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水面の彼方に 7話

 

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              7  朝の動揺 


 その日の深夜遅く基地司令官の藤原弘毅は、今だに昨夜部隊を壊滅させたと
思われる謎の二人組みについて調べていた。今朝あの一枚の写真を見てから、
かれこれ十時間は経過している。

 彼らについての情報は今のところたった一枚の写真のみだったが、謎の二人
組みについての情報は徐々に集まり始めていた。ここは様々な技術・現代科学
の粋を集めた極秘施設である、一枚の写真からでも情報は絞り出せるのだ。


「どうだ?何か出たか?」
「ええ、いくつかは。」

 弘毅は画像処理の専門家に例の写真解析を依頼していた。
そして深夜遅くになり、とうとう有力な情報が入ったという連絡が来たのであ
る。

「この画像には写っている物が少なくて、なかなか情報が掴めませんでしたが
、これを見て下さい。ある物を拡大・画像処理したものです。」
「…何だね、これは?」

 そこには壁に取り付けられた何かの器具らしき物が写っている。
弘毅には拡大のしすぎでぼんやりとしか写っていない四角い物体が何なのか、
理解する事は出来ずにいた。

「これはN社製のコンセントです。これを見つけた事で、かなり色々な情報が
見つかりました。この電気コンセントの大きさを元に、様々な計算と比較によ
り、画像の二人の身長がコンピュータの計算で弾き出されるのです。」
「ほう。面白いな。」

 この施設はあらゆる機関に繋がっており、様々な研究機関から情報データを
集めたり、秘密裏に国のデータから必要な情報を集める事も可能なのである。
もちろん、個人情報を収集するに際しては、国家にとって害悪となりうる者達
に対してのみ、という条件はつくのだが。

「…計算からこの手前に写る女性の身長は約158~159センチ。そして後
ろの男が171~172センチであると断定できました。それと別の画像処理
の研究員に画像の二人の年齢についても結果が出ています。女性は恐らく20
代後半、男性は30代後半だと思われるそうです。それらに確答する人物を国
のデータバンクに照会したところかなりの数の中からふるいにかけられ、三百
名ほどの人物の中からさらに疑わしげな人物を見つけ出しました。」

 画像処理の専門家はそう言うと、嬉しそうにパソコンの画面に一枚の画像を
出して見せた。そこには二人の男女が写し出されていた。ちょっとした不法侵
入で取り調べを受けたとされる人物の警察のデータである。

 一人は坊主頭の男で、もう一人は若い女性だった。
特に女性の方はえらく目つきが悪く、凶悪な雰囲気が漂っている…。

「何故、この二人が疑わしいんだ?何かの犯罪歴でもあるというのか?」
「いえ、そうではありません。調べたところ彼らは探偵業を仕事にしているよ
うでして…奇妙な事にある重大な事件に関与していたとのことです。」

 弘毅はパソコンの画面に写る二人の顔写真を見つめながら、話の続きを待っ
た。確証は無いが、弘毅にもあの暗視カメラに写る二人の人物がこの画像の
二人であるという予感めいたものがあった。

「実は、警察や公安のデータベースに記載されてある、最重要危険人物として
マークされている「間宮薫」が火災で死亡したという事件に、この二人が関わ
っていたという事実です。」

 パソコンの画面に見入っていた弘毅は、しばらく口を開けたままぼんやりと
部屋の天井を見つめた。

「間宮薫だと?今そう言ったか?」
「ええ、間宮薫です。データベースには、危険な薬剤の情報と知識を持った
反社会的人物とあります。我が国の有力な人物たちと親交のある芸術大学
乗っ取り、その有力者たちを殺害する計画を企てたとされる女です。」

 もちろん、その名を弘毅も知らぬ筈はない。
噂にしか聞いた事はなかったが、彼女はその危険な薬剤とやらで一度死の淵か
ら蘇ったという。確か火災で大学もろとも亡くなったそうだが…。

「調べたところ、さらに彼らには奇妙な事があります。間宮薫が亡くなって
数年後、その姉だとされる「稲本光」という女性ともこの二人は面識があるよ
うなのです。奇妙でしょ?」

「姉だと?間宮薫には姉がいたのか?そのデータはあるか?」
「はい、あります。これです。」

 

        

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 男がキーボードを打つと、画面には稲本光のデータが出てきた。警察のデー
タベースに保管されていた顔写真で、ニュージーランド国籍を取得していて
現在も在住となっている。年齢は四十、身長178センチで瞳の色は濃い緑。

 その明らかにふざけているとしか思えない女の写真を見つめながら、弘毅は
何か胸騒ぎのようなものが湧きあがるのを感じた。この奇妙な女の目は、笑っ
ているように見えて、実は笑ってはいない。


「もう一つ奇妙な事実があります。この二人は昨日河川敷に現れた利根川警部
らとも面識があるようです。」
「…つまり、この昨夜から起きている問題の数々は、みなこの連中が関わって
いるという事か?」
「さあ、そこまでは断定できませんが、その可能性は高いと思います。」


