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夜の観覧者 20話

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 その日深夜に見舞った大停電は、東京の板橋区を中心に円形状に広がりつつ
あった。

 大都会東京の美しい夜景の中、一部の地域だけが円形状に穴が開いてしまっ
たかのように黒々としている。それはブラックホールに街ごと飲みこまれてい
るかのように見えた…。

 通常の停電であれば、各建物ごとに地域の電線から電気が供給される構造で
ある以上、円形状に停電が広がるという事はあり得なかった。円形状に家や建
物が配置された街ならいざ知らずであるが。

 現在日本では停電や電気事故に対しての備えが素早く迅速に行われていて、
復旧に時間を要する事はあまりない。その原因となるのが主に、雷や火事、風
などによる天災、そして人が関わる断線や交通事故などによる電柱破壊などの
人災である。

しかしこの夜、板橋区を中心とした停電において断線事故や気象による破損
の報告はどこからも上がってはきていなかった。


 つまり、東京を中心とした大停電はまるで原因不明のまま、徐々にではある
が広がりを見せつつあったのである…。

 

 

 

 

             20  運命の一日


 10月8日 土曜深夜…


 その夜、防衛大臣である東沢は奇妙な報告を受け困惑していた。
板橋区の一部地域が停電となり、しかも徐々にだがその数もしだいに増えてい
っているというものだった。

 もっとも、停電などと言うものは特別珍しいものでもなく、連日のようにあ
ちらこちらで起きているものである。わざわざ防衛の最高指揮官である彼の耳
に入れるほどの事もないのであるが、この日の停電は様子が違っていた。

 自分の部屋で籠の中の青い鳥に餌をくれながら、大臣の東沢は外の街明かり
を見つめた。いつもの高層ビルが立ち並び、美しい東京の夜景が見えている。
報告にあった停電の地区は、ここからだいぶ離れていてその混乱の様子は窺い
知る事は出来ない。

 
 と、入口のドアにノックする音が聞こえ、身なりの良い男が部屋へと入って
きて、近くへとやって来ると、小さな声で一言だけ告げた。

「二番に電話が入っています。」

 東沢は鳥に餌をやる手を止め、その男の方へと顔を向けた。
この大臣室には電話が三つ接置されていて、三番が一般の電話で、一番が総理
からの物である。

 そして二番の電話というのが、特別のルートから来るものであった。
もちろんその相手と言うのは国内外様々で、公には出来ない話や商談専用の
秘密の電話なのである。

「…誰だ?」
「下柳様です。」

 その名前を聞いて、東沢は無言で頷くと餌をテーブルへと置き、電話のある
スペースへと向かった。そこは専用の小部屋の様になっており、あらゆる盗聴
や妨害電波を遮断する特別なものであり、密談にはもってこいの場所である。

 電話の前まで来て東沢は僅かに緊張の面持ちで、一度背広を自分で直すと、
ネクタイも締め直してから一つだけ息を吐き出し受話器を手に取った。

「はい。」
『…東沢君か。しばらくぶりじゃないか?』
「今日は何のご用件で…?」
『…決まってるじゃないか、停電の件はどんな状況かね?』
「今だに原因不明です。私も今は報告待ちの状況ですよ。」

 電話の先から聞こえてくる声は、六十過ぎの男にしてはやけに力強く、そし
て機械のような合成音がした。それというのも、若い頃に喉頭癌の摘出手術を
しており、喉に特別な発声装置をつけていたからだ。

 それがこの男の不気味さを増している部分で、まるでトカゲと話をしている
んじゃないか?という気分にさせられる…。

『…原因不明だって?まさか、気象兵器の可能性は考えられんか?』
「いえ、調べましたがその可能性もゼロでした。人工衛星からの何らかの電波
妨害の可能性も視野に置いていますが…おそらくそれも無いでしょう。」
『…馬鹿な、では一体あの場所に今、何が起きているのかまるで分からんとい
うのかね?監視衛星からの映像はどうだ?何か報告が来ていないか?』

「それが、どういう訳か衛星から映像を送る事が出来なくなっているそうで…
現地の警察や衛生局からは、停電によって特に目立った問題は起きてはいない
そうですがね…。それより、会長の方が性能の良い衛星やレーダーをお持ちで
はありませんか?あなたの施設や研究所にある設備の方が、国の物よりも数段
性能がよろしいはず。」

 電話の先の老人は、しばらく黙っていたが、明らかにいらつき始めていた。
彼を怒らせて失脚した者たちをたくさん知っている…。

『…それも使えないから君に電話を入れたんじゃないか!このままではあそこ
で何が起きているのか、情報がまったく手に入らんのだ。』
「…何か起きているとでも言うんですか?原因は不明ですが、ただの停電では
ないんですか?」
『…あそこにも私の会社や企業がたくさんあるのだ。電気がつかなければ多大
な損失が出るだろう?もういい、情報が無いなら君と話していてもラチが開か
ん、電話を切るぞ…』
 

 相手が電話を切ると、大臣の東沢は深いため息をついた。
これでまた自分は大臣の椅子から落ちる事になるだろうと思い、窓の外の夜景
を見ながら苦々しく受話器を床に叩きつけた。

