ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル2 13話

               f:id:hiroro-de-55:20200404092225j:plain

 

            13  雨音の中で…


 アーチ型の坑道を進む真理たちだったが、ほどなくして道は行き止まりとな
っていた。足元には線路の木切れや、コンクリートの破片が散らかっていて、
ごみ溜めのようになっている…。

「…おかしいなぁ、この地図だとこの先にも通路が続いてるんだけどなぁ。」
「埋め立てたんじゃないの?火事の後で…。それって昔の地図なんでしょ?」

 行き止まりの壁の前で古い地図を広げる博士に真理は言った。
元々この廃坑道は戦争当時の仮設工場だったものだ、崩れて危険な場所もある
はずで、火事の後に埋め立ててしまったのかもしれない。

「…しかたない、別な通路を捜そう。」
「あ…博士!ちょっとこっち来て下さい!」

 暗がりで秘書が声を上げ、博士がそちらに向かうと秘書は壁際を指さした。
見ると、そこだけ妙に新しく塗り直されてあり、壁の下部分に蛇を形取った
彫り物がある。聖パウロ大学の中でいくつか見かけた、あの黄金の蛇だ。

「…これは、あからさまに怪しいな。」

 そう言いながら博士は、その彫り物を触ったり押したりしてみた。
それでもびくともしないので、今度は上に上げてみた。

「おっ…動くぞこれ。」

 蛇の彫り物を掴んだまま、博士は上に持ち上げるように力を入れると、事の
ほか簡単に壁がシャッターのように上にせり上がった。

 警部補を先頭に、真理たちはとうとう隠されていた入口に侵入した。

 


 壁の反対側にはさらに通路が続いていたが、そこは先ほどまでの廃棄された
地下通路とは呼べないものであった。綺麗に整備され、壁には電球が取り付け
られている。明らかに人の手が加えられた”廊下”であった。それが二十メー
トルほど先まで続いていて、そこには普通のドアがついている…。

 壁の天井付近には電球と共に、何かのケーブルや線が奥へと伸びている。
この先に電力を引かなければならない物があるのだろうか?

「でも、電気がついてるって事は、いつもこの廊下を誰かが使ってるって事に
なるよね…?」
「そうなるね。」

 真理が後ろを振り返りつつ博士に尋ねる。
博士は警部補と共に先頭を歩き、電球がついているとはいえ薄暗い廊下を進み
備え付けられた新しいドアの所までやって来た。

「さて…どこに出るのかな?」

 警部補と警官はドアの脇に立ち、拳銃を構える…。

 

 

 


【無料フリーBGM】クールなサイバー&エレクトロ「Machinery」

 

                    f:id:hiroro-de-55:20200404092604j:plain

 

 だが、開けたドアの先にはまたも廊下が続いていた。
しかし今度はこれまでとまるで違っていて、中は裸電球ではなく普通に電気が
ついていて、廊下は全て真っ白の…まるで病院の中のような作りになっていた
のである。そして、廊下の両脇には部屋のドアがあちこちに見えている。

「これは…通路と言うよりは何かの施設のようだな?」
 警部補は誰もいない通路の先を見渡してから、拳銃を上げる手を降ろした。


 その奇妙な場所は廊下を中心に、数百メートルに渡って作られていた。
それぞれ部屋の中には、見た事も無いような装置や器具が取り付けられており
、電気によって動いていた。おそらく、何かの医療施設か実験施設であると思
われる。

 次々と部屋を観察しながら、博士や警部補は声も無く移動する。
それというのも、いずれの場所も見た事も聞いたことも無い物であふれていた
からだ。そして、それらは今も活動し、何かの仕事を続けているのだ…。

「…博士?行きますよ?」

 一人ある部屋に残り、青色のシリンダーが並ぶ器具をしきりに見つめている
博士の所へ秘書が戻ってきた。その後に警部補と真理もやって来る。

「何ですかこれ?」

 見ると博士は、螺旋状に渦を巻く色とりどりのモデルを見つめていた。

「遺伝子の配列を現したものだよ。ここは…遺伝子工学の実験施設らしい。
しかもこれは…組み換えDNAのようだね。」
「遺伝子の組み換えって…よくチップスの袋とかに書いてあるやつ…?」

「そう。遺伝子の組み換え技術は我々が想像するよりも古くから行われてき
たんだ。1970年代にはすでに、DNAを切断したり繋げたりする技術が
開発され、遺伝子組み換え作物や組み換え生物が実用化されているのが現在
だ。」

