ザ・怪奇ブログ

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夜の観覧者 21話

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             21  隠された過去


 10月8日 土曜早朝までの時間…

 大停電の暗闇の街の中にあって、これまでとは逆にぼんやりと明るさを放っ
ているモラヴィア館へと夏美たちが戻って来たのは二時を過ぎたところであっ
た。

 明かりのほとんどをガスランプや油を使った古めかしい館のおかげで、停電
の中このモラヴィア館周辺だけがほのかに明るさを出していて、それはまるで
、暗黒の世界に射す唯一の希望の明かりに思えた。

 あるいは…奈落へと向かう破滅の入口か…。


 涼子は乱暴に館の入口付近にパトカーを止めると、駐車違反もお構いなしに
車を降りる。

「…ちょっと涼子ちゃん、こんなとこに車止めて大丈夫?」
「入口に最も近い方が安全でしょ?早く館の中に入って!」

 涼子は暗い街の中をきょろきょろと眺めてから、慌ててモラヴィア館の中へ
と入る。確かに、一度駐車場から戻って来たところを襲われそうになっている
のだから…。

 初めてこの館へとやって来た若い大男の刑事は、見上げた建物の奇妙な威圧
感に一瞬だけ足を止める。

「これは…まるでお化けでも出そうな館ですね。」
「そうなの、良くは知らないけど…何かがいるんですってよ?」

 大男の刑事は涼子の言葉に何とも楽しそうな笑みを浮かべて、彼女の後に
ついて中へと入っていった。その後ろを夏美と菫が続く。

 菫は背後にそびえる教会の方を振り向いて、しばらく黙って見つめていたが
、両手を自分の胸のところで合わせ祈った。夏美はその横で、しばらくの間、
菫がそれを終えるまでずっと付き添ってあげた。


「夏美さん、あなたにお願いがあるんです。」
「なに?」

 菫は夏美のほうに顔を向けると、真剣な表情で言った。
困っているとも、迷っているとも何ともいえない不思議な表情をしながら菫は
話す。

「…見てもらいたいものがあって…私には、何て言っていいか…判断がつかな
いの。」
「どんなもの?」

 それを聞いた菫は、夏美の手を取りモラヴィア館の中へと入って行き、自分
の部屋へと向かう。  


「菫さん、一体何を見せようって言うの?」

 相変わらず何も無い菫の部屋のテーブルに、茶色の大きな封筒が置かれてい
て、菫はそれを手に取ると、自分の胸に抱えるようにしながら夏美のところへ
と戻って来た。

 そして封筒から一枚の手紙を取り出す。

「これ、神父様から私に宛てて書かれたもので…この封筒の中身も神父様が
倒れていた部屋にあったのを持ってきたものなの。」
「それって……あっ、もしかして神父様の大事な用事って…この事かしら?」

 菫は無言で頷いて、その手紙を開いて夏美に手渡した。

「…読んでいいの?」
「ええ、読んでほしいんです。」

 その手紙には、しっかりとした字で数行に亘り文章がつずられていた。

 

 


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 菫へ 

『…これはこの十数年間、私が保管してきた君の過去についての品々であり、
雨のあの日、君が教会の前で倒れていた時の物だ。二日ほど君は熱にうなされ
ていて、治った時には記憶を失くしていたのです。これらの物は、その時から
私が保管させてもらっていた。

 正直、私にはこれらを何と言っていいのか解らないが、教会に連れてきた
羽田夏美さんを見た私は、これらを隠しておくのは間違いなのではないか?
と、思ったのです。

 後は君たちで判断してもらいたいのだが、もしもその後で君さえ良ければ、
またいつも通りに教会に顔を出して欲しい。私はいつでも教会で待っていま
す。』

                              坂崎神父 

 

 この手紙を読んだ夏美は、困惑の表情を浮かべていた。
自分と十数年前の菫の出来事が、一体何の関係があるというのだろう?と。

「…一体その袋の中に、何が入ってるの?神父様が、私を見た時に驚いていた
事と関係があるの?」

 菫は涙ぐみながら、小さく頷くと夏美に袋を手渡す。
袋は三十センチほどで中に服が一枚入っていた。恐らく当時、菫が着ていた服
だろう。雨に濡れていたとの事で、きちんと洗濯がされている。

 そしてもう一つ、あり得ない物が入っていた。
それは古い一枚の写真だった。十数年前の物なので、すでに色あせつつあるが
、そこに写っているものが何であるかは、はっきりと解った。

