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夜の観覧者 25話

 

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             25  悪魔からの招待

 10月8日 正午…


 鏡の裏は狭い通路になっていて、そこからカビ臭い湿った風が寝室に吹き込
んできていた。

 割れた鏡の破片を一つ手に取ると、それを覗き込むようにしながら光は寝室
に集まった者たちに説明を始める。

「見て、この鏡マジックミラーなのよ。」
 
 説明を始めた光は、このモラヴィア館全体の鏡がマジックミラーである事を
告げた。

 マジックミラーとはガラスの裏面に半透明の水銀を塗ったもので、明るい場
所からは普通の鏡に見え、暗い場所からは普通のガラスに見えるという物であ
る。それは発生した光の強さにより起こる現象を利用したもので、夜ガラスを
明るい部屋から見た時、自分の姿が映るというのがマジックミラーの原理だ。

 博士の部屋を暗くして、実際に光が隠し通路から鏡を覗き込んで見る。
すると、確かに光の姿がぼんやりと映って見えていたのだ。

「…この人、なんかむかつく…。」

 しきりに部屋の中にいる涼子に向かって、光はミラーの向こうからモデル
ポーズを繰り返して見せている…。


「…つまり、この館全体の鏡が、覗き穴になっている訳か。この館を作った奴
はかなり悪趣味ね。で、この爺さんがこれを利用してたって訳?」

 涼子は暗い鏡の裏を覗き込みながら、光の説明に答えて言った。
狭い通路は人一人がやっと通れるようなものだったが、左右に伸びていて先が
どこまで続いているのかはここからでは窺い知れない。

 夏美が何かを思い出したように口に手を当て、菫の方を見ながら言った。

「前に私の部屋に住んでた男が言ってた、誰か見てる!ていうのは…この事だ
ったのかも…。鏡に浮き出た「スペクテータ」って言葉も…ひょっとしたら、
この事なのかしら?」
「観覧者って事ね、これなら辻褄が合うわ。幽霊とか化物の類でないんだから
ね。実在の人間がやってた事だし…そりゃあ真夜中に部屋の鏡に人が映ってる
んですもの、恐怖で逃げるのも無理はないわ。」

 寝室に戻りながら涼子は言った。
手品のようにタネがあるものが見つかった事で、刑事の涼子は活き活きと動き
始める。彼女はどんな現象にも理由のつく回答があるはず、と考えている人間
だったから。

「…確かに、マジックミラーなら夜部屋が暗い時に鏡を見れば、ぼんやりと鏡
の向こうに立つ人影くらいは見える筈よ。「観覧者」の謎は解けたわね。そう
文字通り「夜の観覧者」だわ。」

 涼子は光や博士の方に向かって言ってのけると、得意げな表情で笑った。
博士は寝室の割れた鏡を、片膝をつきながら熱心に見つめている。

「でも、それだと変じゃないか?夜にマジックミラーを見れば自分の姿が映っ
てしまう。マジックミラーなのに自分の姿を見せるなんて随分まぬけな奴じゃ
ないか。それに、夏美さんが見た例の血文字は…どんなタネがあるというんだ
い?」
「むっ…あなた往生際が悪いわね…。で、どうなの?お爺さん。夜中に覗きや
ってたんでしょ?」

 すっかり意気消沈している204号室の老人は、今や逃げようなどとは考え
てもおらず、涼子の言葉に答えて言った。

「…わしだってミラーの仕組みくらい知っとる。夜に覗いたりはせんよ。それ
に、男の部屋を覗く趣味なんかありゃせんわい。わしがもっぱら覗いてたのは
この修道女さんの部屋じゃ…。」

 唐突な老人の言葉に、菫は口に手を当て驚きの表情で夏美を見る。

「ちょ…あんた人の娘、覗き見するとは良い度胸してるじゃない!?」

 その言葉にすぐさま反応した夏美は、両手で老人の首を絞めた。
慌てて菫は夏美を止めようと、後ろから暴れる母親を抑えようとする。


「それより、もっと重要な事があるの。」

 光は老人の方へと近ずいてゆくと、寝室の皆に言って表情を曇らせた。
さらに悪い知らせがあるのだろうかと一同は緊張する…。

「どうやらこの館の中に、例の殺し屋が入り込んでいるらしいの…。私もさっ
きそいつに襲われそうになったわ。どうもこの隠し通路が地下の下水に繋がっ
ていて、そこから出入りしてるようね。」