 

 

 

 いきなりの停電に慌てる警察署内は、てんやわんやの騒ぎであったが、夏美
はむしろ連れて来られた菫の事が心配であった。

 彼女にとってはこの十数年間、父親のような存在であった坂崎神父が目の前
で亡くなっていたのを目撃したのだから…。

 …彼女は大丈夫だろうか?
自分の父親代わりの神父が亡くなり、そのうえ自分が犯人として連れて来られ
たのである。しかもこの停電…一人真っ暗な闇の中で何を思っているだろう?
菫はこの数日の出来事で、すでに心の疲労は限界近くに至っしているはず…。

 それどころか、つい夕方まで心労のためにダウンしていたのだ。
今頃また、倒れていてもおかしくは無い状態なのである…。

 夏美は非常灯の明かりだけの暗い廊下を、早足で涼子たちと共に菫を迎えに
急いだ。


 若い刑事の案内で取調室へと向かった涼子は、この停電が何かが起きつつあ
る前兆ではないかと思った。

 警察署の五階の窓からは、先ほどまであれだけ明るかった街明かりがすっか
りと消えている。これまで見てきたような停電とは、何かが違うと感じていた
のだ。

 なんというか…胸騒ぎのような、数日前に利根川警部が言っていた”勘”の
ようなものだろうか?今の涼子には、徐々にではあるがそれが分かるように
なりつつあった。

 取調室の前には、急な停電にも持ち場を離れる事もなく一人の警官が立って
いたが、署長の許可を貰った事を告げると涼子たちを部屋へと通した。

 

 

 

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 菫は文字通り真っ暗な取調室の椅子に行儀よく座っていて、一人熱心に祈り
を捧げていた。もちろん亡くなった神父へのものである…。

 やって来た夏美を見つけると、菫は驚いたような表情で見つめた。

 彼女は泣いていたような様子はなかったが、ひどく疲れきった表情をして
いる。身寄りのない菫にとっては、唯一の家族ともいえる存在が亡くなったの
だから、力を落とすのも無理もない…。

「…菫さん!帰ろう。」
「夏美さん、あっ…でもー」

 言うよりも早く夏美は菫を抱き寄せると、その場に立ちつくした。
菫は修道服姿のままでいて、その服はずいぶんくたびれていたが、抱きしめた
彼女は何故だか知らないが懐かしい感じの匂いがした。

 夏美の方が涙を溢れさせていて、菫は彼女が自分を抱きしめるままに身を任
せていた。何だかこうしていると、とても心地良い気分が感じられて、菫には
いつまでもこうしていたいと思った。

「…私、帰ってもいいの?」
「当たり前よ。さ、菫さんモラヴィア館へ戻るわ。」


 暗い取調室を急いで出ていく夏美たちを、涼子に気があるという若い刑事が
追いかけて来た。身長も高く、体格もがっしりとしていて好感の持てる顔立ち
をしている。

「…私もご一緒させてもらっても構いませんか?」

 その意外な言葉に、涼子は後ろを振り返ってしばらくぼんやりと若い刑事の
顔を見つめていた。

「…休職中の刑事にくっついて仕事放棄してたら、あなたも同じく休みを取ら
されるわよ?」
「ええ、でしょうね。ただ、利根川警部の言葉に従うなら、刑事は”勘”を
大事にしろと。あなたに着いていけばきっと何かが起きると、私は思うんです
よ。何かの役には立ってみせます。」

 それを聞いた涼子は、ここにも警部の言葉に共感を持った刑事がいることに
勇気ずけられ嬉しくなった。

「解った、協力していただくわ。ところで…あなたは超常現象の類は信じる
方かしら?オカルトとか…」
「ええ、毎月出る月間誌は愛読していますよ。UFOとかネッシーとかロマン
がありますね。」

「…誰かさん達とウマが合いそうね…。」

 涼子は一瞬だけ笑って見せると、下への階段へと走り出す。


 その後の出来事が、上を下への大騒ぎの始まりである事を、この時の涼子や
夏美にはまだ理解出来てはいなかったのである。
 

 

 

 

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 モラヴィア館に残る博士と秘書は、光が自分で治療を終えべッドの上で眠り
についたのを確認すると、隣の夏美の部屋へと戻ってきた。

 館の中に灯る明かりは全てガスランプを使っていて、停電の影響はさほど感
じられる事は無かった。しかし、窓の外はほとんど明かりがない状況で、時々
遠くでパトカーや消防のサイレンが聞こえてきた。大停電とはいえ、街の中は
それほどパニックは起きてもいなくて、むしろ静かなものだった。


「…夏美さんたち戻って来ませんね。」
「ああ、教会から飛び出したパトカーが彼女らだろうね。あの乱暴な運転は、
あの刑事さんだろう。何か教会で事件が起きたのかもしれない…。」

