ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル2 20話

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           20  双子岳ロッジ


 急な坂道のスロープを上がりきった真っ暗な山の中に、双子岳スキー場の
ロッジは建っていた。

 といっても、建物は数年前訪れた当時から使われておらず、すでに廃屋と
化している。入口辺りのガラス窓は割れていて、回りは雑草があちこち伸び
ほうだいとなっていた。ここはすでに標高千メートルに近い場所であり、秋
とはいえ、吹きつける風は冷たい…。

 先頭になってロッジの入口へと歩いてゆく真理は、三階建てのロッジを見
上げながら立ち止まる。

「あの…一つだけ言いたい事があるんだけど…。」

 他の者たちはその場に立ち止まり、真理の方を見つめ次の言葉を待った。

「ここまでついて来てくれてありがとう。おまけにこんな隠れ場所まで…」
「…まあ、ぼろぼろだけどね。雨風は凌げるはずだよ。さ、中へ入ろう。」

 博士は真理に笑顔を向けると、秘書の肩を叩いて入口へと向かって行った。


 しんと静まり返ったロッジの細い通路を抜けると、中は広いロビーになって
いて、ゲレンデを見渡せる大きな窓ガラスから、外の月明かりが中へともれて
いた。ロッジは当時のまま人に荒らされていなかったようで、少々ほこりをか
ぶった程度で意外なほど綺麗であった。

 それぞれが長旅もあり緊張の糸が切れていて、誰も言葉を発っする事も無く
自分の荷物を置いてロビーの中を見つめていた。

「…ああ、大きなガラス窓。」

 真理は綺麗な月を見に、ロビーの窓際に向かって歩いてゆく。警部補も山を
登ってきた疲れをとるために、傍にあった長椅子に腰を降ろして一息ついた。


「…戻ってきたわ。」

 秘書の女性はロビーの広いホールを見つめながら、手の中の透明なスーパー
ボールを見つめる。博士も傍に立ち、同じその記憶の中の光景を見つめていた。

 月明かりの幻想的な青白いロビーの中を、元気に走り回る少女の姿を…。
博士と秘書の二人は、しばらくその場に立ちつくし記憶の中の少女に想いをは
せていた。


 あちこち様子を窺いながら、一番最後にロビーへと入ってきた光は、そこで
足を止める。先ほど崖の下を覗いた時から、とても不安な表情を浮かべていた
光は、目の前に立つ二人の探偵越しに広いロビーを眺め、彼らが見ているもの
が何なのか?しばらく暗いロビーの様子を見つめていた…。

「……!?」

 あまりの光景に一瞬目をしばたかせた光は、急に現実に戻されたように我に
かえって目を閉じた。それからゆっくりと目を開けると、ロビーには怪しいも
のも消え、その代わりに二人の探偵が光の方を振り向いて、驚きの表情を浮べ
ていた。

「…光さん、あなたもしかしてー」
「………!」
 
 その秘書の言葉に答える事も無く、光は狼狽しながらロビーを足早に歩み
去って行った。

 

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「…ほら、この小さいストーブまだ使えるわ。石油もまだ残ってる。」

 ロビーの隅に、錆びついてはいたが使えそうな石油ストーブが置いてあるの
を真理は見つけてきた。さすがに小さなロッジとはいえ、山の夜は冷え込んで
いて、何か暖をとるものが必要だった。

 真理はロビーの深々とした長椅子の傍にストーブを置くと、ボロの布を水で
湿らせ革の長椅子を拭いて綺麗にしている。

「あの…早紀さんでしたよね。ストーブつけてくれます?」

 秘書はそのストーブを見て、数年前の恐ろしい一夜を思い出しながら、懐か
しさすら感じて火を点けた。暖かなオレンジ色の光が、暗いロビーの中をぼん
やりと照らしだしている。

 ストーブを点けて、秘書はコンビニで買った品物を長椅子へと運んでくると
、その横に博士もやって来て絨毯の床に直接腰を降ろし座った。そして、何や
ら防寒着のポケットから小さな本を取り出すと熱心に読み始めた。

 これから何日ここでこうして時間を過ごすか分からないが、ここへ来る途中
買った飲み物やら食べ物は、僅かに三日分くらいである。主にコンビニで買っ
た物がほとんどであるが、それは秘書が選び購入した物ばかりであった。

 その内容は、大きなぺットボトルのお茶に水、お酒一瓶、缶ビールが数本、
ホットドッグ用のパン、おつまみ各種、割きチーズ、ちくわ数本、乾燥した
ビーフジャーキー、スナック菓子数袋(主にエビ)、塩あめ、ウィットティッ
シュ、おにぎりが数個に、なぜか週刊プロレスリングが一冊袋に入っていた。

