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夜の観覧者 17話

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          17  ゴールデンタイムの悪夢 


 10月7日 金曜夜…

 日も暮れ始めた頃、モラヴィア館の向いにある教会の鐘の音が午後五時を示
して鳴り響いていた。部屋には大きな窓が一つだけあり、そこから僅かに残っ
た夕陽が射しこんでいる。もう数分も経てば、それも消えて夜の闇が全てを覆
ってしまうだろう。

 その窓の外に見える、聖クリステル教会を眼下にしながら、菫さんは大丈夫
だろうか?と夏美は思い、消えゆく夕陽を眺めていた。
 

 

 モラヴィア館の夏美の部屋で、重大な事実を突き止めた博士たちは、六芒星
の描かれた地図を見ながらある事に気がついたのである。

「…整理すると、これまでの五件の殺人事件が正確な六角図をこの街に描いて
いるという事は…この後もう一度誰かが襲われるという事になる…。そういう
事ですか?」

 涼子が地図を見つめながら静かに言った。
彼女は先ほどまでのように、ぼんやりと力無くうなだれてはいなかった。途方
もないような恐ろしい計画が、何者かによって行われようとしている今、何も
しないではいられないというのが涼子の性分だったからだ。

「つまり、六番目の犠牲者という事ね。」
「それが誰なのかは知らないが…我々はそれが”どこで起きるか”は知ってい
るんだ。」

 博士は光の言葉に答えて、地図の上の六番目の角を指さした。
それはまだ、何も起きてはいない場所だが…

「…敵がこの街に六芒星を描いてるのだとすれば、間違いなく次に犠牲者が出
るのはこの六番目の角にあるこの場所だよ。恐ろしく正確な六角図を描いてい
るがために、逆にこれから起きる場所も我々には分かるという訳だ。」

「そうか、警部が例のトイレから離れた場所で見つかったのは、正確な六芒星
を完成させるためだった…同じ場所で二人も血を流す訳にいかないものね。」


「この場所には何があるの?涼子さん、知ってますか?」

 涼子が博士たちに教えたのは、繁華街の外れにある大きな娯楽アミューズ
ント施設だった。

「…つまり、私たちが六番目のこの場所で、これから起きようとする惨劇を
未然に防げれば…その、次元連結?とやらが起きる事はなくなるって事ね?」
「まあ…そういう事になるが。上手くいくかどうか…。」

 急に明るい表情へと変わった涼子が博士に向かって言った。

「問題なのは、そこに現れるのはあの”暗闇の魔女”だって事だよ。君もあの
惨状を見ただろう?」
「…でも、この六番目の場所でそいつをやっつけるか捕まえるかすれば良いん
でしょう?それなら、次元に穴が開くとか太陽系が崩壊するとかよりは全然恐
ろしくないわ。いざとなれば…」

 そう言いながら涼子は胸の上着から拳銃を取り出した。
ところが、光はその銃を持つ涼子の手を引っこめると、厳しい表情で言った。

「でも、あなたはここに残りなさい。その場所へは私とこちらの二人で行きま
す。」

 光は博士と秘書の二人を指さすと、博士は唖然としながらも、腕を組みながら
小さく頷いている。居残りを言い渡された涼子は当然…

「ちょっと!何を言ってるんですか、だってそこには連続殺人事件の犯人が来
るんでしょう?私が行かなきゃー」
「あなたは刑事なのよ?最後までこの事件を見届ける義務があるの、まっ先に
あなたがやられでもしたら…私たちは瓦解してしまうのよ?刑事のあなたがい
なくなったら私たちには後ろ盾が無くなるの。」

 それでも光に何か言おうと食い下がる涼子に博士が言った。

「…まあ、得体の知れない連中の相手は我々に任せてくれ。少なくとも君より
はそういう連中を見てきているからね。」
「博士、物凄い量の汗かいてますよ?」

 けっきょく涼子は光の言葉に従い、モラヴィア館に残る事になった。
だが、問題はそれが”いつ起きるのか?”という事だ。

「涼子君、これら五件の殺人事件はどのくらいの時間帯に起きているか知って
いるかい?」
「もちろん、全部把握しているわ。どの件も被害者の死亡推定時刻は午後二十
一時から午前の二時までの間…それも比較的早い時間です。」

