ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル2 23話

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         23   驚異のオルゴンパワー

 

 光にとっての時間とはとても重要なものであった。
人は何かをする時、している時、流れている時間は誰にとっても一緒の普遍な
ものである。

 しかし同じ時間でも、人によってはその流れ方に遅い早いの違いがある。
僅かな時間でたくさんの事をこなしている時や、ぼんやりと何もせずにいる時
…人は感覚としてそれを感じるのだ。

 腕時計の針は3時50分…。
三階の廊下を早歩きで進む光は、この先の僅か数分がとてつもなく貴重な時間
であると感じていた。


 …たった今、三階にある一番奥にある部屋で、銃弾に倒れた秘書の傷の手当
てをしたばかりである。胸の少し上を一発の弾が貫通している…傷はかなり深
かった。人は出血が致死量に到っすると死亡する…それは血液中の酸素が体外
へと一定量流れ出る事による酸素不足から起こる。つまりそれを遅らせる事が
出来れば、それだけ助かる可能性が増えるという事だ。

 ”…その僅かな時間の間に「抗体」が力を発揮してくれれば…まさに数分が
勝負ね…。”


 針は3時51分…三階の階段を降り、二階へと向かう。
光はこのロッジへやって来た時、そして自分を捜しに真理たちが来た時、共に
この建物の内部を把握するため、一通り見て回っていた。この建物は三階二階
共に通路は一つしかない。つまり、三階の一番奥の部屋へと侵入するためには
、通り道は一本しかないのである。

 つまり、光が健在であれば、奴らが二人の探偵のところまでたどり着く事は
出来ないということだ。

 …銃撃を行った連中の数は、光が確認したところでは10人。
先に発砲してきたところを見ると、彼らは建物の中に入れば銃を使う事は無い
だろうと考える。暗く狭いこのロッジ内での発砲は味方を撃つ場合があるから
だ。そこで考えられるのは…ナイフや武器による攻撃だ。おそらく彼らは暗殺
者であろう。

 唯一戦って勝算があるとすれば…暗殺者たちがこちらに戦う戦力が無い、と
油断している事だ。それはそうだ、武器も持っていない自分たちに彼ら殺し屋
と戦える戦力が有ると考えるほうがどうかしてる…。

 

 二階の通路に重い足音を立てながら、連中の何人かがやって来る。

 真理を拘束した人物は、もしもこの殺し屋たちがロッジで私たちを葬るのに
時間がかかるようだと、用心してここを立ち去るかもしれない…。数分、ほん
の数分で片をつけなければならなかった。

 光は腕時計を見ながら、この後の数分がとてつもなく貴重な時間になるだろ
うと思いつつ、顎を上げて一本道の通路を急ぐ。

 その細めたへーゼルグリーンの美しい双瞳は、淡く輝き始めていた。

 

 

 駐車場に停めたトラックの荷台に乗せられた真理は、両手に手錠をはめられ
繋がれていた。近くにはラガーシャツの刑事が煙草を吹かしていて、にやけた
顔でロッジの方向を見つめている。

「…あなただったのね?私たちの居場所を教えていたのは…!」
「ああ、警部補の携帯に、ちょっとばかり細工をしといたんだ。現在地が分か
るようにな…どこに落ち着こうと、いずれはこうなる運命だったのさ。」

 そう言って下品に笑う男は、トラックの荷台に置いてある何かの袋を手にし
て真理の足元に放り投げてよこす。それは、ここへ来る途中でトラック乗組員
たちから真理が奪った…山の中に埋めてきた武器である。

「…お前たちの行動は全て筒抜けだったんだよ。当然、今お前たちが武器を持
っていない事も知っている。つまり、お前の仲間たちが生きてあの建物を出る
事はないって事さ!建物に入っていったのは殺しのプロだからな。」
「…ひどい!」

 真理は煙草を吹かしながらにたにたと笑う若い刑事を見て、最初の事件の時
の事を思い出した。あの時、女性徒が襲われた事件現場にやって来たこの男を
見て感じた妙な違和感の正体である。

 ”あの時…この男は襲撃者の凶器が湾曲した短刀だと知っていた…警部補が
拾ってポケットにしまったばかりだったのに…なんてこと…あの時、私が気ず
いていたら…。”

 ふと、トラックの暗い荷台の奥を振り向いた真理は、そこに誰か横に倒れて
いる事に気ずいた。

「…雪恵さん…!」

 荷台に倒れていたのは雪恵だった。
大学にいた筈の雪恵が、何故こんなところに連れてこられたのか…?