「海苔弁、は無いわね…これ完全に酒飲み用の買い物じゃない?このプロレス
の雑誌は…?」

 買い物袋の中身を見ながら真理は、本を読んでいる博士の隣でバツが悪そう
に座る秘書に尋ねた。

「…あー、何も読む物が無いと困るかなと思って…。」
「ホットドッグ用のパンはあるけど、ソーセージは無いのね…。ちくわ挟んで
食べようかしら…。」
 
 真理がつぶやくと、本を読んでいた博士が一瞬だけ隣の秘書の顔をちらりと
見てすぐに本に視線を戻した。秘書は両手で自分の口を塞いだが、間に合わず
に妙な言葉を発っして下を向いた…。

「あれ?光さんは?」

 ストーブの傍で長椅子に腰を降ろして寛いでいた真理は、光の姿が見えない
のに気がついた。

「ああ、私が捜してくるわ。ここなら私の方が詳しいと思うから。」

 秘書の女性がその場から立ち上がると、先ほど光が去っていった方へと歩い
ていく。それと代わるように警部補がこちらにやって来ると、長椅子に腰を降
ろして言った。

「…今、大学の部下に連絡を入れた。向こうも何も進展は無いそうだ。あと
数時間ほど休んだら私は一度向こうへ戻る。例のブルクハルト理事長と思われ
る存在の行方はまだ見つかってはいないからな。最も、そんな者が存在するの
かどうかも疑わしいがな…。」

 真理はその場で、ロビーを出て下への階段へと降りて行く秘書を見送ると、
本を読みふける博士に聞いた。

「ねえ、あなたたちここで一体何が起きたのか…知ってるんでしょ?」

 博士は一瞬遠い目を中空に向けてから、本を閉じて静かに語りだす。
椅子に座り休んでいた警部補も、その言葉を聞くために目を開ける。

「……あまり話したくはないが、簡単に説明するならここで雪崩事故が起きて
、数万年前の「あるもの」が地表に出てきたんだ。それで人が死んだ、大事な
人も一緒にね…。」
「そうなんだ…ここは、そういう場所なのね。」

 一言だけ話すと、博士はまた本を読み始めた。

 


「…光さん?ああ、やっぱりここにいたのね。」

 光を捜してロッジを捜し歩いていた秘書は、地下の暗いシャワー室で彼女を
見つけた。光は大きな浴漕があった場所にしゃがみ込んで、深く掘られた穴の
水底を眺めていた。

「真理さんが心配しているわ?」
「そうね。」

 深い水底を見つめながら、振り向かずに返事をしてきた光の横顔に、何か
苦脳のような表情が滲んでいるのを見て、秘書は隣に同じようにしゃがみ、
しばらく水面を眺めていた。持ってきた懐中電灯の明かりが、深い水たまり
を青白く照らしきらきらと反射する。

 秘書は光があの崖を覗いていた時、真理さんや警部補が感じていたものとは
異質の感情であの場所を見つめていた事に気ずいていた。何故ならあの場所、
あの崖の下に”ある物”の存在は、この場にいる者の中では自分と博士だけし
か知らない筈だったから…。

 光さんは、あの崖の下に眠るものを見たのだろう。
真っ暗闇のあの崖の底が、普通なら見える筈もない闇の底を…どうやってか知
らないけど見ていたのだ。しかも、光さんはロビーで私たちが記憶の中で見て
いたものを、なんというか…感じているようだった。


「…ここね、”あの子”が私たちを助けようとしてくれた場所なの。」

 秘書は無言で水面を見つめる光には構わずに言葉を続けた。

「あの子まだ10歳にもなっていなかったの。両親もいなくて、泥棒みたいな
事して生きてきたんだけど、最後に私を助けるんだって言って、化物の支配を
解いて逆に意識を操ってしまったの。凄いのよ?」

 それを聞いて、光は隣で話す秘書の方へと顔を向ける。

「そのおかげで私たちは、それに勝つ事が出来たの…でなきゃいまごろ地球は
そいつに同化させられて滅びていたんだから。」
「…とってもスケールの大きな話ね。」

 表情が多少和らいだ光は、秘書と共にクスクスと笑った。

「博士は…こう言ったの、あの子の君への愛の力が化物の支配を破ったんです
って…。」

 急に真面目な表情に変わった光は、秘書に尋ねる。

「……どうして、そんな話を私にしてくれたの?」
「さあ、どうしてだろ…良く判んない。でも、なんか言わないといけない気が
したのよ。さ、戻りましょう?」

 秘書は立ちあがると光の手を取って、暗いシャワー室を後にした。

 

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 深夜の1時を過ぎ、ストーブを囲みコンビニで購入してきたお酒をちびちび
とやっている探偵や光を横目に見やりながら、真理はソファーでうとうととし
ていた。

