ザ・怪奇ブログ

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マテリアル 12話

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  私は部屋に戻ると、先に戻っていた奈々子が待っていた。
今日はびっくりするほど色々な事が起こった一日で、すっかり疲れて
いた私だが、今日はもう一つ大事なことがある。

 昼間会った例の博士を、この学園の中に入れるという仕事である。
まさか、理事長が亡くなるなんていう出来事が起こるとは夢にも思わ
なかったが、むしろそのどさくさに紛れて彼らを中に引き入れるのは
簡単であった。

 中庭の入口の鍵を開けて、私と奈々子は急ぎ足で博士とその秘書を
部屋まで案内した。


「…それにしても、理事長が亡くなるというのは意外だった!」

 博士はきょろきょろと私の部屋のあちこちを見回しながら言った。

「結社の頭である理事長が発作で亡くなるなんて…ほんとに彼女は
魔女だったんですか?」

 私の隣でべッドに腰かけながら奈々子は博士に言った。

「それは間違いないよ。理事長は社交界にも出ていたし、大物や政治
家なんかの集まりにも顔を出している。なにより、スイスにいた頃に、
ある危険な結社のメンバーに名を連ねていたしね。」

 そう言いながら全身黒ずくめの博士は、部屋の大きな鏡を珍しそうに
眺めている。

 しかし、そもそも魔女とは何なのか?このご時世に、魔女なんても
のが私たちの生活に、いったいどのようにして関わるというのか?
私は博士に尋ねてみた。

 

 


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「…近年の合理、実証主義科学のもとで、ともすれば闇の彼方に押し
やられていた学問…。だが、人類の文明の進展は、かつて魔法・錬金
術と言われたものと共に歩んできたことも事実なんだ。それらを秘密
のもとに古代から受け継ぎ、自分たちだけの財産として隠し守り通す
のを結社と呼んでいるんだ。」

 黒ずくめの博士が椅子に座りながら話始めると、秘書の早紀と呼ば
れる女性もその横にちょこんと座りこむ。夕方、私は彼女に危ない所
を救われている。

「連中は歴史の大きな変革時には、必ず影でその影響を及ぼしてきた
んだ。ドイツのイルミネ団は、アメリカの独立を影で支援してきたと
も言われている。アメリカの国家をあらわす印に、イルミネ団の印を
用いていることからも一目瞭然だ。有名なフランス革命も、このイル
ミネ団が暗躍したとされている。どう思う?アメリカの敵でもあった
ナチスドイツも、その同じ秘密結社の力で作られ激しく争うという…」

 博士が小難しい事柄をずらずらと話している間も、秘書の女性は涼
しい顔でじっと黙って博士を見つめながら小さく頷いている。彼女は
内容が判っているのだろうか?


「…いったい何が目的なの?」
「人を支配する権力だ。その力で人や社会に害悪をもたらし、その
混乱に乗じて自分たちだけが利益を得るというシナリオだ。これらは
夢物語ではない、恐ろしい現実の力なんだ。それが、この社会の隅々
にまで配置されていて、逆らうものは闇から闇へと葬っていく…。
この学園もその未端の一つなのかもしれない。」

「…じゃあ、理事長が亡くなったのなら、事件はどうなるのかしら?
人さらいの犯人は?」
「さあ、それが問題なんだ。我々が頭だと思っていた理事長が病死し
た。おそらく事件はまだ解決したわけじゃないだろう。しかもだよ?
もしも理事長が、何者かの手によって発作を起こしたのだとしたら、
理事長は殺された可能性だってあるんだよ。君の話では、理事長が
発作の薬を持ち歩いていたのは皆が知っているのだから…。」

「なら犯人は、何のために理事長を…?行方不明の女の子や、私たち
が襲われたのは何のためなのかしら…?」
「…ひょっとすると、「頭」が変わったという事も考えられるな…。
理事長から、その何者かに…。権力の交代、結社の中ではよくある
事なんだ。」

 黒ずくめの博士は考え込むポーズをしながら言った。

「…とにかく学園の中を見てみたいな。それと学園の人物を把握して
おきたい。すまないが、この手帳に知りえる限りの人物を書いてほしい
んだ。私はその間にちょっと中を探検してくる。行こう早紀君。」

 そう言うと博士は、秘書と共に暗い廊下の中に足音も立てずに消え
ていった。

 

 二人が部屋から去り、私と奈々子はこれまでのあれこれを話して
いると、ドアがコンコンと叩かれた。

「…沙織さん?ちょっといい?」

 声の主は須永先生だった。彼女は部屋の中には入らず、廊下で話し
始めた。

「あら、奈々子さんも一緒なの?ちょうど良かったわ。講義の事な
んだけど、理事長が亡くなって色々大変なの、明日もあちこち回っ
てこなくちゃならなくなったのよ。それで、講義なんだけどあなた
達だけで課題を仕上げていてほしいの。頼める?」
「わかりました。大変ですね、先生。」

 須永先生はまだ顔色も悪いままだったが、私の言葉を聞くと二ッコリ
と笑った。

「ほんとは私、まだ震えが止まらないんだけどね。でも他の先生達よ
り私のほうがこの学園に長くいるから、理事長の代わりに用事をすま
せられるのは私くらいなのよ。じゃ、よろしく頼んだわね?」
「はい、任せてください!」

 奈々子が力強く彼女に言うと、須永先生はぎこちなく親指を立てて
暗い廊下をやって来た方向へと戻っていった。

 


