめながら緊張感の無い声で
秘書に答えて言った。

「いや、彼はもうここへは戻らないんじゃないかな?そんな気がする。」
「…それにしても、どうしてこんなに沢山かつらがあるのかしら?」

 と、秘書は傍にあるかつら用のマネキンを見つめながら、一人呟くように言
った。

「…たぶん、彼には必要だったんだろうな。おい、あそこ…」

 博士が指さす方向に、寝室への扉が見えている。
ドアが僅かに開いていて、中からほのかに薄明かりが漏れている…。

「…博士、何か嫌な予感する。」
「うん、でも中を見てみよう。」

 博士はそろそろと半開きのドアを開けると、部屋の外から中を覗く。
寝室は小さな小部屋になっており、人が隠れている様子は無かったが、木で作
られた机の上、とても古い書物の上にとんでもない代物がいた。

「博士、蛇がいる…!」

 机の上の、開いてある古めかしい書物の上にとぐろを巻くように一匹の蛇が
いて、部屋に入って来た侵入者を威嚇している。大蛇とまではいかないが、か
なり大型の蛇でその白い身体は太く、威嚇する口の中は驚くほど黒かった。

「…ブラックマンバだ。世界一の毒蛇だよ。これは…恐らく本の番人だな。」

 博士は蛇の下にある古い本に視線を移し、その本が何か今回の事件の謎を解
くものであると確信があった。その開いたページには赤い線で六芒星が描かれ
てある…。

 

 

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「この蛇…何とかならんかなぁ。」
「…どかしましょうか?」

 千枝子が机の傍までやって来て、博士に言った。
相手はコブラ科・世界一の猛毒を持つと言われる気性の荒い蛇である。

「私、小さい頃に蛇飼ってたんです。」

 彼女はそう言うなり、机の上で鎌首を上げ威嚇する蛇の正面に立つと、まと
もに両手で毒蛇の首を掴んでしまった。そして近くのゴミ箱に蛇を投げ込むと
その上に荷物をのせ蓋をした。

「わあっ!あなた凄い。」

「…………!?」

 秘書は涼しい顔で毒蛇を処理してしまった千枝子に感嘆の声を漏らす。
博士は唖然としながらも、机の本へと視線を移しそれを手にする。

 と、それを手にした瞬間、博士は本がまるで生き物であるかのように動いた
気がして慌てて床に取り落とした。

 その本の表紙は動物の皮で作られたごつごつとした物で、何故か魚が腐った
ような不気味な匂いが漂っている…。

「は、博士これ見て…!」

 もう一度本を手にする博士の防寒着の裾を引っぱりながら、秘書が慌てて声
をかけてきた。

 振り向いた博士は、壁際に無数に張られた写真を見て驚く。
それはこの数週間の連続殺人事件に関わる全ての事柄と思われる、事件現場の
様子を写したものだった。その中には、警察当局が写したとしか思えない事件
後の写真もいくつか存在している。

 六人のオカルト仲間たちの無残な姿の中に、今も意識不明の利根川警部らし
き人物の写真もあった。これはどうやら自分で撮った写真のようで枚数が一番
多い。

 そしてこれも自分で撮ったと思われるのが、坂崎神父の最後を写した写真で
ある。これにはいくつか靴やナイフを持つ手が写り込んでいて、この部屋の主
であると分かった…。

「…つまり、この部屋の住人は、一連の事件を全て把握している、という事だ
な。暗闇の魔女が起こした三件の事件も含めてね。予想外の事はありながらも
巨大な血の六芒星をこの街で作っていた張本人だよ。」


 博士は壁に張ってある写真を全て取ると、本を手に寝室を出た。
 

 


 夏美の部屋に博士たちが戻ったちょうどその時、涼子の携帯が鳴った。
通話の相手は、利根川警部が入院している緊急病院である。そしてその相手は
誰あろう、これまで意識の戻らなかった利根川警部本人だった。


