ザ・怪奇ブログ

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マテリアル 19話

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  どれくらい眠っただろう?
目を覚ました私は、真理の部屋のべッドの上にいた。どうやら泣き疲れ
て眠ってしまったようだ。

「ああ、やっと起きたね。」

 そばに奈々子が立っていて、こちらを覗きこんでいる。

「…私どのくらい寝たの?」
「ええと…一時間くらいじゃない?このまま起きないんじゃないかと心
配したじゃないのよ?」

 事件が全て解決したわけではないが、彼女も緊張から解放されて表情
も少し和らいでいた。

「はい、暖かいものでも飲んでまた眠るといいよ。」

 そう言って奈々子は起き上がる私にカップを渡して、暖かいコーヒー
を注いでくれた。香ばしい良い匂いが気分を落ち着かせてくれる。

「そんじゃあ、私も部屋で休むね。もう遅いしさ。」

 私は時計を見ると、針は二時近くを示していた。たしかに色々あった
一日だ。

「ありがとう。私も部屋に戻って休むわ。」

 コーヒーを飲み終え、私はべッドから立ち上がると、もう一度だけ
真理の部屋を見回す。机の上には作りかけの白い彫像があった。
女の子の部屋とは思えないほど飾りっけもなく、床には像の屑やら欠片
があちこち転がっている。

 私は熱心に作業にぼっとうしていた真理の姿を思い出して、もう一度
涙をこぼした。

「さようなら、真理さん。」

 部屋の電気を消して、私はゆっくりとドアを閉め真理にお別れを言っ
た。

 

 

 

 

 小さな探偵事務所で、肩の傷の治療をしながら黒ずくめの博士は警部
補の話に耳を傾けていた。

 傷のほうはたいした怪我ではなく、秘書の女性がガーゼを変え消毒と
薬で治療は終わった。

 治療の途中博士は「焼きおにぎりが食べたい」と言い、秘書の女性は
冷凍もののおにぎりをレンジでチンして温めた。

「さすが、君のチンで温めたおにぎりはうまいな。」

 秘書の女性は照れながら、お茶を入れに流しに向かった。

「それで…学園の中で何があったのかね?どうやってここまで戻って
きたのか…」

 警部補はお茶を飲んで一息ついている博士に尋ねる。

「学園の中の教会の入口で、私が襲われたのは秘書の早紀君から聞いて
いるとは思うが…何せ暗い中をどことも知れずに走り回ったんだ。相手
の姿を見る余裕もなかったね。」

 警部補はやはりそうか、という表情で腕組みをした。この二人からは
有益な情報は得られそうにはないようだと警部補は思った。

「…まあ、どのみち事件の犯人はすでに見つかっている。自殺するとい
う残念な結果に終わってしまったがね…」
「なんですと?犯人が捕まったんですか?一体誰が…?」

 警部補は渋い顔を博士に向けながら、自殺した真理の名前をあげた。

 その名前を聞いて博士はしばらく茫然としていたが、急に自分の机に
戻りなにやら帳面や本を読み返し始める。

「そうか…解かったぞ!警部補さん、学園まで乗せてってくれ。」

 博士は上着をはおって、帳面を掴むと外に向かって歩き出した。秘書
の女性も素早くその後を追う。

「どうした?何かあるのかね?」

 慌てて博士たちを追いかける警部補が、大きな声を出した。

 

「あの眼鏡の女性徒の情報が役に立ちそうだ。それと警部補さん、連絡
して部下をできるだけ多く学園に呼んでくれませんか?大至急に!この
事件は、まだ終わっていない…!」

「何だと!?」

 そう言うと小さな手帳を見せて、博士は警部補の車に乗り込む。
後から車に乗り込んだ警部補は、自分が運転手になったような気がして
不満げに車を走らせた。

 

 

 

 

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 自分の部屋に戻る途中、私は少しだけ夜風にあたりたいと思い、寮の
ある区画を抜けて、二階のテラスへと足を向ける。

 先ほど少しだけ眠ったので、なんだか目が覚めてしまったようだ。
深夜になった学園内には、すでに現場処理の捜査員たちも引き上げてい
て、辺りは静まり返っていた。

 気がつくと私は、この学園に初めてやってきた日の、奈々子が落ちた
例の階段にいた。


 あの日、初めて真理に出会った場所である。
私はゆっくりとその階段を降りながら、真理の姿を思い浮べていた。

 

 荷物をたくさん手に持った真理の姿。


 そして、奈々子が倒れている姿を見て驚く真理の表情…


 …………?

 


 階段の途中で私は足を止めた。
なぜだか胸騒ぎのような気持ち悪さを感じて、私は階段の上を振り返っ
て見上げる。


 ……いや、不可能だわ。

 あの時、両手がふさがっていた真理さんは、私と共にこの階段の所へ
やってきたのだから…階段の上から奈々子さんを突き落とすなんて事は
出来るはずがない、そう、不可能なのよ。

 …なら、一体どうして…?


