ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

水面の彼方に 28話

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 さかのぼる事二日前、元捜査一課の利根川警部は部下の村山涼子に連絡を入れた
あと、休暇を利用して十二時発の新幹線、やまびこ137号で栃木県宇都宮へと向
かっていた。


 先日東京の河川敷で、皮だけになった女性と思われる水死体が発見された奇妙な
事件現場から警部が”拝借してきた”緑柱石と呼ばれる珍しい石を手に、自分なり
に事件の捜査を行うつもりである。

 それというのも、数日前から降り続いていた激しい雨と増水による事件性に乏し
い水難事故という事で、すでに捜査本部は解散していたのだ。もちろん、いつもの
警部なら早急な解散に異を唱えるところだったが、今回の事件は何かキナ臭いもの
を感じ、密かに捜査を行うことにしたのである。

 何故こんなにも早急に水難事故と決定されてしまったのか?
そして、警部も感じた事件現場の妙な違和感と、二人の所属不明の捜査員が現場に
いたこと。なによりも、女性と思われる遺体から見つかった石が、珍しい緑柱石と
呼ばれるものであると分かったことー


 それらの状況を考えると、長年の刑事としての”勘”がこの事件は何か裏があり
そうだと警部は判断したのである。


 東京から新青森駅までを繋ぐ高速鉄道、やまびこ137号は定時刻に出発した。

 

                           

 


PeriTune - Investigation2(Suspense/Royalty Free Music)

 

 

 

 

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 利根川警部は荷物らしい物も持たず新幹線に飛び乗ると、自分の指定席の番号を
見つけ腰を下ろした。

 席に着くといつもの癖で、車内の中をひととおりぐるりと見回すのを忘れない。
それから警部は東京駅で購入した弁当を開け、外の景色も見る事もなく食べはじめ
た。宇都宮までは五十分ほどで着いてしまうので、のんびり旅を楽しんでいる訳に
はいかないのである。


 と、警部の携帯に本署から連絡が入った。
弁当をテーブルに置くと、彼は席を立ち新幹線の通路へと出る。着信の相手は同僚
のベテラン熊野刑事だった。

 

「やあ、熊さんか。どうしたの?」
『どうしたじゃないですよ、警部。急に休暇なんか取って一体どこに行ってんで
す!?どうせ例の件で自分一人で何か調べてるんでしょう?』

 通話先の相手は少々いらつきを抑えながらいっきにまくし立てると、利根川は顔
をほころばせながらベテラン刑事に言った。

「さすが、熊さんには敵わないな。そうです、今、宇都宮に向かってます。」
『…事件の被害者、川岸理恵の身辺をあらおうってんですね?でも警部、それは
もう出来ませんよ?』


 利根川はベテラン警部の言葉に、急に表情を曇らせる。
東京河川敷で見つかった”皮だけ死体”の被害者、大学に籍を置く生物学者・川岸
理恵52歳。彼女は宇都宮の自宅に一人住まいだそうだ。今日、現地の刑事と連絡
を取り合い、これから自宅を見せてもらえる事になっている。


「出来ないって…熊さん、一体どういう事?」
『…それがですね、つい今しがたの事なんですが、その川岸理恵の家が火事で焼け
たという話なんですよ。おまけに焼け跡から、宇都宮署の刑事が焼死体で発見され
ました。警部、これからその刑事と会う約束だったんじゃないですか?』


 その驚きの事実を知り、利根川警部はショックを隠せずにいた。
それと共に、やはりこの一件には何者かが事件の謎をもみ消そうとしているのでは
ないか?という予測が当たっていた事を示している。焼死した宇都宮署の若い刑事
は、一人この事件を丹念に調査していたのだが…


『…警部、どうもこの一件には悪い予感がするんですがねぇ?捜査当局の人間まで
も巻き添えにするとなると…公安か、もっと上の人間が動いてる可能性もあるんじ
ゃないでしょうか?警部もすぐに署に戻られた方がー』
「いや、熊さん、それは出来ない。もしもー」


 そう言った利根川には、通路のドア窓から車内の様子がちらりと見え、先ほどま
で誰もいなかった席に身なりの良い二人組が座っているのが分かった。利根川警部
の斜め後ろの席…そして、その二人組の無表情な顔には見覚えがある。

 そう、例の河川敷にいた、奇妙な二人組の捜査員だ。
その高級な黒の背広は公安の連中でもない、あるいは暴力団関係者のようにも見え
ない。そして、警部の鋭い観察は二人の耳にイヤホンのような物がつけられている
のを見逃さなかった。


「熊さん、私どうやら見張られているようです。先日の河川敷にいた二人組の捜査
員。」
『…何者ですか?公安調査庁ですかね?』
「どうかな…熊さん、私ね次の駅で降りるわ。後の事、頼みますー」

 

 何かを言いかける熊野刑事にお構いなく、利根川刑事は携帯の通話を切った。
次の停車駅、栃木県小山が近ずいてきていたからである。

 

 


 小山市は人口16万7千人、栃木県第2の人口都市だ。
東北新幹線宇都宮線両毛線水戸線といった周辺県を相互に結ぶまさに栃木の
玄関口である。

 自分の指定席には戻らずに、利根川警部は停車した小山駅で降りると足早にホー
ムを離れ、後ろを振り返る。新幹線を降りたのは警部と他数人の旅行客だけで、例
の二人組は降りることなく新幹線は宇都宮へ向けて走り出す。

 この事から、彼らが最初から私が宇都宮の川岸理恵の家へと向かう事を知ってい
たのだという事が分かる。捜査員ごと家を焼き払う連中だ、とても公安調査庁の人
間とは思えない…一体何者だろう?

 これではっきりしたが、おそらく今度の一件は”触れてはならない事件”なのだ
ろう、という事だ。長年刑事をやっていれば一つや二つはそういった事件に出く
わすこともある。一昨年に起きた板橋区の連続殺人事件もその一つだ。


 この先、誰がどこで自分を見張っているのか?まったく分からないことから、
警部は休暇旅行であると見せかけるため、駅近くの菓子屋に入り地元の名産品を
一箱購入した。現地では有名な生どらやきらしい。

 その買い物袋を片手に、警部は駅裏の商店街を眺めながら歩いてゆく。
居酒屋、和菓子屋、良い香りのするお茶屋に、もつ鍋の看板も見える。土曜のお昼
にしては人が少ないなと警部は感じたが、地方の都市とはこんなものなのだろうと
思った。

 そして、二つほど十字路を曲がったところで、急にビルの角に背をつけ、警部は
身を隠すようにしながら通り過ぎようとする男の背後を取った。


「…君、私をつけていたね?一体何者だ?」
「おっ…と、見つかっちゃったか…。」


 年の頃は三十くらいか、もう少し若いと思われる男が、警部が駅を出る辺りから
ずっと後をつけてきていたのだ。もちろん、新幹線の車内に現れた二人組とは違う
男で、なにより警部には見たこともない男だった。


「身分を証明するものを見せてくれるかね?でなければ…一緒に来てもらわなきゃ
ならないが…?」

 利根川警部は警察手帳を見せながら、若い男に小声で言った。
男は照れくさそうに頭を掻くしぐさをしながら警部の言葉に答えた。


「まいったな…しょうがない、別の場所で話しましょう。実は知り合いが近くで
待っているんです。すぐそこなんですが…」

「妙な動きはするなよ?よし、行こう。」

 警部は用心しながら、男の言う場所へとついていった。

 

 

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 男はいたって普通の、どこにでもいるような若者で、ニットのパーカーにジー
パン姿で少々面長の顔と、髪の毛は茶色に染めている。時折彼は、居酒屋や
バーの店の前を通り過ぎると中を興味深そうに覗いていた。


 場所はさらに裏通りにある小さな喫茶店で、そこには男と待ち合わせをしてい
たと思われる一人の若い女性がいた。他に客はいない。

 待っていたのは、いたって普通のどこにでもいるような三十代くらいの女性で、
なんとも落ち着いた物腰であった。
 

 喫茶店とはいえ、ほとんど店として営業しているようには見えない狭い店内で、
警部とその二人の男女はテーブルに向かい合って座る。その二人は、奇妙なほど
落ち着いた表情で警部を見つめていたが、彼らの目は何とも活力に満ち、どこか
心の奥を見透かすような不思議な輝きを持っているように見えた。


「…まず警部さん、一つ約束していただきたい。私たち二人の素性はお聞きになら
ないという事を。」
「素性を聞くな?だが、私はその素性を調べるのが仕事なんだ。そういう訳にはい
かないな。」


 警部の言葉に二人はお互いに顔を見合わせ、何も会話を交わさずに小さく頷くと
若い女性の方が口を開いて答える。


「…今日警部が向かっている、川岸理恵さんの家に行くのはやめていただきたいの
です。行けば、きっと警部の身に良くない事が起きる筈です。彼女の事を調べるの
はよしてください。」
「そうです、警部も知ってるでしょ?彼女の家が焼けて警察の方が亡くなったの
を。そういう恐ろしい連中なんです。」


 二人の言葉に、警部はこの男女が事件についての深い部分まで知っているのだと
理解した。この相手がかなり危険な連中であるという事も…。だがー


「しかし…私は刑事だ。彼女に何が起きたのか?調べる義務がある。まして捜査員
が命を落としたともなればなおさらだ。目の前で事件が起きていれば、たとえいか
なる理由があろうと、相手が誰であろうと捜査はやめない。それが、権限を与えら
れた私たちの使命です。」

