ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル2 25話

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            25  奇妙な嘘


 救護用の輸送機が慌ただしく双子岳へとやってきた頃、日の出までにはもう
少し時間があった。

 この双子岳へやって来た陸軍の秘密部隊の精鋭は、到着後休む間もなく作業
を続けた。まずは安全の確保、そして深い崖下への捜索…これはきわめて危険
な作業であった。かつてここで起きた事件で、崖下に落ちていった宇宙船らし
き物体の引き上げ作業を中止したのは、この崖がかなり深く危険な角度で亀裂
が下へと続いていたためであった。

 が、涙ながらに秘書と博士が捜索を依頼したため、かなりの危険をおかして
崖下を捜索したのである…。

 博士たちを襲ってきた暗殺者たちは全部で十一名、しかし全員が重傷ではあ
ったが死んだ者は一人もいなかったのである。もちろん、ラガーシャツの刑事
も含めほとんどが虫の息ではあったが…。彼らは厳重に拘束され、救護用の輸
送機に乗せられていった。もちろん戻ったら厳しい罰則が与えられる事は間違
いない。


「…これで全員か?準備が出来次第我々もここを出発するぞ?先に危険な者
たちを乗せた方から飛ばす事になるが…。」
「はい、お願いします。」

 陸軍の非常事態専門部隊の隊長が崖の近くに待っていた博士と秘書の所へ
とやって来て言った。

 隊長の説明によると、すでに聖パウロ芸術大学の地下の施設は部隊の人間
により占拠され、全て破壊し末消作業が進んでいるそうだ。これにより大学内に
存在する、していたかも知れない結社の存在は事実上その活動を停止する事
になるだろう、とのことだった。もちろん、これからも数日は事件の後処理に、
ばたばたとした日々が続くだろう、とも。


 博士と秘書の二人はもう一度、暗く深い崖の闇の底を覗き込むように見つめ
ると、崖下に眠る相手に最後のお別れをした。

「さあ、早紀君行こう。君もちゃんと傷の手当てをしなくちゃな。」
「…ええ、せっかく光さんが生かしてくれたんですものね!」

 二人の探偵と隊長は、様々ないわくを含んだ双子岳の崖を離れ、大きな輸送
機へと向かって歩いていった。その先には、ロッジの建物がちらりと見えてい
て、立ち止まった秘書はほんの少しの間その景色を眺めていた。

「…さようなら。もう、ここに来る事は無いと思うけど…。」


 二人が輸送機に乗り込み扉を閉めると、まだ朝日の登らぬ双子岳を離れ飛び
立っていった。

 

 

 

 

 

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 朝方にも関わらず、慌ただしく人が出入りする聖パウロ芸術大学の理事長室
で警部補は携帯の通話を切ると、心配そうに傍でお茶を入れている須永理事に
電話の内容を聞かせた。

「…そうですか。皆さん無事に戻ってこられるんですね。それにしても雪恵さ
んに乗り移るなんて…恐ろしい事ですわ、本当に…。」

 数時間前、ここで一緒にお茶を飲んで話に付き合ってくれていた雪恵に乗り
移り、ラガーシャツの刑事と共に真理たちの元へ向かったなどとは、須永理事
長にはとうてい信じられない話であった。

「不思議な事に、今回だけは心臓の発作も起こらず、雪恵さんの意識もはっき
りしているそうです。聞くところによると光さん…いや間宮薫が自分に乗り移
らせ、そのまま崖の下へ飛び降りたそうだ…。」

 これまで人から人へ次々に乗り移っていたブルクハルト理事長と思われる
存在は、その肉体を離れた後、必ず元の人物は心臓発作を起こして亡くなっ
ていた。理事長本人、給仕婦の青山、警護の警官…そして最後にこの大学内
にいた清水雪恵にとり憑く。目的は真理さんを手に入れることだ。

 最後の清水雪恵と、他の人物たちの間際の状況は一体何の違いがあるとい
うのか?


