ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

夜の観覧者 34話

         f:id:hiroro-de-55:20200419202923j:plain

 

            34   観覧者の謎


 10月8日 運命の夜…

 時間ばかりが過ぎてゆき、とうとう運命の惑星直列まであと一時間と迫って
いる頃、涼子と大男の刑事はモラヴィア館の中をあてもなく動いていた。

 今回の事件の鍵を握っているであろう、青山という男を捕まえるためではあ
るが、彼はほんとに今もこの館の中に残っているのだろうか?残っているとす
れば、一体彼は何をやろうとしているのだろう?

 相変わらず外へは出られず、その外にはいたるところにスナイパーが配置さ
れていて、こちらの様子を館の外から窺っている。例え、館の中で青山という
男を逮捕出来たとしても、外の連中をどうにかする事は出来るのだろうか?

「…ねえ、あなた陸軍の部隊のメンバーなんでしょ?ついでに外の連中も何と
か出来ないのかしら?」

 少々きつい言い方で涼子は後ろを歩く若い刑事に言った。
何せ自分の正体を隠していたのだから、涼子としては何とも面白くなかったの
である。

 彼の説明では、陸軍に席を置く…とは言っても公には知られていない秘密の
機関に所属する部隊だそうで、どこにもその存在は知らされていないらしい。
知っているのは政府の一部の連中のみで、何かの有事に活躍出来るように配備
された組織であるという。

 彼は利根川警部を見つけるとすぐに病院に運び、適切な治療及び、意識が
戻るまで警部を病院で護っていたのだそうだ。あの緊急病院には彼の仲間が
多数配置されていたのである。

「陸軍の部隊とは言っても、僕たちは戦闘が主ではありません。どちらかとい
うと科学者集団に近いんです。この館の外にいる連中はプロのスナイパー集団
でしょう。私たちではどのみち敵う相手ではありませんよ。」

「そう…じゃあ、私は自分の仕事を遂行するために、青山という男を捕まえる
しかないわね。あなたは…どうするの?」
「僕も今は刑事です。あなたと一緒に彼を逮捕しますよ。」
「ええ、今だけは…ね。」

 目の前に拳銃を構えながら、涼子は五階のゴミだらけの暗闇を歩く。
それきり彼女は言葉を発っする事もなく、ずっと黙っていた。

「あの…涼子さん。さっき撮った携帯の写メですけど…あれ、あなたにお渡し
しますね。」
「えっ?」

 と、涼子は後ろの彼を振り返った。
暗がりの中で涼子は、携帯を差し出す彼の方を黙って見つめる。

「…それはいいわよ。だってそれあなたの携帯だし…私も嫌で撮らせた訳じゃ
ないし…あの…うん…。」

「ほんとですか?じゃあ、ここを出られたらもう一度撮らせてもらってもいい
ですか?今度は涼子さんの私服で!」
「嘘でしょ?さっき一時間も撮り続けてたのに……いいわ、ここを出れたら、
ね!一番可愛らしい服着て行くわ。」

 照れながらうつむき加減に涼子は言った。
五階の窓から見える外の街は、相変わらず謎の大停電のために暗かったが、館
の中よりはいくらか淡い明かりが中へと漏れて入る。

「楽しみだなぁ!とりあえず、来週の休日辺りでー」
「…危ない!」

 

 

 

         f:id:hiroro-de-55:20200419152320j:plain


 暗がりの中、大男の刑事よりもさらに数センチ以上も上の闇に、突如として
驚くほどぎょろりとした白い目が涼子には見えた。次の瞬間、鈍い音と共に、
大男の刑事は床へとばたりと倒れ込んだ。

 暗がりに人影のようなものが見え、その手に何か光る棒状の物が見える。
と、その人影は身をひるがえすと暗がりの中へと紛れ込むように消えてゆく。


「…りょ、涼子さん!追っちゃだめです…!あの人たちのところへ…戻って
下さい…。」

 床に倒れ込んだ彼の頭の傷を見て、それほどひどい傷ではないなと判断した
涼子は、素早く立ちあがるとまたも拳銃を構え人影が消えた暗がりの方へと顔
を向ける。

「冗談じゃないわ!絶対に捕まえてやるっ!」

 大男の刑事が倒された事で、すっかり熱くなってしまった涼子は、闇の中を
人影を追って走り出した。

 