「…襲撃時間帯に正確な場所。なら、あとはそこに待ち構えるだけね。」

 光が出掛ける支度をしながら、にやりと笑って見せた。

 

 

 

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 菫が教会の門を潜って礼拝堂へと顔を出した時、五時の鐘が鳴り終わるとこ
ろであった。この時間になると、若い修道女たちは一日のお勤めを終えて帰宅
する頃である。

 各々帰り支度を始めているところへ菫が戻ってくると、若い修道女たちは驚
いたように挨拶をしながら通り過ぎて行った。彼女らは何かひそひそと囁きな
がら菫の方を振り返っている。

 普段休む事などない菫が二日も休み、おまけに警察の者が訪ねてくるという
事も起きているのだから、若い彼女らが自分の事を訝しむのも無理もないと菫
は思った。

「ああ、神父様は今どちらにいらっしゃいますか?」

 突然、菫は思い出したように通り過ぎた若い修道女たちを呼び止め、神父の
所在を聞いた。若い修道女はお互い顔を見合わせていたが、一人の一番若い修
道女が菫に答えて言った。

「…先ほどまでならご自分のお部屋にいらっしゃいましたけど…。」
「ありがとう。」

 それから菫は若い修道女たちが帰った後も、後かたずけやら水変えなど様々
な雑用をこなし、一人礼拝堂へ戻り長い祈りを行っていた。神父の部屋へ向か
ったのは、それから数時間後の事だった。

 何故かは分からないが、大事な話があると言っていた神父の所へ向かうのが
、菫には怖かったのである…。


 長い廊下を渡り神父の部屋まで来ると、菫は”おや?”と思った。
几帳面な神父はいつも部屋のドアを開けっ放しにはしていないのだが、今は
何故か開いたままになっていた。

 それだけの事だったが、何故かその時の菫にはひどく悪い予感めいたものを
感じたのである。

「…神父様?」

 部屋の入口から覗き込むように、菫は神父に声をかけた。
しかし、中から神父の返事は返ってはこない。菫は失礼とは思いつつも、部屋
の中へと足を踏み入れた。

「失礼します…。」

 部屋の中は、いつもと同じくきちんと整理整頓されており、まったくいつも
と同じ神父の部屋だった。しかし、彼の姿はべッドにも洗面所にもなかった。

 ただ、整然としたいつもの神父の部屋と違うところが一つだけあった。
窓際の傍の床に、小さな望遠鏡が一つ転がっていたのである。菫はそれを手に
取りぼんやりと眺めていたが、ふと、視界に妙な物が見えてそこへと向かう。

 神父の机の引き出しが一つ開いていて、何か大きな包み袋が見える。
近くへと寄ると、その包みにはガムテープで封がしてあり、”菫へ”と書かれ
てあった。

 菫はそれを手に取り、何だろう?と思いながら、その包みを揺さぶったり触
ったりしてみた。何か柔らかい物…タオルとか服の様な物が入っている感触が
する…。

 その時、部屋の隅にある告解用の小部屋で妙な音がした。
何かが軋むような…奇妙な音だ。

 とたんに大きな物がずり落ちるような音と共に木製の扉が開き、床の上に人
の姿をしたようなものが倒れてきた。

「…そんな!」

 床の上に倒れてきたのは、坂崎神父その人だった。
うつ伏せに倒れている神父の首からは血が流れていて、その目は大きく見開い
たまま閉じる事はなかった。その手には小さなナイフが握られている…。


 菫は悲鳴を上げながら部屋を出ると、人を呼びによろける足取りで外へと向
かって走り出した。

 

 

 

 


環境音 ゲームセンター店内 2017年3月

 

 

 今晩が金曜の夜とあって、ゲームセンター内は若者やカップルで、ごった返
していた。最近ではアミューズメント施設などという呼称も用いられている娯
楽施設で、都会の中にあっても若者たちのたまり場や、若いカップルのデート
場所にもなっている。