 須永理事長は少し寂しそうな表情でお茶を入れる手を止めて呟く。

「…あの人、とうとう真理さんを守ったんだわ。」

「しかし…一つだけ分からない事がある。なぜ間宮薫は実の姉などと嘘をつい
てここに戻ったのか?なぜ真理さんはその嘘を我々につき通したのか?」

 警部補はその謎が解けない限り、この事件が全て片ずく事は無いのではない
か?と感じていた。

「…真理さん、一人で大丈夫かしら…。」


 嵐のような天気が収まり、日が昇り始めた窓の外を見つめながら須永理事長
は一人呟くように言った。

 

 

 


 東の空がぼんやりとした明るさを見せ始めた頃、大型の輸送機は越後の山脈
の中を飛んでいた。

 こちらは先に飛んだ救護用の輸送機とは違い、広いスペースに乗っているの
は二人の探偵と隊長ほか数名のみである。ぼうずの博士は小さな小窓から見え
る黒々とした越後の山脈を見ながら腕を組んで考えを巡らせていた。

 自分の肩に顔を乗せて居眠りをしている秘書の傷は、相当深いダメージが
あったはずだ。しかしこうして驚くほどに回復を見せているのは、光さんが
行った治療によるものである…。


”…それこそが間宮薫が知りえた知識、マテリアルを使った秘密の細胞再生薬
…その神秘の力だろう。つまりは、唯一間宮薫だけが得ている神秘の再生薬で
命を繋いだ人間が、真理さんの他にも存在する事になるんだ。いや…この早紀
君だけじゃない、この私も光さんの治療を受けているんだ…。

 

 …そう、あのコンパクトだ…!
あれに秘密があるはず…あれはたしか…三階の部屋に置いてあったっけ…。”


「…隊長さん、三階の部屋に置いてあった私たちの荷物は…?」

 博士は慌てて正面の壁際の長椅子に腰かけている隊長に言った。
あれが第三者の手に亘るのは…きっとこの世界にまた混乱を招く恐れがある…
それは光さんや真理さんにとっても不本意なことだ…。

「ああ、回収してある。降りる時に見てくれ。」
「ありがとうございます。」


 …よし、あれはなんとか回収出来るだろう。いつも化粧を直すふりまでして
大事に光さんが隠していたものだ。ワゴン車の中でもしょっちゅうお化粧を直
すふりを……


          ……隠す?直すふりだって…?


 …そもそも何で間宮薫は自分を別人だと偽り、大学へ戻って来たのか…?
もちろん真理さんを守るためだろう…なら、なぜ味方の我々にまで正体を隠し
、生き別れの姉などと嘘の話を作り出したのか…?なぜ、まったくの別人では
なく、”間宮薫の姉”でなくてはいけなかったのか?

 …我々の中にスパイが潜り込んでいると思ったからなのか?
だから別人を装い、そのスパイを油断させるために…いや、それだけじゃない
…光さんはたしかー


「…博士?」

 長椅子に腰かけ博士の肩で眠っていた秘書がむくりと身を起こすと、隣の男
に小さく呟いた。

「…早紀君、君は覚えているかい?大学を出て市街地を抜けようっていう時に
、眠る私を見て光さんが笑いながら言った言葉を?」

「ええ、覚えているわ。薫さんも私たちも、何か見落としてたのかも知れない
って…それがどうかしたんですか?」

「そうだよ!間宮薫の時に見落としていた事は…今の光さんには薄々気がつい
ていたのかも知れないってことさ。だから彼女は大学へ戻って来た時に、あり
もしない「生き別れの姉」なんて話を作り出したんだ。」

 興奮してまくしたてる博士が、何か重要な事に気がついたのだと秘書は悟り
静かに話の続きを待つ。て、いうか、博士あの時寝てたんじゃないの?と。

 

「もし…今回の、一連の怪奇的な事件の首領が、数年前の事件を逃れ生き延び
ていた旧ブルクハルト大学の理事長だとするなら…実際、間宮薫もそう思って
いたのかも知れないが…どう考えてもおかしいと思わないか?彼女らは血の繋
がった親子の筈なんだ…。」
「…確かに親子ですね。でもそれのどこがおかしいの?」

「…だって、二人が姉妹だという話は、光さんと真理さんの嘘だったんだよ。
どうして母親であるはずのブルクハルト理事長がそれに気がつかなかったん
だろう?実の生みの親であるブルクハルト理事長が…。」

 秘書は何かに気ずいたように、目をまん丸にして口に手をあてる。

「…ほんとだわ!実の母親に姉妹なんていう嘘が通じる訳がない…それに自分
の娘がイメージを変えてきたからって別人だなんて思うかしら?私たちになら
そんな嘘も通じるかもしれないけど…相手は魔女なのに。」

「うん、おそらく光さんは賭けに出たんだと思う。初めに自分が姉妹の姉だと
名乗って来ても、敵にその嘘がばれるかどうか?ってね。そして、みんな彼女
を”姉の光さん”として認識した。我々も実際そう思っていた…光さんの動き
にまんまと騙された…真理さん一人を除いてね。」