 まもなく例の計画が実行される段階になって、にわかに起きつつある奇妙な
問題の数々は、おそらく計画に強い不満を持つ者たちによるものだろうと弘毅
は考えていた。

 というのも、この計画を知る者は我々当局に関わる者たちをおいて他には
存在していないからだった。事実この数年、内部の不満分子たちを弘毅は自身
の基地司令としての立場から処罰してきた。今回の二件の問題も内部の小さな
嵐でしかない、と思っていたのだ。

 だが、今回はどうやらそうではないようだった。
何故か今度の件に限っては「外部」の者達が関わってきていたのである。

 何人もの不満分子を処罰してきた事に良く思っていない何者かが、部外者に
情報をリークした可能性がある。これはやっかいな事だ。どんな些細な事実も
外部に漏れる訳にはいかない。万が一にも我々の組織が世の中に知れるなんて
事にでもなれば、今度は我々組織の全てが秘密裏に葬り去られる事になる。

 もっとも、不満分子たちが例の計画に反対する気持ちも分からなくはない。
弘毅ですら、これが仕事でなければ彼らの考えに同調していたかも知れないの
だ。


「それで、この二人の所在は?現住所は分かってるのか?」
「はい、確認しています。数人の者を現地に送りました。まもなく映像が送ら
れてくる頃だと…。」

 男がそう答えた時、タイミングよく通信が繋がり映像が送られてきた。
郊外にある小さなプレハブ小屋が映っているが、真夜中という事もあり辺りは
闇に包まれている。

「おい、連中がいる気配はあるか?」
『…電気はついていません。これから鍵を開けて中に入ります。』

 中は大量の本が溢れていて、足の踏み場もないくらいだったが、狭いプレハ
ブ内に二人の男女はいないようだった。その代りに、部屋の隅に置いてある大
きなソファーに毛布がかけられてあるのを弘毅は見逃がさなかった。何かを隠
してあるようにこんもりと膨れている。

「奥のソファーを調べろ。毛布の中に何か、誰かいるかもしれない。」

 映像の送り主は無言でそのソファーへと向かうと、手にしていた銃口をそこ
に向ける。そうして横から別の人物が毛布をいっきに引っぱがしたのだ。

『…これは…!?』

 

 

 

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 毛布の下には確かに二人の人間が隠れていた。
人間とはいえ、その二人は風船で作られたもので、子供のいたずら書きのよう
な顔が描かれてあった。子供が作ったバルーンアートのようなものだったが、
それはなんというか…全裸で抱き合った状態で置いてあったのである。


 弘毅はそのいかがわしい風船人形を映像で見て、彼らはもう戻らないだろう
と思った。連中はきっと自分達の住む場所に我々がやって来るだろうという事
を想定していたのだ。

「…司令、これはどういう…?」
「連中は我々がやって来る事を知っていたという事だろう。何者か知らんが、
やっかいな相手になりそうだぞ。」

 そう言って弘毅はにやりと笑い通信を切った。
いくつかの問題と、奇妙な関わりを持った連中が自分達の前に立ちはだかりそ
うな予感を感じながらも、心の奥にどこかうきうきとした浮き立つような気分
を感じていた。

 

 

 

  

 日曜の朝はあいにくの雨となったが、出勤前の杏はお客のいない喫茶店
一人ぼんやりとラジオから流れる音楽を聞きながら、窓の外を眺めていた。
町のメインストリートとはいえ歩く人もほとんどいない通りを見つめながら、
杏は騒ぐ心を落ち着かせようとコーヒーを口にする。

 昨日の朝、隣町のコンビニで彼ら二人に出会ってからずっと心が落ち着かな
い状態だった。いくら考えても彼らがたった一日であそこにやって来た理由が
分からなかったのである。分析好きの杏の頭脳を持ってしても、理解不能
出来事に頭が思考停止を起こしてしまって、何も手につかなくなってしまって
いた。

 杏は頭を悩ます事があった時はいつもここに来て、窓の外を眺めるのが好き
だった。ちょうど喫茶店の正面には商店街が並んでいて、金物屋と中華飯店が
見える。中華飯店の親父がゴミを手に外に出て来て、右腕をぐるぐると回して
いた。額にタオルを巻き、タンクトップのシャツにスパッツという姿で。


 その時、杏のお気に入りのラジオ番組が始まった。
時々リクエストのはがきを送ったりするほどで、先日も好きな曲を書いて送っ
たところである。

 昨日の事も気になってはいたが、もう一つ杏には気がかりな事があった。
この二日、ベルがアパートに戻ってきていない事である。あの子に会った一年
前から一日として戻らなかった日は無い。一体どうしたのだろう?

 三毛猫のベルはひどく頭の良い子だ。
時々、杏でも恐ろしく思うほどこちらの事をベルが理解しているのではないか
と感じる事がある。ひどく落ち込んだ時や、寂しい気分の時、ベルは決まって
杏のところにやってきてはずっと傍にいてくれるのだ。

       ”…どこかに好きな子でも出来たのかな?”


