ザ・怪奇ブログ

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水面の彼方に 18話

 

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          18  ロマンチック街道


 智佳子が最寄りの駅へとやって来たのは、その日のお昼近くの事だった。
旅とはいえ荷物はそう多くは持たずに家を出たのだが、背中には背負いバックと
折畳用の傘、そして頭にはお気に入りのつば広状のハットを目深にかぶっている。

 この十年近く電車を利用したことなど無かった智佳子にとっては様変わりした駅
のようすに面食らう反面、一人で旅に出るという人生初の試みに心が浮き立つ気分
を抑える事が出来なかった。

 家を継いでからというもの、どこへ行くにも母親やらお付きの者がいたし、電車
などの公共機関を利用することなど一切なかった。分かりやすく言うなら、一般人
たちが住まう”俗世界”と関わることがまるで無かったのである。歴史のある名家
に生まれた智佳子が唯一、一般人らしい生活をしたのは、あの子供の頃…緑川町で
母親と暮らした僅か一年足らずの間だけだ。


 大きな駅の、大勢の人々が行き交う姿をながめながら、智佳子は見る物聞くもの
全てが新鮮に映り、あちこちの土産物や良い匂いのするお店を覗いては足を止めて
見ていた。

 とりわけ智佳子が興味を惹かれたのが、ジャンクフードを取り扱うお店から漂う
匂いだ。パンの焼ける匂い、ポテトを油で揚げた匂い、チーズの香ばしい匂いなど
、家のお屋敷にいたら普段口にすることなどまるで無い食品たち。

 智佳子はそのお店からバーガーを一つと、チーズのかかったポテト、そしてスト
ロー付きのコーラを一つ購入した。

 目的の駅までの電車が来るにはまだ時間がある。
智佳子は駅ホールの隅にあるベンチに腰を下ろして、購入したばかりのバーガーを
食べ始めた。歩きながら食べる人もあるが、ロングのスカートを穿いた彼女はきち
んと両足を揃え、行儀よく両手でバーガーをほうばる。

 三十を越した智佳子だが、そのあどけなさの残る容姿と、背の低さに実年齢より
も十歳は若く見えた。近くを通り過ぎる女子高生らも、智佳子とその服装を見ては
「可愛い」と口にしてゆく。そういうのはもう慣れっこになっている智佳子だった
が、自分よりも年齢の低い子達にそう思われる事にはコンプレックスもある。


 駅構内を行き交う人々の顔を一人一人眺めながら、智佳子は茶封筒を送ってきた
人物とは何者だろう?と考えていた。

 自分はこの国においても有数の名家の当主であるが、世間一般にはまったくと
言ってよいほど知られてはいない。江戸中期から歴史の影に隠れ、代々家を一族が
守ってきたのである。当然、智佳子本人の事も、世間の人々が知る事など有り得な
いし、あの恐ろしい事件の記事にも、自分の名前も写真も一切掲載されてはいない
のだ。

 警察には当時の事件のデータが残っているとは思うが、毎年護身術の指導など
南条家との関係は良好で、おかしな物を送ってきたりはしない筈。自衛隊やその他
の組織も同じく、国の機関にとって南条家は重要な存在なのだ。

 なら、一体誰が?何の目的であの封筒を自分のところに送ってきたのか?
子供の頃、僅かな時間だけ過ごした山と二つの川に挟まれた緑川町…。あの事件は
もう誰にも知られる事なく終わりを告げた筈なのだ。


 それとも、終わってはいないのだろうか…?