 それを聞いた二人は、またもお互い頷き合い、何故か小さく笑みをもらしながら
言った。

「…彼女は生きていますよ。厳密には…川岸理恵さんは、もうどこにもいませんが
、彼女は間違いなく生きています。だから、彼女の事はもう調べないでいただきた
いのです。」

 にわかには信じられない事を男は言った。
警部は事件現場で被害者の亡骸を自分の目で見ているのである。有り得ない事だが
、確かにこの二人は事件について深く知りえる立場にいると、利根川には確信があ
った。

「…彼女が生きている?一体どういうー」
「それを世間に知られれば彼女は危険になり、連中から逃げる機会を失ってしまい
ます。市民の安全を守るのも、警部さんたちの仕事じゃないんですか?」

 若い男の方がそう言って、隣の女性を見て笑った。
彼女も大きく頷いて、困惑する警部の顔を見る。あの河川敷で見つかった皮だけと
なって見つかった生物学者、川岸理恵は生きている…そう言われて信じれる者はい
ない。だが…

 何故だか分からないが、利根川警部には今、目の前にいるこの若い女性が、当の
川岸理恵なのだと感じたのだ。理由はない。

 
「…分かった、彼女の事は調べるのはよそう。だが、私はこの事件の捜査を止める
訳にはいかない。私の部下も途中で諦めることはしないだろう。それで最後に一つ
だけ聞きたい。君たちは一体…どういう者なんだ?」

 その警部の最後の質問に、男は何やら楽しげに、にこやかな表情で答えた。
 
「…大いなる旅人…あるいは、大いなる傍観者…とでも言いましょうか?ですが、
あなた方含め、この世界の人々が大好きな者たち、そう言っておきましょう。」


 それだけ言うと彼らは店を出ていき、その後二度と警部は二人に会うことはなか
ったのである。

 

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         (続く…)

 

水面の彼方に 27話

 

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          27  過去へと続く未来…


 夕日が山の影に隠れはじめた頃、ペンションの二階、光は部屋の窓から徐々に闇
に包まれてゆく街の様子を眺めていた。街の情報を仕入れに行った博士と秘書の二
人は今だ戻ってきていない。

 下の階からは元気な様子で掃除を続けている真理や、間の抜けた女刑事の声が響
いてくる。その楽しげな声に、光は時折くすくすと笑みをこぼすが、すぐに真顔に
戻ると不安な表情で手鏡の中の自分を見つめていた。


 それというのも、この街に入ってから光は奇妙なものを感じていたのだ。
どこかで感じた事のある感覚…いや、あるいは気配か?どこか懐かしいような、そ
れでいてひどく不安な気分を思わせる感覚。こめかみに微かな頭痛も感じさせるが
、それよりも気になるのはべたりと纏わりつくような嫌な感覚である。

 もちろん、この街に来たのは生まれて初めてだし、この美しい街自体には不穏な
ものを感じさせるものはない。だが、何かが…


「…薫ちゃん?下の掃除、あらかた片付いたわよ?」
「ああ、ほんとに?すぐに行くわ。」

 二階の小部屋の入口に顔を出した良美に光は答え、薄暗い部屋の中またも手鏡を
覗き込み化粧を続ける。

 髪の毛を後ろで束ねた須永理事長は、その光の様子を見て静かに側へとやってき
た。手鏡の中から後ろに立つ良美を見つめ、光は言った。

「…なに?」
「薫ちゃん、何か心配事?」

 光はその良美の言葉にぎょっとして、後ろを振り返る。


「…どうして?」
「だって、あなたってものは、心配事があるとき化粧が濃くなるんですもの。」

 それを聞いて光はバツが悪そうに手鏡を置く。
確かに、光は迷ったり悩んだりするときは化粧に時間がかかることがある。


「…ここに来てから嫌な感じがするのよ。何ていうか…昔から知っているような…
懐かしいというか、とにかくこの街は気持ちが悪いわ。出来る事なら帰りたいくら
い。」

 窓の外はすっかり陽も落ちて、闇に包まれはじめていた。
眼下の街明かりもちらほらとしか見えず、ここが住む人も少ない寂れた街なのだと
いう事がよく分かる。

「あら、そういえば、探偵さんも同じようなこと言ってたわね。」
「…え?何て言ったの?」

 光は椅子から立ち上がると不安そうな表情で良美に聞いた。


「ここへ来る前の晩よ。確か、昔っていうか…そう、過去に戻る旅になるかも知れ
ないって。」
「…過去に戻る旅ですって?一体どういう…」


 それだけ言うと良美は部屋の出口へと戻り、下へと続く階段のある廊下へと向か
う。

「さあ?あたしには分からないわ。あの探偵さんの言うことですもん!」
「あっ、ちょっと…良美ちゃんー」

 
 階段を降りてゆく良美の後を、渋々ながら光は追いかけてゆく。
茶封筒から始まった奇妙な不安と謎…それらが今だ解ける事は無かったが、はたし
て探偵の二人が街から戻って来ることで解消されるのであろうか?


 暗くなっても戻らない探偵二人に不安を抱きつつ、彼らならきっと何かを見つけ
てくるに違いないとも光は思った。

 

 

 

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 中華飯店を出た博士と秘書は、薄暗くなりかけた街の中を足早に移動していた。
もう少しすれば辺りは完全に暗くなってしまう。その前に、どうしても見ておき
たい場所があった。

 町外れまで来ると、一本道の並木通りが大きな建物のある場所まで続いている
のが見える。ここへ来る前に場所を調べておいた”例の食品加工会社”だ。寂れた
街にしては異様な大きさの工場である。

 そして、過去ここには奇妙な事件が起きたとされる「丘」と呼ばれた曰くつきの
場所だ。


 入り口付近までやって来た博士と秘書は、まったく人気のない工場を見つめて
しばらく辺りの様子を伺っていた。


「門が閉まってるわ。今日はもう仕事終わりなのかしら?」
「いや、そういう感じじゃないな。ほら、駐車場に車が一台も止まっていないし、
おまけに建物のどこにも明かりがついていない。工場である以上、必ず夜勤務やら
守衛やらがいるはずなんだが…」

 そう言うと博士はしばらくの間、まるで音のしない食品加工会社の巨大なシルエ
ットを見つめていた。その後ろには、異様な形に切り立つ神楽山がそびえ立ってい
るのが見える。

「…皆で旅行とか行ったのかしらね?」

 隣の博士をちらりと見つめ、秘書は冗談交じりにそう言った。
その博士はポケットから「のしいか」といわれる駄菓子を一つ取り出すと、袋を破
き半分に千切ってかじる。イカやタラをすり身にして薄く伸ばした珍味だ。残りの
半分を秘書に渡しながら、博士は彼女の冗談に答えて言った。

「かもね。この会社の従業員は約300人ほどで、町の人口が約500だから、住
民のほとんどがこの食品加工会社関係の人間という事になるね。そうすると残りは
さっき会っていた二人のような元々住んでいた連中だ。100名にも満たない数だ
よ。」
「なら、ほんとに社員旅行でも行ったのかも!会社休んで。」

 のしいかをかじりながら、秘書は満面の笑顔で言った。

 

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「今日一日、町を歩き回って車をほとんど見かけなかったんだ。おまけにアパート
やマンションの駐車場にもほとんど車が止まっていなかったし。それはつまり…」
「社員旅行!」

 そう言って笑う秘書を、博士は正面から抱っこすると彼女のかじりかけののしい
かをかじり取って食べてしまった。

「そろそろ戻ろうか。」
「…もういいの?」
「うん、見たいものも大体見れたし。君も疲れたろう?」


 博士はそのまま子供のように秘書を抱っこしながら、薄暗くなりつつある街の
並木通りを歩いて戻りはじめた。

 

 


 博士と秘書の二人が店を出た後、中華飯店の親父とスタジャン男はさっそく行動
を開始した。店を出て軽トラックを出す準備を始めた二人が隣町へ買い出しに行く
というのは久しぶりの事である。

 緑川町のメインストリートに面した場所にいる彼らだが、辺りは歩く者も通る車
もほとんどない。おまけに犬の遠吠えやら、近所の雑音一つ聞こえてこないのであ
る。

「おい、行くぞ。早いとこ車に乗れや。」
「おうよ、まったく相も変わらず薄気味悪い街だぜ。」


 車に乗り込む前に、スタジャン男は薄暗い通りを振り向き、吐き捨てるように言
った。

 年々別の街に引っ越してゆく住民たちの中で、彼ら二人は生まれも育ちもこの
緑川町なのである。現在この街に住む人々は大抵、かなりの老人か、例の食品加工
会社の従業員、関係者たちだ。 

 寂れていく街に唯一残った彼らにとって、この数年の異常事態は何とも不満の
たまるものだったのである。よそ者が入ってきて巨大な会社を作り、にも関わらず
街は荒廃してゆく一方だった。

 ”住人が増えたにもかかわらず、むしろ人の活気は無くなる一方なのだ…”


 とはいえ、生まれ育ったこの街を捨てられないのも二人にとっては事実なので
ある。そんな時、突如としてやって来た二人の探偵は、この街の状況を変えるかも
しれない何かを感じさせたのだ。

「いつか、こんな日が来ると思ってたぜ!絶体に何かあるんだ、この街は…」


 スタジャン男はそう呟くと、中華飯店の親父の軽トラックに乗り込み完全に陽が
落ちた街の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

