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水面の彼方に 2話

 

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            2  暗視カメラに踊る影


 突如として家の明かりが消えた事に、博士は自分が浅はかだったと知り、窓
の外をちらりと覗いた。誰かが家の電源を落としたのだ。

 暗がりの中、玄関先に停めてある配達用トラックの荷台から素早く降りてく
る人影が見える。一、二、三、四、五…その人影は音も立てずに玄関の門を抜
け、この家へと歩を進める。五つの影の他にも、まだ何者かが待機しているの
かも知れなかった。

 暗がりで良くは見えなかったが、トラックから降りた連中は完全に武装した
連中に見える。暗がりで素早く動けるところを見ると、暗視カメラ付きの物を
装着しているかも知れないと博士は思った。

 先に家の電気を落としたのがそれを物語っている。おまけに配達用トラック
を装っていたところをみると彼らは…


 博士は窓から離れ、近くに感じる秘書の手を掴んだ。
彼女は突然の事にも叫んだり喚いたりもしなかったが、何事が起きたのかまで
は測り知れず博士の言葉を待った。

「…どうもまずい事になりそうだ。家の中に入ったのは…失敗だったな。さっ
き、道路にトラックが停まった時にここを離れればよかったんだ…。」
「どういう事です?」

 博士は寝室の廊下へのドアを開け、階段の下の物音を聞こうと耳を澄ます。
下の方で、ガラスが割れるような小さな音がした。

「…我々は何かの事件に巻き込まれてしまったのかも知れない。手紙を送りつ
けてきた人物は、今日ここで”何かが”起きるのをあらかじめ知っていたんだ
よ。」

 階下で何かが炸裂するような音が響く。
そして大勢の足音が一階の床を踏みしめる音が聞こえてきた。何者かがこの家
に多数侵入してきたらしい。

「…よくは分からないが、我々を手ぶらで帰らせてはくれないようだぞ?」
「じゃあ…ヤバい連中って事ですか?」
「そうだ。残念ながら。」

 その瞬間、二階の窓の外から何かが部屋の中に投げ込まれた。
博士はとっさに秘書を押し倒し、自分の身体を彼女の上に覆いかぶせるように
した。

 一瞬の閃光と共に、何かが弾けるように辺りに四散する。
何か重い鉄の塊のような物が、博士の背中に激痛と共にいくつか命中した。

「いって…!」
「博士!?大丈夫?」

 床の上を転がりながら、博士は自分の背中を触り、何が起きたのかを確認す
る。幸い血のような物は出ていなかったが、何か小さな鉛玉のような物があち
こちに落ちていた。

 おそらく暴徒鎮圧用に使用される類の炸裂弾のような物だろう。
榴弾のような殺傷力は無いが、狭い場所にいる暴徒やテロリストたちには
効果的にダメージを与える事が出来る。

 背中の痛みに博士は少年の頃、野球の硬球が背中に当って息もできずに倒れ
てしまった事を思いだす。それでもその時、博士は捕手をしていて”金玉”に
当たるよりはましな痛みだと思った…。


 相手が警察機関の者か、あるいは軍隊なのかも分からなかったが、配達用
トラックから降りてきた連中は、何の警告も、またはライトで威嚇もしてこな
かった。窓ガラスを割り、家にいきなり炸裂弾を投げ込んできた。

 それは明らかに、この家にいる者を”抹殺”するのが目的なのだ、という事
が分かる。それも誰にも知られることなく、静粛に…。

 博士は何とか立ち上がると、暗闇の中、秘書を傍へと引き寄せる。
電気が消えた家の中は、ほとんど真っ暗だったがぼんやりと秘書の姿が見えて
きた。痛みはあるが、徐々に背中の痺れるようなダメージは薄れてきている。

「…んっ、君なんだか良い匂いするな。香水変えたかい?」
「いえ、でも…光さんに貰ったアイシャドーは塗ってきたの。」

 博士は大きく目を見開いて、にんまりと笑みを浮かべる秘書を見つめた。

「…君、あれを持っていたのかい?」
「うん、去年お別れする時に、光さんが少し分けてくれたの。何かの役に立つ
かもってー」

 それを聞いた博士は、いきなり暗闇のなか秘書を抱き上げ大きなべッドに放
り投げた。素早くヒールを脱がせ部屋の奥へと投げつけると、自分も彼女に覆
い被さった。

「きゃっ!」

 何とも嬉しそうな声を上げる秘書を博士は抱きしめると、髪の中に鼻先を
つっ込んで秘書の耳を甘噛みした。

 秘書は大きく両目をつむり、全身が一瞬だけ身震いするような感覚に襲われ
る…。

 