 ベンチに腰を掛けていた智佳子は、急に数年前に分かれたままの仲間たちの事が
気になり、携帯の番号を調べる。何人かの番号はすでに使われてはおらず、唯一人
だけ同じ番号を使っていた仲間の一人に繋がった。

『…はい、どちらさん?』
「あっ…和美さん?私よ、智佳子!」
『…えっ、チコ?嘘でしょ?ほんとに!?久しぶりねー!元気?』

 耳元に聞こえてきた落ち着いた美しい声の主は、大林和美。
あの緑川町で一緒に遊んだ同級生仲間の一人である。もちろん数年前の事件も一緒
だった智佳子の親友だ。噂では彼女は数年前に結婚したそうで、お互い忙しい日々
もあり、会う事もなくいつの間にか数年が過ぎていた。

 彼女のとりとめもない話を聞いていて、和美にはあの奇妙な茶封筒が届いている
様子や、何か困った出来事などはみじんも感じられないと智佳子は思った。現在は
小さな子供の世話で大忙しなのだそうだ。

「あの、和美さん。他の人たちは今どうしてるか知ってる?」

『…さあ、どうだろ?大樹はあれ以来、連絡もしてないし会ってもいないし、結子
と裕君はどこだかの島で一緒に暮らしているそうよ?ラブラブ過ぎて完全に二人の
世界に入っちゃったのね!ところでチコ、今日はどうしたの?何か用事でもあった
の?』
「あ…ううん、用ってほどの事もないの。ごめんね、忙しいとこ…またね!」

 
 携帯の通話を切った智佳子は、親友たちのところに例の茶封筒が届いていない事
にほっとする。昔の親友たちが結婚したり恋人同士幸せでいるという事は智佳子に
も嬉しい事だったが、どこか自分だけ一人取り残されたような悲しい部分とがある
ことに戸惑いながら、ベンチから立ち上がり改札口へと歩き出した。


 自動改札のところで切符を入れる場所が分からなかった智佳子は、傍にいたお婆
さんに教えてもらい駅のホームへと出る。栃木県日光市へ向かう電車に乗るためで
あるが、目的地の緑川町はそのさらに先にある。 

 長いホームを見回すと、先ほど駅の構内で自分を見てひそひそと話をしていた女
子校生たちが、楽しげな笑い声で電車が来るのを待っていた。他にも先ほど親切に
智佳子に自動改札の抜け方を教えてくれたお婆さんもいて、カバンの中をいじりな
がら何かを探している。


 ぼんやりと電車を待つ間、智佳子はどこか自分は異世界の住人なのではないか?
という感覚に陥っていたのだ。  

 確かに数百人からの一族を率いる家を代々守る仕事は大事だとは思っているが、
来る日も稽古と作法に明け暮れる毎日が、自分のために、人のためになっているの
だろうか?

 普段付き合いのある上流階級層やら政治家、宗教の重鎮から陰陽道の連中に至る
まで、彼らのような者たちのためにだけ自分の能力や労力を注ぐことが本当に大事
な事なのか?


 その時、ホームの向こうから電車のライトの明かりが見え、どんどんこちらに近
ずいてくると駅のアナウンスで黄色の線から内側には入らないよう説明している。
と、先ほどのお婆さんがカバンの中から小銭をいくつか落とし、慌てて前屈みにな
って拾おうとした。

 

           ”あぶないー!?”

 

 瞬間、智佳子はお婆さんがホームから落ちると感じた。
案の定、短い悲鳴と共にお婆さんは足を踏み外しホームの下に落下した。

 電車が近ずくホームに女子高生らの悲鳴が響き騒然となるー


 素早く動けたのは智佳子一人だった。
彼女は自動販売機の横に置かれてあった掃除用の長いモップを手にすると、線路に
倒れているお婆さんの上着の隙間にモップを差し込み、ぐるぐると捩じる。そして
テコの原理を利用して、ホームに斜めに立てかけられたモップの先端におもいきり
自分の体重をかけ、倒れているお婆さんの身体ごと線路から跳ね上げたのである。

 

 

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「…どいてっ!!」

 立ち尽くす女子高生たちに声をかけながら智佳子はホームの宙を舞った小さな
老人の身体をキャッチすると、くるくると回りながら受け身を取り勢いを殺した。
その瞬間、ホームに入ってきた電車がモップの棒を粉々に砕き急ブレーキをかけて
停止したのである。