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 工場を後にした博士たちは、すでに陽も暮れかけている緑川町の街外れまで戻
ってきていた。すり鉢状の街の全体が眺められる場所までやってきたとき、博士は
足を止め今来た道を振り向いて言った。


「どうだい?早紀君。ここからなら街の全体像が眺められるだろう?」
「ええ、明かりは少ないけど…」

 すり鉢状の底部分が街の中心部となっていて、その中心を二つの川が両側から挟
むような形で流れている。穏やかで、まるで眠っているかのような静かな街だ。

 四方を険しい山で囲われたこの土地の中でも、ひときわ異彩を放つのは山頂付近
が垂直に切り立つ崖状の形をした神楽山である。その山の奇妙な崩れ跡を、博士は
特に気にしながら見つめていた。まるで、山の頂上付近に何かがぶつかり、円形に
削り取ってしまったかのように見える。


 …おや?と、博士は思った。
その奇妙な山の形状に、どこかで見覚えがあったからだ。そう、どこかで…

 

 しばらく無言でその景色を眺めている坊主頭のパートナーを見やり、秘書はしば
らく疑問に思っていた事をおもいきって聞いてみた。実のところ、秘書には今回の
出来事についての謎が、ここまでまったくと言っていいほど解けていなかったから
である。

 今日の一日にしても、朝から人気のない街をうろうろと散歩したり、図書館で
古い新聞記事を読み漁り、挙句の果ては中華屋で天津飯をうまそうに食べ、ゴシッ
プ記事好きな街のおやじ二人の”疑わしげな情報”を得ただけなのである。最後は
どこにでもありそうな食品工場を外から覗き「のしいか」をかじっていただけなの
だから…。

 いくら長年パートナーを組んでる秘書とはいえ、今回だけはこの奇妙な男を持っ
てしても「お手上げ状態」なのではないか…?と、心配になっていたからだ。


「…ねえ博士、この事件の謎は…少しは解けました?」
「ああ、8割方ね。」

 

 

 


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  いとも簡単に言ってのけた博士の言葉に、秘書は下の砂利に足を滑らせバランス
を崩しかける。が、博士は彼女の手を掴み転ぶのを阻止した。

「ちょ…!?8割ってホントですか博士!?」
「まあね、実のところ…この街に来る前に半分くらい謎は解けていたんだ。ただ…
どうにも良く分からない部分があるんだ。」


 あの茶封筒から始まった奇怪な事件の謎を、この何も考えていないように見える
博士は一人、すでに事件の謎を8割方解いているというのだ!その驚異的なパーセ
ンテージもさることながら、あまりにもデタラメな根拠と自信は一体どこから出て
くるのか?

「は、博士、どうやって8割も謎を解いたんですか!?嘘でしょ?」
「いや、本当さ。しかも一番重要なヒントは、我々の事務所を出る時に君が言った
言葉にあるんだよ。」

 唖然として博士の説明を聞く秘書には、自分が言った言葉の何が重要なヒントに
なったのか?皆目見当がつかずにいた。


「あの、私…何を言ったの?」
ティグリス川とユーフラテス川だよ。」


 その秘書の質問に博士は、完全に陽が沈んだ緑川町を眼下にしながら、にこやか
な表情で答えて言った。

 

       f:id:hiroro-de-55:20200427094931j:plain

      (続く…)

 

水面の彼方に 26話

     

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          26  全てに至る場所へ…


 一昨日の騒ぎがまるで嘘のように静かな聖パウロ芸術大学のテラスで、千恵子は
眼下に広がる美しい森を眺めていた。周囲数キロに亘り誰一人住む者もない深い森
の奥、現在この大学に残っているのは理事長の執事である白川と千恵子本人だけで
ある。

 あの夜を境に、大学への襲撃は一度も無い。もっとも、あんな目にあわされて戻
ってくる者などいないと千恵子は思ったが、彼らが無事に戻るまではこの場所を守
ろうと考えていたのである。


 何より一目見て彼女はこの場所が気に入ってしまったのだ。
人里離れた静かな森の真ん中で、かつて中世ヨーロッパ時代から慣れ親しんだ美し
い洋風建築。当時彼女はまだ人ではなく、別な物に寄生して存在していたのだが、
時代の文化・芸術などを知る歴史の生き証人なのだ。

 しかし、千恵子が人となって一番気に入ったものは「風呂」というものだった。
人というものに同化した事で得た感情なのか?あるいは、それ以前から持っていた
感情なのか?とにかく、お湯というか水に浸かるという事にえらく気に入ってしま
ったのである。そしてここには、これまで見てきたものとは比べる事も出来ない程
美しい大浴場もあるのだ。

 この日も、千恵子は朝から一人、地下の大浴場でたっぷり時間をかけてお湯に浸
かり、髪を乾かすため見晴らしの良いテラスに出て日光浴をしていたのである。


「千恵子様、お昼の準備が整いましたが?」
「…もう少ししたら行きます。」

 背後で声がして、千恵子は振り向きもせずに執事の白川に言った。
実は先ほどからテラスの上で、千恵子は遠くの方をじっと見つめていたのである。
そう、彼らが向かったという栃木県の方角を…

「どうか、なされましたか?」
「……誰かが、呼んだ。」

 テラスのロココ調と呼ばれる美しい手すりに両手を置き、千恵子は瞬きもせずに
両目を開き、どことも知れぬ遠い場所を見つめていた。執事の白川は、彼女がかつ
て伝説の”暗闇の魔女”として恐れられていた事を知っている。

「呼んだ?どなたがですか?」
「わからない…。」
「探偵様や良美様たちでしょうか?」
「違う、彼らではない。もっと、別のものだ。別の…何か…分からない。けどー」

 言いかけて、遠くの方角を見るのを止め、千恵子は執事の方を振り向いた。
彼女が珍しく不安な顔を見せている…その姿だけ見れば、どこにでもいる二十歳
前の娘である。

「前にも、同じことがあった。数年前…二度。どこかで、誰かが呼んだ。これで
三度目。よく分からない…けどー」
「行きますか?私たちも。探偵様たちのところへ。」

 執事はなんとも愉快な表情を浮かべて、千恵子に言った。

「……ここみたいに、楽しいところではないかも知れないよ?」
「ええ、ですが、私ももう充分長生きいたしましたから。少々、最後は冒険しても
よろしいのではないかと…いちよう男の子ですので、危険なことに惹かれる部分も
あるのです。」

 その言葉が、男のせめてものユーモアなのだろうという事は千恵子にも分かるよ
うになっていた。人というのは、心とは裏腹なことを言うことがある。それが時に
優しさであるということも。

「じゃあ、私は女の子らしく、お弁当詰めますね。」


 初老の執事の何千倍もの長い時間を生きてきたであろう”暗闇の魔女”は、白い
歯を見せて笑った。
 

 

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 ちょうど同じ頃、地下基地司令本部に出資者の坂槙が到着した。
神楽山の裏側、山の麓にある立ち入り禁止区域の森の中に、上空からでしか見る事
は出来ない場所に地下基地のヘリポートはあるのだ。

 出迎えたのはほんの数名の護衛と、新しい司令官である白石だけだったが、彼は
なんとも機嫌良く彼らに自己紹介した。

「君が司令官か?坂槙正三だ。よろしく頼むよ!」
「……坂槙…あの、坂槙ですか…!?まさか…」

 基地司令の白石は、その若者の名を聞いて驚きの表情を浮かべる。
これまでこの地下基地全ての施設に資金を出していた真の代表の名前は、誰にも知
らされていなかった。しかも、その男の名前が坂槙と聞き、司令官の白石は驚かず
にはいられなかったのである。

 何故なら、白石は知っていたからだ。この男が表向きの商売以外に、何をしてい
るのか、を。この男が「ある大国」の軍事・軍備に多大な影響を与えている商売人
…いわゆる”戦争屋”としての顔があることだ。

 一口に戦争と言っても、爆弾や銃器を直接売るわけでなくとも、それを起動させ
る精密機械、駆動部分の重要な部品など高性能な物が重宝する。そういう物を普通
の企業、工場で日々我々が生産しているものが間接的に”そういう事”に利用され
ているのだ。この坂槙は、それらの重要な物を取り扱う商売を大国と行っている。

 つまり…この若者の後には、その”大国”がついているという訳である…。


「たぶん、その坂槙だと思うよ。まずかったかな?」
「いえ、とんでもない!光栄であります。」
「そうかい、君は出世の見込みがありそうだね!よろしく頼むよ。」
「…はっ!」

 山の中に作られた巨大なトンネルの先に地下へのエレベーターがあり、それに
乗り込んだのは司令官の白石と坂槙、それに護衛の兵士が一人だけだった。この先
には誰でもが入れる訳ではないからである。エレベータはどんどん下へと降りてゆ
き、とうとう地下十五階で止まった。 

 

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「…この最深部が基地司令部です。例の場所は、このさらに下になります。」
「例の場所…つまり、その上に地下施設を建設した訳だな?」
「ええ、そうなります。どうぞ…」

 エレベータのドアが開くと、そこは開けたホールになっていて、目の前には巨大
なスクリーンやら地下基地のモニターが沢山ならんでいる。坂槙はオペレーター用
のデスクにある椅子に深々と腰を下ろすと、指令室の中を見回しながら言った。