 薄暗い店内には大音響の音楽が鳴り響いており、きらびやかなネオンやライ
トがチカチカと煌めいていた。博士的に言わせると”やかましい場所”である
が、娯楽施設とはいえ、作りは非常に美しく豪華な二階建ての建物だった。

 そんなゲームセンターの入口に、博士と秘書そして光の三人がやって来たの
が、すっかり日も暮れた二十時を過ぎた辺りである。

 先頭をモデル顔負けのスタイルで悠々と歩く光はグラサンにブレザーを着込
み、大理石のような床を、カツンカツンと馬の蹄鉄のような音を立てて歩いて
行く。逆にその後ろを博士が音もなく歩き、それに秘書も続く。

 

 

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 ゲームセンター内をうろつき回ると、自然に金髪の女性の歩く前を皆が開け
てゆく…。これも何かしら”魔女としての得体の知れぬ力”なのか?

「…光さん、かえって目立っちゃってますよ。」
「無理もないわね、見てよこのスーパーボデェー。少しだけ円熟味を増した
この肉感?このスタイル…。」

 壁際の大きな鏡に自分の全身を映しながら、光は腰に手を当てポーズを取っ
た。何故か無理やりお腹を引っ込めようと力を入れて立つ。そのせいで顎が
二重になっている…。

「自分で円熟味とか言ったらお終いですよ?肉感とか…。」
「…道を開けるのは、変なおばさん来たな…とか思ってんじゃないかね?」

 二人は映る光の姿を見つめながら、無表情で言った。

「……厳しいわね。それより、二階の方も見て回りましょう…。」

 

 二階へと向かうエスカレーターに乗っているとき、光の携帯が鳴った。
通話の相手はモラヴィア館に残った涼子である。夏美と共に、館に残り状況を
お互いに連絡し合うと決めていたのだ。こんな時は、何が起きるか分からない
からだ。

『…そっちはどう?もうすぐ二十一時になるわ。出るならそろそろよ?』
「もう、怖くてチビりそう!」

 心配そうな声で連絡を入れた涼子に、自分の耳を指でほじりながら光が言っ
た。

 二階はさらに暗く、一階に比べるとビリヤードやスロットマシーンなどの
小さな子供が遊ばない物がほとんどで、うろつく人々も大人ばかりである。

『…良く聞いて、利根川警部の治療を行った医師が言っていたのは、彼を襲っ
た犯人の握力は尋常じゃないそうよ。普通の成人男性の約三倍はあるだろうっ
て。その痛めつけ方も普通の精神状態じゃないって…そんな大勢いる場所で、
暴れさせたら大変な事になるわ。もちろん、そいつを抑えられなければ、この
東京は…いえ、地球もろとも太陽系全て崩壊してしまうのよね?』
「…………。」

 涼子は少々意地悪い言い方で光に忠告をした。
もちろん、自分がモラヴィア館に残らされた恨みを少しだけ晴らそうという
意図があるのは間違いない。普通なら、これだけ異常な状況を説明されれば、
相当なプレッシャーが光にかかる筈である…。

『…どう?魔女としてはこの状況をいかに防ぐのかしら?背筋が寒くなって
きたでしょ?』
「ええ、冷凍水を浣腸されたような気分だわね。」

 笑いながら光は言うと通話先の涼子は黙り込んでしまった。
真面目な涼子の性格から、通話先で赤面しているのが目に浮かぶようだ。

「薫ちゃん……君ね、もう少し上品な表現方法はないもんかね…?」
「ない。それよりも…少し変だわね…。」

 そう言って光は、自分の真っ赤な唇に親指をあてがうと、下を向きながら
しばらく考え込んだ。

『…何なの?何が変だっていうのよ?』
「いえね、成人男性の三倍ですって?その狂人は、警部の命を奪うことは出来
なかったのよね?それってちょっとおかしくないかしら…?」
『…だから、何がおかしいっていうのよ?』

