ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

夜の観覧者 16話

 

         f:id:hiroro-de-55:20200413133139j:plain


            16  不吉な星


 10月7日 金曜 夕方…

 須永理事長から渡された手紙を持ってモラヴィア館へと秘書が戻ると、一同
はそれぞれの情報を交換した。そのいずれも奇怪なものばかりだったが、中で
も博士が気になったのは須永理事長の手紙に書かれた情報だった。

 例の会員制のアンティークショップを事実上運営していた下柳グループの会
長が、オカルト仲間との秘密の会合場所に使用していたとされるテナントを店
じまいしていた事である。それどころか、この東京から離れる準備を急いでい
るとの情報だった。

 この国の経済界の黒幕とまで呼ばれた下柳会長には、恐れる者も逃げる理由
もない。場合によっては警察機構や軍隊すら味方に出来る筈の下柳グループの
会長が、そうまでする理由は二つ考えられる…


 一つは、秘密である筈の会員制のオカルトショップの存在が、我々一般人に
漏れたという事である。だが、これらの些細な事であれば、彼らが本気を出せ
ば我々の身柄を拘束する事など朝飯前であろう。殺害された連中の事件を隠滅
したように、場合によっては実力行使に出る事さえ出来るのだから…。

 二つ目は、恐らくこちらが正解だと思うが、例の”暗闇の魔女”と呼ばれる
存在である。信奉の対象であった筈の存在が、逆に彼らを襲い窮地に追い込ん
でいるのかも知れない…。


「…そもそも暗闇の魔女は、私のような魔女の間でもほとんど知る者もないほ
ど伝説上の存在だったのよ。たぶん、下柳会長を中心としたオカルト信奉者達
にはコントロール出来る代物じゃなかったんだと思うわ。」

 夏美の部屋のソファーに座り、須永理事長からの手紙を読みながら光が言っ
た。手紙には下柳会長以下数名の大物財界人の名前が記されていて、明日に
もこの東京を出て行く予定とある…。

「問題なのは、連中は一体どうやって伝説上の存在である”暗闇の魔女”を
この街に放ったんだろう?ずっとこの街にいたとは思えないし、世界中のどこ
にも彼女が存在したという足跡すらないんだからね。」

 博士はテーブルの上に何かの地図のような物を広げながら言って、何やら
熱心に地図と睨めっこを始める。と、そこへ秘書がポテトチップスの袋を手に
やって来る。


 一方、涼子は惨劇の現場からモラヴィア館へと戻ってからというもの、夏美
の部屋の隅に膝を抱えぼんやりと座っていた。あの火災現場をニュースで見な
がら、涼子は自分の無力さを感じてしまい、これまでやってきた自信のような
ものが揺らいでいたのだ。

     ”…こんな時に、利根川警部ならどうしただろう?”

 相手は…人間の首をねじりあげるような化物で、しかも敵の組織は巨大なも
のだ。おまけに涼子は休職中の身ときてる…まさに孤立無援の状況である。

”…得体が知れない相手に対してこちらの戦力は…どうなのよ?と。自分で言
うのもなんだけど、休職中の新米女刑事の私…おまけに今だに肛門期固着あり
という…。あの魔女は今、ソファーに座りながらポテトチップスをほうばって
る状況で、唯一の男、ぼうず頭は…いまいち役に立ちそうに見えない…見えな
いっていうか、何にも考えてないように見えるんだけど…。”