「なかなか立派な施設じゃないか?」
「お陰様で…。」

 すると奥のドアが開き、一人の白衣を着た女性が坂槙らのところへと歩いてやっ
てくる。白石は坂槙の傍に立ち、ぼそりと囁くように彼女を紹介した。

「…彼女が、入江博士です。」
「ほう…彼女が!想像してた雰囲気とは全然違うな!」

 椅子から素早く立ち上がると、坂槙はやって来た彼女に右手を差し出す。

「坂槙正三だ。よろしく、入江博士?」
「……入江杏です。」

 陽気な笑顔を見せる坂槙に対して、あきらかな不機嫌そうな表情の杏は握手も
せずにスクリーンの傍へと行き、コンピュータの制御を始める。

「…そういう”キャラ”なのかい?」
「まあ…科学者なので…すいません。」

 苦々しい表情で杏の姿を見ながら司令官の白石が坂槙に言った。
だが、坂槙はまるで気にした様子もなく、椅子に座り直しスマホをいじり出した。


「…今の状況はどうなってんの?」
「はい、そろそろ例の場所の最深部に到着する頃だと思います。」
「それで、”あれ”についてはどうなってる?危険は無いんだろうね?」

 坂槙は少し離れている杏に向かって言った。
杏は機械の制御作業の手を止め、彼の方を振り向きその質問に答える。

「…”あれ”については、計算上では危険はありません。確かに、クリアプルト
ウムが貯蔵されている最深部付近へ行くには”あれ”のエリアを通過しなければな
りませんが、三つあるうちの二つのシェルターは健在です。核爆発にも耐えられる
強度を持っていますから、時間と共に風化したりもろくなっていたとしても問題は
ないはず。一つのシェルターは、おそらく落下衝突時に壊れ開いてしまいましたが
、数年前に問題は解消されています。問題は…」

「なにかな?」
「…液体金属であるクリア・プルトニウムの保存状況がどうか?という事です。 
もしも、最深部が乾燥や、ガスが充満するなどの状態であった場合、液体自体が
蒸発あるいは結晶化している可能性もあります。最深部は円形状の作りになって
いて、液体金属のある動力プールはそれより少し高い位置にあり、下に水が溜まっ
ていた場合、状況は判断できません。それらを考慮して、私の意見としてはもう少
しデータを取ってからの方が危険は少ないと思っていたんですけどね…。」

 ちらりと司令官の白石を睨み、杏はまたパソコンのキーボードを叩く作業を続け
る。もうじき最深部に向かった部隊から映像が送られるようにするためセッティン
グのプログラムを打っているのだ。

「あっ…映像が繋がります。スクリーンに出します。」

 と、巨大なスクリーンに真っ暗な映像が映し出された。
そしてカメラの前にガスマスクのような物をつけた兵士が写る。画像はさすがに
荒く、綺麗には写ってはいなかったが、なんとか状況は伝わってきた。


『…司令、最下層付近まで来ましたが、大量の水が溜まっています!この先は水の
中を潜り、動力室へと行かなくてはなりません。恐らく高さから考えて動力室には
水がきていないと思われますが…』

 現地から兵士が映像を送ってきているスクリーンに向かって、杏は真っ先に声を
かける。

「シェルターはどう!?二つとも無事かしら?」
『…シェルターは…この水の下にあります!こちらからは判断は出来ません。完全
に水の底に沈んでいます。確認は出来ませんが…水に潜り動力室へ向かうにはそこ
を通過しなくてはいけませんがー』

「確認出来ないうちはとても危険よ!時間はかかってもー」
「なら、潜らせろ!時間がないんだ!動力室に行き、目的の物を回収して速やかに
帰還しろ。以上だ!」

 司令官の白石が大声で言うと、現地の兵士たちは急いで水中用のボンベを用意し
始めた。白石の隣で椅子に座りスマホをいじる坂槙は、それを聞いて笑いがこみ上
げている。彼は今、人の命が危険に晒されている状況でも、ゲームのような物で
遊んでいるのだ。


 その二人を唖然と見つめながら杏は、彼らの貪欲さに気分が悪くなると同時に、
この数年自分が密かに行ってきた事が間違いじゃなかったのだと悟った。

 

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 中華飯店の中は縦長に狭い作りで、L字型にカウンターになっていたが、博士と
秘書の二人は唯一のテーブルに向かい合わせで座り、壁に並ぶメニューを眺めなが
ら言った。その種類はそう多くない。

 「…とりあえず、お昼でも注文するかな。」

 昼飯の時間はかなり過ぎていたが、博士はお店にお金を落とすつもりで注文をし
ようと思った。

「普段客なんか来ないから材料が少ないんだよな…今作れるのは天津丼くらいしか
出来ないぞ?」
「ああ、それでいいよ。二つね。」

 中華飯店のおやじは久しぶりのお客の注文に、腕まくりしながら厨房へと向かっ
た。もう一人のスタジャンの野球帽は、博士ら二人のテーブルとは離れたカウンタ
ーの椅子に腰かけ様子を伺うようにちらちらと見ている。


「それで、あんたら一体何を聞きたいんだ?」
「まず、数年前に起きた炭鉱の大火災について何か知っているかな?」

 カウンターに座るスタジャン男と中華飯店のおやじは、博士の質問に顔を見合わ
せ驚きの表情を見せた。

「…あんたあの事件を知ってるのか?」
「いや、資料館で事件の記事を調べてたんだよ。」
「なんで、資料館なんかでそんなもの調べてるんだ?」
「今、この街で起きつつある出来事を知りたいからさ。」

 スタジャンの男はそれを聞いてにやりとすると、少し近くの椅子に腰かけ直すと
話をはじめた。カウンターの向こう側から中華鍋の上で油が跳ねる良い音がする。


「…そもそもの始まりはな、三年前の大火災よりも前の話なんだ。ある日、俺が街
の外れを歩いてるとき人に声を掛けられたのさ。見たことのない奴で、この街をう
ろうろしてたんだ。色んなことを質問していたな。たぶん、政府の関係者かなにか
だと思う。」

 男は椅子から立ち上がると、傍にある小さな冷蔵庫を開け三本ほどジュースの瓶
を手に取り、博士らのテーブルに置いた。そして自分の分も一本取ると、元の椅子
へと戻る。

「…お前いつもかってに入ってきて飲んでんだから一本しまえや。」

 厨房の奥で炒め物をしながら店主のおやじがぼやくが、スタジャンの男は構わず
に話を続けた。

「それからだ、神楽山周辺で奇妙な飛行物体を目撃するようになったのは。たぶん
その連中がUFOの秘密基地を造ったんじゃないかと俺は睨んでる。まさか、自分
の住んでる街でそんな事が起こるようになるとはな!」

「…山の裏側にも何かあるらしいよ?なんでも立ち入り禁止区域に迷い込んだ知り
合いが、大きな穴が開いてる場所があるって言うんだ。」

 スタジャンの男の後に今度は、店主のおやじも情報を話した。
すると、よれよれのスタジャンのポケットから一枚の写真を取り出すと野球帽の男
は得意げに博士らにそれを見せた。

「ほら、神楽山で撮影したUFOだ!こんなの見た事ないだろう?」

 男がテーブルに置くと、確かに神楽山上空を飛ぶ奇妙な物体が写っていた。
何か黒いとげのような物が沢山ついている飛行物体が木々の上を横切るように写り
込んでいるが、博士はそれを手にする事なく、ちらりと見て顎に手を置き思案して
いる。代わりに秘書がそれを手に取り、しげしげと眺めながら言った。

「なんかこれ、便所コオロギじゃない?ピューンて、飛んだとこ撮ったとか…」
「ちょっ…あんたね……」

 と、中華屋の店主が出来たての天津丼を手にやってきた。
丸々と盛られたご飯の上に薄焼き卵がのっていて、その上に熱々のあんかけがかか
っている。

「やあ、うまそうだなぁ。」
「二つで千円でいいよ。」
 
 店主がそう言うと、博士はポケットから五千円札を取り出しテーブルに置いた。

「とりあえずこれで、お釣りはいらないよ。ああ、それと今晩また食事に来るかも
知れない。」
「おお、そうかい!?有難いね!」
「…隣にある俺の金物屋にも寄ってくれよな…」

 博士と秘書の二人は少し遅い昼ご飯を食べる。
お店は客も無く、お世辞にも綺麗とはいえない店内だが、中華屋の店主の腕前は
良いようで、味も中々のものがあった。

「おい、美味いなー?」
「んんー!」

 二人はお腹がすいていたこともあり、あっという間に天津丼を平らげ、博士は
いよいよ本題となる質問を彼らにぶつける事にした。

 

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「…ところで、あんた方は例の食品加工会社がこの街にやってきた時、どうして
ひともんちゃく起こしたんだい?」

「そりゃ決まってる、三年前の炭鉱跡の大火災はUFOの目撃と関係があると思っ
たからさ。そんな危険な場所に工場を建てるなんて危険もいいとこさ!だから俺た
ちは建設に猛抗議したんだ。まあ、けっきょく頭のイカレた連中だと思われたんだ
ろうな。抗議の甲斐も無く、工場は炭鉱跡の上に建設されちまったんだ…。」

 なんとも憎々しげな表情で、スタジャン男は自分の両手をパチンと叩く。
隣に座る中華屋のおやじは無言でそれを聞き、静かに頷いている。二人とも同じ
考えのようだ。

「…火災のあった炭鉱跡の真上に?それって…丘のある場所じゃないのかい?」
「ああ、そうだよ?よく知ってるな?神楽山の麓にある、町外れの丘さ。あんな
場所に工場を建てるなんて俺には信じられないね!」