 

 

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「…ちょっと、何これ…!」

 それは僅かに雰囲気が違うとはいえ、手にしたヴァイオリンは紛れもなく
夏美の物で、そこに写る人物は夏美本人だったのだ。髪の毛は今のようなスト
レートではなくカールしていて、落ち着いた頬笑みを浮かべている。

 なにより驚いたのが、そこに写る夏美のお腹が大きかった事だ。
つまり、お腹に子供がいるのである…。

「何なのよ…どういう事?悪い悪戯だわ…だって、十数年前って言ったら、私
はまだ子供だった筈じゃない!こんな写真が存在するはずがない…!悪戯以外
何だっていうのよ?」


 夏美は突然やって来た不可解な出来事に、茫然としてその古い写真を落とし
てしまった。

 十数年前の色あせた写真に写る自分の姿を見て、何か背筋が寒くなるような
…それでいて何故か知らないが胸の奥が熱くなるような、そんな奇妙な感情の
高ぶりを感じ激しく動揺していた。

「…あり得ない、これは私じゃないわ。だって、どう考えてもおかしいじゃな
い!十年以上も前なのよ?子供どころか…写真に写ってるのは今と同じくらい
か…いえ、むしろ歳を取ってる…!」
「でも、このヴァイオリンは…」

 …そう、この特徴的なヴァイオリンは間違いなく自分の物なのだと、夏美は
思った。何故ならこのヴァイオリンは大学生時代、チェコに住み込みで勉強し
ていた時にお世話になったお婆さんから貰った、世界で一つしかないという
珍しい品物だったからである。

 夏美はこの数年間、このヴァイオリンをとても大切に扱ってきた。
大変お世話になった者からの贈り物という事もあるが、自分がプロとしてやっ
てこれたのは、間違いなくこのヴァイオリンによるところが大きいからだ。

 それだけに、夏美にはたったいま見た写真が恐ろしかった。
写っているのは、紛れもなく自分と自分のヴァイオリンだったからである。

 だが…それだけに、なおさらあり得ない不可解なものとなっていた…。
昨日教会で会った神父が夏美本人を見てひどく狼狽したのは、おそらくあの
写真のせいであろう。何故神父が亡くなったのかは知らないが、少なからず
夏美本人にも何か関わりがあるのではないか…?


 菫は涙をこぼしながら落ちた写真を取ると、大事そうに胸に抱えながら夏美
に呟くように言った。

「でも、どうしてこんな写真を…昔の私が持っていたの?神父様は…その事
が原因で亡くなったの…?」

「…知らないわよ!もう、うんざりだわ!自分の事なのに、次から次へと知ら
ない事ばかり出てきて…!人の事まで頭が回らないってば…!」

 動揺が隠せなくなった夏美は、ここに来て初めて怒鳴り声を立ててしまい、
菫は驚き身じろぎ一つせずその場に固まる。菫にも夏美がこの数日、身の回り
で次々と起きている出来事でナーバスになっているのは良く分かっていた…。


「…あの、夏美さんごめんなさい、私、自分の事ばかり言って…」
「……いや、私の方こそ大きな声出して…ちょっと一人で考えたいの。部屋に
戻るわ。」

 夏美はそう言うと菫の部屋を出て、自分の部屋へと戻って行った。
菫はその場に立ちつくしていたが、しばらくしてやはり夏美の後を追いかけて
自分の部屋を出ていった。

 

 

 夏美は部屋に残っていた探偵二人と若い刑事たちを追い出し部屋に鍵をかけ
ると、テーブルに腰かけ深いため息を吐き出した。

 そして近くに置いてあるバックの中から煙草の箱を取り出すと、一本口に咥
え火をつける。ここへ来てからは一本も吸ってはいなかった夏美だったが、と
うとう手をつけてしまった。

 ヘビースモーカーである夏美は、今回の新生活で喫煙を止めようとここまで
は手をつけずにいたのだが、それもここが限界であった…。


 自分の精神力の弱さを痛感し、夏美はうなだれながら両手で自分の顔を覆っ
た。

 

 

 

 

 

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 夏美に部屋を追い出された博士や涼子らは、薄暗い廊下に茫然と立ちつくし
ていた。そこへ、夏美の後を追いかけてきた菫もやって来て、全員が無言で
鉢合わせとなった。