 部屋の中の怪しげな連中を見つめ、涼子はそんな事を考えため息を吐いた。


「あっ、私そろそろ菫さんの様子見てきます。」

 思い出したように夏美は立ち上がると、皆を残して菫の部屋へと向かう。
今ここで自分に出来る事は、菫さんの元気を取り戻す事にあるのではないか?
と思ったからだ。


 夏美が部屋を出て行くと、広い部屋の中は秘書と光のチップスを食べる音だ
けが響いていたが、急にソファーから立ち上がった光は、手の平の食べカスを
払って言った。

「ちょっと身体動かしといた方が良いかな?早紀ちゃん、あなたたしか…前に
マーシャルアーツやってたと聞いたけど、ちょっと組み手やってみない?」

「…光さんと?無理ですよ、私じゃ相手にならないです。」
「大丈夫よ、”あの力”を使ってなければ…普段の私はかよわいものよ?」

 にやりと笑う光は、靴を脱いで床の上に素足で立った。
秘書も数秒ほど考えてから、同じく靴を脱いでにやりと笑う。

「…じゃあ、ちょっとだけ!」
「遠慮は無しで来てちょうだい?」

 二人は広い部屋の真ん中でお互いお辞儀をすると、ファイティングポーズを
取った。

 

 

 

 テーブルに広げた地図と睨めっこをしていた博士は、視界の端に格闘を始め
た二人の女の姿が映る。が、博士はすぐに視線を地図へと戻し、腕を組んで考
え込む。

「…涼子君、ちょっと来てくれんかね?」
「何ですか?」

 ゆっくりと立ち上がった涼子は、力のない返事をしながら博士のいるソファ
ーへとやってきた。

「この、板橋区の地図なんだが、これまで起きた連続殺人事件の現場を正確に
教えてもらいたいんだよ。分かるかい?」
「…ええ、もちろんよ。場所は正確に覚えてます。所番地まで正確にね。」

 急に涼子は、先ほどまでの力の抜けた状態ではなく、本来の仕事熱心な目つ
きに変わり、地図へと視線を向ける。五件の殺害現場を大きな板橋区地図へと
書きこんでいく涼子だが、部屋の中央でうなりを上げる蹴り技の応酬を繰りひ
ろげる二人の方を見つめて言った。

 

 

        f:id:hiroro-de-55:20200506081205g:plain

 

 「ちょ…あの人たち何やってるの…!?」
「スキンシップだろう。それより涼子君、残りを書いてくれ。」

 五つの場所の最後に、涼子は夏美の元旦那が飛び降りた場所を書きこみ始
める。だが、涼子が書きこんだ場所は、モラヴィア館の正面にあるビルではな
かったのだ。ここから少し離れた場所に涼子は印をつけたのである。

「おや?夏美さんの元旦那が亡くなったのは…この館の正面にあるビルでは
ないのかい?」
「ええ、飛び降りたのは確かにここですけど…彼が出血多量で亡くなったのは
、ここからちょっと離れた所にある緊急病院なんです。運ばれたあと、急に彼
の容体が悪くなったの。それがどうかしたの?」

 印を書き終わると、涼子はまたもソファーの上に膝を抱えて体育座りしなが
ら博士に言った。

「むっ、これは………!」

 博士は地図に書かれた五つの印を見つめて驚きの声を上げる。
そうして携帯を取り出すと、おもむろに何枚かの写メを撮り始めた。

「涼子君、間違いなくこの場所なのかい?」
「そう、きっちり正確な番地よ。おかげで肛門期固着だなんて人に言われるく
らい正確だわ。」

 すると、テーブルに地図を置いた博士はソファーから立ち上がると、部屋の
真ん中でアクションシーンの如く、動き回る二人へと近ずいていった。なによ
り凄いのは、これだけ大人の二人がどたばたと動き回っているにも関わらず、
びくともしないモラヴィア館の強固な作りである。

 博士は滑りこむように秘書へと片足タックルを敢行したが、彼女は寸前で飛
びのけてかわした。しかしその勢いのまま博士はさらに低い所から、今度は
光に片足タックルを仕掛けるー

 

 

     f:id:hiroro-de-55:20200413140021j:plain

 

「ぐぇあ!?」

 振り向きざまの光の太腿が、カウンターで博士の顎にヒットしてその場に勢
いよく倒れ込んだ…!