 それを聞き、博士は椅子から立ち上がり腕を組みうろうろと店の中をうろつき回
りながら何かを思案する。どうやら想定していた事が当たっているのではないかと
博士は思った。


「…つまり、こういう事だな?三年前以前に何者かがこの街を調査しに来た。その
写真のUFOは見たところ無人偵察機のようだね。おそらく念入りに何かを調査し
て、炭鉱の大火災の後、丘の上に巨大な食品加工会社が建設された…そういうこと
か…」
「一体、どういう事だよ?」

 何とも意味の分からない話に、中華屋のおやじが博士に聞いた。

 

「UFOかどうかは分からないが、何者かがこの街…いや、その丘の上に何かの
施設を建造したというのは有り得る話かも知れない。食品加工会社というのは仮の
姿でね。」

「…そうか!あの工場自体が秘密基地かも知れないってことか!?一体あそこは
何なんだ?何をやってるんだ?」

 スタジャン男は、博士の話にひどく興奮しながらまくしたてる。
男はその話を聞いて眉をひそめるどころか、むしろ嬉しそうな表情をしながら博士
の言葉を待っていた。


          < ” 丘へ向かえ! ”>


 
 この街に古くから起きている奇妙な出来事の中心である「丘」と呼ばれる場所。
その丘へ向かえという事は、現在の食品加工会社へ向かえ、という事ではないかと
博士は思った。

 そしてそれは、送りつけられてきた茶封筒から始まった不可解な出来事の、全て
に至る場所への入口なのではないかと博士は思った。


(続く…)

 

 

水面の彼方に 25話

 

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            25   静寂の街で


 資料館の中は、もう何年も前から時が止まったままの状態に見えた。
入り口付近に貼ってあるポスターもかなり古いもので、1992年と書かれてあ
る。おそらく、その頃からすでにこの資料館を利用する者は少なかったのだろう。
薄暗い玄関先にあるカウンターにも誰もいなかった。


「…ふむ、むしろ探し物をするのには好都合だな。」

 博士はそう言うと足早に奥の薄暗い本棚の方へと向かう。 
地方の街にしては中々の本の数だったが、そのいずれの棚にもほこりがかぶってい
た。昔はこの町にも子供が沢山いたのだろう、児童文庫や童話などの本が入り口付
近に並んでいる。 

「博士、何の本を探すの!?」

 乱雑に並べられた本棚を覗き込むようにしながら秘書が言うと、静まりかえった
資料館の中で驚くほど自分の声が響いた事にはっとして口に手を当てる。ここは敵
が潜んでいるかも知れない街なのだ。不用心な振る舞いは命取りになると、秘書は
感じた。

 が、意外にも博士は和やかな笑みを浮かべながら傍へとやって来ると、秘書の頬
を軽く撫でながら通り過ぎ、次の本棚へと足を向ける。

「いや、本を探してる訳じゃないんだ。こういう地方都市には必ずあるもので…
おっ、この辺かな?」


 博士が足を止めた本棚には、ファイル状に収めてある地方紙らしき物が並んでい
た。古いものから年代別にずらりと並んでいて、その数はざっと見ても三十冊はあ
り、消えかかった文字で1950年代と書かれたものがある。

「その街の出来事を知るには、その街の地方紙を見るのが一番なんだよ。」
「えっ?博士、これ全部目を通すの?」
「まあね……んっ?」

 本棚を見ていた博士は、奇妙なものを見つけて覗き込む。
ずらりと並んだ地方紙ファイルに僅かな違いがあったのだ。三冊ほど僅かにずれて
少し飛び出している。

「…ほら、この三冊だけ最近誰かが手に取って見た跡があるんだ。」
「ほんとだ、これだけ棚から抜いた跡があるわ。」

 そのファイルにはそれぞれ、1985年、1965年、1945年と書かれてあ
る。


 博士はさっそくその三冊を手に取ると、奥にある長テーブルへと持ってゆく。
そして木の椅子に腰かけ、85年のファイルを開いた。

「さて…何が書いてあるのか…おや?」

 ファイルを適当に開いた博士は奇妙なものがあるのに気が付く。
あるページに何か紙のようなものが挟まっており、たぶんしおりのような物である
と思われる。

 少しのあいだ博士は腕を組み考えてから、おもむろに別の二冊のファイルも開け
て見る。そのどちらにも同じようにある記事ページに紙が挟めてあった。さっそく
博士は最初のしおりが挟まった85年の記事にじっと目を通した。


「博士、何か書いてありました?」
「おっと…こいつは凄い。」

 

 

       < 炭鉱で事故!作業員三人行方不明。>


   1985年、4月20日

   炭鉱洞内の石油採掘施設において、爆発事故のため作業員3名が行方
  不明となった。洞内を捜索3日後、作業員の制服並びに長靴などが見つ
  かり、さらに洞内の石油採掘ポンプ付近で3名の白骨死体が見つかる。
  その後、事故検証中に落盤事故で怪我人多数。
  以後、同炭鉱閉鎖、入口を立ち入り禁止とした。

 

   同 4月20日

   落盤事故による炭鉱入口閉鎖後、炭鉱洞内よりこれまた行方不明だっ
  た少年少女8名が戻ってきた。彼らは洞内より出てきたとだけ告げたが
  、どこから洞内を抜けたのかは不明。記憶の欠如が見受けられる。
  また、彼らの一人は白骨死体で発見された作業員の1人の子供であった。

 


 博士はすぐに、65年の紙が挟まったぺージの記事も読む。
奇妙な事に、85年と同様の事故が起きたことが書かれてあったのだ。もう一冊の
ファイルを開けることなく、博士はまたも腕組みをして僅かなあいだ思案する。


「…こいつは奇妙な話じゃないかい?我々がやっとの思いで来た町に、数十年単位
で奇妙な事故が起きてる。これは偶然の産物とは思えないんじゃないかな?」
「白骨死体…ですもんね。」

「しかもだ、もっと奇妙な事はこの三つのファイルさ。何者かがこのファイルを
過去に見ているんだ。恐らくは…そう、今から数年前だな。」

 椅子に座る博士の後ろに立っている秘書は、博士の顔を不思議な表情で覗き込ん
だ。

「あら、博士どうして数年前だと分かるんです?」

「…20数年おきに事故が起きているからさ。たぶん6、7年前にこれを見た者が
いるはず。理由は…我々と同じようなものかも知れない。このファイルを調べなき
ゃならない事態になったのだろうね。」

 と、博士の隣の椅子にゆっくり腰かけると、秘書は自分の顎に手をかけて薄暗い
資料館の中を横目で見渡しながら囁くように話す。

「……て、いう事は、この街の事件は今もまだ続いてる…ってこと?」

 緊張の面持ちでいる隣の秘書の小さな顎を博士は片手で掴むと、僅かに上に向け
自分の方に向けさせる。眼鏡が下にずれ、開いた唇から可愛らしい息が漏れる。

「ふむ、必ずしも…可愛いな、っと…必ずしもそうとは限らないな。その炭鉱だが
ね、現在は潰されて跡地に大手の食品加工会社が出来てるんだ。数年前に炭鉱で大
規模な火災が起きて埋め立てられたそうだ。街の外れにある丘の上に建設されたん
だよ。おまけに……何色?」
「…え?何色って…」

 顎を掴まれたまま秘書は博士の奇妙な質問に困惑する。
その間も、彼は至近距離でにこやかにじろじろと自分の顔を見つめていた。

「今日は何色?」
「……薄いグレー?かな…?」
「…口紅の色聞いたんだけどな…おまけに、この三冊のファイルはちゃんとこの棚
に戻されてある。たぶんこれを見た者がここにきちんと戻したんだろうね。」

 博士の言葉に秘書は少しだけ安心しながら、自分の両足をぴったりくっつけて
座り直すとファイルを見ながら言った。

「なら、問題は解決したのね?よかった。」
「ただねえ…問題なのは、俺たちがここでこのファイル記事を見る事は”必然”だ
ったんじゃないかって思うんだ。」
「必然…かならずそうなってたって事?」
「そう、このファイルを目にするといー」

 

 と、博士は急に言葉を切ってその場に立ち上がり、資料館の奥をじっと見つめ
はじめた。そしてコートのポケットに両手を入れると、ゆっくりとその方向へ歩い
てゆく。

「…博士?何かありました?」

 秘書がその後を追いかけてゆくと、博士は壁際に立ち何かを覗き込んでいる。
壁には一枚の真新しい紙が貼ってあり、何か文字が書かれてあった。

 

            ” 丘へ向かえ! ”

 

「…丘へ向かえ?丘って…さっきの事故が起きた炭鉱の場所でしょ?」
「そうだね、今はもう無いが。」

 博士は紙を壁から剥がすと、四つ折りにしてポケットにしまい込み、資料館の中
を見回す。もちろん、この寂れた地方都市の資料館には彼らのほか誰もいない…。
だが、貼られた紙の真新しさはどう考えてもごく最近、ここに貼られたとしか考え
られなかった。

「…ほら、やっぱり俺たちがここに来る事は必然だったみたいだね。」


 そう言うと博士はファイルを三冊手に取ると、秘書と共に薄暗い資料館を後に
した。

 

 

 

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 基地司令の藤原弘毅が地下基地の外へと出たのは、正午を少し過ぎた頃だった。
とはいえ、すでに弘毅は基地司令の立場では無いのだが、どうにも地下基地の様子
が気になりこの緑川町へと戻ってきていた。