 その日の夜は、雨と風が朝までガタガタと窓を揺らしていたが、
私は疲れからぐっすりと眠ってしまっていた。

 


 明かりをつけない真っ暗な部屋で、そいつは黒い革の手袋を手に
はめると拳にぎゅうっと力を込める。そして豪勢な木の箱を開け、
中から湾曲した鋭いナイフを取り出す。それを懐に忍ばせると、そ
いつはゆっくりと立ち上がった。
木の箱には小さな鏡がついていて、黒い革手袋の人物の大きな目だ
けが、ぎょろりと映る…。

 そいつは、バタンという扉の音を残して暗い部屋を出ていった。

 

 

 


 一夜明けて、また新たに一週間が始まり私はいつもよりも早く、
食堂へと向かった。昨夜、理事長が亡くなるという大事件が起こっ
た学園内の人々は、みな浮足立っていた。

 昨日に比べるといくらか痛みの和らいだ足を引きずりながら、私は
食堂に入る。広い食堂には数人の生徒が食事をしていたが、いつも
見かける連中の姿は見えなかった。もっとも、いつもよりも早く私
が食堂にやってきたからであろうが。

 おや?と、私は思った。
いつも見かける愛想の良いおばさんの姿が見えなかったのだ。奥の
厨房の中にもその姿は見えない。代わりに初めて見る、別の痩せた
おばさんが一人、奥で食事を作っていた。

「あの…いつものおばさんはお休みですか?」
「ああ、あの人辞めたって聞いたよ?」

 私は食事のトレイをもらい受けると、食堂ではなく自分の部屋に向
かって方向を変えた。

「あ、あの…パンをもう一つもらえます?このパン大好きなんです。」

 食堂のおばさんは笑いながら、揚げパンをもう一つトレイにのせて
くれた。私はお礼を言うと食堂を後にする。

 食事のトレイを部屋まで運びながら私は昨夜の事件の時、警部補に
聞いた事柄を思い出していた。

 ”たしか、理事長を最初に発見したのが、いつもの食堂のおばさん
だった…。そのおばさんが、朝を待たずしてここを辞めて行くって
いうのは少し妙な感じがする…。”

 

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「…私よ。出てきてもいいですよ。」

 誰もいない部屋の中に向かって私が言うと、洋服ダンスの中から博士
と秘書の女性が出てきた。昨夜一晩中、学園の中をウロウロ歩き回っ
て調べていた二人だが、朝になってこの部屋に戻ってきていた。

「タンスの中も悪くないもんだな。」

 博士は隣の秘書の女性に向かって言うと、彼女は少し頬を赤く染めて
頷いた。黒いロングドレスがお人形さんのようだった。

「ごめんなさい、朝ご飯なんだけどたくさんは持ってこれませんで
した。なんなら私の分も…」
「いや、君の分は君が食べるといい。私の分はこの早紀くんにやって
くれたまえ。」

 私は開いた皿にポタージュ・スープを半分わけた。パンは一つ余計
にもらってきているので、そちらは問題ない。私たちは、ささやかな
朝食を摂った。自分の分はいらないと言った博士に、秘書の女性は
揚げパンを半分ちぎって博士に渡し、ニンマリと笑う。

「おっ、いいのかね?じゃ、いただこう。」

 少ない朝食を分け合って食べる二人を見ていると、私はなんだかほ
のぼのとしてくる。殺伐とした事件や出来事が続いていた私には、な
んとも楽しい朝食になった。この人たちなら私たちを守ってくれるだ
ろう、と思った。

「あの…つかぬ事を聞きますけど、探偵て儲かるんですか?」

 私は彼らと打ち解けてきた頃、疑問に思った質問をした。彼らに調査
を依頼した奈々子だが、学生の身である彼女がそれほど依頼料を払っ
ているとは思えない。博士は突然の質問に唖然として答えた。

「あー…儲からんよ。普段別のバイトしてやりくりしてるくらいだ。
早紀くんにもなかなかお給料払えていないのが現状だしな。」

 その博士の言葉に、秘書の女性はクスクスと笑う。

「いいんですか?早紀さんはそれで…」
「…私もスーパーでレジ打ちしてるの。それに、もっと大事なものも
らっているから…。」

 私は首をかしげながら、何だろう?と考えた。

「…もう少し歳をとれば、あなたにも解るわ。」

 そう言って秘書の女性は、私にウインクしてみせた。それほど私と
歳が離れているとは思えなかったが、彼女はずいぶん大人っぽく見え
た。

「おっと、それより凄い発見をしたんだ。君の見た不気味な場所は見
つからなかったが、学園内に外に通じる抜け道を見つけた。外に出る
と、そこは近くの森の中だったんだ。おそらく、それを知っている者
なら誰でも学園と外とを自由に行き来できる。これならいつでも我々
が学園内に入ることが出来る。」

 私は腕の時計を見た。時間はそろそろ九時になろうとしている。

「私、そろそろ講義に出なきゃ。あ、これゆうべ頼まれたメモ帳です。
それほど細かくありませんが、大体の人が書いてあると思います。」
「ありがたい。それでは講義が始まったら、私たちももう一度学園の
中を捜索してみよう。今度こそ何か見つかるかもしれん。」


 私はそこで博士たちと別れた。
だが、その時彼らと別れなければ、その後の出来事はもう少しましな
展開をみせたかも知れなかった…。

 

(続く…)