ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 18話

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  窓からもれる月明かりに照らされた私へと、何やらぶつぶつと呟きな
がらゆっくりと真理は近ずいてくる。

 その手には、時折窓の明かりに反射してギラリと光る、豪華な装飾を施
こされたナイフを持って…。

「…あれほど言ったのに…どうして…!」

 涙を流しながら、真理は私に向かって叫ぶ。両手でしっかりと掴んだ
真理のナイフは小刻みに震えている。

「…あれほど…狂人を刺激するなって言ったじゃない!」

 私はその言葉には答えずに、真理の目を見つめながら黙って壁際に立
ちつくしていた。

「こんな事に首をつっこむから…探偵ごっこなんてするから、こんな危
ないことになるのよ…!」
「…そうかもね。でも…」

 またも月の明かりが雲に隠れ、辺りは闇に飲み込まれたように暗くな
ってしまう。それでも、真近にいるお互いの位置は手に取るように分か
る…。

「…あなたとなら、うまくやっていけると思ったのに…。」

 そう言って真理は、足元に落ちてる写真を拾った。
理事長と他の二人と共に写る自分の姿を見つめながら、真理はまたも涙
を溢れさせて叫ぶ。

「こんな写真がまだあったなんて…こんなの見られたら、もうどうしよ
うもないじゃないのよ!残念だわ…ほんとに残念…」

 真理は写真を片手で握り潰すと、足元に落とし私に迫ってくる。
だが私は、何故だか知らないが不思議と恐怖を感じてはいなかった。
涙を流して残念だと繰り返す真理に苦脳の表情が見え、むしろ私は真理
に対して同情の想いがわき上がっていたからだ。

 過ごした時間は少なかったが、彼女の事は少しだけでも理解している。

「…私も、残念だわ。真理さんとなら、うまくやっていけそうな気がし
たもの。」

 真理の足が止まった。
すすり泣きのような声を彼女はたえず続けている。
倉庫の入り口では、鍵をかけられた扉をどんどんと叩く音が響く。奈々
子が何やら叫んでいた。

「私ね、あなたに会って初めて友達が出来たのよ。それまでは、ずっと
空っぽな人生だった。だから、ここでの生活はとっても楽しいものだっ
たわ。私一人っ娘で、いつも食事は一人だったから、あなたと一緒の食
事…うれしかった。」

 私は真理にというよりも、自分自身に向けてそう言った。

 この数週間の事を思い出し、私も何故だか涙が溢れてきた。
それは真理に対する恐怖というよりも感謝の想いだった気がする。
この学園に来てからというもの、危険な事やら不可解な事ばかりであっ
たが、そのぶん楽しかったひと時が、よけいに私の心に残っているから
だ。

 真理の両手に握られたナイフがゆっくりとあがる。

「でも……もう遅いのよ!…もう…。」

 振りおろされたナイフは私ではなく、真理の首筋をかすめた…。
暗い闇の中ではあったが、彼女はたしかに自分の身体を傷つけ、そして
ゆらりと真理はその場に倒れ込む。

 

「真理さん!どうして…!?」

 私はすぐに真理の元に駆け寄り、声をかける。ほんの僅かな間の事で
あった。床には黒い染みのようなものが広がっていく…。
真理はその場にうずくまるように倒れていたが、喉の奥でごろごろと音
をたてながらも、先ほど自分で握り潰した写真を掴み、絞り出すように
声を発っする。


「……沙織さん…ごめん……私も、楽し……」

 それだけ言うと、真理は静かに眠るように事切れた。

 


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 点滴を続ける娘の部屋の外で、警部補は自分の部下からの連絡を受け
ていた。

 つい先ほど、理事長のもう一人の養子と思われる娘が自ら命を絶った
というものである。これで大まかな事件の推測が成り立つようだった。


 一部、動機などが分からないところがあるものの、真理と呼ばれる娘
が一連の事件に関与していて、あの女学生二人が養子の証拠である写真
を見つけたところを襲ってきたということだ。

 自ら命を絶ったというのは意外な結末であるが、何か罪の意識のよう
なものが働いたのかもしれない。

 真理と呼ばれる娘は両親が離婚したあと、親戚夫婦の家に引き取られ
たが、何かの理由からこの夫婦に怪我を負わせる事件を起こしている。
彼女には、突発的に暴力的な行動に及ぶところがあったと親戚夫婦は言
っているが…今となっては確認するすべはない。