 案の定、例の計画は入江杏博士の言う通り準備不足のためか、地下基地内は混乱
をきわめており、セキュリティーも甘く弘毅は簡単に基地内を出入り出来たのであ
る。

 もっとも、すでに計画が実行された今、この地下基地自体に価値は無く、中に
いた研究員や科学者たちはすでにここを退去した後だった。基地内に残っているの
は恐らく新たな司令となった白石の部隊のみで、後は彼らが問題の「物」をあの
場所から入手出来るかどうかなのである。

 唯一つ問題となるのは、最悪の事態が起きた場合、この地下基地そのものを爆破
させるという事だ。その爆破にはこの小さな街そのものを犠牲にする事になるので
ある。もちろんここに住む5百ほどの人口と共に、である。

 弘毅にはそのことが気になり、一度街の様子を見るため地下基地を出たのだ。
地下基地の全てを知る弘毅にはいくつもの出入り口を知っており、今出てきた場所
は神楽山の麓にある森の中だった。


 その時、上空を大きな音と共に黒塗りのヘリコプターが弘毅の真上を通過してい
った。その行き先は山中にある地下基地のヘリポートである。そして、そのヘリに
誰が乗っているのかも弘毅には分かっていた。

「…ふん、謎の出資者様のご到着だな。」

 会ったこともないし、どこの誰か名前すらも分からなかったが、弘毅にはその
人物がこの地下基地のプロジェクト全てに資金を提供している人物であると知って
いたのである。

 一度会ってみたいと思ったが、今は街の住民の様子を確かめるのが先だと弘毅は
思い、山を下りるため足早に移動を始めた。

 

 

 

 

         f:id:hiroro-de-55:20200426165308j:plain

 

 資料館を後にした博士と秘書の二人は、もう少し街の様子を見ておこうと思い、
メインストリートから裏通りに入った。裏通りはさらに人の通りも無く、寂れ具合
もさらに激しくなっている。喉が渇こうにも、自動販売機すら置かれていない。

 数ブロックほど歩いて、また元のメインストリートへと戻ってきた時、ようやく
博士は口を開いた。

「気がついたかい?早紀君。」
「何がです?」

 ある家の軒先を指さして博士は囁く。
そこには平垣の角に水を入れた透明のプラスチックボトルが数個置かれてあった。

「この街に来てからあちこちで見かけていたんだ。かなりの家の玄関先にあのプラ
スチックボトルが置いてある、それはつまり…」
「この街って、野良猫が多いのかしら?」
「そう、猫だよ。だけど、この街に入ってからまだ一匹も見ていない。」

 そう言うと博士は裏通りを振り向き、数軒の玄関先に水が入ったペットボトルが
置かれているのを見る。これらは太陽の光が水に反射してキラキラ光るのを猫が嫌
がるというのを利用した「猫除け」のものであるが、近年ほとんど効果が無いと言
われているのだ。

 効果があまり無いとしても、それらが沢山の家に置かれてあるという事はこの街
自体に野良猫などが多いという事である。にもかかわらず、ここまで一匹も目にし
ていないというのは少し奇妙であった。


「駆除されたりしちゃったとか…?あるいは、田舎だから熊とか猪とかいてみんな
逃げちゃったとか…?」
「いや、猫を捕えられる動物はいないんだ。猫の動きはー」

 博士が言いかけた瞬間、秘書は歩道の上で素早く猫のような仕草をしながら言っ
た。

「電光石火のように早い!」
「……そう、よく知ってるね?電光石火のように早いんだ。」

 博士はまた歩き始め、ほとんど無人のメインストリートを足早に進みながら話を
続ける。

「猫という生き物はその素早い動きで相手の「目」を狙うんだよ。どんな生き物も
目を潰されたらどうにもならない事を良く知っているんだ。猫が人の目を覗き込む
のは信頼の証でもあるんだろうね…おっ?」


 と、人気のないメインストリートの一角にある中華飯店の入口に、二人の男が何
やら話をしているのが見えた。

 一人は中華飯店の店主と思われる頭にタオルを巻いた小太りの男で、もう一人は
みすぼらしげな野球帽の小男である。何か騒がしげに会話を交わしていて、いずれ
の男も年の頃は四十くらいと思われ、博士はこの街に来てから初めて活動的な人物
を目にして、片方の眉毛を上げる。彼らなら何か話が聞けるかも知れない。


「やあ、調子はどうだい!?」

 道路を挟んで声をかけた博士は、悠々と車の通らない道路を横断して彼らの方へ
と近ずいてゆく。二人は突然の事に驚き、会話を中断して博士の方を見つめる。

「…あんた正気か?こんな客の来ない店が調子良い訳ないだろ?店の売り上げより
このジュースの自動販売機の方が儲かってるっていうくらいで…」

 何故かキレ気味の中華飯店おやじの言葉を無視するように、博士は入口の蝋細工
で出来たメニューをしげしげと眺める。天津飯が皿から外れ逆さまになっている。

「見たところ、町のもんじゃないな?」

 野球帽の小男が奇妙な物でも見るように博士を見ながら声をかけた。
彼は使い古した緑色のスタジアムジャンパーのポケットに両手をつっ込んでいる。

「まあね、ちょっとある事件を調べてここまで来たんだ。数年前の工場建設につい
て…」

 その博士の言葉に二人の男は顔を見合わせる。
その二人の反応で、どうやらこの話について何か知っているのではないかと博士は
感じた。いや、もしかするとこの二人は…

「…あんたら新聞記者か何かかい?」
「ま、そんなところかな。」
「そうか!そうじゃないかと思ったんだ!」

 スタジアムジャンパーの小男は、満面の笑みを浮かべて博士の肩をぽんと叩き、
人通りの少ないメインストリートを見回してから、中華飯店の入口へと手招きして
言った。

 

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「まあ外で立ち話ってのもなんだからな、この野郎は料理の腕前だけは確かだ。
何か食いながら話そうや!」
「…なんだーこの野郎!?料理の腕前だけだとコラー!?」

 いきなり店の入り口で、掴み合いの喧嘩を始めた二人を唖然と見つめる博士と
秘書に、ヘッドロックをかけられながら野球帽の男が言った。


「なんでも聞いてくれ。俺たちは当時”奴らと”ひと悶着を起こした当事者だから
な。ところで…ギャラは出るのか?」


 陽気なスタジャン男の言葉に、博士と秘書の二人は顔を見合わせ笑った。 

 

(続く…)

水面の彼方に 24話

 

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            24  奇妙なメッセージ


 少し前の時間、京都市内にある老舗の料亭にて深夜秘密の会合が開かれてい
た。一見すると、外国の旅行者とそれをもてなすための御一行であったが、実はと
んでもない大物たちの会合だったのである。


 そのメンバーは多国籍に亘り、中には数名の日本人も含まれていた。
世間的に見ればその顔は知るよしも無い人物たちばかりであり、申し訳程度のSP
(要人の身辺を守る私服警官)は従えてきている。

 もっとも、彼らが何者かから危害を加えられるというような事は絶対にありえな
いのであるが。彼らの乗った飛行機が落ちる事もない、彼らの住む家がテロによっ
て爆破されるなどという事もない。何故なら、この世界において彼らを攻撃する者
が存在しないからだ。攻撃することはあっても…。


 今回この秘密の会合をセッティングしたのは、日本人の内の一人だった。
坂槙正三、まだ三十代ではあるが海外に本拠地を置く、次世代エネルギー産業の
若きホープである。

 外見はどこにでもいるような今時の若者のようで、およそ大企業のリーダーなど
とは到底思えないだろう。身長は170センチほど、黒縁の大きな眼鏡をかけてお
り、顔つきにいたってはどこにでもいる街行く若者の一人にしか見えない。

 その若い青年が、世界中に数百とある会社企業を束ねるグループの代表だった。
石油から電子部品、飛行機や通信機器といった精密機械や次世代熱エネルギーなど
の開発を手掛ける、いわゆる”複合軍事産業”だ。

 軍事産業とは、表向きには飛行機や自動車などを扱う大企業だが、その莫大な
収入源は”戦争”にある。消費される科学エネルギー、ミサイルや爆薬、銃器など
、それらは世界的な規模で行われ、消費される費用は天文学的数値に上る。

 例え戦争ではなくとも、今もこうしている間に世界各地で民族紛争やテロ行為な
どが行われ、それら消費されるエネルギー、武器弾薬は休むことなく使われ莫大な
金を生んでいるのだ。これらには、敵も味方も国も宗教も関係が無い。

 争い、紛争がこの地球上から無くならないのはこのためでもある。


 何故、それらの唸るほどの金を得ている彼らが表向きに長者番付などにランク
されないのか?そこには謎がある。巨大な会社を家族、親族、婿や養子などに分散
し、個別の会社として運営させているからだ。つまり、表向きは別々の会社だが、
裏では国境も超える巨大なグループというか、”ファミリー”を形成しているので
ある。

 そういう意味では、やれこの国は良い国だ、悪い国だなんていう定義は存在しな
いのかも知れない。それこそがグローバルスタンダードという言葉の本質なのだ。


 そして、ここに集まった者たちもまた、いずれも似たり寄ったりの者たちばかり
だった。この日、深夜から続いていた秘密の会合は、来るべき新しいエネルギー産
業と、その融資者たちの集まりであり、この先の世界の流れを決める重大な会議で
あったのである。

 