「…こいつ、大学を出ようとした俺の後をつけてきた。面倒だからこいつも
お前ら共々ここで葬ってやるさ。それで俺は大金を手に入れておさらばだ!」

 真理は暗く明かり一つないロッジの建物を見つめながら、怒りと悔しさで
いっぱいになった…。

 

 

 

 


Paul Mauriat - Mizurio No Ame ( Blue Raindrop )

 

 時計の針は3時52分…光はこの先、悠長に時計を眺めている時間は無いと
判断して、心の中で自分の好きな曲を歌い始める。何千回と歌った曲である、
その3分弱のタイムは光の中に刻み込まれていた。

 …3分25秒。

 このタイムで光はこのロッジを出て、真理の所へ行かなくてはならない。
それ以上経過すれば、暗殺者は外の人物に連絡を入れるかもしれないからだ。


 厚く重いブーツの足音を立てながら黒ずくめの男が二人、三階に向かう階段
へとやって来る。この二人は、最も早く二階へと到達した者たちだ。

 

     そして、最初に被害を受ける哀れな者たちである。


 一人の男が階段へと足を踏み出した瞬間、暗く狭い通路の上から光が降って
きたのだ。男の首に太腿を挟みこむと、凄まじい回転を加えながら足に力を入
れて、プロレスのへッドシザースの要領で男の頭を地面に叩きつけた。

「ごっ…!」
「うわあっ!?」

 いきなりの出来事に、もう一人の男は一瞬だけ怯んだが、すぐに地面に倒れ
込んだ光を手にしたジャックナイフで襲いかかる。だが、凄い勢いで跳ね起き
た光は、バック宙のように回転しながら起き上がり、至近距離から男の顔面に
長い素足で強烈な蹴りを叩き込む!

「痛っ…!」

 べきっという鈍い音が響き、足の甲に激しい激痛が走る。
強烈な蹴りで光はさっそく自身の足骨を折ってしまったようだ。

 だが、間髪いれずよろける男の顎に光はジャンプ一番、自分の太腿をぶち当
てると、男はそのまま後ろに倒れ込んでそれきり動かなくなった。

 足の痛みなど気にした様子もなく、光は二階の細い通路を一階へと向かって
走り出す。階段の下に今度は六人ほどがロビーからやって来て、二階へ向かい
一歩踏み出した。

「でいっ!」

 勢いよく階段の上から光は暗殺者集団に向けて、きりもみ状に矢のような
キックを炸裂させて、先頭の男の顔面を足場にそこからさらに反動をつけると
空中で半回転してもう一人に後ろ蹴りを見舞った!

 

 

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「なっ!?」

 その二つの蹴りで三人が倒れると間を開ける事も無く光は、体操選手のよう
に凄いスピードで回転飛びを繰り返しながら残り三人へと接近する。
暗いロビーの中で唯一、光の白い生脚とへーゼルグリーンの両目だけがライト
のように輝き、黒ずくめの暗殺者たちはその超人的な動きに唖然としながらも
光へと向かっていく。

 その異様な光景を目撃した二人の暗殺者は、ロビーの外れで恐怖のために足
を止める。

「何なんだこいつ…!?」

 ロビーの中を縦横無尽に動き回る光の動きを捉えることは殺し屋たちには
出来なかった。その蹴り足の速さ、身のこなしの尋常ではないこと、そして女
の力とは思えないほどの重さとダメージ…。あの輝く両目は一体何の力による
ものなのか?