 

      f:id:hiroro-de-55:20200419153429j:plain


 若い刑事二人が戻る間、博士の部屋に残った夏美らモラヴィア館の住人は、
刻一刻と迫る午前零時の惑星直列を目前にして、まんじりともせずにいた。

 一人の例外を覗いて…。

 皆、バラバラに座り、一体何事が起きるのか?と身動きもせずに黙って様子
を窺っている中、博士は部屋中をうろうろとしながら何かを考えたり、不気味
なものが映る鏡をしげしげと覗き込んだりしていた。

 街のど真ん中に”次元の穴”が開くかも知れないという大災害を前にして、
おまけに館に閉じ込められた状況で、外は自分達を狙う射撃手たちがうようよ
取り囲んでいる…いわば絶対絶命の状況である。

 そんな、緊張している現在、博士は一人だけ美術館に訪れたお客であるかの
ように、コーヒー片手にあちこち動き回り、眺めては一人関心している…。

「あの…そこのおじさん。」

 その彼の奇妙な行動に、とうとうしびれを切らせた夏美が口を開いて言っ
た。鏡を見つめていた博士は、夏美の方を振り向き言葉を発っする代わりに
片方の眉毛を上げる。

「…ここまで見てきた中で、あなた幾つかの場面でこの事件の予測が当たって
危険を回避してきたでしょ?あなたの様子見てて、この先の出来事も何か解決
する秘策かなにかあるんじゃないの?」

 その夏美の希望的予測に、禁制の書を読んでいた光も顔を上げ、博士の方を
見つめる。部屋の者は皆、一斉に博士の方を無言で見つめると、僅かなあいだ
奇妙な沈黙が部屋内を支配した。

 

 

 

 


「いや、全然ない。」

 さらりと言ってのけた博士の言葉に、光は椅子から滑り落ち、夏美は唖然と
して肩を落としたためブラの紐がずり下がった…。

「…だって、あなたここまで名推理で当たってたじゃない!?」

 肩が大きくはだけた服装の夏美は、外れかけたブラを手で押さえながらも
むきになって反論する。

「博士のは偶然ですよ、偶然!ね?博士。」
「……まあ、偶然だな!」

 秘書と博士はお互い納得しながら妙な事で頷いている。
おまけに二人とも満面の笑みで…。

 

 

       f:id:hiroro-de-55:20200419153635j:plain

 

「ただ…さっきからこの鏡を見てて気がついた事があるんだ。」

 落胆の色が見える夏美に向かって、博士は言った。
相変わらず鏡の中には、何だか分からないものが渦を巻くように蠢いていて、
奇妙な淡い光を放っている。

「…地球上で最も巨大な目を持っている生物を知っているかい?」

 何とも悩ましげな姿で胸の辺りを抑えている夏美の傍までやって来た博士は
、上から見降ろすような位置で彼女に奇妙な質問をする。

「さあ…ゾウか何か?」
「いや、答えはダイオウイカだ。目の大きさは大きい物で最大五十センチも
あるそうだ。ご存知のようにダイオウイカは体長数十メートルにもなる巨大
生物だ。」

「それが何なの?」

 椅子から滑り落ちた光が立ちあがりながら博士に聞いた。
そして彼女は部屋に一つしかない大きな鏡の前までやって来る。

「深海で生活する生物たちにとって、光を捉える事は非常に困難な事だ。した
がって、より獲物を捉えるために、巨大な目が必要になったんだろうね。」

 博士は説明しながら鏡の前まで来ると、不気味な物を覗きこむ。

「…ほら、時々見えるこの丸い奴を見てくれ。ずっと見てたんだが、どうも目
なんじゃないかと思うんだよ。」
「目ですって…?だってこれ、八十センチくらいあるわよ?」

 光の言うように、鏡の中に白い大きな円形状の物体がゆらゆらと水の中を漂
うかのようにゆっくりと蠢いている。それは一メートル近い大きさがあった。
時折、真ん中に縦に線のような物が現れては、閉じたり開いたりを繰り返して
いる…。
 
「…て、博士、これ生き物ってこと?」

 秘書の驚きの言葉に博士は小さく頷くと、さらに説明を続ける。

「もしも、こんな巨大な目を持つ生物が存在するならば、恐らく深海の生き物
並みに、いや、それ以上に過酷な場所で生活をしている筈なんだ。激しい水圧
とか、光が射す事がいっさい無い闇の中とか…とてつもない重力のかかる場所
とか。いずれにしても、そんな場所は地球上には存在しないだろうね。」