「…とりあえず、私らの部屋へ入ろうじゃないか。初めて会う人もいる事だし
、廊下で立ち話というのも…なんだからね。」

 博士が緊張感のまるで無さそうな声で言うと、秘書が隣で頷いた。
二人が借りたのは夏美の部屋の隣である。

「でも…今たしか、魔女のおばさんが休んでるんじゃないの?」
「魔女?涼子さん、ここにはそんな方も滞在しているんですか?」

 涼子の言葉に大男の刑事が興味深そうに笑みをこぼしている。

「あの人はもう起きてる頃だよ。さあ、入った入った、時間を無駄には出来な
いんだ。さあ、君も入って。」

 博士は廊下でうろうろとしている菫も部屋の中へと誘い込む。
菫は隣の夏美の部屋の入口を不安げに見つめながら、博士に促されて部屋へと
入っていった。


 博士たちの部屋は隣の夏美の部屋と似ていたが、隣よりも半分ほど狭いもの
だった。部屋の掃除もほとんど行き届いてはおらず、おまけに薄暗かった。

 部屋の中央には光がすでに起きあがっていて、ヤカンにお湯を沸かして待っ
ていた。心配そうな秘書が近ずいて様子を窺いながら光に話かける。

「光さん、大丈夫なの?」
「ええ、おかげさまでね。もちろんあちこち痛いわよ?のんびり寝てもいられ
ないだろうし…あら?また知らない人が増えてるわね。」

 左目じりの傷は完全には消えていないが、すでに立ち上がる事が出来るとい
う驚異的な回復を見せている光は、今しがた涼子たちと共にやって来た大男を
見て眉をひそめた。

「…涼子ちゃんのお仲間ね?さて…信用できるかしら?」

 光は若い刑事に歩み寄ると、顔を近ずけながらヘーゼルグリーンの瞳でじっ
と相手の男の瞳を見つめた。男も背は高いほうだったが、光もほとんど同じく
らい身長がある。

「…ちょっと、彼が敵の一味だとでも言いたいの?」
「私たち前に味方の刑事に酷い目に遭わされた事があるの。」

 自分が連れてきた同僚の者に、難癖をつけてきたと涼子が噛みつくが、光は
そんな事はお構いなしに言葉を続けた。

「だって、職務を放棄してこんな場所へとわざわざやって来る理由ってある
かしら?聞かせて欲しいわね。うん?」

 博士や秘書も、それは是非とも聞きたいというように、やって来た大男へと
無言で視線をやる。彼は一瞬だけ戸惑うような表情を見せたが、すぐに言葉を
口にした。

「…確かに、そう思われるのも無理は無いでしょうね。では…大切な職務より
も、気になる女性がいる、というのは駄目でしょうか?」

 

 それを聞いた光は、顔を動かさずに目だけをちらりと涼子へと向けて、また
男へと視線を戻す。すると光は鼻を鳴らしてにやりと笑った。

「OK、あなたのその言葉は信じられる。頼りにするわ。」

 一瞬の緊張に包まれた部屋の中は、光のその言葉に和らぐ。
涼子は意外なほど光が柔軟な考えを持っている事に少しだけ関心しながらも、
ちくりと嫌味を言うのを忘れなかった。

「あら、ずいぶん理解力があるんですね?それは魔女の眼力?」

「いいえ、ただの年の功よ。もし彼が刑事としての使命だとか、正義のためだ
とかなんとか言っていたなら、飛び蹴りを入れて倒していたわ。ここぞという
場面でそう言う事をしゃあしゃあと語る人間は信用できないのよ。悪党という
のは、場を取り繕ったり自分を良く見せるために心にも無い事を言うの。彼の
言葉は信用出来る、それだけね。」


 時刻は深夜の三時を過ぎていて、本来ならばみな眠っている時間である。
しかし今日に限っては、眠る時間も惜しいくらいたくさんの出来事が起きてい
たのである。

「…ところで博士、状況はどうなってるの?」
「悪いね…というか、とてつもない事が起きるかも知れない。」

 涼子や大男は博士の言葉に眉を潜めて、彼の次の言葉を待った。

「…例の連続殺人事件で完成した六芒星は、明日の夜に起きる”惑星直列”が
ピークに達っした時に効果を現すんじゃないかと思うんだ。」
「…惑星直列?それ何の事よ…」

 光が博士の言葉に首を傾げて言った。

「あれ?光さん、知らないんですか?ここ最近ずっとニュースなんかで言って
ましたよ。200年ぶりくらいに太陽系の星が一列に並ぶんだって。ほらこの
記事…」

 秘書の指さす新聞記事を手に取ると、光は顔色を変える。

「…惑星直列!これだわ…間違いない、恐らく一列に並んだ星の力を一点に
集めて…開くわ、その時に大きな穴が…!」

 涼子は光の言う事の意味は良く分からなかったが、何かがこの街を中心に
起きつつあるのは感じられて、外の暗い街並みを見つめながら言った。

「なら、この停電はその前兆か何かだっていうのかしら…?」
「…まさにその通りだろう。この大停電の範囲が、今も星のエネルギーが集ま
っている証拠なのかも…。それどころか、たぶんその中心はこのモラヴィア
かも知れない。」