 ホームの冷たい床にお婆さんと転がりながら、智佳子はたった今まで老人が倒れ
ていた場所に電車がいる事にぞっとする…。

 まさに間一髪、とはこの事だった。
線路に降りてお婆さんを助けている時間は無いと、瞬間的に判断出来たのは智佳子
だからであって、おまけに棒の扱いに長けている彼女だからこそ上手くいった救出
方法である。お婆さんはホームに転がった時に少々擦り傷が出来ていたが、それ以
外は怪我らしい怪我も無かった。

 

「大丈夫ですか?」

 お婆さんは驚きのあまり声は出なかったが、何度も首を縦に振り大きく頭を下げ
智佳子に感謝を示す。智佳子はお婆さんの身体を後ろから抱きしめた形で仰向けに
横になり、一つだけ安堵の息を吐き出す。


 その智佳子の見事な救出に、いつの間にか集まってきた大勢の人だかりの中から
小さな拍手が起こりはじめ、やがて駅のホーム内は大きな拍手に包まれた。

 

 

 


 ホテルの薄暗い車庫から博士が部屋へと戻ってきた時、すでに秘書らは目を覚ま
していた。もちろん、ベッドからはまだ起き上がる事も無く、ごろごろとしている
状態である。

 時刻は十一時を回ったところで、そろそろこのホテルを出てゆく時間が迫って
いた。四時間ほどではあるが、彼女らはぐっすりと眠ることが出来たようである。

「博士、何してたの?」
「長旅のための工作だよ。さて、起きてくれ。すぐに出発するよ。」

 その言葉を受けて、一番最初に起き上がり着替えを始めたのは刑事の涼子だ。
もともと真面目な性格もあるが、いちおう男の博士がいる場所でいつまでもラフな
姿でいるわけにもいかないと思ったのだが、スーツの上着を着ようとしたところで
博士に止められた。

「おっと、涼子君、君が着るのはそれじゃない。これを着たまえ。」

 ベッドの上に博士が投げてよこしたのは、なんと制服のセットであった。
それも今時の女子高生が着るようなものである…。 

「な、何で私がこんなもの着なくちゃならないのよ!?ていうか、どこからこんな
物出したの?」
「衣装棚に沢山あったんだよ、ほら。」

 そう言って博士は壁に取り付けられた衣装棚を開けると、セーラー服やら様々な
職種の制服が並んでかけられてあった。これらはもちろん、ラブホテルを利用する
カップルらが着て楽しむものである。

「あはは、涼子ちゃん似会うんじゃない?これ。」

 光は楽しそうに制服を掴むと、涼子の身体にぴたりと合わせながら言った。
秘書や須永理事長も、それを見ながら他人事のように笑っている。

「いや、涼子君だけじゃない、真理さん以外全員これと同じ物を着て行くんだ。」
「ええーーっ!?何でよ!?」

 博士の信じられない提案に、五人の女性陣は驚きの表情を浮かべた。
秘書や涼子などはまだ歳も若いが、光や須永理事長は「四十」を過ぎた女性なので
ある…。 

「えっ…探偵さん、これ、私くしも着るんですの?」
「当然だね。」

 一人だけ制服を着なくてもよいと言われた真理は、しばらく皆の驚きの表情を見
つめていたが、急に何かに気がついたように博士に言った。

「分かったわ、変装ね?だからドライバーの私だけ違うんだ。」
「そう、さすが真理君。君は教師で運転手なんだ。」

 他の面々も真理の変装という言葉で、おおよその事は理解できたのだが、いかん
せん二名ほど年齢が行きすぎていて、女子高生というのには無理がある…。

「女子高生って……私らの場合”熟女教師”のJKよ!?」

 光の渾身の自虐ネタに笑う女性陣とは対照的に、博士はいたって真面目な表情で
説明する。

「とにかく、君らはこれに着替えて旅に出てもらう事になる。あっ、ちなみに化粧
はしないように。厚化粧の女子高生がいたら怪しいだろう?それと光さんは、その
金髪かつらは外して行ってくれ。君の金髪緑目は、我々の特徴の一つだから。」
「えっ?光さんの金髪ってかつらなの?」

