ザ・怪奇ブログ

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マテリアル2 10話

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         10  深夜から朝までの時間…


 博士の驚きの推理と、理事長室に逃走中の刑事が見つかったという報告が
入ったのはほとんど同じタイミングであった。

 報告を受けた警部補は急ぎ、若い刑事が見つかった場所へと向かう。
それというのも、見つかった場所がこの大学の中…地下一階部分にある小さな
劇場ホールだったからだ。普段は理事長の趣味から、小さな劇団を呼んで演劇
を行ったり、演奏の発表会を行ったりする多目的ホールである。

 真理の部屋に侵入してきた刑事は、光に顔面を強打された後このホールまで
やってきて、そして息絶えたようだったが、死因は顔面の強打ではなかった。

「…まただ、おそらく死因は心臓発作によるものだろう。」

 薄暗い小さな劇場ホールの舞台下に、若い刑事は倒れていた。
先ほど病室で死んでいた給仕婦の青山とほとんど同じように、顔面は蒼白で口
が異様に開いていた。ブルクハルト理事長、給仕婦の青山、病室を見張ってい
た若い刑事…この三件の共通する死亡事件を考えると、先ほど理事長室で聞い
た、ぼうず頭の博士の不気味な推理が現実味を帯びてくる…。


 彼はブルクハルト理事長が何らかの奇怪な方法によって、肉体を取り変えて
いるのではないか?と主張した。

 …つまりこういう事だ。
間宮薫の正体を知ったブルクハルト理事長は、心臓の発作と見せかけて自分の
近しい魔女の一人である給仕婦の青山に取り付き、そしてどこかに雲隠れした
というのだ。そして数年ぶりに戻ったブルクハルト理事長はここで怪我を負い
病院に収容された。意識が戻った彼女は、病室にいた若い刑事に取り付きまた
も逃げのびる。そして、ここへと戻り真理の部屋を襲ったという訳だ。しかし
、予想外にも光の反撃にあい、怪我を負いながらもここまでやってきたのであ
ろう…。

 これではまったくのオカルト話であるが…しかしこれだけ奇妙な偶然が重な
るとなると、それも考慮に入れなくてはいけないのではないか?と警部補は思
った。

「…ここは普段何に使われていますかな?」
「演劇を上演したり、演奏会なんかで使ったりしてますけど…普段は特に何も
使われていません。」

 理事長室からやってきた須永理事が、震える声で警部補に言った。
部屋にいた者は全員ここへ移動してきた。

「鍵はかけられていましたか?」
「…いいえ。普段は誰でも自由にここに立ち入ることは出来ます。」

「あの…私が叩いたせいでこの人、亡くなったんでしょうか?」

 須永理事長の後ろから恐る恐る声を出した光は、倒れている若い刑事を見つ
めながら言った。

「いや…そうではないでしょう。鼻が折れたくらいでは死にませんよ。まして
彼は若い刑事だ。少々の事ではまいらんはずだ…。」

 ”…ここで死んだこの男は、理事長や給仕婦と同じ状態であった。
と、なると他の時と同じくこの肉体を捨て、誰かに取り付いている可能性もあ
る…。ここは誰でも自由に出入り出来るらしいから、何者に取り付いているの
か、まるで見当がつかなくなるのだ…。”

「…おい、第一発見者をここに呼んでくれ。」

 警部補は近くにいた警官に声をかけた。

 

 警部補に呼ばれてやって来たのは、真理の講義を受けている清水雪恵であっ
た。彼女がここで最初に発見したらしい。彼女はひどく怯えたように劇場ホー
ルへと入ってきた。

「…君がここへ来た時に、誰か他に人を見かけたかね?あるいは誰かがここか
ら出ていくのを見たかね?」
「いいえ…誰も見ていません。私…ここへ一人で来ましたから。」

「君がここへ来た時に、この男は倒れていたのかね?」
「はい、同じ場所に倒れてました…私、怖くなって慌ててここを出て人を呼び
に行ったんです。」
「ほう…ここで何を?」