「…博士、さっきから何を読んでいるんですか?」

 ストーブの傍で床に腰を降ろして本を読んでいる博士は、秘書の言葉に顔を
上げた。

「ほら、これだよ。」
「これって…地下で見たあの絵じゃないの?」
 
 博士が懐のポケットから出してみなの前に置いたのは、昼間大学の地下で見
た、奇妙な男の肖像画だった。額から取り出してあり、四つ折りにたたんであ
る…。

「ちょっ…これ、もし有名な絵かなんかだったら…いつの間に持ち出してたの
よ…。」

 真理が肖像画が描かれた古い紙を開いて、しわしわの部分を手でのばしなが
ら言った。仮にも真理は美術の世界の人間である。自分の専門分野ではないと
はいえ、それがどんな価値を持つ作品なのかくらいは判るつもりだった。

「何か気になったものでね、拝借してきた。」

 紙コップでお酒を飲んでいた光が、その絵を見てソファーから降りてきた。

「…何の絵なの?」
「…地下でこの絵を見てからなんだか気になってね、さっきホームセンターに
寄った時にこの本を買っておいたんだ。」

 博士が手にしている本には「世界の偉人」なる題名がついていた。
光は片手にお酒のコップを持ちながら、その奇妙な男の肖像画を手に取り眺め
た。特徴といえば、光と同じヘーゼルグリーンの瞳、どこにでもいそうな特徴
の無い顔の白人男性…。

「アラブの富豪とかじゃなかった?」
「たしか額の裏に1851年、メイザースと書かれていたはず。そこで19世
紀の偉人たちを調べてみたんだ。そしたら面白いものが出てきたんだ。」

 そう言って博士は本のあるページをめくると、小さな白黒の肖像画と共に、
男の記事が載っていたのである。

 

             リゲル・メイザース

『…19世紀後半、英国の近代魔術団体を組織した人物で、神秘学やタロット
の研究に力を尽くした。また、長年の古文書研究の成果をいかし、魔法儀式の
典礼を定め教義を確立「黄金の牙」創設者である。

 しかし40代後半、自宅で変死。団体は歴史上姿を消した。
近代西洋式魔術の確立者であり、偉大な神秘学研究者の一人である…。』

 


「…黄金の牙って…もしかして、あの大学の中央広間に落ちてた…黄金の蛇と
何か関係があるのかしら?」

 男の記事を読んで、あの黄金色に輝く蛇のブローチを思い出す。
地下への秘密の通路も、蛇の彫像が掘り込まれてあった…。

「…大学の地下施設に飾られてあったこの肖像画は、あの芸術大学に根を張る
連中の何か…シンボル的なものなのかも知れんな。」

 眠りかけていた警部補もすっかり目を覚ましていて、ここにきて重要な手掛
かりが見つかるかも知れないと興奮している。

「…それより、私はこの絵の中にもう一つ奇妙なものを見つけたんだ。ほら、
この拡大鏡で絵を見てくれ…。」

 博士は絵を見ている光に拡大鏡を渡すと、肖像画の男の顔をレンズで写して
みた。

「…あっ!?」

 光は驚きの声をもらして拡大鏡を落としてしまう。

「ねえ、何が見えたの?」

 真理が拡大鏡を拾うと、光の見ていた肖像画を覗く…。

 特別おかしな所も無い平凡な白人男性の肖像画、そのへーゼルグリーンの瞳
に秘密があった。瞳孔が開いたその両目は、まさに蛇の目そのものだったので
ある。

 

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 何より、その男の両目から感じられる得体の知れない威圧感。
顔が平凡なだけに、なおさらその目の力強さが際立っていて、一枚の絵にも
関わらず周囲に不吉な気配を撒き散らしているかのようであった。

「思えば、ブルクハルト理事長やその娘、間宮薫も同様の眼力を持っていた…
最も、連中の目は蛇ではなかったが。何かこの連中に共通するものが、この
肖像画にはあるようだな?どちらも”蛇”という事に…。」

 その警部補の言葉を聞いて、真理は光の横顔をちらりと覗いた。
ならば、この光さんも彼らと同じような不吉な眼力を持っているのだろうか?

 

「たしかに、占いの世界じゃ蛇眼とか言われている。執念深く、仁徳に欠ける
…まあ、不吉な事には違いないね。蛇はとにかく執念深い生き物なんだ。狙っ
た獲物はとことん追いかける…二度三度と何度でも、丸呑みにするまでね。」

 博士のその言葉に、真理は何か胸騒ぎのような不吉な予感めいたものを感じ
て身震いした。思えばこの数日、真理を狙い執拗に追いかけてきている者たち
は、博士の説明でもある通り蛇のようなしつこさで自分に迫ってきている…。

 次々と人が変わりながらも狙ってくる襲撃者たち…。
市街地でうまく出し抜いた運搬用トラックが、ドライブインで休む自分たちの
所に悠々とやって来た事…。

 …はたして、自分は連中の魔の手から、無事に逃げられたのだろうか?


 長い長い一日が過ぎようとしていたが、この夜の出来事はこれで終わりでは
なかったのである。大きなソファーに身体ごと沈むようにして眠ろうと目を閉
じる真理だったが、あの肖像画の不吉な目を思い出し、どうしても眠る事が出
来なかった。


(続く…)