 博士はシリンダーの中の動くモデルを見つめながら、隣の秘書に呟くように
話した。そこへ警部補もやって来るのがガラスケース越しに写る。

「…しかし、遺伝子組み換え生物は条約で規制されている筈ではないかね?」

「たしかに遺伝子工学の発展は、生物学・医学的にも無限の可能性が生まれた
とする者たちに対して、危険視する声もあるね。遺伝子を組み替える事で生ま
れる”バイオハザード”の可能性だ。でも、実際は各機関で極秘の内に実験が
行われているのが現状です。」

 長々と説明しながら博士は、隣の秘書の制服をきちっと元の位置に戻して
一人それを見ながら頷いている。もちろんさり気なくタッチしながら…。

「ちょっと、これを見て…!」

 部屋の外から真理が飛び込んで来て、慌てながら言った。

 T字型の廊下に大きな水槽があり、その中に奇妙な物がいた。
チューブのような物に繋がれて酸素を送りこまれて眠る、人間とも動物とも
つかない全身が真っ白な生き物である。むしろ、胎児のようなシルエットだ
ったが、こんな巨大な胎児はこの世界には存在しない…。

「…何なの?この生き物…!」
「いや、こんなものは見た事が無い…しいて言えば両生類と人間の中間という
か…それよりもこの色だ。これはどこかで…」

 博士は真理の言葉に数年前の、あの古い教会で遭遇した奇怪な白い生物を
思い出した。暗い闇の中で異様なほど白く光っていたあの生き物…。間宮薫
が言っていたマテリアル…材料となる”素材”である…。

「博士…!あの時の白い怪物…。」
「…あの怪物をここで作っているのか?しかしあれは…火事で焼けたはずじゃ
ないのか?」

 警部補が問いかけたが、博士はポケットに手を入れて考えるだけだった。

 

            f:id:hiroro-de-55:20200404094432j:plain



 

 

 

 一通り部屋を見て回り、上への侵入口が見つからない博士たちは、またT字
路の水槽のある場所へと戻ってきた。そこで秘書がある事を口にした。

「博士、あの豪華な額に入れて飾ってある肖像画…一体誰なんでしょう?」
「…私も気になってはいたんだが…これか。」

 博士は壁に掛けられていた一枚の肖像画を手に取ってみた。

 それはなんとも不気味な男の肖像画であった。
年の頃は三十手前くらいだろうか?白人というほどではないが、東洋人でもな
いというその風貌。だが、瞳はあのブルクハルト理事長や間宮薫と同じくへー
ゼルグリーンに輝いている。

「おや?この男の顔…どこかで見た事があるぞ?」

 絵を手にした博士が、まじまじと見つめながら言った。
絵の男はこれという特徴がないが、その双眼は異様なほど精気に満ちている。

「何ものだね?」
「アラブの富豪ですよ。なんて言ったかなぁ…何年か前の経済誌にインタビュ
ーが載っていたんですが、ものの数年で石油を掘り当てたとかなんとかで富
豪になった男です。」

 博士は額の裏を調べると、『1851年・メイザース』と小さく殴り書きがされて
あった。今から三百年近く前の絵らしい…。

「19世紀後半か…おかしいなぁ、なら私の見間違いかな…?」


 博士たちはさらに移動して別の部屋へと移る。
そこは会社のオフィスのような部屋であり、大きな机にパソコンが何台も並び
、個々の机には乱雑に書類やら備品が置いてあった。まるで、どこにでもある
普通の会社の様に…。

「…それにしても、あの火事の後にこれだけの施設を作っていたとはな…。」

 警部補はオフィスの椅子に座り、ため息交じりに言って机の上の週刊誌を手
に取る。地上のコンビニでも売っている、いつもの週刊誌である。

「いや、火事の後じゃない。ここはそれ以前から存在していた筈です。作りの
雰囲気からしても、どう考えても作りたての施設とは思えない。」

「…しかし、間宮薫は結社に関わるもの全てを処分すると言っていたはずでは
ないかね?あの化け物を使って…。こんな大規模な施設をそのままにしておく
とは考えられんが…?」

「ええ、たしかにそのつもりだったでしょう。彼女は最終的に自分のマテリアル
もろとも教会を焼き証拠を残しませんでした。あの時たしか彼女は言いました
よ、”ここで作られているのは人を蘇生させるほどの力は無い”とね。」

