ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル2 22話

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             22  銃弾

 

 深い森の中に建つ、聖パウロ芸術大学の校舎に激しい雨が吹きつけている。
深夜の二時を過ぎ、誰も動く者のいないはずの校舎を歩く一つの影があった。
ラガーシャツを着た若い刑事である。

 彼は暗い廊下を足早に地下への階段を降りて行き、昨夜亡くなった若い警官
が倒れていた小さな劇場ホールへと向かう。もちろん、ホールの中に人影は無
く、地下では外の激しい雨音も聞こえてこなかった。

 彼は人がいないのを確認すると、懐から携帯電話を取り出しどこかにかけ始
める。電話が繋がる間、彼は胸のポケットから煙草を一本取り出すと口に咥え
て待っていた。


「…ボス…私です。」
『……何の用だ?よほどの事が無い限りかけてくるなと言っておいた筈だ…』

 若い刑事の携帯から聞こえてくる、ボスと呼ばれる者の声は奇妙なことに
男と女が同時に喋っているかのようだった。何度聞いても不気味な声だと、
ラガーシャツの刑事は思った。

「ええ、もちろん重要な情報です。連中の逃げ込んだ場所が分かりました。
これから準備を整え次第、そちらへと向かいます。」
『…今度こそ間違いはないのだろうな?もしも…』

 電話の先の相手は、何かいらいらと不機嫌な声を出している…。
それもそのはず、地下の施設では彼らを殺す事に失敗、おまけに柏木真理には
逃げられるという始末…。ラガーシャツの男は震える身体で、電話の相手に言
った。

「分かってますよ。次は私が確実にしとめます…それより、私はあなたの姿も
どこにいるかも分かりません。礼金の方は…」
『…心配するな、きっちりと支払う。もうここへは電話はかけてくるな…?』
「はいボス。では、私はこれで…」

 電話を切るとラガーシャツの刑事はにやりと笑った。
そして暗い劇場ホールの中で、口に咥えていた煙草に火を点けるとぷかぷかと
煙を吐き出してから出口へと向かって歩き出した。

 重い木のドアを開け、上の階へ戻ろうと廊下へ出た瞬間、ラガーシャツの男
は明るい燭台を手にした須永理事長がドアの影に立っているのに驚いた。

「あら…刑事さん、こんな遅くまでお仕事ですの?」
「ええ…まあそうです。それにしても、驚いた…!」

 豪華なアンティーク燭台を手にした須永理事長は、しばらく無言で若い刑事
を見つめていた。理事長はいつものように、胸の部分が大きく開いたセクシー
な洋服を着ていて、若い刑事から見ても魅力的に映る…。

「…それでは…私は上に戻ります。」
「ええ…御苦労さまです。私も部屋に戻りますわ。」

 慌てて逃げるように階段を上がり姿を消したラガーシャツの刑事を、須永
理事長はその場でじっと見送った。

 

 

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 姿の見えない光を捜しに真理たちはロッジの二階へと向かう。
二階部分のほとんどは泊り客用の小部屋になっており、中央には細長い廊下の
一本道になっている。そしてその先は、洗面所と上への階段へ続いていた。

「あら、こんなところで何してるんですか?」

 と、上の階から降りてきた光が、なんとも気の抜ける事を笑顔で言ってきた。

「光さんこそ一人で何やってるの?こんな時にうろうろしてたらー」

 真理がそう言いかけた時、博士の携帯が鳴った。
番号を見ると、見た事の無い番号であったが、博士はそれがあの隊長であると
感じた。

 

「…はい。」
『…私だ。遅くなってすまんな…。』

 電話をかけてきた隊長の沈んだ声に、博士は何か嫌なものを感じつつも、話
を聞いた。

『…君の言う大学だが…結論から言うと君たちに協力は出来ない。』

 突然の電話の内容に、博士は言葉を発っする事が出来なかった。
傍を取り囲む真理たちは、電話をしている博士の様子から何か不安なものを感
じた。

「…一体どうしてです?」
『理由を説明するなら…それはこの事件が、過去のブルクハルト大学焼失事件
も含めて、国家機密に相当するものだからだ…。』

 隊長の説明を静かに聞いていた博士は、その言葉にも驚いた様子もなくぼそ
りと一人つぶやく。

「…国家機密、ですか。」

 電話の先の隊長と呼ばれている男が言う国家機密とは、国や政府が国益
重視し、戦略や外交の手の内を機密扱いにするものである。また、独裁的な
国では時の権力者が己の地位や財産を守る目的で、不都合な情報を内外に漏
らす事なく隠ぺいする目的で使われる事も多い…。