「地球上に存在しないって…じゃあ一体どこだっていうのよ?」
「さあね、それは分からない。でも…ひょっとすると君が見たという、鏡の血
文字「観覧者 」は…」

 その時、突如として目の前の大鏡にあの時と同じく、血で書かれた文字が
忽然と浮かび上がった。


               ” spectator ”


「何これ!?」
「ちょっ…と、これいつの間に…!?」
「瞬きした時には、もうあったぞ?」

 そして皆が驚きも露わに口々に何かを言うあいだに、さらに別の文字が浮か
んできたのである。
 

                ”Omnis ”

             ”Persona non grata”


 それは先ほど光が見せた、禁制本に書かれた血の六芒星についてのくだりに
記されていた奇怪な文字である。それが不気味なものが蠢く鏡の上に、突如と
して浮かびあがった。。

「…全ての歓迎されない者……観覧者…。」

 ちょうど、博士が言っていた巨大な目玉のような物体が、まるでこちらを
じっくりと凝視するかのように、瞬きのようなものを繰り返している。

「じゃあ博士、このイカの目玉みたいな奴が、観覧者の正体ってこと?」
「…断定は出来ないが、そういう事もあるかも知れないな。」


 その時、モラヴィア館の上の階から数発の銃声が鳴り響いた。

「…五階からよ!?涼子ちゃんたちに何かあったんだわ!」
「行こう。」

 

 部屋にいた全員が外の廊下に出ると、そのどの鏡にも血文字で書かれた例の
観覧者という文字が浮かび上がっていた。

「こんな事が出来るのは、恐らく一人しかいない。」
「…博士、暗闇の魔女、でしょ?」
「たぶんね。」

 博士は五階への階段へと走りながら腕の時計をちらりと見た。
時刻はあと十分ほどで午前零時になるところである。何かモラヴィア館全体が
不気味な軋み音をたてはじめていて、全ての鏡が先ほどよりも強い光を放って
いた。

「…これ、この鏡の光!あの時に見たのと一緒だわ、お母さん!」
「え?」

 一番前を走る光は、階段を駆け上がりながら菫の言葉を聞いて思った。
”次元の扉が開きかけているんだわ…!”と。

「誰も鏡には触れないでね!どこかに飛ばされてしまうわよ!?」

 

 

     f:id:hiroro-de-55:20200419154936j:plain


 真っ暗な五階まで全員がやって来ると、光はあちこちの使われていないガス
ランプにライターで火を点けてゆく。動き回れるくらい明かりが灯り始めると
、あちこちの床に血の痕が点々と残されていて、その痕はどんどんと例の老人
がアトリエにしていた小部屋へと向かって続いている…。

「…見て、この壁の前で消えてる。と、言う事は…」
「この壁の向こうに何かあるな。」

 光は壁に開いた小さな穴を見つけると、その四つの穴全てに自分の指をはめ
てみた。すると奥の方でカチッという小さな音がして、壁が少しだけ開いた。

「隠し扉ね。それじゃ…行くわよ?」

 僅かに開いた扉の奥から淡い明かりが漏れていて、何か異様な匂いがこちら
に流れ込んでくる。その壁を光は無理やり左右に押し開く。

 その先は大きな通路になっており、緩やかな上り坂が上に続いている。

「…つまり、六階への通路ってわけか。」

 その通路にも、点々と血が床に残されていて、埃にまみれた石畳の通路には
幾つかの足跡がついていた。それらは上に向かって続いていた。駆け足でその
スロープを登り切ると、広いホールのような場所へと出る。


「涼子ちゃん!」

 壁際に涼子と大男の刑事がうずくまるように腰を落としていて、男の方は頭
に怪我を追っているようすで、力無く床にぐったりとしている。

 広いホールの中央に髪の長い女のような人物が立っていたが、振り向いた
その顔立ちには見覚えがあった。青山という男である。彼は肩の辺りから血を
流しているが、何事も無かったかのように楽しそうに笑っている。


 中央には巨大なプリズムが置かれてあり、天井から降り注ぐ月の光に反射し
て、壁二面にある巨大な合わせ鏡に当たっていた。そして、そこには到底あり
えない代物が映し出されていたのである。