 雪恵は心配そうに真理の顔を見る。
食堂で話していた時の雪恵とは思えないほど怯えていたが、こんな状況に遭遇
すれば無理もない話だ。

「いえ…特に何ってことは…私、時々ここに来てはぼんやりしているの…ここ
静かで凄く落ち着くから…。あの、もう部屋に戻ってもいいですか?気分が悪
くて…。」

 警部補は無言で頷いて、傍の警官に部屋まで連れていくように合図する。

「雪恵さん、大丈夫?」
「はい、気分が悪いだけだから…真理先生、お休みなさい。」

 警官に付き添われて雪恵は劇場ホールから出ていった。


「さて…困りましたな。」

 劇場ホールの外れの客席に座りながら、警部補はひとりごとのように言って
ぼうず頭の博士をちらりと見た。理事長室にいた五人共に近くの客席に座って
いる。

「これが普通の事件であれば…給仕婦が死に、その病室にいた警官が亡くなり
なんの証拠も無いまま事件は集団ヒステリーでかたずいてしまうでしょうね。
亡くなった給仕婦や刑事の口やら体内からナメクジでも這い出した痕でも見つ
かれば別だけど…。」

 若い刑事の死体はすでにここから運び出されていった。
念のため詳しく検視をするとの事だが…ブルクハルト理事長の時と同じく、お
そらくはただの心臓発作という診断が出るだろう。

「…君の推理が当たっているとなると、今この大学内に存在する全ての人々が
疑わしい人物という事になるな。いつ、どの時点で取りつかれているか解らん
…。しかし、今の時点で最も疑わしい可能性があるのは…第一発見者の清水雪
恵だろう。このホールにいたのが彼女一人だったのだから。」
「彼女が、そんな…!」

 真理は明るい性格の雪恵を思い起こして、誰にともなくつぶやいた。

「どうかな、もしもあの娘に取り付いているのだとしたら、この劇場に自分だ
けしかいなかったなんて言わないんじゃなかろうか?まして、彼女はこんな奇
怪な事件だなんて夢にも思っていないんだからね。」

 博士は腕を組みながら警部補に言った。

 その博士と秘書の姿を見つめながら真理は、静かに考えを巡らせていた。

 

    ”…この人たち、「私たち」の味方に…役にたつのかしら?”

 

 実際、真理は数年前の事件については後で聞かされた事ばかりであったし、
この二人の探偵が、最後まで私たちの味方でいてくれるか?信じられるほど
真理は彼らの事を知らなかった。

「…それともう一つ、この若い刑事の件で解った事があります。昨日ここへ
やって来た給仕婦と若い刑事の行動の共通点です。まるで関わりのない二人
が、同じようにこの大学内へと侵入出来た事…これこそが私の奇妙な推理を
証明している気がするんだ。」

「ふむ…「同じ者」であれば、侵入経路も知っている筈か。だが、一体どこ
から連中はこの大学の中に侵入したんだ?」
「それはー」

 と、言いかけた時、博士の隣の秘書が何やらひそひそと耳打ちした。
その囁き声は、この場にいる全ての者たちに聞こえている…。

『…博士、これ以上の推理はいけません…。だって私たちまだ、誰にも依頼
は受けていないんですよ?ただ働きになってしまいます…。』
『………そりゃ、問題だな…。』

「あ…あの、それなら私があなたたちに依頼いたしますわ?」

 その囁きを聞いて、須永理事長が遠慮がちに二人の探偵に言った。

「…ほら、ほら来た!喜んでお受けいたします!」

 秘書の女性が、喜んで須永理事長の方へとやって来た時、それを遮るように
真理が声を出した。

「いや、私が二人に依頼します。たぶん、今ここで起きている事件は…私や、
間宮先生が起こした問題なんだって思うんです。だから…私から依頼させて
もらうのが筋だと…理事長ほどは出せませんけどね。」

 秘書と博士の二人は、真理の言葉を聞いて顔を見合わせる。
そしてしばらく不思議なアイコンタクトを行ってから、満面の笑みを真理に
向けて言った。

「君の依頼をお受けしましょう。必ずやこの事件も解決ズバットして、いつ
もの日常生活を取り戻せるように…。」

 真理は二人の探偵と握手をして、控えめに笑った。

「…それから警部補さん、明るくなったら人を集めて下さい。二人の襲撃者
が侵入してきた場所に心当たりがあるんです。朝になったらそこを捜索しま
しょう!それまで少し休んでおいた方がいい。」
「よし、解った。朝まで部屋の外に警官を置きましょう。ほんの数時間でし
かないがな?」