「何やってんのよ…。」

 涼子はその光景をぼんやりと見つめながら呟くように言って、彼らの所へと
向かう。光と秘書も、それで組み手を止めて博士の様子を窺う。博士はむくり
と起き上がると、何故か携帯を手に鼻血を垂らしながら言った。

「…肉を切らせて骨を断つ…!二人のパンチラ写真は撮らせて頂いた!」
「いやいや…博士、肉どころか顎外れてるじゃないですか!フランケンみたい
な声ですよ?」
「呆れた!止めに入ったのかと思ったら、パンチラ写真撮ってたのね?」

 涼子が毒突きながら言うと、博士は自分の携帯をいじりながら言った。

「…実は涼子君のも撮ったんだがね…?」
「あにぃー!?」

 必死で博士の携帯を奪い去ろうとする涼子の横で、光は博士に向かって言っ
た。

 

「…それで、探偵さん何か解ったの?」
「ああ、大変な事が解ったよ。ちょっと皆もテーブルへ来てくれ。」

 渋々ながら涼子も皆と一緒にテーブルへと向かい、ソファーへと座る。
博士は先ほどの板橋区地図を広げて見せた。

 

 

 

 

 

 菫の305号室へとやって来た夏美は、彼女がすでに起きているのに気がつ
き、慌てて部屋へと入った。

 べッドはすっかり布団も畳まれていて、菫は修道服に着替えていた。

「ちょっと菫さん!もう良いの?」
「ああ、夏美さん。一日ゆっくり休ませていただいたし、充分ですよ。」

 時刻は夕方近くになるところだったが、これから着替えて教会へ出るのであ
ろうか?

 ウィンプルと呼ばれる肩まで垂れた白い頭巾をすっぽりと頭から被ると前髪
だけ出した状態でヴェールを降ろす。厳格なカトリックのシスターは髪を出す
事は禁じられているが、彼女の教会はそれほど厳しい戒律など無いのだろう。
その中で、控えめに垂らした前髪だけが、質素な菫の唯一の女性らしいお洒落
な一面なのだと夏美は感じた。

「神父様の所に行ってこようと思うの。何か大事な話があるんでしょう?それ
だけ聞いたら今日は戻って休みますから。」

 そう言って笑う菫は、先ほどまでべッドの上でめそめそしていた女性ではな
く、ベテラン修道女の顔をしていた。顔色は朝よりもだいぶ良くなっている。

「そう、それなら一緒について行こうか?」 

「いいえ、一人で大丈夫。だって、斜向かいの教会ですからね。それではまる
で私は幼稚園の子供みたいですもの!」
「…私に子供がいたら、絶対過保護な親になりそうね。」


 くすくすと笑う菫の表情がとても良い笑顔だったので、夏美も安心して彼女
を送り出して言った。

 

        f:id:hiroro-de-55:20200413140152j:plain


 

 

 


 

 その地図には、モラヴィア館を中心にして五つの印がつけられていた。
だが、それを見た部屋の者たちは、何が大変なのか?さっぱり分からないとい
う表情をしていた。

 その横では、相変わらず博士の携帯を奪おうと涼子が躍起になっている。

「ちょっと涼子ちゃん、パンチラの一つや二つで大騒ぎしないの。」

 身体を動かして汗をかいた光が、ソファーに座りうちわでばたばたと扇ぎな
がら言った。

「…おたくは、いい歳した”おばさん”のくせに見せ過ぎなの!」
「お、おば……!?」

 涼子の言葉に、光は驚愕の表情でゆっくりとソファーからずるずると落ちて
行く…。

「…で、これが何の意味があるというんですか?」

 涼子が博士に説明を促した時、部屋に夏美も戻って来た。

 

 

 


【無料フリーBGM】退廃的なホラーBGM「Fear」

 

 

「これは、この一週間近くに起きた連続殺人事件の現場を印したものです。
この板橋区内でばらばらに起こっていたもので、それらに何かの意味がある
のかどうかは、これまでのところ解らなかったんだ。だが…」