 
 そんな者たちの秘密の会合が終わり、坂槙正三は一人早々と料亭を抜け外に待た
せてあった黒塗りのリムジンに乗り込み、スーツから携帯を取り出す。

「これからすぐにそちらに向かう。ヘリを一台用意してくれ。」

 通話先の相手は一瞬驚いたように言葉を詰まらせたが、すぐに返事をして準備に
入る。何せ相手は反論のしようもない人物で、そもそも今回のプロジェクト全てを
含む、例の地下基地全ての資金提供者…つまり真の代表責任者なのだ。


「地下の本部に連絡を取りたい。司令官につないでもらえるか?」
『…はい、ですが…』
「何か問題でもあるのか?」
『…はい、司令官の藤原様が不満分子の掃討作戦中に行方知れずになってしまいま
して…』
「ふーん、代わりの司令官はいるんだろう?」
『…はい、それはもちろん…』
「なら問題ないじゃないか、つないでくれ。」
『…はっ!』

 基地司令官が消えたという不祥事も、この男にはどうという事も無いというよう
な涼しい顔で通信がつながるのを待っている。

 数秒ほどして坂槙という男の携帯に、地下基地から連絡が入った。
藤原に代わり、基地司令官になった白石という男である。

「君が司令官か?調子はどうだい?」
『…現在作戦行動中であります。まもなく、部隊が「あれ」の最深部に到達する頃
です。目的の物はご期待通りすぐに入手出来ます。』

 その基地司令官の言葉に、坂槙という男は思わず笑みをこぼす。
そう、そのために多額の資金をこのプロジェクトに投入してきたのだから。


「クリア・プルトニウム。放射性を含まない特殊な液体金属!まさに未来の超エネ
ルギーだよ。分かるかい?司令官。放射能を含まないプルトニウムという物に、ど
れだけの価値があるのか!?」
『……ええ、何となくは。』

 黒塗りのリムジンは近くの空港へと向かっていた。
突然の男の申し出にも、すぐに自家用機を用意させることが出来るのである。

「これからすぐにそちらに向かうが、本部は安全なんだろうね?」
『…もちろん、核兵器の直撃にも耐えられる無敵の要塞であります。当然、不満分
子の掃討にも時間はかかりません。』

「そうか、司令、楽しみにしているよ!」


 携帯を切ると坂槙という若い男は、どんどん近ずく空港を見つめながら、にやつ
いた笑みを隠す事が出来なかった。目的の物を手に入れたならば、この先の世界の
未来は自分を中心として大きく変わる事だろう。

 

 

 

 


【無料フリーBGM】幻想的なハープのヒーリング「Flow」

 

 
 

 朝日が昇る頃、霧が立ち込める緑川町の入口付近で智佳子は皆に別れを告げ、車
を降りた。近くにあるという昔の知り合いの家に行くのだという。

 むろん、ワゴンの面々は智佳子を途中で降ろす事に反対したが、彼女の意志は固
く、そして何よりも自分たちとこれ以上一緒に行動することは危険が高まる、との
判断からやむなく彼女を降ろしたのである。


 小さな少女のような智佳子はワゴンの面々に深々と頭を下げると、霧の立ち込め
る中、一人歩いていった。


「良かったのかな?一人で行かせて…」

 あっという間に霧の中に消えていった智佳子の姿を見つめながら、ひどく残念そ
うに秘書がつぶやく。と、その肩をぽんぽんと叩きながら、光が窓の外を覗き込む
ようにしながら言った。

「大丈夫よ、彼女にも何か用事があるんでしょ。それに…きっとまた彼女には会え
るわ。そんな気がする。」

 
 ワゴンは静かに走りだすと、霧深い町の中心へと向かう。
おそらくこの広い一本道が緑川町のメイン・ストリートであると思われ、意外にも
シャレた街並みが続いている。

 

 

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「なんか、想像していた街よりもずっと綺麗ですわ。ね?薫ちゃん。」
「…そうね、チューリッヒの郊外に住んでいた時に見た景色にちょっと似ているわ
ね。」

 洋風のパン屋にレストラン、古いが趣味の良いログハウスたち。
通り過ぎた中には中華飯店や金物雑貨屋などもある。もちろん、どれもほとんどが
お店を開いているのかどうかすら疑わしげなものばかりだったが、都会暮らしに疲
れた者が住むには何とも静かで良さそうな街だ。

 そしてメイン・ストリートの横には街を横断する二つの川の一つ、黒川が流れて
いる。歩道はそのほとんどがレンガ造りで、どこか外国に来てしまったかのような
印象を受けてしまう。


「…とりあえず、朝のうちにどこか落ち着ける場所を探しましょう。ここは敵の
本拠地かも知れないんだから、大勢してうろつき回る訳にもいかないし。」

 まだ薄暗い外の様子をきょろきょろと眺めながら光が言った。
運転席の真理はメイン・ストリートを外れ、すり鉢状の盆地である緑川町の小高い
丘の方へと車を走らせる。町の中心街を外れると、緑が増え始めペンションが沢山
立ち並ぶのが見え始めた。
 

「どれも今は営業していないみたいね。ところで…」

 後部座席に座る博士の方を振り向きながら、光が切り出す。
博士は気にする様子もなく、窓の外の深い霧の街を眺めている。

「茶封筒の差出人の情報を得る、という目的は分かるんだけど…どうして逃げ込む
先が敵の本拠地かも知れない危険な街でなくてはならないのかしら?」

「…それは簡単だよ。恐らく敵は秘密の組織だ。という事は、自分たちの存在を隠
している筈で、その街で大っぴらに動き回ったり姿を見せるなんて事はしない筈な
んだ。つまり…この街で彼らに遭遇する機会は非常に少ない、と考えたからさ。」
灯台下暗し…って訳ね。なるほど…」


 随分街の中心街から離れた時、ある古いペンションと思われる建物を見つけた
須永理事長が声を上げて運転手の真理の肩に手をやる。

「…ちょっと!真理さん。そこで車停めて下さらない?」

 それは小さな洋風の一建屋で、小高い丘の中腹あたりに建っていた。
ちょうど中心街を見下ろせる位置に建てられていて、身を隠すにはおあつらえ向き
だった。その白い地中海風の建物は、明らかに須永理事長の好みである。
古いペンションの裏にワゴンを止め、博士らは朝もやのなか車の外へと出ていく。

「静かな良い街ね。」

 運転席を降り、辺りの緑を見回しながら真理が言った。
すぐ後ろに立つ博士は彼女の言葉には答えず、何か遠くの音に耳をすませるように
して目だけをきょろきょろと動かしている。


「薫ちゃん、ここでよろしいんじゃない?隣近所も遠いし。」

 得意満々の笑みで後ろを振り向いた須永理事長へと、ワゴンを降りた面々が近寄
っていく。

「…まあ、ね。少し痛んでるけどかたずければ何とか住めそうだし…こんなとこに
二・三日潜伏してても誰も文句言う人いないでしょうから…」
「ええ、万が一にも文句言ってきた人がいたら、私が小切手を切りますわ。」
「よし、じゃあ博士ここに荷物下ろしましょう!」

 秘書と博士が楽しげにワゴンに荷物を取りに戻るのとは対照的に、刑事の涼子は
眉間に皺を寄せながら戻っていく。そして荷物を降ろしている博士らにぶつぶつと
悪態をつき始める。

「…また野宿みたいな事しなくちゃいけないのね…そもそも本当にこの街に目的の
茶封筒の送り主がいるっていう保証も無いし…。おまけに私らはついさっき、人を
一人殺めたかも知れないのよ?」
「……人なら、ね。」
「人じゃなかったら何だっていうのよ!?あっ、ちょっと待ー」


 朝もやの中、博士らは急ぎ荷物を手に空き家となっている古い一建屋へと入って
いった。 



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「…ああ、ずいぶん長い事空き家だったみたいね。このペンション…」

 入口のドアをこじ開け、小さな玄関ロビーへと入った光が小さな声で言った。
壁は全てシンプルなコンクリで、床は全て石造りである。もう何年も人が入った跡
もないようで、かなりクモの巣がかかっていた。

「でも薫ちゃん、コンクリとレンガ造りだから拭き掃除すれば問題なさそうよ?
洋風建築の良いところね。木や畳だとそうはいかないもの。さ、真理さんも手伝っ
てちょうだい?」

 そう言うなり、理事長は自分の髪の毛を後ろ手に縛ると、楽しそうに腕まくりを
始める。

 だが、流しの蛇口をひねったが水は出てこなかった。錆びついているのか、すで
に止められているのか。いずれにしても、飲み水には向いていないようだった。

「しかたないですわね。水は後で買った物を使いましょう。とりあえず、外の雨水
を使って拭き掃除よ。」

 


 ロビーの奥のカウンターに、一冊の宿帳のような物が置いてあるのが見える。
秘書と涼子は、それを開いてページをめくっていく。宿帳の最後は男女のカップ
が二日ほど泊まっていたらしく、そこで終わっている。日付けを見ると2010年
5月3日、今から五年近く前で、それ以降は一人もお客が来ていないのだろう。