 実際、光さんは一番近いところで彼女を見ていた真理さんに、次々と色々な
間宮薫を見せる事の反応を、周りの我々に光さんと間宮薫は別人であると印象
つけさせる事をしたのである。もし、途中で二人が同一人物であると看破され
ていたなら、光さんの思惑は崩れ計画は失敗に終わっていたかも知れない…。

 

「今回、真理さんを執拗に追いかけ手に入れようとしている者の目的は、間宮
薫の再生薬によって蘇った真理さんの身体の中に存在するマテリアル…あの白
い怪物の細胞のデータにある。だが、もしも敵が光さんの正体が間宮薫である
と看破していたなら、光さんも同じく手に入れようとしたはずだ。彼女もマテ
リアルで蘇生した身体の中にその細胞を残しているんだからね。しかも、彼女
はその再生薬の生成方法を持っている、生きた情報なのだから…。」

「…あの、人から人に乗り移る存在がブルクハルト理事長じゃないとしたら…
博士、あれは一体誰?何なの?」

 その秘書の言葉に博士は腕を組んで考える…。


 旧芸術大学の理事長ブルクハルトは、聡明で誰に聞いても人望高い魅力的な
人物だった。彼女は自分の娘が間宮薫だと知り、持病の心臓発作を起こし亡く
なった…彼女は自分の娘が数年間に亘り傍にいた事に気ずかず、そして間宮薫
の実の姉だという「不可解な光の嘘」にも騙されていた…。この事は一体何を
意味しているのか?

 ロッジの入口に倒れていたラガーシャツの刑事…。
おそらくあの男が我々から情報を漏らしていたのだろうと思われる。と、いう
のも、今考えて見ればいつも事件の傍にはあの男がいたからだ。だが、結社の
首領とはとても思えない…。

 それと共に奇妙なのは、今回の一連の事件に共通した不気味な蛇の目を持つ
男の肖像画である。数年前の事件でブルクハルト大学の女性徒だった沙織とい
う寮生は、間宮薫の両目が怪しく光輝いているのを見たそうである。ブルクハ
ルト理事長の美しいヘーゼルグリーンの両目も、何か神秘的な力を持っていた
と大学関係者は話していた。

 これらの目に関する共通点は事件に何の影響を及ぼしているのか…?
肖像画の男は19世紀の近代魔術師の祖と呼ばれるほど力を持った、奇怪な
人物である…。


「…そうか。光さん君は…!」

 博士は急に何かを思い出し、携帯でどこかに電話をかけだした。

 

「…あっ、警部補さん!急いで調べてほしい事があるんです。」
『……何だね?』

「大学の関係者については全員調べていると思いますが…」
『無論だ。だが、それらを結社に結び付ける証拠のようなものはまるで無かっ
たのが現状だ。もちろん大学関係者と言っても、現在過去と調べれば何千人と
人がいるのだからな…怪しい奴を見つけるなど、気の遠くなる話だよ。』

 

 今度の事件が起きた時、警部補は事件の周辺にいる人物を事細かに調べてい
た。数十年も続く大学である、関係者の数も驚くほどいて、その内の誰が結社
に関わりを持つのかなど、知る由も無いところである…。

「…ええ、でしょうね。だからこれで捜してみて下さい、旧ブルクハルト大学
から現在の聖パウロ芸術大学に今も関わっている人物…講師であるとか大学に
今現在もいる人物です。とにかくどんな事でも構いません。大至急情報を集め
てくれませんか?」

『…分かった。すぐに調べさせよう。どのみち私ももう一度調べ直そうと考え
ていた…ところで、真理さんは本当にこちらへ向かっているのかね?携帯が
繋がらんのだが…。』
「たぶん…彼女は大学へ戻るでしょう。こちらも大学へ戻ります。」


 電話を切ると博士は、何か胸騒ぎのような…悪い予感めいたものが心に去来
するのを感じた。事件が終息へと向かっているはずの、聖パウロ芸術大学へと
戻る空の上で…。

 

 

 

 

 

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 朝日が登り始めた頃、昨夜の激しい雨に濡れた深い森を抜けて、聖パウロ
芸術大学の玄関へと入ってきたワゴンは駐車スペースに静かに停車した。
もちろん真理の乗ってきた車である。双子岳からここまで、かっとばしてきた
ワゴンは数時間で大学へと戻ってきた。

 大学の敷地外には大きなジープや作業車のようなものが止まっていて、何か
慌ただしく作業をしていた。おそらくあれが陸軍の部隊なのだろう。軍隊に囲
まれているなら、今度こそ大学も安心だろうと、真理は思った。