 何か頭の中で音が鳴るように、その場で私は真理の事を思い出してい
た。話す言葉の一つ一つ、そのしぐさや表情。
倉庫で息を引き取る間際の言葉と、掴み離さなかった例の写真…。

 そして、最後に見たのは真理の作りかけの彫像…その彫像に見覚えが
あった。どこかで見た記憶が…


 階段の途中から、私は一階部分の奈々子が倒れていた辺りを見つめ
る。暗いせいか、下の方がぼんやりとしか見えない。
私は眼鏡を手でずらしてもう一度下を眺める……。

 

 …そうか、解かったわ。
あの日、落ちた奈々子のそばで階段を見上げた時、途中で何かが光った
ような気がしたのは……眼鏡だわ!下にいる私たちが、ぼんやりとしか
見えなくて…眼鏡をずらしてこちらを見たのよ。
奈々子さんを突き落とした人物が…ここにいた…。

 そうなると、真理さんは誰かをかばって……


 私はもう一度、二階へと引き返した。

 

 


 沙織が二階へ戻る少し前、誰もいない静かな廊下を歩く影があった。
その靴音は小さく優雅に、生徒が眠る寮を抜けて一番奥の掃除用具置き
場の辺りで止まる。暗がりであるため、そのシルエットは黒いマントを
着込んだように映った。

 そして鈍い音を立てて、扉を開くような音が鳴ると足音はその中に消
え聞こえなくなったが、その扉は開けっぱなしのままになっていた…。

 まるで、誰かを誘い込む罠のように…。

 

 

 

 


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 ブルクハルト学園に向けて走る車の中で、博士は警部補に説明を続
けた。ここから学園までは五分とかからないだろう。

「…つまり、あの学園は結社の隠れ蓑であるという訳だな?理事長が
その、結社のリーダーだったという訳か。」

「おそらくね。けど、理事長が亡くなったあとでも、この秘密の結社
は変わらずに機能しているに違いない。その証拠に、理事長亡き後で
警部補さん、あなたをこの一件から外すように圧力をかけてきたでしょ
う?誰かが、理事長の代わりを務めている証拠だよ。」

 黒ずくめの博士は助手席に深々と腰を降ろして、持参してきた焼き
おにぎりをほうばりながら言った。

「…なるほど、それなら説明がつくな。これまでもそうして各方面に
圧力をかけてきたのか。だが…一体その連中にどんな力があるという
のかね?この文明のご時世に、まさか呪いやまじないであるとは思え
んが…」

「もちろん、そこには現実的な利害関係があるはずですよ。私たちが
学園の中で見つけた教会の入口に、様々な薬物の生成方法が書かれて
いる壁画がありました。おそらく、そうしたものを各方面の機関に大量
に売りさばいていたんじゃないかと思われます。」

「麻薬のようなものかね?」
「ええ。知ってますか?古代より人類の生活の中で重要な核を成すも
ので、初めに武器の時代があった。そして情報の時代が来た…。今は
何の時代だと思います?」

 警部補は博士の問いに、首を横に降って答えた。

「今の時代は、薬物やウイルスの時代です。それらが巨万の富を得る
一番のものなんですよ。様々なウイルスやら病気が話題になる現在、
古代から脈々と受け継がれてきた秘密の生成方法が、これらの結社か
らもたらされているんだ。それは…絶大な権力なんです。そして私は、
そういった組織的な連中が大嫌いなんですよ。そういう連中を見て見ぬ
ふりをする多くの大衆もね。」


 暗闇の中、異様とも思える学園の巨大なシルエットが見えてきた。
暗い森の中を走る車のライトに、赤々としたランプの明かりが森の入り
口にたくさん見え始める。

「思ったよりパトカーの数が少ないな。やはり数を集められんかった
ようだ。」

 警部補は苦々しく言うと、車を砂利道に止めた。
博士と秘書は車を降りると森の方へと歩き始め、警部補が警官隊を呼び
よせ、二人の後を追って森に入って行く。

 いよいよ事態が動き出したと感じ、警部補ははやる気持ちを押さえつ
つ、歩きずらい森の中をすいすいと先に進む二人の探偵を追いかけた。

 

 


 二階の寮へと戻った私は、奈々子の部屋へ向かった。
だが、彼女は部屋にはおらず、ドアは開きっぱなしになっていたのだ。
べッドの毛布が半分床に落ちかかっているのが見える。
一体こんな時間にどこに行ったのだろう?

 私は奈々子の部屋を出ると、暗い廊下を見回す。
と、一番奥にある掃除用具置き場の扉が開いていて、風できいきいと
音が鳴っていた。たしか、あそこは扉なんか無かったはずだ…。


 なにかとても嫌な感じがしたが、私はそこに向かって歩き始めた。
そして、そこには何かが待っていることも、私には解かっていたので
ある…。

 

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  (続く…)