 そのやり取りを聞いていた大男の若い刑事は、目をぱちくりさせながら博士
に質問した。

「…ちょっと、つまりその…この一週間くらいの間に起きた連続殺人事件は、
魔法陣をこの街に作るためだった…という事ですか?いわゆるその…黒魔術的
な何かであると?」

「その通りだよ…君、警察にしては話せるじゃないか。」
「この手の話は好きなんですよ。では、相手はフリーメーソンとかイルミナテ
ィとかそういう連中なんですか?」

 若い刑事は興味しんしんで、むしろ楽しそうな表情を浮かべてさえいた。

「そうではないけど、危険な連中には違いないね。ところで…」

 部屋の隅に居心地の悪そうな様子で皆の話を聞いている菫を見て、博士が
近ずいていく。先ほどからずっと、菫が大事そうに抱えている大きな封筒が、
博士にはえらく気になっていたのだ。

「…神父様の事は涼子さんから聞いたよ。お悔みを申しあげるが…今はそれを
語っている時間が無いんだ。夏美さんは一体どうしたのかな?それとその大事
そうに持っている封筒について、話してはもらえないかな?」

 菫は一瞬だけ迷うような表情を見せたが、顔を上げてゆっくりと話し出す。

「…私が悪いんです。私が、こんな物を夏美さんに見せたから…。」
「その封筒かい?それは一体…」

 言いながら菫はテーブルの上に封筒の中身を出していく。
一枚の上着と古い写真、それと手紙である。

「…これは神父様が私宛てに取っておいた物です。倒れていた部屋にあったの
を、私が持ってきたんです。」
「ちょっと…あなた、事件現場の品物を持ってきたの!?そんな事したらー」

 えらい剣幕で言いかけた涼子を光が片手で制して言った。

「…まあまあ、彼女に宛てた物なんだから良いじゃないの。それより中身が気
になるわ。これまで冷静だった夏美さんが部屋に閉じこもるほどの物なんでし
ょう?」

 それを聞いて涼子も口を閉ざし、菫の言葉を待つ事にしたが、隣に立つ光の
にやけたような上から目線が何とも勘に触り、口をとがらせた…。

「はい…これは私が十数年前、記憶を無くして教会の前に倒れていた時に身に
着けていた品物なんです。その時から、神父様がこれを保管していたようなん
ですけど…こんな写真を私が持っていたんです…。」

「……これは…!」

 

 部屋にいる全員が古い一枚の写真を見て、それが夏美であると分かった。
そしてお腹が大きい事にも…。

 しかし、何よりもその写真が奇妙なのは…それが今から十五年近くも前の
写真であるという事にあった。しかも、夏美と菫は三日ほど前に初めて会った
ばかりの二人である。十数年も前に、すでにこんな奇妙な関わりが存在したと
いうのは一体どういう事なのか…?

 

「これって…変じゃない?これじゃ歳が合わないじゃない。」
「…写真の加工か何かじゃないかしら?」
「じゃあ、神父様がそんな悪戯したっていうの?まさか…」

 口々に色んな事を言い合う間に、大男の刑事は携帯で写真を取ると、それを
どこかに添付して送った。

「どこに送ったの?」
「知り合いの画像処理や現像なんかに詳しい仲間に調べてもらおうと思いまし
て…何かの加工があれば、彼ならすぐに見つけますよ。」


 すると、入口のドアが開き夏美が部屋へと入って来た。
みながいっせいに彼女の方に視線を送ると、夏美はバツが悪そうな表情で頭を
かきながら菫のところへとやって来る。

「…菫さん、ごめん…ちょっと色々驚いたもんだから…。」
「そんな事…気にしてないわ。」

 二人は軽く抱擁を交わすと、それ以上は語らずお互い照れ笑いを浮かべた。

 

 

 