「ほら、見て。一ページ前の五人の泊り客の中に、最後のカップルもいるわ!」
「…それがどうしたっていうのよ?」

 宿帳を見ながらにやける秘書に、涼子が不機嫌そうに尋ねる。
このペンションは二階建てになっており、二階への階段が上に伸びていた。恐らく
二階は寝室になっている筈。

「…あのね、五人でペンションに泊まったのよ、たぶん友達とか仲間とかなんかで
ね。その後、三人は帰ってこの二人の男女だけまた泊まる予約をしたの。それも
二日もよ?二日!」 
「だから、それがなんだっていうのよ?」
「もうーっ!ほんと鈍いなあ…お邪魔むしの三人が帰って、男女のカップルが続け
て二日も同じとこに泊まったのよ?こんな何もない街で二晩もやる事っていったら
一つしかないでしょ?一晩では足りなくて二晩もよ?」
「あっ………」

 彼女の言う事がやっと理解出来た涼子は、顔を紅潮させ手で口元を覆う。
すかさず秘書は、涼子の左胸の中心を人差し指でつついた。

「きゃっ…!?」
「ちょっと、なに今頃すけべな想像してんのよ。あっ、博士ほらこれ見て。博士な
らすぐ分かるー」
「ああ?」

 近くへとやってきた博士に、秘書は嬉しそうに宿帳を見せる。
ノートに書かれた名前を見せられた博士は、一瞬興味のなさそうな表情を見せたが
、急にノートの何かにくぎずけになった。

「…おい、五人の泊り客の中に”智佳子”って名前がある!南条智佳子…これって
あの子じゃないのか…?」
「あ、ほんとだ!ゆうべ、何年か前にもこの街に来た事があるって言ってたから…
へえ、あのこ南条っていうんだ…」


 数年前から使われなくなったペンションの宿帳に、先ほど別れた智佳子の名前が
あった。彼女は過去この街に何度もやって来ている…昨晩この街で出会った彼女は
、今度の一件に何か関わりがあるのだろうか?


「…つまり、彼女も今日この街へやって来たのには何か理由があるって訳ね?」
「たぶんね。ここに泊まった他の四人が何者なのかは知らないが、智佳子という
女性はこの街に関わる出来事に何か関係があるんだろう。」

 そう言うと博士は壁にかけていた自分の防寒着を手に取ると、外へ出る支度を
始めた。

「あれ?博士出掛けるんですか?なら私もー」
「それなら私らもー」

 皆で外へと出ようとしたところを博士が片手で制した。

「いや、ここは私ら二人で行こう。君たちのような美しい女性たちが田舎の街を
大勢でうろうろしていたら目立つからね。まずは我々で偵察だよ。」

 その博士の言葉を聞いて、光も無言で頷き窓の外を見た。
確かに、金髪のお姉ちゃんに超ボインの美魔女…そしてパンチラ刑事。目立つこと
この上ない…。

「…ま、やみくもに大勢で動き回っても目立つだけだし、偵察はこの人らに任せて
私らはここの掃除でもしてましょ。」
「すまんね、夕方には戻るからそれまで今晩ここで眠れるくらいには掃除しといて
くれ。いくぞ、早紀君。」

 それでもごねていた刑事の涼子の肩に手を回した光は、そのまま彼女らを連れて
ペンションの奥へと戻っていく。それを見た博士は、音も無く霧の立ち込める街の
中へと歩いていった。

          

 

 

 

 

 

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 丘の上からずいぶん下り、再び街のメイン・ストリートへと戻ってきた博士は、
人気も少ない静まり返った街を歩きながらどうやら想定していた通り、聞き込みを
するのは無意味であると思った。

 道行く途中ですれ違った数人の人々は、愛想も無くどこか人目を忍ぶようなとこ
ろもあり、閉鎖的な雰囲気を持っているようで、おおっぴらに街の事を聞くという
ような事は難しかったのである。

 博士は足を止め、もう長いこと無人となっているガソリン・スタンドを眺めなが
ら言った。

「ふむ、これこそ大都市中心、大企業優先社会の悪弊だよ。巨大産業や大企業の
一部が儲かれば、その恩恵が各中小企業や地方へも行き渡る…なんていうのは幻想
だね。例え一部の企業の業績でこの国の貿易黒字が上がっても、それはそこだけの
利益で、結局は小売店も商店街も消えてゆく事になるんだ。競争社会っていうのは
そういうものなんだよ。いずれ、結着がつく日が来るのさ。」


 それにしても奇妙だった。
確かに山奥にあるとはいえ、人口五百ほどもいるこの緑川町だったが、朝の通勤時
間にも関わらずほとんど人の姿を見かける事は無かった。僅かに見かけた者たちは
みな老人ばかりで、どこかぼんやりと遠くを見つめるような感じである。

 そもそもこの街の人々は、事件の事柄について何一つ情報を持ってはいないもの
と思われる。唯一なんらかの情報を持っているか、あるいは、よそ者に街の情報を
教えてくれそうな可能性を持つ人物を博士は知っていた。

 僅かにネットに出ている、緑川町関連の”ゴシップ記事”の連中である。
彼らは三年前、この街に大手食品加工会社が工場を建てる時に一悶着を起こしてい
るのだ。彼らからなら、この街の情報を聞き出す事が出来るかも知れないと博士は
思ったのである。


「博士、何だかこの街…気味が悪い。」
「ほう、君は一体何がおかしいと思う?」

 隣を歩く秘書へと視線を向ける博士は、自分の質問に答えるまで彼女の姿を見つ
めていた。外へと出る前に秘書は髪を後ろで束ねている。この娘はその服装や髪形
で、雰囲気が大人っぽくもなり、若者っぽくにも変わるのだ。しかも癖毛である。

「…なに、とかって言えないけど、私この町に入ってから…何故か胸がざわざわす
るの。」

 そう言うと秘書は胸のポケットの中にあるお守りを不安げに握りしめた。
それがどんな物なのかは博士にもよく解っている…。

 

    (…ふむ、彼女もこの街に”何か”を感じているようだな。)

 

「それに、町の人に話を聞くのは無理なんじゃないかと思うの。コンビニも無けれ
自動販売機もないし。完全に寂れた街ね。」
「…となると、俺たちに出来るのは…」


 と、博士が指をさし示した先に古びた建物が見えた。
入口の看板には消え入りそうな文字で”緑川町郷土資料館”とある。いわゆる街の
図書館だ。

「街の歴史を知るには図書館が一番だよ。何か面白いものが見つかるかも。」

 博士は腕を組み、楽しそうな表情で古びた木造建築の中へと入ってゆく。
少し遅れて秘書が辺りを見回してからその後を追って行った。

 

 

 彼らと別れ行動を別にした智佳子は、数年前この街で亡くなった友達の一人であ
る通称「メガネ」の家にやってきた。町の外れに位置するこの家には、その母親が
一人で住んでいるはずである。

 五年ほど前に葬儀でやって来た時とそれほど変わった様子も無いが、伸び放題の
草を見ると現在この家に人は住んでいないようだった。町の様子を知るためには、
彼女の情報が必要だっただけに、空き家同然の惨状にがっかりする。窓ガラスは割
れ、とても人が暮らしているようには見えなかったからだ。


 来た道を引き返そうとした智佳子は、玄関の戸が開いているのを見つけ、その場
に少しの間だけ立ち止まり考えを巡らす。もしも家に誰もいない場合、しばらくこ
の家に身を隠すのも良いかもと智佳子は考えたのである。


「お邪魔します…?」

 誰もいないと知りつつも、智佳子は行儀よく靴を脱ぐと玄関から中へと入ってゆ
く。外の様子に比べると思いのほか中は荒らされてはいなかったが、家の物などは
家具を含めほとんど残ってはいない。

 長い廊下を抜けると畳の広い部屋へと出る。ここは葬儀の日、皆で食事をご馳走
になった部屋だ。思えばここが智佳子にとって、事件の始まりでもあった。


 ここで昔の友達の一人、裕くんが描いた一枚の絵を見たことからそれは始まった
…いや、実のところそれ以前から続いていた恐怖の出来事であり、それはむしろ
解決のための始まりでもあったのである。


 子供の頃、僅かの期間過ごした緑川町の、いつも遊び場だった町外れの「丘」…


 当時の恐怖や発作は、今の智佳子にとってはもう過去の事に過ぎず、今この場に
立つ彼女にとっては何の恐怖も恐れも無かった。


 平屋建ての家を一通り見て回り、人がいないのを確認した智佳子は、また畳の間
へと戻ってきた。時刻は午前九時を過ぎている。

 広い畳に行儀よく正座すると、智佳子はポケットから一枚のチョコレートを取り
出し袋を開けた。彼らとの別れ際、早紀という女性に貰ったものである。それを手
で割りぽりぽりと食べていた智佳子は、広い畳の間の何も物がない奥の壁に奇妙な
ものがある事に気がつく。

 ほこりまみれの壁に、不自然なほど真っ白な一枚の紙が貼ってあるのが見える。
数年近く空き家になっている筈のこの家には、およそ奇妙なほど真新しい紙…

 

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「…何かしら?あれ。」

 智佳子はチョコを口に咥えながら、膝小僧のほこりを手で掃いながら立ち上がる
と、好奇心にかられその紙が貼られた壁へと歩いてゆく。


 紙には何かの文字が書かれているのが見え、それを目にしたとき智佳子は口に咥
えていたチョコの欠片を下に落としてしまった。

 

 

 

          ”「 丘へ向かえ!! 」”


 智佳子には、いつ誰が書いたかも分からない壁に貼られた謎のメッセージを見て
、自分がこの街にやってきた事は間違いではなかったのだと悟った。


 だが、同時に底知れぬ不安と恐怖がまたも戻ってきたという事を感じずにはいら
れなかったのである。

 

(続く…)