 秘書が驚いて光の方を見ると、彼女は少し照れくさそうに金髪のかつらを外す。
と、そのかつらよりは少しだけ短めの茶色の髪の毛が出てきた。

「そうよ。ある時期まで火傷のせいで髪の毛が伸びなかったからね。それと別人に
変身する意味でも金髪のかつらを使っていたの。でも、今は髪の毛も普通に伸びた
から…問題はないわ。」

「でも博士、そんな変装だけで長いドライブ大丈夫かしら?」
「うん、だから車にも工作をしておいた。ちょっと車庫へ来てくれ。」


 皆を薄暗い車庫へと案内した博士は、女性陣が寝ている間に改装したワゴンを
見せる。改装といっても表面的なものだが、敵をあざむくためには効果があると
博士が考えたものだった。

「見てくれ、これならどこかで敵に遭遇しても、俺たちだと気ずかれることはない
筈だ。」

 車の横側には、黒マジックの太字で大きく書かれた「清感高等学校バトミントン
部」とある。

 

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「ちょ…私の車にー」
「どうせ外側ぼろぼろだったじゃない?後で塗り替えればいいだけよ。」
「清感……って、きよく感じるって事ですの?」

「そう、君たちはここから例の町へ到着するまでの間、この清感高等学校バトミン
トン部の生徒だ。真理さんはその教師…さあ、理解出来たらば急いで着替えて出発
だ。」


 いきなりの博士の提案による旅支度に、五人の女性陣はそれぞれあーでもない、
こーでもないと博士に意見しながらも自分のユニホームに着替え始めた。

「あの…探偵さん、これどう見てもエロ教師のスタイルじゃない?」
「まあ、そうだ。あ、真理君だけ化粧は濃いめにね。」

 真理の服装は、黒いミニスカートに白いワイシャツ姿、そのワイシャツの胸元は
大きく開いている。アイテムとして黒縁の眼鏡付きである。彼女は運転が出来ると
いう事で、喜んで教師役を引き受けた。

「ちょっと、こんな短いスカートなんだからスパッツとかないの?」

 着替え終わり、鏡の前で服の位置を確認しながら涼子が言った。
ぶつぶつと文句を言う割には、まんざらでもなさそうに制服を着こなしている。

「そんなものは無い!」

「………つまり、見せろってことね…最低。
「こんなことでほんとに逃げ切れるのかしら。無理じゃない?」
「て、いうかこれ、完全に博士の趣味だよね?趣味。」
「あ、スカートのジッパー壊れてる。」
「お化粧しないで外に出るなんて…裸見られるより恥ずかしいんですけど…。」

「…うるさい!文句つけると、さっきの可愛いすっぴん寝顔を人に見せるぞ!?」
「きゃあぁーっ!」

 博士の脅迫まがいの怒声に、五人の女性陣は可愛らしい声を出しながら楽しげに
車に乗り込んだ。
 

 

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 ホテルを離れた真理の運転するワゴンは、栃木県日光市へと向けて国道145号
線を通り、群馬県沼田市を通過してゆく国道120号線、いわゆる日本ロマンチッ
ク街道を横断する事になるのである。

 日本ではおなじみの観光地軽井沢から、こちらも有名な日光へと至る全長300
キロの観光ルートだ。その途中の沿線も美しい景色や観光スポットが満載のドライ
ブ街道であり、観光バスなどのツアーも度々行われている。


 その観光ルートを、博士は目的地である緑川町までの脱出ルートにしたのだ。
もちろんそれには理由がある。高速道路や電車などの公共機関を使えば、短時間で
目的の場所へと向かう事が出来るだろう。しかし、謎の組織に自分たちの存在が知
られている以上、それらを利用すれば見つかるのは時間の問題なのだ。

 そこで時間はかかるが、最も安全と思えるのが県道、あるいは国道を利用して
目的地へと入る事だった。もちろん、そこにも敵側が罠を仕掛けている可能性も
無くはない。しかし、高速や駅などの公共機関に比べれば遥かに危険は少ないと
考えられる。ましてや、変装し別人を装い旅をしながら目的地へと向かえば更に
危険を回避することが出来るかも知れない。