 しばらくワゴンの中でぼんやりしていた真理は、ポケットの中の包みを手に
した。双子岳を去る時に秘書の女性に貰った物である。虚ろな目をした真理が
包みをあけると、中身はマスタードたっぷりの、ちくわ入りホットドッグだった。

「………。」

 時刻は七時を過ぎたところだが、普段この時間はまだ眠る者も多く、朝の
食事も始まってはいない時間帯である。深い霧が立ちこめる駐車場へと出た
真理はすでに着替えを済ませていた。いつも通りの作業用の白衣である…。

 ゆっくりと歩きながら玄関へと向かう真理は、入口で顔見知りの警備員に
挨拶するとオートロック式のドアを開けてもらい中へと入る。


「…真理さん!あなた…」

 廊下を歩いていると後ろから慌ててやって来た須永理事長が、心配そうに声
をかけてきた。

「…大丈夫なの?一人で帰ってくるなんて…。」
「はい、理事長。大丈夫です…いきなりで悪いけど、部屋で少し休みます。」

 顔色のすぐれない真理は、何か無表情に言うと、自分の部屋のある二階へと
向かって歩いていった。須永理事長は、それ以上言葉をかけることなく、その
後ろ姿を黙って見送った。


 自分の部屋に戻ってきた真理は、一日も開けていないはずの自分の部屋が、
もうずいぶん長いこと戻っていなかったような気がした。ここを出たのは昨日
のお昼の事なのに。

 狭い部屋のべッドの上には、脱ぎっぱなしになっていた光のミニスカートが
無造作に置かれている。真理はべッドにどさりと倒れ込むと、スカートを両手
で抱きしめ一人つぶやいた。

「…馬鹿。グズのくせに、何やってんのよ…。」

 しばらくぼんやりと部屋の中を見つめていた真理は、自分の作業机の椅子の
下に何か置いてあるのが見えた。

 机の下には白い彫刻が置かれているのが見える…。
それは真理の姿を形造った彫像で、三十センチほどの美しくも見事な出来栄え
の彫刻である。そして、その作りには当然見覚えがあった。これは間宮先生に
しか作れない物である…。

「…こんなもの一体いつの間に…。」

 真理はそれを震える手で取って見つめる…。
考えられるのは、真理たちが地下の施設へと向かっている時だ。あの時、光
さんはここで休むと言っていた…。

 彫刻があった場所に、一枚の手紙が置いてあった。
真理はしばらく中の文章に目を通すのをためらっていたが、唇を噛みしめて
一枚の便箋に書かれた手紙を読み始めた…。

 

 

 

 


              真理さんへ


 これを目にしているという事は、きっと私はもう傍にはいないわね。
何から書こうかしら?そうね、思えば馬鹿な事を考えていたものだわ。真理
さん、あなたが私のために命を落としたと聞いた時、私は目の前が真っ暗に
なったの…とても悲しくてね。母親の大学を乗っ取ろうなんて、考えた私が
馬鹿だったのよ。たぶん、私は大きな間違いをしていたのかも知れない。

 あの火事の後、あなたの事が気になって、どうしても死ねなかったわ。
私はなんとか火事を逃れて、身体を癒す合間にあなたの様子を密かに見てい
たの。あなたが大学を卒業して、大学の講師になるために勉強してた頃、私は
近所のうどん屋で働いて時々やってくるあなたに御馳走した。私って過保護
かしら?て、いうかストーカーね。変装までして。たまげたか?

 それから私は、稲本光という人物になりすましてニュージーランドへ渡っ
たの。しばらくして今度の事件をたまたまネットで知り、飛んできたのよ。
間宮薫の実の姉と嘘をついて戻って来た私に、あなたはそれを聞き正す事も
せず合わせてくれた…賢い子ね。この事は後であなたを救うとても重要な意
味を持つと思うの。私はそう信じているわ。

 たぶんあなたを守るには、私は命を落とすかも知れない。許してね、真理。
あなたのために何もしてあげられなかったけど、ここへ戻ってきた二日間は
ほんとに楽しかった!出来る事なら…もう少しだけでも、傍であなたの笑顔
を見たかったわ…贅沢よね?

 …きりが無いからこれでお終い!それじゃ!

 
                      かおる

 

 

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 便箋の一番下の最後に書かれた文字を見て、堪えきれずにとうとう真理は
大粒の涙をこぼしながら一人でつぶやいた…。

「………愛の字、間違ってるし…かおるの、馬鹿っ…!」

 
 真理はこんなところで泣いてはいられないと、手で顔の涙を拭い、急ぎ自分
の部屋を出て行った。
 

 

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     (続く…)