「嘘でしょ…何あれ…!」

 十メートルほどもある二つの大きな壁鏡に、奇怪な物が映し出されている。
モラヴィア館全ての鏡に映し出されていたものとほとんど同じか、それよりも
巨大な物の蠢く姿が映っていたのだ。

「…青山さん、もう逃げられないわよ!?」

 涼子はしゃがんだ状態から拳銃を青山という男に向けて言い放った。
その背の高い若い男は、両手を上にあげながら、何とも愉快そうに笑って涼子
の言葉に答えて言った。

「逃げるつもりなど無いよ。僕は抵抗なんてしない。捕まえるなら捕まえると
いい。僕を逮捕したところで、この街はもう終わりだけどね。」
「…あなた一体何をしようとしているの!?」

 

 

       f:id:hiroro-de-55:20200506141836j:plain


        

 

 青山という男は自分の肩から流れる血を床に撒き散らしながら、涼子の質問
に答えるように話はじめた。

「…本を見たろう?血の六芒星…全ての歓迎されない者…夜の観覧者たち…!
光射す世界の対極にいるものども…門はすでに開いているんだ。異次元の扉が
ね。見てくれよ、あの神々しい姿を…!」

「何でこんな事をしようというのよ?」
「何故?理由なんてないよ。このモラヴィア館にやって来たその日、僕は部屋
で例の本を見つけた。世界の裏側を覗き見た僕はすっかり魅了されたんだよ。
エスの聖書を見て信者になった人間と同じさ。君たちは何かというと物事に
理由を求めたがるけどね。」

「暗闇の魔女とはあなたの事じゃないの?」
「僕は違うよ。僕はあくまでもオカルト組織としてのトップで、ま、僕の正体
を知っていた者は一人もいないんだけどね。まさかこんな若造がボスだなんて
誰も思わないだろう?」

 夏美がホールまでやって来て、青山の顔を見た。
彼は夏美を見つけると、急ににこやかな笑顔を向けて陽気に言った。

「やあ、夏美さん!僕はずっと君の大ファンでね。君の持ってるヴァイオリン
が暗闇の魔女だと知った時は飛び上がって喜んだよ!二つの物を同時に手に入
れる事が出来たんだからね!」
「…どういう事?」

「毎週君をこのモラヴィア館へと連れ去り、会うのが楽しみだったんだ。まあ
、君は覚えてはいないだろうけどね。下柳グループの連中や科学者どもは、
もっぱらヴァイオリンの…暗闇の魔女の研究に興味があったんだろうけど…
僕は君に会うのが楽しみだったよ。会うっていうよりは観察に近いけど。」

 青山という男はそう言うと、さも楽しそうに笑う。
男の言葉に、真っ先に反応したのは意外にも菫であった。

 その時、菫は悟ったのだ、自分たちの未来を狂わせ不幸のどん底へと落とし
た張本人が目の前の男である、と。

「…あなたなのね…!未来の、お母さんの人生をおかしくさせたのは…最後の
最後までお母さんは苦しんで死んで行ったの…全部あなたが原因なのね!この
くそったれ!」


「何言ってんだ…このおばさん、未来とかお母さんとか…?頭、大丈夫か?」

 まるで男に飛びかからんばかりの勢いの菫を、夏美は必死に掴んだ。
が、夏美に背後から抑えられながらも、彼女は男へと届かないキックを繰り返
し放っていて、長いスカートから綺麗な太腿まで露わにしている…。

 この数日シスター姿の菫を見てきた夏美には、およそ信じられないくらい
感情丸出しでつっかかろうとする彼女だったが、どこか自分にも似た部分が菫
にもある事に戸惑う半面、嬉しさもあった。

 だって、彼女は間違いなく自分の娘なのだから…。

 

 

        f:id:hiroro-de-55:20200419155930j:plain

 

「す、菫さん…。」
「あ………ああ、下品で失礼…。」

 自分が興奮していた事に気がつき、菫は急に恥ずかしそうに夏美の方を振り
返って言った。

「…うん、下品なのは私の娘だもん、しょうがないよ!ありがとう、菫さん。
でも、過去はもういいよ。私はあなたがいるだけで充分なのよ…。」

 そう言うと夏美は一粒の涙をこぼして菫を抱きしめる。
もちろん、菫にとってもそれは同じ事で、未来で叶わなかった大切なものが、
今この瞬間に感じられる幸せを噛みしめた…。  