「という事は、教会の神父様が双眼鏡で見たのは…モラヴィア館へやって来た
その殺し屋かも知れませんね…。」

 大男の刑事が言う言葉に、菫は自分の両手を胸の前で組み目をつむる。


 その時、涼子の携帯に知らない番号から通話が入った。

「…誰かしら?仕事用の携帯なのに見た事の無い番号だわ…。」
「涼子さん、こんな時ですから、何かの非常用の連絡かも知れませんよ?」

 近くへとやって来た大男の刑事が、涼子の携帯を覗き込みながら言う。
涼子は小さく頷き、皆の顔を見回しながら携帯を開いた。


「はい。どなた?」
『…私くし下柳清五郎様の執事、白川と申します。急な事と思いますが、下柳
様からあなた方にお話があるそうで御座います…』

 通話先から聞こえてきたのは、とても静かで上品な老人の声だった。
自分の事を白川と名乗った老人は、オカルト組織のトップと思われる下柳清五
郎の執事であると告げた。

 つまり、敵側の総大将じきじきに話があるというのである。

「…ほんとに来た!どうしよう、下柳会長が私たちに話があるって…!でも、
こんなにタイミングよく向こうから連絡が来るなんて…」

 涼子は驚きも露わに一度携帯から顔を離し、部屋の連中に伝えた。

「盗聴でもされているんじゃないですか?」

 大男の刑事が言った盗聴という言葉に、博士は小さく頷いて涼子の通話に耳
を傾ける。


「…話って何ですか?分かってると思うけど…私たちとあなた方はー」
『はい、存じております。下柳様はあくまでもあなた方と話がしたいそうで…
もちろんこちらから送り迎えさせていただきますが…』

「あの…私たちが敵であるあなたたちの所へほいほいと行くと思います?当然
危険があると考えるのが普通じゃありません?」
『…はい、ごもっともで御座います。だから会長は商社ビルへあなた方を招待
したいと申しております。ご存知でしょう?下柳ビルの存在は…。』


 当然、涼子は知っていた。
東京でも一、二を争う超高層ビルの一つで、下柳グループの中心的企業が入っ
た総合商社ビルの一つである。通称Sビルと呼ばれており、その他の企業やテ
ナント、飲食店も多数入っている…いわば東京の観光名所の一つだ。

 つまり、下柳会長は、様々な人が大勢行き交う場所を話し合いの場所に設定
してきたのである。これは…乱暴な事態を避ける意図があることを、我々に示
しているのだ。


「…Sビルだって?やっこさん、かなり焦っているようだな。向こうは情報が
欲しいんだろう、たぶん話し合いたいというのは本当だろうね。惑星直列が起
きるまで、あまり時間が残されていないし…」

 にやりと笑いながら話す博士の言葉に涼子は小さく頷いて見せる。


「…分かりました、行きます。」
『では、これから一時間後に車でそちらへ伺います。それでは…』

 携帯を切ると涼子は表情を引き締め、皆の方を向いて言った。

 

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「あと一時間後に車で迎えに来るって。私一人で行くわ。それなら…何かあっ
ても、あなたたちには害は起こらない…。」
「では、私も行きます。」

 刑事二人で行くという提案に、いきなり異を唱えたのは、意外にも夏美であ
った。

「待って、下柳清五郎なら私一度だけ食事を一緒に食べた事があるの。別れた
旦那の紹介でね…。一体何が起こってるのか、私自身であの老人に聞いてみた
いのよ。だから、私も行くわ。」

 そんな夏美の傍に、菫が語らずとも考えは同じだという表情で立った。
残る博士や秘書の態度を、光は腕を組みながら楽しそうに様子を窺っている。

「あー…涼子くん、こういうのはどうだろう?迎えに来るという車が、我々
全員乗れるような大きな車だったなら…我々も乗って行こうじゃないか。」

 と、博士の耳元に秘書がひそひそと囁くように耳打ちした。

「…博士、どうして向こうが大きな車で来ると思うんです?」
「ん?ああ、そりゃあ…敵さんは我々全員を見ておきたいと考えているからだ
よ。」

 意味深な博士の言葉に、またも涼子は眉をひそめてつっかかる。

「それ、どういう意味よ?ていうか、あなた何か知ってるのね?」
「博士はいつでも何かを知ってるわ。」

 さらに謎めいた言葉を秘書が口にすると、涼子はさらに眉をひきつらせなが
ら、博士に言葉の意味を聞き出そうと近ずいてきたが、彼は自分の口に人差し
指を当てて、目で部屋中を追って見せる…。

 その博士のジェスチャーに涼子も何かを悟り、それ以上聞き出そうとはしな
かった。

「…いいわ。大きな車で来たなら、皆で行きましょう…。」

 それで話はつき、迎えの車が来るまでの一時間、各々は支度を始める。
もちろんそれまでは、バラバラにはならず博士の部屋で時間を過ごしていたが
、それはちょうど昼の正午になろうとしているところであった。

 

 