「まさか、ほんとに警部なんですか?」
『…そうだ、ついさっき意識が戻ったとこだ。』
「よかった!警部、心配しましたよ!ほんとに…」

『…すまんな涼子君、だが今はそんな事を言ってる場合じゃない。そこに大橋
君はいるのか?彼と彼の部隊のおかげで私は命を落とさずにすんだ。しかも彼
らの言う事には、モラヴィア館周辺から未知の高エネルギーが発生しつつある
そうだ…そこで何か起きているか?』
「え、ええ、確かに妙な事は起きてますけど…彼の部隊って、何の事です?」

 涼子は通話しながら、横に立つ大男の刑事をちらりと見つめる。

『…大橋君の所属は陸軍だ。非常事態専門の特殊部隊だそうだが…彼らの調べ
で分かった事を伝えてほしい。』
「陸軍の特殊部隊ですって?彼が?」

 涼子は驚きを露わに声を出して言った。
隣の大男は何か、まいったなという表情で博士の方を見る。彼は納得したよう
に小さく頷きながら若い刑事に言った。

「そうか、どうりであの隊長…”親父さん”に似ている訳だ。」

「僕は次男坊ですが…。」

「え?博士、隊長って…あの雪山の時の?」

 博士は秘書の質問に頷いた。
二度もあの双子岳で出会った陸軍の隊長…。
傍に立つ若い刑事は、彼の息子であるらしい。どことなく頑丈そうな身体や、
少し潰れ気味の大きな鼻が、確かに親父さんに似ているなと秘書は思った。

『…いいか涼子君、201号に住む青山昇という男はこの国にも、そして他の
国にもどこにも情報がまるで無いそうだ。国籍も住民登録も無い…だが、私を
襲ったのは間違いなく彼だ。写真を見せてもらったから間違いない。彼は恐ら
く、オカルトまがいの集団のリーダーだろう…彼を止めるんだ…い…か…』

 と、何か雑音のようなもので電波が途切れてしまい、それから何度かけ直し
ても携帯は繋がらなかった。
 

 

 

 

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 時刻は二十二時を過ぎていたが、何事も起こらずに時間ばかりが刻々と過ぎ
てゆく。このモラヴィア館から出る事も出来ず、201号の青山という男も、
姿を見せることは無く、自分の部屋にも戻っては来なかった。

 依然として鏡には不気味な物が映し出されていて、水の中を漂うかのように
ゆらゆらと蠢き続けている。


 モラヴィア館の住人が全て集まる博士の部屋に、千枝子がコーヒーを持って
戻って来た。彼女はいつものウェイトレス姿に着替えていて、いつもかけてい
る度の強い眼鏡は外してきていた。

「おっ、千枝子君、わざわざすまんね。こんな夜更けに…。」

 博士が嬉しそうに、彼女の持ってきたコーヒーを手にソファーへと座る。
秘書も同じくカップを手に隣へと座った。

「どういたしまして、たぶんこれが最後の仕事になるかも知れないし。」
「あら、最後って…どう言う事?」

 気になる事を言った千枝子に夏美が聞く。
彼女はこのモラヴィア館のマスコット的な存在なのだから、仕事を辞めるとい
うのは夏美にとっても寂しいものがある。

「お店たぶん無くなると思うし、一度家に帰ろうかなって。」
「ああ、そうか。そうね…あのお店って、下柳会長がお金出してたんだっけ。」

 夏美の質問に答える千枝子は、これと言って感慨深くも無く、飄々と答えて
言った。

「それは残念だなぁ。」

 コーヒーを啜りながら今度は博士が千枝子に言う。

「……どうしてですか?」

 千枝子は小首を傾けながら奇妙な物でも見るかのように博士に聞いた。

「明日の朝は下で早紀君と、また君の作るトーストが食べたいなと思ってたん
だよ。」
「ええ、メイプルシロップをかけてくれるなんていう気使いが素敵よね。」

 博士と秘書の言葉に、しばらくの間千枝子は口をぽかんと開けて彼らがコー
ヒーを飲み終えるのを黙って見つめていた。


「でも、良かったわね涼子さん。警部の意識が戻って。」
「ええ、ありがとう。」

 夏美が涼子に声をかけると、まだ若い彼女は涙ぐみながら笑顔でお礼を言っ
た。夏美の隣に立つ菫も、一緒に涙をこぼして喜んでいるが、母親である夏美
には父親代わりでもあった神父を失った娘の心の痛みも、感じられた。