 その博士の言葉を真理は静かに黙って聞いていた。
この博士たちは薫先生の最後の時を、事細かに記憶しているのだ、と。

「この施設と水槽の白い生物を見て思うんだけど…たぶん間宮薫の使っていた
怪物が本物だとして、ここで行われている何かは、あの怪物のコピーなんじゃ
ないかな?古い教会で見た壁画には、彼女が使っていた怪物が掘り込まれてあ
りました。それに彼女は真理さんの命を蘇生させる再生薬も持っていた…だが
彼女はそれごと火災で処分したんです。あの怪物はたぶん、この世界にはもう
一体も存在していないのでしょう。」

「そうか…つまり、ここの施設の連中は、再生薬を完全なものとするために、
真理さんが必要って訳か。あの怪物から作られた再生薬で蘇った…」

「私そのものを手に入れようって事ね?私が材料…マテリアルなんだわ。」

 真理は冷静に、そして静かに言って目を閉じた。

 

「なんだか猛烈に悪い予感がする…。」
「何故だね?」

 そのオフィスを見て、博士は急に深刻な表情を浮かべた。
ここまで散々奇妙な物を見てきたにも関わらず、彼はこの何でもない会社の様
なオフィスを見て緊張し始めたのである…。

「いやね、これだけの広大な施設で、いま現在も稼働している状況なのに、人
一人姿が見えないって事がですよ。それはつまり…ここの連中が、我々が侵入
して来るのを知っていたから…ではないかな?」

「……そうか、我々は少し気ずくのが遅かったようだな…。こんな場所を我々に
見せるという事は…生かしては帰さんという事だ。」
「何ものかが来る前に、早いとこ出口を見つけましょう!」


 博士たちは緊張しながら足早に上への出口を探して走り出す。
その時、これまで明るかった施設内の電気が突如として切れ、真っ暗闇となっ
た。もちろん懐中電気は持ってきていたが、真理たちはパ二ック状態となる。

「ちょ…どうしたの!?」
「警部補、誰か来ます…!」

 ライトに照らされた廊下の先から、黒ずくめの姿をした者たちが姿を現し
た。その者たちはそれぞれ手に銃を持っている…!

「構わん、撃てっ…!」

 警部補とベテラン警官は十字路の左右に別れて、通路の先からやって来る
連中に銃を発砲した。狭い通路は激しい音と閃光で満たされる。真理は秘書
と共に耳を塞ぎ目を閉じる。

 こちらに向かってやって来た先頭の二人は倒れたようだったが、残りの連中
はこちらと同じく十字路の壁に身を隠しながら銃を撃ちまくってきた…!

 

 

 

 


【作業用BGM】雨の音【最高音質】

 

 廊下の外が慌ただしくなってきた頃、光は部屋のドアに張り付いて外の様子
に聞き耳を立てていた。

 大学内に待機していた警官の三人が廊下で何やら話している…。
そして静かにどこかに向かって歩き出すと、光はその後を追って真理の部屋を
抜け出す…。外は激しい雨が降っていて、全ての音を掻き消していた。

 三人の警官はそれぞれ拳銃を手にしていて、階段を降りようとしていた。
最後尾の男が自分の拳銃の点検をしながら歩き、他の二人と距離が離れた時を
見て、光は音も無く近ずくとまずは男の拳銃を持つ手を握りながら曲がり角の
壁へと引きずり込む。驚く警官の腹に膝を一発お見舞いすると、声も無い警官に
光は小首を傾けながら顔を近ずけ、深いため息を彼の顔に吹き付けると、その
生足で強烈な膝蹴りを股間近くに叩きこんだ…!


 幸いにも激しい雨音がその一幕を掻き消してくれた。
倒れ込む男の手から拳銃を取り上げると、光はミニスカートのポケットにしま
い込む…。そして他の二人を追いかけ階段を降りて行く。もちろん行く先は光
には解かっていた。中央広間の地下への隠し通路がある柱である。

 光は歩く音が聞こえないように、素足で大学の廊下を移動する…。
案の定二人は黄金の蛇が刻まれた柱へとやって来ると、隠し扉を開け中へと入
って行く。一人が先に梯子を降り始め、二人目が柱の穴にしゃがみこんだその
瞬間に、光は素早く走り柱に近ずいて警官に声をかけるー。

「…私ね、高校の時はテニス部だったの……よっ!!」

 勢いよく走り込みながら光は、手にした黒光りするチタン製のフライパンを
振り向く男の顔めがけてフルスイングした…!物凄い音がして男は梯子のある
穴へと転がり落ちていった。もちろん、先に降りようとした一人目の男と共に
…。

「…ごくろうさーん!」

 激しい雨音が響く中、チタン製のフライパンが変形しているのを見て光は、
”…通販の耐久強度説明って過大広告ね…。”と思った。

 

                   f:id:hiroro-de-55:20200404094633j:plain

                 (続く…)