 これで、理事長と共に二人の養子はいなくなり、学園の運営はどのよ
うになるのかは知らないが、一連の事件は終息に向かうことだろう。
だが、その前に解決しなければならない問題が一つだけあるのだ。


 警部補は部下からの電話を切り、再び病室の中へと戻ってきた。
娘はべッドに上体を起こし、残る点滴を受けていた。頑固な娘で、何も
しゃべろうとしなかった。

「…犯人と思われる人物が自殺したらしい。これで事件も解決の方へと
向かうだろう。な?そろそろ何か話してくれてもいいんじゃないかね?」

 娘はその言葉に驚いたような表情で警部補を見つめる。
そして、思い出したようにようやく言葉を発っした。

「…博士が…依頼人の女の子二人を守れって言ってたんだけど…事件が
解決したのなら…事務所に戻ってるかも知れないわ。」
「では、博士が戻っていたなら話してもらえるかね?」

 黒いドレスの秘書は、小さく頷くと点滴の注射針を取ってべッドから
飛び降りる。そのただならぬ動きに警部補はあっけにとられたが、急い
で外に出ると、車を走らせた。

 時刻は、二十三時を過ぎていた。

 

 

 

 生徒の数も少ない学園は、さして混乱もなく一連の事件の終わりを
迎えていた。

 真理は担任の間宮先生に付き添われ、救急車で病院へと運ばれていっ
た。私の証言などから、これ以上調べることもないとのことであったが
、検証のために病院へと運ぶのだそうだ。

 倉庫のある三階は捜査のため、立ち入り禁止となり数人の捜査員が行っ
たりきたり忙しく動き回っていた。

 いまだに分からないことばかりで、なっとく出来るはずもない私だったが、
捜査員が調べ終えた真理の部屋に閉じこもり、彼女が好きだった曲を聞き
ながら声を出して泣いた。

 

 

 夜の国道を走りながら、警部補と秘書は探偵事務所へと向かう。
会ってからたった一言しか話していなかったドレス姿の娘だが、何かの
不安か少しずつ警部補に話を始めた。

「…博士、怪我をしているの。大丈夫かしら…」

 娘は正面をじっと見据えながら静かにささやいた。小高い山の上にある
事務所までは、もうたいした距離はない。

「学園にいるのかね…?」
「…博士が言うには、あの学園は昔の教会をすっぽり包み込むように
作られているんだって。私たちはその中に入って…そこで襲われたの。」

「教会だと?それで…相手は見たのかね?」
「いいえ…とても暗い場所でしたから…。あっという間でしたし…。」
 
 たとえ、何者かに襲われたのだとしても犯人はすでに亡くなっている。
だが、その博士とやらが助かり戻っているという保証はない…。


 丘の上の事務所に着くと、車を降り娘は急いで家へと走り出した。
警部補もそれに続いて外に出るが、建物には明かりらしきものはついて
はいなかった。

「…電気がついていないな。やはり…帰って来ていないか…」
「博士は逃げ足だけは早いんだ!きっと帰ってきてるー」

 涙目の秘書は、そう言うと小走りで事務所へと向かう。
玄関のドアが少しだけ開いていて、微かにテープから流れるピアノの音
が聞こえてくる。

 ドアを開け、暗くて狭い通路をどんどん中へと進むと、本の山に埋も
れるような狭い部屋の一番奥、ソファーに深く沈むように一人の男が
座っていた。

 おそらく博士と呼ばれる男であろうと警部補は思った。彼は数冊の本
を広げ熱心に読みふけっていた。肩の辺りにガーゼのようなものを当て
ていて、僅かに血が染み出ている。

「博士…!」
 秘書の女性はその場に立ち尽くしながら、ぽろぽろと涙をこぼす。
「おう。君か、学園の方は…」

 

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 言うより早く、秘書の女性が博士に飛びつき二人は椅子ごと真後ろに
倒れ、博士は後頭部をしたたかに打ちつけ短い悲鳴をあげた。

「……あ、ごめんなさい博士…。」

 秘書の女性はぺろりと舌を出して謝りながら、目を見開きつつ硬直す
る博士を抱き起した。

 
(続く…)