 今度は、大鏡の様子を見つめていた博士が青山の傍までやってきた。

「…一つだけ聞きたい。何故、暗闇の魔女は君たちのところから離れ、あの
三人を襲い血の六芒星を完成させるのを手伝ったんだい?」

「…さあ、知らないね。気に入らなかっただけじゃね?信者の信仰が足りない
とか、長年の生贄が足りなかったとかで。どのみち、”あれ”は人間じゃない
からな、何を考えてるかなんて知らないし、こちらに関わる事も無いだろ。
僕にはむしろ、君たちがここまでこの件に関わる方が不思議でしょうがないと
思ってる。下柳ビルで金を受け取ってれば、ここで”彼らの”餌になる事も
無かったのにな。まあ、しらんけど。」

 博士は青山の疑問には答えなかったが、その代わりにもう一つ最後の質問を
した。

「…もう一つ、あの三人が襲われたのに君がここまで無事だったのはどういう
事かな?」

「そりゃ簡単さ、いくら暗闇の魔女の呪いが強力なものでも、本人を知らなけ
れば呪術もかける事は出来ないからさ。ほら、これが意外に役に立つんだよ。
常に変装をしていれば、自分の正体を知られる事も無い。だから事件現場にも
駆けつける事が出来たんだよ。」

 そう言うと男は被っていた長い髪のかつらを取った。
警部を襲った怪力の持ち主がこの青山だったのは意外だったが、よく見ると背
も高いし腕も太い。あの歓迎会の前に、博士との会話の中で昔ラグビーをやっ
てたという話もまんざら嘘ではないだろう。だが…

「魔術の世界では、正体を隠す…これが意外に重要なんだ。それに本人の持ち
物や髪の毛、あるいは血が手に入れば呪術がより強力になる。例え今、僕の
正体が暗闇の魔女に知られたとしてもだ、呪術をかけるための準備は出来ない
だろう。その前にこの街全てが、彼らによって喰らいつくされてしまうだろう
からね!」

「…なるほどね。正体を隠す…か。」

 青山という男が質問に答えると、博士はにやりと笑った。
白い顔をした背の高い男は、それを見て急に無表情に変わり、眉毛を顰める。

「…つまり、暗闇の魔女は正体を見せない君をあぶり出すために血の六芒星
完成させる事に協力したわけだ。最後の瞬間、君が姿を現すと踏んでいた…。 
モラヴィア館全体を結界で包み、君を逃げられないようにしてね。」

「だから言っただろう?たったいま僕の正体に気がついたところで、呪術を
仕掛ける事は出来ないって。魔術はそんなに簡単じゃないんだ。」

「いや、暗闇の魔女には随分前に君の正体はバレているよ。当然、呪術を仕掛
ける準備も時間も充分あった。正体を隠していたのは君だけじゃないのさ。」

 青山は顔色を変えて博士たちの方を茫然と眺めた。
これまで気味の悪いくらい楽しそうにしていた男は、急にあちこちを見渡し
始め、うろたえている。

「まさか…”あれ”が、お前たちのー」

 青山は言うやいなや、両腕が不気味に膨れ上がり、博士たちの方へと飛び
かかって来た。その腕はどす黒く変色しており、まるでゴリラの腕のように
見えた。

 

「…なかゃ…!?」
 …その瞬間、一瞬の内に青山という男は床に押し潰されたのである。
何か目に見えない大きな岩の塊が上から落ちてきたような…まさに事故のよう
に一瞬の出来事だった。

 それは下柳ビルで見た、あの殺人鬼たちの最後と同じである。
薄暗いホールの中央には、ただ赤い血溜まりだけが残り、青山は断末魔の声
一つも出せずにこの世から消えた…。


「…何かがやって来るわ!みんなここから逃げてっ!」

 一番先に異変に気がついたのは光だった。
巨大な二枚の合わせ鏡から、奇怪なものが這い出てきたのである。

 それらは巨大で、これまで見てきたどの生物にも似ていなくて、そしてその
姿は見る者を恐怖に陥れるほどおぞましい姿をしていた。どこ一つ取っても愛
すべきところのない存在…鏡の向こう側に住む者たち…異次元の物体…。


 それこそが、鏡に残された血文字の意味…。
全ての歓迎されない者……そして”夜の観覧者”の正体であった。

 

 

     f:id:hiroro-de-55:20200419161634j:plain


    (最終話へ…)