 階段を上がり、二階の廊下へと走り込んできた武装集団は、いきなり寝室の
ドアが凄い音と共に開く…というよりは”飛んで”きて、先頭の武装男に激突
した。

 重いドアは廊下の壁まで飛ぶと、男は壁とドアに挟まれた状態で悲鳴のよう
な声を上げた。狭い二階の廊下へとやって来た四人の武装集団は一瞬の出来事
に声も無くドアに挟まれた一人の仲間を見つめる。

 が、飛んできたドアには別の黒い影が貼りつくようにいて、挟まった男を
足場にさらに真上へと飛び上がった。暗視カメラを持つ武装集団たちは、その
飛び上がった黒い影が”人”それも若い女であると分かった。

 そして、奇妙にもその両目が夜行性動物のように爛々と光り輝いているのを
目撃した。

 

       

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RAYMOND LEFEVRE-STORIE DI TUTTIIGIORNI 過ぎ行く日々の物語

 



 空中に飛び上がった若い女は、一回転すると床に着地する前にさらに一人の
武装男を強烈に蹴りあげ、男は階段を転げ落ちていった。

 この間、僅かに四秒。

 残る三人の武装集団もパ二ック状態の中、なすすべも無く一人の若い女?に
階段から叩き落とされた。ヘルメットが脱げ、手にしていた何かの武器のよう
な物もからからという音と共に下へと落ちる。


 秘書はうっとりとした笑みを浮べて寝室の博士を振り返った。
何だかアルコールが回ったような状態に見えるが、その瞳はスリット状に変化
しており、オレンジ色に激しく輝いている。何度見ても奇妙な光だと博士は思
った。

 それこそが神秘のエネルギー、オルゴンの輝きである。


 ドアの下敷きになって倒れている武装男の服のどこにも、所属を示すような
ものはなかった。だが、博士が見たところ彼らは明らかに訓練された動きと
行動隊形を取っているように見える。

 彼らが何者か知らないが、何かの機関に所属する連中だという事は間違いな
いと博士は思った。

「行こう、博士。」
「お、おう…下に何人いるか分からんが、とにかく繁華街まで逃げるんだ。
それ以外は無駄に戦う必要はない。逃げ道を確保するだけでいい。」

 頷くと秘書は階段を降り始め、博士もその後に続いた。

 

 だが、階段の下に倒れている、ヘルメットが脱げた状態の武装男が立ち上
がりかけていた。

「とりゃー!!」

 秘書はそれを見ると階段から飛び降り、上体を起こしかけていた男の顔に
自分の股間を押しつけるようにしながら落下した。床が割れるくらいの勢い
で叩きつけると、男は気を失いピクリとも動かなかったが、秘書は両足が浮
き上がるほど股間をグリグリと武装男の顔面に押しつける。煙草を消す時、
灰皿にねじ込むような感じで。

 

             

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 秘書はその場に立ち上がると、最後にもう一度お尻で男の顔を圧殺する。
今度は完全に下の板が割れ、男の上体は床下へと突き刺さるように埋まってし
まった。その惨状と、自分のサディスティックな感覚に身震いと僅かばかりの
興奮も覚える…。

 と、立ち上がり一階の広い玄関ロビーを見回した秘書は、さらに六名ほどの
武装集団が唖然としながら自分を見つめているのを知った。

「…何見てんのよ。」

 その後に起きた事は、まさに一瞬の出来事である。

 

        

       

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 すぐさま次の男に向き直ると残る五人の武装集団を、なんと秘書はその四肢
だけで次々に殴り倒していったのだ。それも、ものの三、四秒ほどである…。
その驚くべきパワーは武装集団のヘルメットの装甲を砕くほどだった。

 

 だが、最後に残る一人に後ろから体当たりをくらい、秘書は玄関の床の上に
倒されてしまった。二度ほど頬に往復で平手打ちをもらい、おまけにその上に
のしかかられ、首に警棒のような物を押しつけ呼吸が出来なくさせられた。