 それも、出来るだけ自然に陽気に楽しく。
それが博士が寝ずに考えた、緑川町までの脱出作戦の全てである。


「…敵さんも、いい歳をした私らがまさか”部活動の遠征に扮して”逃げてるとは
思わないでしょうね?」

 地毛である茶色の髪に黒い瞳のカラーコンタクトを付け、制服に身を包んだ光が
コンパクトを覗きながらアイシャドーを塗っていた。もちろん博士に言われた通り
色の薄いものではあるが、これには当然オルゴン液が混ざっている。

「ま、ホテルの主には現金たくさん渡してきたんだから…問題ないでしょ?」
「…そういう問題かしら?飲酒に、窃盗…自分が刑事だってこと忘れちゃいそうだ
わ。」
「涼子さん、その割には嬉しそうに着替えてたじゃない?」

 秘書が隣に座る涼子を、あちこちくすぐりながらちゃちゃを入れる。
これらの制服は全てラブホテルから拝借してきたものだった。部屋の棚に並んでい
たものから博士がチョイスしたのは、Yシャツにスカートという春用のスタイルだ
が、着こなし方はそれぞれに違いがある。

 長身の光は襟のボタンをはずしているし、秘書は一人Yシャツの上に黒いカーデ
ィガンを着こんでいる。だが、なんと言っても違和感があるのは最年長の須永理事
長だ。本人はまんざらでもなさそうだが、如何せん女子高生にしてはゴージャスな
雰囲気を醸し出しすぎている…。

「…その腕時計はちょっとまずいなぁ。高校生にしては何か高級過ぎる。」

 須永理事長の豪華な腕時計を指して博士が言った。
何かは知らないが、きらびやかな宝石で固められたごつい腕時計である。

「あ、これですの?カルティエ社のファビュラス・ベスティエールですの。お値段
時価数千万ー」

 テレながら自慢する理事長の腕から、博士は無言で時計を外し後部座席へと放り
投げる。おまけに首の黄金のネックレスも同様に外してしまった。

「…あ、あの、ブラジャーも宝石入りのブランド高級下着なんですけど…?」
「それは見えないからいいです。」
「まったく…あきれ返るほどの高級志向ね、良美ちゃん。」

 まだ何か自慢の品を披露していた須永理事長だったが、誰も聞いていなかった。

 

 

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「博士、この先に何か面白い場所ある?観光ルートなんでしょ?」
「そういえば、どこかでお昼も食べないといけないわね。」

 ロマンチック街道をゆくワゴンの外の景色を見ながら秘書が尋ねる。
現在は群馬県沼田市街を目指して145号線を走っていた。確かに沿線は美しい緑
が続いている。

「ふむ、もう少し先だが、東洋のナイアガラと呼ばれる吹割りの滝という場所があ
るな。ここでお昼にしよう。真理君、そこまで行けるかな?」
「大丈夫。知ってるわ。120号線に入るのよね?」


 と、これまで一台もすれ違う車も無かった山道に、ワゴンの背後から一台の黒い
ランドクルーザーが見えた。それは見る見るうちにワゴンに近ずいてくると、すぐ
真後ろへとやって来た。

 他に誰もいない山道は、敵がこちらを襲うのにはかっこうの場所である。

「真理…!気をつけてー」

 光の言葉に、一瞬車内に緊張が走る。
皆は背後の車を振り向き、光はクルーザーの中を覗き込むように凝視した。
背後の車には運転席にしか人は乗っていないように見える。

 が、黒いランドクルーザーは直線でワゴンを追い抜くと、あっという間に前を走
り去っていった。

「何だ、ただの走り屋ね。びっくりした!」
「ね、ね、博士。その滝って美味しいものある?」

 車内の面々は安堵のため息を漏らし、そしてすぐに表情がほころぶ。
ここまでの道のりで、この奇抜な脱出作戦は上手くいくのではないか?と、皆は考
え始めていた。博士の考えた車の工作と、自分たちの変装で敵を撒くことが出来る
…と。


 だが、予想に反してその作戦は、たった一つのミスから崩れる事になる。


(続く…)