 

『我々の隊と組織は基本的にはどこにも所属はしていないし、制約も受ける事
はない存在だ。それだけに、我々は行動を慎重に選ばなければならない。この
件についても慎重に協議した結果、中立の立場を取ると決めた…。』

 博士は電話をかけながら階段を降り、真理たちとロビーへと戻ってきた。
警部補は博士が電話をかけている事に気がつくと、急ぎこちらへとやって来た
が、博士の渋い表情から警部補は事態がおもわしくないと解る…。

『…正直調べてみて驚く事だらけだが、いくつかの秘密事項の中で最重要な件
が間宮薫という人物に関わるものだ。彼女が知りえた知識は、この社会…いや
、世界にとって危険すぎる。この知識、情報が世間に流れた場合、世界のバラ
ンスは大きく崩れてしまう可能性がある。これらは外へと漏らしてはいけない
ものだ。』

「たしかに…彼女は危険な要素は持っているでしょう。でも、私が見た間宮薫
は、これらの出来事全てを消滅させようとしていました。それに彼女は我々の
目の前で、あの火災で自ら命を落としている。」
『…だが、その間宮薫の力で蘇った娘が生きている…。彼女そのものの存在が
危険である事には違いがない。これら闇の遺産を外へ出させる訳にはいかん。
長い目でみれば、柏木真理を拘束する事は正しい事になるはずだ。』

「隊長さん、それは違うんだ。むしろその知識、情報を手に入れて外へ流そう
としている連中の方が危険です。奴らは私利私欲のためにそれらを手に入れ外
へと売ろうとしている。そのために罪も無い人たちを殺す恐ろしい奴らだ。」
『……………。』

 博士と隊長の会話から、たまりかねた真理が携帯を奪うと電話の相手に語り
かける。

「あの、私は柏木真理といいます。」
『………君が…何だね?』

「どなたか存じませんけど、私を連れていって下さい。その代わり、みんなと
、大学の人たち全部助けてあげて!私が問題なんでしょ!?バラすなり実験で
もするなりすれば良いわ!」
「…それは駄目!」

 怒りで興奮する真理の言葉に、それまできょろきょろと様子を窺っていた光
がそれを止めようと叫ぶ。

「真理さん、ちょっと電話かして…。」

 それまで博士の横で黙って聞いていた秘書が、真理から携帯を奪った。

『…君もいたのか。久しぶりだな…。』
「隊長さん、あなた何のためにその仕事してるの?この国と人々の安全のため
ではないんですか?」

『……無論その通りだ。そのために私はこの役職についている。』
「なら、その仕事を果たして下さい。お願いします。私たちは見つかれば全員
殺されてしまうんです!それでも正しい事なんですか?それじゃあ、あの時…
何のために”あの子”は、私やあなたを助けるために命を落としたの?」
『………。』

 秘書の涙ながらの言葉で、隊長と呼ばれる男は押し黙ってしまった。
だが、何かを思案しているようで電話は切らずにいる…。

 しばらくの沈黙のあと、電話口に出た男は静かに待っている秘書に話しだし
た。

『……分かった。そこに警部補はいるかね?ちょっと代わってくれないか。
詳しい話をしなくちゃならんからな。』
「隊長さん、ありがとう!いま代わりますね!」

 秘書は嬉しそうに博士の顔を見ると、警部補を手まねきで呼ぶ。
彼は携帯を受け取ると、一瞬だけ周りの人間たちを見つめ、電話に出た。

「警部補だが…私に何か?」
『…これから大学の地下へ部隊を送る…目的は地下施設の占拠だ。そこで君に
現地へと戻ってほしい。これからすぐに戻れるか?』
「分かりました、これからそちらに向かおう。協力を感謝します。」

『…礼ならあの秘書の娘に言ってくれ。最近、私にも孫が出来たんだ。それを
見ることが出来るのも彼女と、そこで命を落とした小さな少女のおかげだから
な…。』

 それだけ言うと、隊長と呼ばれる男は電話を切った。

 

 

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 それから間もなく、警部補は一度山の麓まで真理に車で送ってもらい、そこ
からタクシーを拾うと聖パウロ芸術大学へと戻っていった。もちろんやって来
る陸軍の非常事態専門部隊と合流するためである。