 そろそろ一時間が経過しようかという頃、今だ奥の寝室で化粧中の光と秘書
の二人を残し、残りの者は迎えの車が来るのを緊張の面持ちで待っていた。

 それもその筈、ここまでの数々の謎が下柳会長との会談で解けるかも知れな
い…あるいは、何かの危険が待ち受けている事も充分考えられる。


「…それにしてもあの二人、化粧に時間かけるにしても程があるんじゃない?
私たちはパーティーに行くんじゃないのよ?分かってんのかしら…」

 いらいらとしながら時間を待つ涼子は、いつまでも化粧に時間をかける寝室
の二人に毒ずきながら部屋の中をうろうろと歩き回る。

「そうだ、君ちょっと頼みごとがあるんだが…」
「何ですか?」

 博士は部屋の隅で拳銃の点検をしている大男の刑事の傍へとやって来て、小
さな声で言った。

「…何よ?」

 それを見た涼子も、眉をしかめながら大男の刑事の所へとやって来る。

「いや…涼子君、これは男同士の話なんだ…今は遠慮してくれんかね。」

 若い刑事も涼子の方を見ながら小さく頷いて見せると、彼女はあからさまに
不機嫌な顔で元の窓際へと戻り外を見つめながら座った。


 博士は部屋の隅へと向かうと、大男の刑事に他の者に聞こえないくらいの小
さな声で話はじめる。

「…君の情報網を使って、ある事を調べて欲しいんだ。くれぐれも内密なもの
なんだがね…。」
「…何です?」

 博士は注意深く後ろを振り向くと、涼子が部屋の隅からこちらをじっと睨ん
でいるのが見える。

「…それを語る前に、先に報奨の話をしようと思うんだが…どうだろう?」
「………報奨…お金ですか?分かりますよ、そうそう私のような者はにわかに
は信じられないでしょうから。」
「いや、信じていないとかいう事ではなくて、確実にその情報を仕入れてもら
いたいんだ。そのための報奨だよ…。」

「…そうですか、しかしそれだけの重要な事とは…恐らくリスクが伴う事に
なるんでしょうね?しばらく考える時間が必要になるかも知れませんよ?それ
で、報奨はいくらなんですか…?」

 ひどく真剣な表情で大男は博士の答えを待った。
これまでこの若い刑事が見せた事のないほど、表情がこわばっている…。

「いや…お金じゃない、涼子君のパンチラ写真3まー」
「やりましょう。確実に情報を仕入れますよ。」

 博士が言葉を言い終える前に、大男の刑事は満面の笑みで言いきった。

「…そ、そうか。やってくれるか…そんなに早く返事をくれるとは…」
「いえ、好きな女性のパンチラ写真は男のロマンですよ。家に帰ったらパソコ
ンのデスクトップにします。」

「うむ…そうだよな。何なら金髪魔女のパンチラ写真もおまけに…は、いらな
いか…」
「いえ、一緒に戦う仲間の女性のパンチラも男のロマンです。ああ、あなたの
秘書さんのは見せてもらえないんですか?僕の好きな人のは見てるんだから、
僕も見る権利はあると思いますが…?」
「グ、グムー…!?一理あるな…し、しかたない…。」


 何やら男二人でこそこそと携帯をいじっていると、寝室から化粧を終えた光
と秘書が戻ってきた。

 

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「おまたせ、あれ?博士何してんの?」
「な、何って…そんな事より君、ちょっとアイシャドー濃くないかい?」

 光さんはいつもの事だが、秘書までも同じように濃い目のアイシャドーを
入れていて、何やら女二人でにやにやと含み笑いをしていた。

 部屋に戻った二人の服装は、何とも女の子スタイルの涼しげなもので、その
ミニスカートは、敵の大将へと決戦に向かうものには見えなかった。街に繰り
出すギャルスタイルそのものである…。

 当然、涼子はそれを見るなり憮然としながら文句をつけてきた。

「…あのねぇ、街に遊びに行くんじゃないのよ?大体そんな服装で、もしも敵
が私たちを葬り去ろうと攻撃してきたらー」
「まあまあ、それより下に車が来たわよ?」

 光は窓の外をちらりと見て、館の入口に車が止まった音を聞いた。
皆で窓の下を覗くと、十五人くらいは乗れるんじゃなかろうかという黒い車体
のリムジンが止まっている。

「…あんなド派手な車で来るなんて、敵さんは私たち全員に用事があるらしい
わね。じゃあ、ご招待に応じましょう。ほら、おめかししたのが役に立ちそう
じゃない?」

 言うなり光は先頭に立って、部屋の出口へと優雅に歩いてゆく。
秘書がそれに続いて小走りで光の後を追いかける。薄い生地のフレアスカート
がふわりと風に舞う。

 それを見て、益々不機嫌な表情で涼子も部屋の出口へ向かったが、その両足
は多少がに股気味ではあるがすらりとして綺麗だった。

 夏美と菫も部屋の出口に向かい、中には男二人だけになっていて、大男の
刑事が隣に立つ頭一つ下の博士に聞いた。

「何で女の子の足って、あんなに魅力的なんでしょうか?」
「食べ物だからさ。」

 コートのポケットに両手をつっ込みながら、先に博士は部屋を出て行く。
大男の刑事は楽しそうにその後に続いた。

「…冗談とは思うけど、そういう発想はなかったなぁ。そうか、食べ物なら魅力
的な筈だ!」


 運命のこの日、夏美らはオカルト組織の首領とされる、下柳会長に会うため
一度モラヴィア館を離れた。

 

 

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      (続く…)