 警部補の言葉で、真理たちはみな劇場ホールを後にした。

 

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 カーテンの隙間から朝日が漏れ、まぶたの上に当ると真理は目を覚ました。
まだ日が昇り始めたところで、眠りについてから数時間と経ってはいなかった
が、前日の寝不足の疲れはいくらかとれたようだった。

「…………。」


 眩しい朝日で何も見えずにいた真理だったが、目が慣れてくるとすぐ近いと
ころに光の顔がある事に気がつく。真理はべッドの下に布団を敷いて寝ていた
のだが、上に寝ていた光が何故か私の隣で静かに寝息をたてて眠っている。
おまけに光は、真理の頭に腕を回していて身動きも取れない状態だった。こん
なべッドの下の、狭い隙間のような場所で。

 真理はしばらく、そのままで眠る光の顔をまじまじと見つめ、まどろんでい
た。彼女はなんだかとても良い匂いがする。

 昨夜眠っている間に、ここへ襲撃者?がやって来たのだが、目の前で眠る光
がそれを追い払ったのだそうだ。


 光とは出会ってから、まだ一日しか経っていないのに、真理には何故か不思
義と、古い友人であるかのような愛おしさを感じていた。もちろん、真理は女
の子が好きだとか、男の子が嫌いだとかいう事は無いのだが。

「………んっ?あら、おはよ。」

 と、ぱっちりと目が開いて、光は挨拶する。
相変わらず美しい瞳に真理は吸い込まれそうになる…。

「…寝苦しくって、寝てられないわ。」
「だって…あんまりあなたの寝顔が可愛らしいものだから。」

 目が覚めてもなお、真理の頭に回した腕は放さずに光は笑いながら言った。 
美しい瞳でまじまじと見つめられて、真理は話題を変えた。

「…朝食が終わったら午前中に大学内を捜索するんだって。その前に一度、
寮生たちを家に帰すんだそうよ?問題がかたずくまでね。それで…実はお願
いがあるんだけど…。」

「なに?」
「光さん、髪切れる?私ね、ずっと短くしたいなって思ってたんだけど…。」

 真理の頼みを聞いて、光は嬉しそうに起き上がりながら言った。

「私でよければ!もちろん、床屋さんの様にはいかないけどね?」
「じゃあ…今すぐお願いしようかな?」

 真理も起き上がり、散髪の準備を始めた。

 

 朝食までの間、真理は光に髪を散髪してもらった。
大きな鏡の前で椅子に腰かけ、二人とも何も語らずに黙々と散髪を続ける。
鏡に映る光はとても楽しそうに真理の髪をカットしていく。彼女は中々に器用
で、手際良く真理の髪を切り落としてゆく…。特にどんなとか、真理は注文を
つけていない。

 しらずの内に真理の瞳から涙がこぼれた。

「どうしたの?どこか痛かった?それとも、髪型が気に入らなかった?」
「いや…そうじゃないの。なんか今とても気分が安らぐの。」

 そう言いながらにっこりと微笑む真理の顔をじっと見つめてから、光は言っ
た。

「……そうなんだ、頑張ったのね。」

 小さく頷く真理に、光も微笑みを返しながら褒めていた。
 
 朝の日差しがぽかぽかと暖かい小さな部屋で、真理の心はひどく落ち着いて
幸せな気分だった。たしかに今、自分の周りで恐ろしい出来事が起きているが
、この僅かなひとときは真理にとって非常に重要で、幸せな時間になったので
ある。

「…はい、これで完成。」

 完成した髪型を、光は真理の肩口から鏡を覗きこむようにして見つめる。

「んっ…ありがとう。とっても良いわ!」


 自身の希望で、かなり短くした髪の毛に満足しながら、真理は光にお礼を
言って、着替えを始めた。今日は大変な一日になるだろう、という予感めい
たものを感じつつも、人生とはほんのひとときの幸せだけでも、なんとかや
っていけるのではないか…と真理は思った。

 

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      (続く…)