 昔の悲しい記憶が戻ったというのに、こんなに早く立ち直り自分を慕う事が
出来たのも、坂崎神父との出会いが荒んでいた菫の心を救ってくれたからなの
だと夏美は思った。 


「…出資者としてのボスは下柳会長だったとしても、オカルト信奉者たちの
リーダーはあの青山という男なんだろうね。血の六芒星や様々な闇の知識は、
あの本から得られたものだと思う。」

 その古い本は今、ソファーに座りながら光が読んでいる。
というのも、本はラテン語で書かれており、それを読めるのはヨーロッパ生ま
れの彼女だけだったからだ。

 かなり古い時代に書かれたその本は、人の血で書き記されているらしい。

 

「これ…異端禁制の書だわ。」
「光さん、何ですか?それ…。」

 秘書が本を読む光の傍にやって来て、興味深そうにそれを覗き込むと、ちょ
うどそこには無数の骸骨が山積みされた恐ろしい図が描かれてあった…。

「…早紀君、近所の本屋とか図書館辺りに置いてない本の事だよ。」

 

 

 

 


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 異端禁制の書は、15~18世紀にかけてヨーロッパ一帯で起こった魔女
狩りと共に行われた取り締まりによる処分、焼却を免れた極めて貴重な書物の
一群である、と博士は説明した。

 現在でもオカルティストや大学の教授などの間で大事に保管されていて、
中でも有名なもので、ヘルメス「魔法哲学」、ゲーベルの「探求の書」さらに
ユダヤ神秘主義「光の書」、フラッドの「錬金術の鍵」などがある。

 中でも最も危険な書として禁制された本が、狂えるアラブ人、アブドル・
アルハズレドが著わしたという、死者の魂を招く術について書かれた禁制本
ネクロノミコン」であった。

 そのアラブ人は、アラビア南部の大砂漠で一人きりで十年間を過ごし、名も
ない都市の廃墟の地下で、人類以前の古い種族が書いた年代記を発見した。
晩年、彼は自分の知った秘密を著書にまとめたが、白昼大勢の人の前で目に見
えない怪物に食い殺されたそうだ…。

 いずれも正気の者が目にするのを避けるために、これらの書物は禁制本とし
て扱われているのである。

 


           『 Ars magna 』

 

 ラテン語アルス・マグナ(大いなる秘法)と記されているその書物の中ほ
どのページに、例の血の六芒星らしきものがあった。その結びにこんな一節が
書き記されている…。


                   Omnis…

           Persona non grata…


「…オムニス、ベルソナ、ノン、グラータ…。」

 ほとんど呟くような小さな声で光は言葉にしてみた。


「光さん、こんなん読めんの?」
「まあ、一応はね…スイス生まれだし。」

 博士も近くにやって来て、その奇妙な一節を見つめながら光にその意味を
聞く。

「…これはどうやら扉を開くための魔法陣に間違いないみたい。で、扉を開く
目的というか意味なんだけど…この最後に書かれた言葉の存在を、この世界に
解き放つ事らしいわ。そのために六芒星の各場所に生贄…血を流させる必要が
あったのよ。」

 博士の部屋に集まった者たちは全員、無言で光の顔を見つめる。
彼女の言う、”解き放つ”という言葉に得体の知れぬ不吉さが感じられたから
だ…。

「血…?どうして次元に穴を開けるために人の血が必要になるというの?」

 いまいち光の説明に理解出来ない涼子は首を傾けながら聞いた。
確かに、物理化学的な次元連結を行うのに、何故その材料として人の血が必要
になるというのか?

「それは、奴らをおびき寄せるための…つまり「餌」よ。」

 その説明を聞いてもなお、刑事の涼子には光の言葉の意味を理解する事は
出来なかった。もちろん、この部屋に集まった者たちのほとんど全員が…。


「それで、その言葉の意味は?」
「…全ての歓迎されない者…よ。」


 光はその忌まわしい本を閉じ、ため息を一つ吐き出しながら答えて言った。


(続く…)