 もう一度双子岳ロッジへと戻った真理たち四人は、事件の決着が近ずいた事
で軽い祝杯を挙げていた。といってもお茶やお菓子であったが。

「ここから見える景色綺麗ね。」

 真理が窓の外を見ながら話すその部屋は三階にあった。
ゲレンデ側が一望できるロビーとは違い、その部屋は下から登って来る方向、
つまり山の麓側が一望出来る見晴らしの良い部屋であった。麓の町明かりが
ちらほらと見えている。あと二・三時間もすれば朝日が登り、美しい景色が
ここから見れる事だろう。

「あの地下の施設が抑えられれば、実質奴らはもう手も足も出せまい。後は、
行方不明のブルクハルト理事長と思われる存在…結社の頭をおさえれば、事件
は決着と言えるんじゃないかな?」

「でも博士、どこにいるかも分からないのにおさえる事が出来るんですか?」

 お菓子をほおばりながら、秘書が疑問を博士にぶつける。

「うん、敵は真理さんが健在な限り、傍へとやって来るさ。いずれにしても、
事件の終局は近いんじゃないかと思うよ。」

「あっ、そう言えば…光さんってこの事件が解決したら、国へ帰っちゃうんで
すか?ニュージーランドでしたっけ?」

 秘書が何気なく言った言葉に、光や真理は驚いたような表情で顔を見合わせ
る。そういえば、あまりにも終わりの見えない事件の数々に、そんな事はすっ
かりと忘れていたのである。

「…そうですね、あちらにも色々と残してきた仕事なんかもありますし…事件
がかたずいたら一度戻る事になるわね。」

 光は少し寂しそうに言って、ちらりと真理の方を見た。
真理は紙コップのお茶を飲みながら彼女の視線を外し、外の景色を見つめる。

 一度戻るという光の言葉であったが、真理にはもう二度と会えない気がして
光の目を見つめる事が出来なかった…。

「そうなんですか…せっかくお友達になれたのに残念だなぁ。」

 絨毯が敷かれた部屋の真ん中に、蝋燭の明かりが赤々と揺れていて、それぞ
れの顔を照らしている。しばらくの間、ぱりぱりというお菓子を食べる音だけ
がオレンジ色に照らされた広い部屋に響いていた。

「おや?」

 窓の外を見つめていた博士が、沈黙を破って言葉を放った。

「なんか車がやって来るぞ?ほら、あそこ…」
「博士、どこですか?」

 四人共窓の傍にやって来ると、急なスロープの山道をこちらに向かってやっ
て来る車のライトが見え始めた。

「もしかして…陸軍の人たちじゃない?だってここに私たちがいる事を知って
いるのはその人たちだけでしょ?私たちを迎えに来たんじゃないの?」
「そうかも!軍隊と一緒なら大学に戻るのも怖くないわ!」

 真理の言葉に秘書も喜んで、こちらにやってくるライトを見つめる。
車はぐんぐんとジグザグの坂道を登り近ずいて来た。よく見るとかなり大きな
車というか大きなトラックのように見える。軍用トラックだろうか?

「それにしても、あのバリケードはどうやって通過したんだろう…ちょっとや
そっとではどかせない筈だが…」

 奇妙な違和感を感じた博士はぼそりと呟くように言って窓の外を見つめる。

 とうとう大きなトラックのような車はロッジの駐車場に止まった。
しばらくして中から人影のようなものがぞろぞろと出てきて、車のそばに立ち
何かを手にしてロッジのある方へと歩いてくる。

 それに、駐車場に止まったトラックには見覚えがあった。トラックの腹には
ぶつけたようなへこみが出来ている…あの巨大な運搬用のトラックだ…!