 おまけに彼女は、数人の暗殺者を相手にたち回りながら、小さく呟くように
歌っているのだ。その金髪を振り乱しながら戦う姿は、何か美しくもあった。

 

        

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 だが、ロビーに一発の銃声が響くとそれまで動きを止めなかった光がぴたり
とその場に立ち止まる…。外れで見ていた二人の男のうちの一人が、ロビーの
光を銃撃したのだ。

 光はわき腹を押さえ片膝をつくと、撃った男は何か棒状の武器を手に光の方
へと走りながらやって来る。男はその武器を上から振りおろすように肩口辺り
に叩きつけると、ロビーの床に倒れ込む光のそばに近ずいた。

「げえっ!?」

 その瞬間、倒れていた光は長い脚を武器を持つ男の首に絡みつけると、下か
ら柔道の三角締めで締め上げた…!五秒…十秒…男の手がゆっくりと下がり、
鉄の棒は乾いた音を立てて床に転がり、男は光のすぐ隣にどさりと倒れ込んで
それきり動かなかった。

「痛ってぇ……てて…。」

 わき腹を押さえながらゆっくりと起き上がった光は、ロビーにただ一人残る
暗殺者の一人へと歩き始める。今だ彼女の両目は怪しげな輝きを放ったままで
、最後に残った男にはさながら光がこの世の者とは思えなかった…。

 

        

 


 三階のガラスまみれの床に横たわる秘書の傍で、博士は下の銃声を聞いた。
顔色の悪い秘書も不安な表情を浮かべて、天井を見つめている。

「…今の銃声…光さん、大丈夫かしら…?」
「まあ…大丈夫ではないと思うが…ここに敵がやって来てないところを見ると
…彼女が何とかしてくれているんだろう。」

 博士は胸の傷を押さえながら、秘書のおでこを撫でた。
心なしか蒼白だった彼女の顔色は、僅かに赤みをおびてきているような気がす
る…。

「痛むかい?」
「ええ…でも…痛みはあるんだけど、なんだか変な感じ…それに、私ここでは
たぶん死なないの…。」
「……そういえば君、さっき妙な事を言っていたね?」

 秘書はにこりと笑いながら静かに語り始める。

「…博士、あの崖に宇宙船が落ちた時のこと覚えてる?」
「ああ…まるで自分から姿を隠そうとするみたいに落ちていったっけな。」

「あの時…私、奇妙なものを見たの。なんていうか…自分の未来の姿っていう
か…ビジョンね。」
「どんな姿だい?」

「…ずいぶん後なんだけど、私、自分の娘を抱っこしてたわ。とっても幸せそ
うに…だから、私はきっと大丈夫。でも…」

 言いかけた時、下の方でまた何か音が響いて二人は顔を見合わせる。

「…でも光さんがあの崖で見た未来は……私のように幸せなものじゃないかも
知れない…。」
「たとえそうだったとしても…あの人は自分でなんとかするんじゃないか?
考えてごらん、殺し屋がぞろぞろやって来るのに一人で行くっていう女性だ
ぜ?正気とは思えない!」

 博士のその言葉に秘書の女性は吹き出して笑った。

「…ていうか、博士、頭の傷すっかり治ってますよ?」
「ああ、そうな。君も顔色だんだん良くなってきたみたいだ。」

 

 

 トラックの外で煙草を吹かしていたラガーシャツの刑事は、五分以上経って
も中から何の連絡も無い事にいらつき始めていた。

 それもそのはず、ロッジにいる三人は自分が長い時間観察していて連中の事
は充分に分かっていた。あの間宮薫の双子の姉とかいう女は、まったくの遊び
人で馬鹿だ。ハイヒールでまともに歩く事も出来ないグズだった。二人の探偵
も、中々に機転はきくようだが、これまでやってこれたのは偶然の産物なので
はないか?と思える…。

 …なら、中へ入っていった十数名ほどの暗殺者たちは一体何をしている?
彼らは、途中のドライブインでやり込められた用心棒とは違う…裏の世界に
手を染めているプロの殺し屋だ。連中の冗談が通用する相手ではないのだ…。


 不安になったラガーシャツの男は、堪りかねトランシーバーで暗殺者に連絡
を入れた。

「…おい!あいつらを殺すのに一体いつまで時間かけるつもりなんだ?」

 しばらく男の言葉に応答の無かった相手側のトランシーバーにスイッチが
入ると、二度ほど鼻をすする音が聞こえた。

「おい、どうした?やったか?」
『…屈強なおじさんたちはあえなく全滅。ドーゾー?』
「何だと!?お前は…誰だ?」
『…もぅ!爪が割れちゃったじゃない…今からそっちに行くよー?ドーゾ。』