「…げっ…がはっ…!」

 いっきに締められ秘書は一瞬にして意識が遠のき、白目を剥きそうになると
オルゴンの輝きが徐々に薄れかかってくる。

 それを見て階段の上から慌てて降りてきた博士が、床に落ちていた棒状の
武器を拾い、秘書にのしかかっている武装男の後頭部をそれでフルスイング
した。

「ぐあっ…!」

 と、上にのしかかっている武装男の股間に、秘書は強烈な膝を下からかちあ
げるように叩き込むと、あまりの衝撃に男は一メートルほど上に浮かび上がっ
た。

 素早く起きあがった秘書は、浮かび上がった男の顔を掴むと自分も倒れ込む
ように足を浮かして床板に顔から叩きつけた。男は仰向けに転がり、気を失っ
ていたが、腹の虫がおさまらない秘書はさらに股間を蹴り上げ、おまけに唾ま
で吐きかけた。

「…私たちを殺ろうなんて、100万年早いんだよ…!」

 それで、この家の中で動く者は博士と秘書の二人だけとなった…。


「……早紀君、行こうか。」

 素早く裏口から外に出た二人は、玄関に停まっている配達用トラックへと
近ずいてゆく。辺りの近所はしんと静まりかえっていたが、遠くで犬がぎゃん
ぎゃんと吠えている…。

 運転席には配達用の制服を着た男が一人のほほんとしながら音楽を聞いてい
たが、秘書はいきなりドアを開けて驚く男を掴むと、生垣の向こうに凄い力で
投げ込んだ。彼は肩の辺りをしこたま打ったようで、庭の草むらで蹲るように
ころがって呻いている。

 秘書は男の聞いていたウォークマンを握りつぶし、ハンドルを無理やりもぎ
取ると、前輪タイヤを蹴りつけてパンクさせ、おまけに力任せに中型トラック
を横倒しにした。

 その音で、さすがに近所に住む者たちも何事かと窓の外を覗き始めた。


 まさに襲撃者たちをたった一人で、壊滅状態に追い込んだのである…。
コテンパンとはこの事だった。

「……………。」
「よし、博士、繁華街まで逃げましょう。」

 もはやほとんど逃げる必要もない状況だったが、博士は郊外の一軒屋を離れ
、暗闇に紛れるように秘書と共に繁華街の方向へと走りだした。どのみち、い
ずれは目を覚ました奴が仲間に連絡する事は間違いない。ここに長居は無用だ
った。


 そして、この夜の出来事が、大きな事件の始まりになるだろうと博士は思っ
ていた。だが、さし当っての問題は…

 と、裏通りに面したところはネオン街になっており、目的の場所はあっとい
う間に見つかった。何とも古めかしい寂れたモーテルである。

 自分に手を引かれて嬉しそうに走る秘書を振り返り、まずはこの娘の興奮を
取り除くのが先決だな、色々考えるのはそれからだ、と博士は思った。

 

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 午前0時を過ぎた頃、杏はちらりと時計の針を見て、もう何かが起きた頃だ
なと思った。

 案の定、膨大な数のネットニュースの中で小さな事件が起きていた。
例の家が火事で燃えたということである。家の主人は見つかっていなかったが
、特に事件性も無いだろうとの警察の見方であった。

 それにしても火事…火事か。
全てを灰にするのは、あらゆる証拠を隠す時の常套手段である。もちろん杏は
この事件がただの火事だったとは思っていない。

 家の主人である男の顔写真が映っていて、その良く知った顔を見て杏は表情
を曇らせた。見つかってはいないとの事だが、それもそう長くはないだろう。
奴らからは逃げられる訳がないのだ。あるいは、もうすでに…


 杏は一つため息をついて、あの家に彼らを送ったのは間違いだったのだろう
か?と、自問自答した。何にせよ、この件に関わる事になれば、大なり小なり
彼らが危険な目に遭遇するのは間違いないのだから…。

 それでも彼らにこの事を伝えなくてはならないのは、それだけ事態が切迫し
ているからで、公共の機関に協力を仰ぐことは不可能だという事も、杏は良く
知っていたからである。

 彼らのブログを見ても、今晩新たな記事の更新は無い。
それもその筈、彼は携帯からの記事の更新は一度もなく、常にパソコンからの
更新だった。それはつまり、旅先や外からは記事を更新する事をしない、とい
うことである。

 その事から推測されるのは、おそらく彼は携帯でネットを見る事がないのか
も知れない。電話代をケチっているのか、あるいは極度のアナログ人間だとい
う可能性もある。

 もしブログを更新するならば、彼らは無事に家に辿り着いた事を意味する。
そうであって欲しいと願いつつも、今晩は眠れないだろうなと、杏は思った。


 もっとも、杏が彼ら二人の安否が心配で眠れない夜を過ごしている頃、博士
と秘書は安全な場所で、別の理由から眠れぬ夜を過ごしているなどと、杏には
夢にも思わなかったのであるが…。


(続く…)