「えっ!?あれって…」
「…銃だ!それにあれは…しまった、急いで蝋燭の明かりを消すんだ…!」

 

 


著作権フリー 商用利用可能 な 【効果音】 マシンガン 発射

 

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 博士がそう叫んだときには遅く、100メートルほど離れた駐車場の暗がり
から激しい轟音と共に、三階の部屋の窓ガラスをぶち割ってマシンガンが炸裂
した。

 閃光と共にガラスが割れる凄まじい音で、地面に倒れ込んだ博士はさらに
数度の飛び来る銃弾と閃光に耳を塞ぎ、目を閉じる。

 薄目を開け、近くに同じようにうずくまる秘書の姿を見つけ、ほっとしな
がらも続く銃弾を両手で耳を塞ぎながらおさまるのを待った。下からはこちら
の部屋の蝋燭の明かりが、かっこうの目印になったようだ。

 窓ガラスはほとんど割れ、外側の壁が崩れるほど銃弾が飛んできて、ようや
く下からの銃撃は終わった。もちろん、蝋燭は倒れ明かりも消えている。

「…くそっ!大丈夫か?」

 ガラスまみれの地面を這うように窓際へ向かうと、博士は目だけ上げて下の
様子を覗き込んだ。この部屋へ銃弾を撃ち込んだ連中は、その場で待機してい
て、こちらの様子を窺っているようだった。

「…みんな大丈夫か?」

 後ろを振り向き、暗い部屋の中を見回しながら博士は言った。
ゆっくりと起き上がった光が、部屋の中をきょろきょろと見回しながら叫ぶ。

「…真理さんは?あの子どこ行ったの…!?」

 ようやく暗さに目が慣れてきた博士は、部屋の中に人影が三人しか見えない
事に気がついた。自分と、横にうずくまる秘書。そして起き上がった光の三人
である。真理の姿が見えない…。

 光は慌てて博士のいる窓際へやって来ると、外の暗い駐車場を眺める。
ほんの数秒後、ロッジから出てきた真理が銃弾を撃ち込んできた連中の所へと
歩いて向かうのが見えた。

「…馬鹿っ!」

 真理は白いシャツを旗のように振りまわして彼らに近ずいて行く…。
おそらく自分が一人敵に投降することで、残った三人を助けようというつもり
だろう。真理はすぐに捕まり、トラックの中へと連れ込まれた…。

「あなたが捕まったって、私たちが助かりはしないのよ…!」

 叫んだ光は慌てて部屋を出て行こうとする。もちろん、真理を助けに行くた
めである。

「…うっ…博士?」

 その時、うずくまっていた秘書が身体を起こそうと立ちあがりかけて、力無
くその場に倒れ込んでしまった。

「どうした?早紀君!?」

 駆けつけた博士は、彼女の肩口…胸に近い位置に服の上から血の染みが広
がってゆくのが見えた…秘書の口元からは血が滲んでいる。

「…!?」

 光は部屋の出口からその光景を見て、一瞬だけためらったが急いで秘書の元
へと戻ってきた。そして彼女の胸の傷…銃弾が一発胸を貫通しているのを見て
、慌ててポケットのコンパクトを取り出す…。

「くそっ…!私のせいだ、私の…!くそっ!」

 何かに激しく毒突きながら、倒れる秘書の傍で光は何か妙な治療のような事
を行っていたが、横にいる博士にはそれが何なのか分からなかった。真剣に髪
を振り乱しながら光は秘書の耳元に語りかけている…。

「…ごめんね。絶対大丈夫だから…ごめんね…私のせいなのよ!」

 と、ゆっくりと手を上げて、秘書は光の頬の辺りを撫でて囁く…。

「……大丈夫よ、光さん…私もあの場所で未来が見えたの…だから大丈夫…
私はここでは死なないわ…。」

 目に涙を溜めた光は、力無なく返してきた秘書の言葉に驚いた。

「……あの場所…未来って…。」
「…だから、早く真理さんのところへ…行ってあげて…お願い。」

 急に我にかえったように光は顔を上げると、自分の長いスカートを半分ほど
手で引き裂くと、倒れている秘書の傷の上に当てがい博士に言った。

「…あなた、この上からここを力強くおさえておいて!この子の傍についてい
てあげてね?いい?」
「…わかった。だが…君はどうするんだ?」

 

 博士の言葉を受け、光はゆっくり立ちあがると振り向いて言った。

「…もちろん、今度こそきちんとあの子を助けなきゃ!」

 そう言っておどけて見せた光の表情を見るのは、博士には二度目だった。
その彼女の悲しくも楽しげな表情は、博士にはお別れを告げる言葉に聞こえた
のである…。

「また、戻っておいで。」
「………はい。」

 博士の言葉に、一瞬だけ驚きの表情を見せた光だったが、とびきりの笑顔を
見せると履いていたハイヒールをその場に両足とも脱ぎ捨て、あとは振り向かず
に部屋を走り出て行った。

 

 

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     (続く…)