 時刻は七時半を回ったところで、杏はそろそろ店を出ようかと席を立ちかけ
た時だった。

 『…それでは今日最後の曲、ペンネーム「ロンリネス・杏」さんのリクエス
曲で、1962年 の名曲、スキータ・ディヴスの「 The end of the world 」
です。』

 それを聞いた杏は驚きのあまり小銭を落としかけたが、また椅子に座り直し
ラジオから流れる曲を聞いていた。なにせ自分がリクエストした曲である。
三年前この街にやって来て、初めてこの喫茶店で聞いた曲がこの歌で、杏の
一番好きなナンバーだった。


 ちらほらと窓の外を人や車が行き交い始めたこの時間、杏は目をつむり後ろ
の壁に頭をつけながら曲を聞いているうち、涙が一粒こぼれ落ちた。 

 

 

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 小さな小窓から漏れる朝日の眩しさに目を覚ました真理は、いつの間にか
お客である秘書の隣で自分は眠ってしまったのだと思った。自分の身体に触れ
ている体温の暖かさが、その事を物語っている。

 眠い目をこすりながら真理は身体を起こすと、隣で眠っている者を挟んだ
その奥に秘書が眠っているのが見える。昨夜は遅くまで彼女と一緒にべッドの
の下で座りながら飲んでいたので、二人ともそのまま眠ってしまったのだ。


 そう、「隣で眠っている者」を挟んだ奥に……………挟んだ?

 

 

 

 


【無料フリーBGM】南国・トロピカルな楽しい曲「Exotic」

 

 

 

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「あれ?ちょっと…!?」

 秘書の他にもう一人眠っている事実に気がつき、真理は慌てて飛び起きる。
きっちきちの狭いスペースしかないべッドの下、自分の隣で眠っているのは、
えらく身長のある女性だった。金髪でミニスカートから覗く足は長い…。

 隣で眠っていたのは、真理にとっては見覚えがあるなんてもんじゃない人物
だった。一年半ぶりに会う師、稲本光…いや、間宮薫の姿である。

「何やってんのよ!あなたー」

 真理は自分の方に向けた大きなお尻を、ぱちーんと平手打ちした。
叩かれたその女性はひどく嫌そうに眠い目を開けると、首だけ真理の方に向け
て言った。

「…何って、寝てるのに決まってるじゃない…。」
「だから、何でおたくがここに寝てんのって聞いてるの!一体いつの間に…」

 さらに眠ろうとする金髪女性の尻を、真理はもう一度平手打ちする。
さすがに今度は嫌がって飛び起きる。

「ちょ…お尻は叩かないの…!あなたサドの気があるんじゃない?」
「はい、ごたくはいいから説明して。」

 真理は彼女の前に仁王立ちすると、腰に手をやって上から目線で言った。
正座して真理を見上げる光は、ちょうど顔の位置に彼女の腰辺りがきている。
タイツを穿いてはいるが、あの真理がミニスカートを穿いているのを初めて見
た光は、ドキドキしながらしどろもどろで説明を始めた。

「あの…あのね?急に日本の食べ物がね…食べたくなってね?」
「うん、それで…?」

 明らかに動揺を隠せない状態の光を見て、真理は腰に手をあてたまま自分の
顔を近ずけて睨みを利かせる。

 真理は真っ赤な口紅をさしていて、頬も僅かに淡いチークを入れていた。
彼女がお化粧をしている事など、ただの一度も見た事の無い光はすっかり魅了
されてしまった。

「あ…食べに来たのよ。ラーメンとか昆布巻きとか…」
「うん、嘘ね。で?急に帰って来た本当の目的は何なの?」

 と、いきなり光は真理を押し倒すとその万力のような力で両手を抑えつけ、
驚くのも構わずに彼女の唇にキスをした。当然、真理はばたばたと身体を動か
して暴れる。

「ちょ…!何してくれてんの、おたく!?」
「んーっ、この子のキス、うんまーい。」

 またも光は真理の唇を無理やり奪うと、暴れる彼女とは対照的にうっとりと
した表情でキスを堪能した。狭い部屋の中でばたばたと暴れる二人に、隣で寝
ていた秘書も目を覚まし身体を起こした。

「…ん?あら!光さんじゃないの!?」
「ああっ、お久しぶり!お元気そうね?」

 驚く秘書に答え挨拶した光だが、真理を無理やり抑えつけたままなのは変わ
らなかった。

「この子があんまり可愛いいもんだから、今ファーストキス奪ってあげたとこ
なのよ。」
「あー、じゃあ私がセカンドキス奪っちゃお!」

 今度は秘書もそこに加わり、息もつけさせないほど光と入れ替わり立ち替わ
りで真理の唇を奪いあう。


「ちょっ…息くらいさせなさいよ…!あんたたちー」

 悲鳴にも似た叫び声を上げて身をよじる真理と共に、光と秘書の三人は食事
の時間が来るまでずっと楽しげにスキンシップをはかっていた。

 

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      (続く…)