 皆が揃ったところで博士は定規を取り出すと、テーブルの上に広げた地図に
置いて、涼子が印した場所どうしにボールペンを使い線を引いていく…。

 …すると、地図の真ん中に大きな逆三角形が出来たのだ。

「…あっ、解ったわ!これもしかして…」

 光が眼鏡をかけながら、何かを見つけたような表情で声を発っした。
しかし、涼子や夏美には何の事かさっぱり解らない。

「…そうよ!これ六芒星だわ…!それも…血で作られた…巨大な六芒星…。」

「その通り、もう一つ線を引けば六芒星が完成するという訳だ。暗闇の魔女
と呼ばれている存在が、この東京に血で描いた巨大な六芒星を作っている。」

 博士は残る線を引いて六角の星型を地図上に作りだした。
板橋区内を、自分たちが現在いるモラヴィア館を中心に巨大な六芒星が形作ら
れている。

「ほら見て、それぞれが殺害された場所…恐ろしく正確な三角形を描いてる。
これはまだ五人の殺害現場を記したものだけど、完璧に六角形になるの。これ
には高度な数式が組み込まれていなければ出来ないものよ…!」

 興奮の面持ちで、光は地図上に描かれた星を見つめていた。

「…六芒星って、何なの?」

 

 

      f:id:hiroro-de-55:20200506081348j:plain

 

 地図上の星を見つめながら、夏美が誰にともなく言った。
人の血によって作られた巨大な星…その中には、むろん自分の良く知った者も
含まれているのだ…。夏美には何故か解らないが、それが恐ろしく不吉な物に
思えたのである。

「…五芒星や六芒星を現す言葉、ペンタグラムは古来より魔術のシンボルとし
て使われてきた神秘図形なんだ。五つの角は宇宙を構成する四つの元素と、そ
れを統合するエーテルの五つを象徴していて、それによっては宇宙のエネルギ
ーさえ統御できると考えられてきたんだよ。」

「…それで、この六角形で一体その魔女は何をしようと言うの?それが完成し
たら、一体何が起きるというの?」

 今だに博士や光の言う事が、いまいち理解出来ずにいる涼子が二人に向かっ
て聞いた。いや、むしろ理解など出来ない方が当たり前だと言える…。

 博士と光は涼子の質問を受けて、顔を見合わせ無言で表情を曇らせた。

 …人の血で作られた巨大な星の図形…それらは魔術の中でも最も危険かつ
秘密の行いに分類されるものだ。しかもそれは、自分たちの仲間と思われてい
る者たちの犠牲で形作られている。魔術の世界では極上の”生贄”とされてい
るのだ。

 そして、その六芒星の巨大さが示している恐ろしい予測…。
博士と光の二人には、今この大都会の真ん中で起きつつある事態がおぼろげな
がら見えてきた。 

 

「…次元連結だわ!この東京の街に…信じらんない!これだけたくさんの人間
が住んでる街でなんてー」
「何ですか、その次元連結って?」

 何か知らない四文字熟語だったが、涼子にもその言葉の不吉さがひしひしと
感じられて、たまらずに聞き返す。だが、それに答えたのはぼうず頭の博士だ
った。

「…つまり解りやすく言うと、隣の家の入口と自分の家の入口に通路を作って
行き来が可能になるって事だよ。」
「博士、どこの家なんですか?」

 秘書が博士に尋ねると、博士は腕を組み何とも遠いところを見るような表情
で質問に答えて言った。

「…分からんね。だが、一つだけ確かな事は、この東京のど真ん中で核分裂
応以上の出来事が起こるかも知れないって事だよ。」

「いえ、そんなものでは済まないわ。次元を連結したあと、連鎖的に次元崩壊
を起こす事だって考えられる…へたしたら地球どころか、太陽系全体が消滅す
る可能性だってあるわ…。」


 涼子は彼らの話す恐るべき事態に、半ば呆れたようにぼんやりと聞きながら
思った。

”…核分裂反応?次元崩壊による太陽系の消滅?一人で行う初めての事件の
捜査にしては少しばかり骨が折れそうじゃない?ていうか、警察学校の同僚達
に教えてあげたいわ。『私、いま太陽系の消滅を阻止するための捜査を手掛け
ているの!イスカンダルまで行く必要があるかも…』て…。”


 二人の語った途方もない未来予測に、新米刑事の涼子は小首を傾け、顔を
引きつらせながら笑った。

 

(続く…)