 光の隣で携帯から漏れる音を聞きながら、博士も何かに気がついたような
表情で考え込みはじめる。

「今朝のあの惨状を見たら、警部の命がある事の方が信じられないからよ。
あれは人の力ではあり得ないほど徹底的に破壊していたわ。涼子ちゃん、確か
最初の被害者は首が身体から離れた場所に転がってたって言ったわよね?」

 二階の奥に裏口から昇って来れるドアがついているのを見つけ、光はそちら
を見つめる。やっかいな事に、このホール内は二十一時を過ぎた辺りから人が
増え始めてきた…。

『…ええ、それもねじ切れたようにね。おまけに全身の骨はバラバラに折れて
いたわ。警部が言うには、身体を無理やり力で絞って首をねじ切ったようだっ
て。警察の発表では落下した際にどこかに首をひっかけたんだろうって事にな
ってるけど…。』
「あとの被害者は…首を吊っていたのと、街中で切り付けられて亡くなった
のよね?それと…飛び降り自殺でしょ?」

『…そう、でも…例の夏美さんの元旦那さんの死因は少し…変なのよ。救急
病院に運び込まれた時、彼の容体は割と安定していたの。緊急治療室へ運び
込まれた時、ほんの僅かな時間部屋に彼を一人で残したのよ。』
「その空白の時間に…彼は死んだのね?」

 光の言葉に涼子はすぐに返事をせず、しばらく何かを思案していたが、今と
なってはもう隠す事もないと思い、静かに語りだす。

『…そうです。全身から血を噴き出してね。まるで絞った後のレモンのようだ
ったそうで、医師はあり得ない状況だと言っていました。』

「思った通りだわ。明らかに犯人の殺し方は事件によって違いがあるのよ。
涼子ちゃん、三倍の握力と言ったわね?私でも四倍の握力ぐらいなら出せるの
よ、でも…今朝見たようなまねは私にも出来ない…そもそもあれは物理的な力
じゃないわ。腕力でもない…もっと得体の知れない力よ。けど、他の事件は、
ナイフで切り付けたとか、首を吊るされて亡くなったとか、そんなにあり得な
い事件じゃない…それは…」

 壁際にある長椅子に座りながら涼子と通話している光の横で、博士は何かを
思いついたように言った。

「ちょっと待てよ…尋常ならざる殺され方をした川村弁護士、夏美さんの旦那
、そして吉岡泰三の三人は…いずれも夏美さんの周辺に深く関わってきた人物
たちだ。それには何か意味があるんだろうか…?」

 その時、裏口のドアが勢いよく開き、中年と思われる男が一人このフロアに
走り込んできた。薄暗く派手なライトが交錯するゲームセンター内では、さほ
ど周りの人たちは気にも留めない。まして大音響で音楽がかかっているのだ、
ドアの開く音など気ずく者などいない。

 光や博士たちには見覚えのない男だったが、その只ならぬ様子は何かから逃
げてきた、というものだった。

 ゲームセンター内の人ごみの中で、激しく息を整えている男へと三人は近ず
いて行く途中、またも奥のドアが勢いよく開いて、人がまたフロア内へとやっ
て来た。

「おい、あれ…!」

 入って来たのは、長い髪の毛をした女性のような人影で、全身を黒っぽい服
装に身を包んでいた。かなりの長身だ。これまた先ほどの男と同じく、フロア
内のお客には気ずかれた様子もなく、先に入ってきた男の方へと向かって小走
りでぐんぐん近ずいていく。その手には何か光る物が握られている…!

「は…博士、出た、出た!ほら!」

 秘書が博士の肩をがくんがくんと揺らしながら言うと、光はサングラスを外
し、へーゼルグリーンの両眼を激しく輝かせながら駆けだした。

 そして勢いをつけた両足キックを、全身黒ずくめの人影へと放った!

 

 

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 長髪の人影は凄い勢いで外へのドアに激突して、そのまま転がるように階段
を落ちていった。

 その物凄い音にフロア内のお客は一瞬凍りついたように静まり、それから
蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。

「ちょっと、なに今の!?」
「おい、喧嘩だ!」

 その人の中をすり抜けるように、光は外へのドアを抜け階段へと躍り出ると
、黒ずくめの人影を追って階段を駆け降りた。


(続く…)