 それきり、がちゃりと通信は切れ、応答は聞こえなくなった。

 

「くそっ…!」

 ラガーシャツの男はトランシーバーを地面に叩きつけると、ロッジの方向を
きょろきょろと見回し始める。

 と、ロッジの入口のガラス戸が勢いよく開くと、全身ぼろぼろの光が外に出
てきた。自慢の服はぼろぼろ…スカートにいたってはぎりぎり腰を隠す程度で
、全身あちこち傷だらけである。左の肩が上がらないのか、左手はだらりとし
ていた。

「…止まれ!」

 ゆっくりと近ずいてくる光に向かって、ラガーシャツの男は拳銃を構える。
光はにこやかに右手を上げてさらに近ずく…。

 轟音と共に銃弾が発射され、光の右肩に命中した。
光は一瞬ぐらついて立ち止まったが、ラガーシャツの男を一睨みするとまたも
ゆっくりと歩きだす。

「…お前一体何なんだ?」
「……見たらわかるでしょ?ただの遊び人よ…。」

 男の立つ場所と光のいる場所は、もうほんの五メートルも離れてはいなかっ
た。だが、光の方は傷だらけで、もう何かをする力は残されてはいないように
見えた。拳銃を構えているラガーシャツの男が、圧倒的に優位ではあった。

 

「…お前を大学で見た時は驚いたよ。あの間宮薫そっくりだったんだからな。」
「………。」

 光は話し始めた男には興味を示さず、トラックの方をちらりと見つめる。
後ろの幌が少しだけ開いていて…おそらく真理はあの中だろう…。

「俺は数年前、あいつが数日間ブルクハルト大学を牛耳った時…まだ結社の新
入りに過ぎなかった。傍で見ていたあの女はひどく魅力的だったよ。氷のよう
な冷たい目をしていた…冷酷な…俺はすっかりやつのとりこになったね!崇拝
と言ってもいい!あの間宮薫の、あの力…あの素晴らしいオルゴンの…!」
「…へえ。」

 

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 と、男は急に表情を険しくさせると、激しい口調で話しだす。

「…だが、姉だと言うお前はまったくつまらん女だった。俗物のように飲み食
いし、着飾り…遊ぶだけの女だ!あいつとはまるで違う…お前には用はない…
ここで死んでもらうぞ。」
「…………。」

 かちりと、男は拳銃の引き金にかける指に力を入れる…。
それでも、光はまたもゆっくりと男に向かって歩き出した。

「……何だ?ど、どうなってる…?」

 男は近ずく光に拳銃を向けながら、引き金を引けずにいた。
いや、引き金どころか、身体を動かす事も出来なくなっている…!目の前に
迫る、光のへーゼルグリーンの両目が再び怪しく輝きだした。

 とうとう目の前に光がやって来て、男の拳銃をひょいと掴み、それを暗い山
の中へと放り投げる。

「あっ…ああ…!?」

 光はその場で硬直して動かない男の顔を覗き込み、じっと燃えるように輝く
瞳で見つめた。ラガーシャツの刑事は、金縛りに遭ったように見動きが取れず
に、光の美しい瞳に吸い込まれるような感覚に陥った。

「…あなた、ちょっとばかしおいたが過ぎたんじゃない?」

 満面の笑みをその男に向けて、さらにおでこがくっつくほど顔を近ずけて光
は言った。

「いや…あ、あの…。」
「うん?」

 もう顔と顔がくっつくほど光は自分の瞳を男の両眼に近ずけて話す。
ラガーシャツの男は、光の香水か?何かわからないが、その良い匂いがどこか
で嗅いだ事があるような気がした…。

 突然、くっつきそうなほど至近距離で睨み続ける光の両眼が、パキン!とい
う音と共に一瞬だけ瞬きをして…そしてゆっくりとまぶたを開けるー。

「ひやあぁぁぁぁっ!?」

 開いた光の瞳は、あの古い絵にあったような…蛇の目に変わっていた。

 
 

 (続く…)