 部屋の中の全員が、この奇妙な古い写真を巡り議論している時、博士は一人
上着らしき服を手に取っていた。そして何やらじろじろと見回している。

「博士、何か見つけた?」
「いや、ただ…この服、妙だと思わないか?」

 それは一見するとどこにでもあるチェック柄の、割と厚手の生地で出来た
シャツであり、一体何が妙なのか、秘書にはいまいち分からなかった。

 襟の部分を博士は掴むと、見つけた奇妙なものを秘書に見せる。
ネームタグには英語でハナムラと書かれてあり、『maid in ・neo saitama』
となっていた。

「…ハナムラなんてブランド聞いた事あるかい?それに何だ?ネオ・サイタマ
って…。」
「オリジナルの製品か何かなんじゃないですか?」


 その後も、皆が若い刑事の知り合いに送ったという、例の古い写真の分析
結果を待つ間も博士は一人腕を組みながら、べッドに腰かけている夏美と菫
二人の様子を見つめていた。

 この先、何が起きるのか分からないが、それは恐らく今日の夜がタイムリ
ットになるだろうと博士は考えていた。


”…十数年前に記憶を無くして教会に倒れていたこの女性…菫さん。
彼女が持っていたのは一枚の写真だけだった。それはあろう事か…夏美さんの
姿が写った不可思議な物で、おまけに写真に写る彼女は、どうやらお腹に赤ち
ゃんがいるようだ…。

 そして、十数年が経過した今、二人はこの街で…出会い知り合った訳だ…。
さらに奇妙な事は、この二人が起こりつつある、只ならぬ出来事に無関係では
ないという事だ。


      …この奇妙な偶然は、何を意味するのだろうか?


 本人は意識していなかったとは思うが、オカルト信奉者たちの陰謀のすぐ傍
にいて、何らかの目的に利用されていたと思われる夏美さん。

 その凶悪な事件が起こるさまを、何度も夢の中で予知してみせた菫さん…。
たぶん、この奇怪な事件のキーパーソンになる人物たちだろう。


 坊主頭の博士は、べッドに腰かけ二人で話している夏美と菫を見る…。


十数年前…記憶喪失…夏美さんの写真…neo saitama…ヴァイオリン…予知…


           …そして、お腹の子供…。

 

 

 

               …………?

 

 


「…ああっ!そうか!」
「あら、博士何か思いつきました?」

 

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 立ち上がった博士は彼女ら二人の傍へとやって来て、じろじろと顔を見つめ
ながら言った。

「…菫さん、束ねているようだけど、ちょいと髪を下ろしてもらえるかな?」
「えっ?髪ですか…ええ、構いませんけど…。」

 博士の妙な注文に、菫は不思議な表情で束ねている髪を下ろした。
全員が自分を見つめている事に、菫は少しばかり恥かしさを感じてうつむき
加減に手で髪をとかす…。

「ついでに、おでこも出るように真ん中で分けてくれないか?」
「はい…こうですか?」

「博士、一体何を……あっ!」

 部屋に集まった一同は、並んだ二人の女性を見て驚きの声を上げた。
おそらくこの場にいる者は皆、この時同じ事を考えた筈である。

 

 

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「嘘…二人ともまるで姉妹みたい…!」
「ほんとだ!雰囲気なんかそっくりね。」

 皆が驚きの声を上げる中、夏美と菫はぼんやりとお互いの顔を見つめた。
これまであまり自分たちが似ているなどと考えた事もなかったが、こうして
同じ髪型にして並んでみると…目元や眉、おでこや顎のラインなどどこを見て
も二人は良く似ている…。

 

「でも、どういう事なの?そんな偶然って…あるの?」
「それとも、遠い親戚か何かとか?」
「…いや、違う。」

 それらの声を打ち消すように、博士はきっぱりと言った。

 

「二人はたぶん母と娘…つまり親子だよ。」


 驚きの言葉を博士が言ってのけると、部屋に集まった者たちは口々に否定し
笑っていたのだが、一人夏美だけはそれが真実に一番近い答えなのだという事
を理解していた。

 頭とか思考ではなく”感覚”として、感じられたからである。
初めて出会ったあの日から…夏美には無意識的にも理解していたのだ。


 目の前の菫が皆と共に、あり得ない夢物語に笑っている。
ふと、夏美の方に視線を送ると、彼女が真剣な眼差しで自分を見つめている事
に気ずき、笑うのを止め同じく菫も真剣な眼差しに変わる。

 

 そう、夏美は知っていたのだ。
この二人の不思議な出会いを…。


(続く…)