「涼子ちゃんって…性格がちょっと真理さんに似てるとこありません?」
「そうだね。根が真面目なとこは良く似てるな。」

 博士は床の上にあぐらをかいて座ると、秘書はその向かい側に座る。
部屋の中は淡い色のガスランプの明かりが灯っていて、薄暗いが暖かな雰囲気
を出していた。

 

 


【無料フリーBGM】事件調査のクールな曲「Investigation3」

 

 

「これまでの出来事を整理してみよう。我々は旧ブルクハルト芸術大学から、
多額の金を盗んで逃げだした弁護士の川村が、このモラヴィア館周辺に最近に
なって姿を見せ始めた事を知り、足取りを追うためここにやって来た…。」

「ここに来てすぐに、夏美さんの元旦那さんが飛び降り自殺をはかり亡くなっ
た…でも、その数日前にも、彼らの仲間がこの街で殺されていたのよね?」

「そう、しかも彼らは同じアンティークショップ会員のメンバーで、実は得体
の知れない古代ケルトの神々を崇拝している秘密の結社だった。彼らはこの街
で、犠牲者の血を生贄にして巨大な魔法陣を描いていた。その目的は…こちら
の世界に穴を開ける事にある。」

「そんな事をして、何の意味があるのかしら?」
「さあね、知りたくもないが…彼らの理念はいつの時代も”利益”だよ。その
ためなら、人の命も犠牲にする恐ろしい思想家たちだ。」

 博士はテーブルの上にあるレモネードの瓶を手に取ると、元の場所に座り
二人分のコップに注いだ。

 

「問題となるのは…暗闇の魔女と呼ばれる存在だ。我々は当初、この存在が敵
の核になっていると思っていたんだ。しかし、実際には…結社の殺し屋が味方
を殺害していた…光さんと対峙していた奴がそうだろう。」

「けど…それとは別に暗闇の魔女は実在したのよね。川村弁護士以下、他二人
の男をくちゃくちゃにして…。このモラヴィア館へと戻る、暗闇の魔女らしき
ものと、私はすれ違ったの…。」

 秘書は昨日の朝、モラヴィア館の入口ですれ違った奇妙な人影を思い出し、
あれが暗闇の魔女だったと知り身を震わせた。あの時、はっきりと見た訳では
なかったが、秘書にはなんとも言い難い気配のようなものを感じたのである。

「その三人を狙ったのは一体何が目的だったのか?三人はいずれも、夏美さん
に関わる人物たちだった…その事が、何かの意味を持っているんだろうか?」

「もう一人、気になる人物がいるわ。教会のシスターでもある、菫さんって人
よ。」

「…確かに、十数年前に記憶を無くしこの土地にやって来て、現在起きている
事件をいくつか”予知”して見せた女性。この上なく奇怪な事件の登場人物と
しては、これほど怪しげな人物はいないな。」

 博士はそれだけ言うと腕の時計をちらりと見つめる。
時刻は一時を過ぎたところだ。依然として外の街明かりは消えていて、街灯の
明かり一つない暗闇である。

 

 

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「…博士、これから何が起きるんだろう?」

 夏美のべッドに腰を降ろして秘書が言った。
えらく年代物の木材で出来たべッドだったが、大きくて丈夫な作りである。

「分からんな、けど…六番目の犠牲者が出てからすでに四時間。これまでの
ところ停電くらいしか起きていない。何かが起きるとして…それはいつ起きる
のか?」
「…明日の天体ショー、テレビで観れるかなぁ…楽しみにしてたのに。」

 ため息混じりに言った秘書の言葉に、博士は目の色を変えた。
慌てて近くに落ちていた新聞を拾い、紙面をめくり何かの記事を捜している。

「…何捜してんですか?またスケベ記事?」
「いや……あった…これだ!」

 博士は新聞のある記事を見つけて広げる。
その記事は例の、明日の夜に迫ったという世紀の天体ショーについて書かれた
ものだった。

「…ほら、これだよ、これ!明日の夜0時に起きるという惑星直列…あの六芒
星はその時に効果を現す筈だ。良く判らんが…惑星が並ぶ力を次元を連結する
のに利用するのかも知れない…!」

 その話を聞いて、秘書は小首を傾げながらきょとんとした表情で博士に質問
する。

「惑星…ですか?博士、あまりにも大きな話ですけど、私たち大丈夫?」
「いや…大丈夫じゃないだろ…。」

 博士はベランダに出ると、暗い街の景色を眺めながら夜空を見上げた。
大きな月が淡く光っていて、東京の夜空を明るく照らしている。直列しつつ
ある星などは肉眼で見えるわけもないが、その数百年ぶりに訪れるという世紀
の惑星直列は、明日の夜にはピークを迎える事になっていた。

 その時、一体何が起きるというのだろうか?


「明日の0時…てことは、もう丸一日しかないって事よね?」
「…まさに、運命の一日だな。」


 停電のさなかとはいえ、大都市東京の夜にしては不気味なほど辺りは静まり
かえっていた。そしてこの街の停電が、数時間前に六人目の犠牲者と共に完成
した巨大な六芒星の範囲内である事を、博士は漠然と理解していた。


 そして、その中心こそがこのモラヴィア館である事も…。


(続く…)