ザ・怪奇ブログ

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マテリアル2 12話

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           12  地下廃坑道へ…


 朝食を終えるとさっそく、ぼうずの博士に心あたりがあるという場所へと向
かう。それは大学の外にある深い森の入口であった。博士と共に侵入口を捜す
ためにやって来たのは博士とその秘書、警部補にそして一人の警官が同行した。

 真理が侵入口を捜すためについてきたのは、むしろ大学内にいるよりは安全
ではないかと判断したためである。警部補に警官、そして探偵二人も傍にいる
のであればなおさらだ。そしてもう一つの理由は好奇心である。

 真理は数年前の間宮先生の最後にも立ち会ってはいなかったし、沙織やこの
探偵らが言う出来事も目にはしていない…。だから探偵が命からがら抜け出し
てきたという”地下通路”だけでも目にしておきたかった。


 意外だったのは、光が大学で待機すると言った事である。その理由が…
「…私、暗いとこが苦手なんです。おまけにネズミもねっ!」
と、笑顔で光は言って、須永理事らと共に大学を出ていく真理たちを見送った。


 森の中へ少しだけ入ったところにその入口はあった。
数年前、探偵の二人がブルクハルト大学の奥深く、古い教会内から脱出してき
た地下通路の入口である。そして大学に巣くっていた連中が利用していた秘密
の通路で、数年前の火災以降は侵入禁止となっている。

「…こんなところに地下通路があったのね。」

 真理は人一人がやっと通れる穴の入口から見える、新しい大学の屋根を見な
がらつぶやいた。

「たぶん、通路の出入り口はここ以外にもあるのかも知れない。調べたところ
この辺の地下には、昔の古いトロッコ機関車が走る線路が走っていたらしい。
連中はその廃棄された路線を利用していたんだろう。」

 博士は懐から古いぼろぼろの地図を出し広げて見せる。
たしかにここを中心に数キロに渡り、地下を網の目状に坑道が続いていた。
第二次世界大戦当初に建造された、秘密の軍事工場の跡地であるらしい…。

「…あの火災以降、この地下通路には事件に関わる物が何もなかったので、そ
のままになっていたのだ。元の位置にあったブルクハルト大学も古い教会も、
焼けて崩れた後に地下通路の入口も埋め立てたはずだった。」

 警部補は辺りを見回しながら穴の暗がりを覗く。
見ると雨にぬれた地面にいくつかの足跡があり、奥へと続いている…どうやら
最近つけられた足跡のようだ。

「おそらく、新しい大学校舎を建てる時、すでに地下通路への入口を設置して
いたんだと思う…。」
「…どういう事かね?」

 懐中電灯の明かりをつけながら話すぼうずの博士に、警部補は聞いた。

「…それは通路を進みながら話しましょう。こんなところに大勢でいると目立
ちますからね…。」

 博士と秘書の二人を先頭に、真理も穴の入口へと歩き出した。

 

 

 


 聖パウロ芸術大学に残った光たちは、ひと気の無い食堂へと戻ってきた。
大学内に待機する警官の数は、ラガーシャツの刑事を含めて四人である。

「真理先生、大丈夫かしら…?」
「警部さんにあの探偵さんたちもついてるんですから、大丈夫でしょう。」

 心配そうに窓の外を見つめる雪恵に須永理事長が声をかける。
何か空の雲行きが怪しくなりかけていて、遠くでごろごろと雷が鳴り始めてい
た…。

「…じゃ、私は真理さんが帰るまで部屋でもう一休みしますわ。」

 光はあくびをしながら背伸びをする。

「一応、眠るときは部屋に鍵をかけて下さい。私たちも待機していますが…」
「はいはい。それでは理事長さん、また後ほど…」
「あっ、じゃあ私が部屋まで案内します!」

 ラガーシャツの刑事に軽い返事をすませると、光は雪恵と共に真理の部屋が
ある二階への階段へと歩き出す。と、二・三歩で光は立ち止ると、ラガーシャ
ツの刑事へくるりと向きを変えて言った。

「…タバコはメンソール?」
「はっ?ああ…そうですが、何か?」

 光は階段の上から見下ろすように立つと、にっこり笑いながら言った。

「激しい喫煙は生殖機能を著しく低下させて、若いうちにインポテンスになり
やすいそうよ?」

 何か言おうとしているが言葉にならない若い刑事をその場に取り残し、光は
うすら笑みを浮かべながら優雅に階段を上がっていった。

 

 

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 暗い地下通路の中を行く真理たちの天井から、時折ぽたぽたと水が滴り始め
た。おそらく外ではかなりの強い雨が降りだしたようである。

 ほとんど格子状の迷路のような地下通路を、先頭を行く博士は時々立ち止ま
り、地図を見ながら進む。

「…あの焼け落ちたブルクハルト大学のあちこちに描かれていた、奇妙な白い
蛇の図は、魔術のシンボルでは中位に位置しているんだ。下から緑、青、赤、
白、そして銀、金、最後が黒となっている。」

 博士はライトで足元を照らし、時々見つかる足跡を目印に進む。
大きな靴跡に、それよりは小さい女性用の靴の跡があった。おそらくは、給仕
婦のものと、昨夜劇場で死んでいた刑事の物だろう。

「…私たちが見た壁画に描かれた白い蛇の化物も、結社の連中が自分たちの色
をシンボルとして生みだした物だったんだろうね。錬金術の世界では、バジリ
スクと呼ばれている存在だ。」
バジリスク…?」

 真理は博士の言う”バジリスク”という言葉に反応した。
たしか沙織が話してくれた、白い蛇とも蛸ともいえる奇怪な生き物を間宮先生
が所有していたと…。

「中世の錬金術という学問が盛んに行われていた頃、魔女や錬金術師の間で
生き物を合成するという…禁断の実験が流行っていたんだ。ブルクハルト大学
に潜んでいた物も、その過程で誕生したものだと間宮薫は言っていた。その奇
怪な代物からマテリアルという材料が取れるとも彼女は教えてくれたよ。君を
蘇生させたような…とんでもない物をね。」

 …その奇怪な代物で、真理は今日まで生かされてきた。
あの頃、入院している病院で色々な検査を受けたが、どこにも異常は見つから
なかった。だが、それは確かに真理の身体の中に…細胞の隅々に、情報として
刻まれているのかも知れない…。

「なら、昨夜見つけたあの…黄金の蛇にはどんな意味があるのかね?」

「それですよ、新しい大学の大きな広間にある柱の一本にも、黄金の蛇が彫り
込まれてありました。それが意味するのは…旧大学に存在した秘密の結社より
も、さらに位の高い結社が、現在の聖パウロ芸術大学の中に実在しているとい
う事になりますね。ブルクハルト理事、間宮薫亡き後の新しい大学で…。」

 その博士の言葉に真理はショックを隠せずに言った。

「でも…この大学のトップは須永理事長でしょ?どう考えても彼女やその他の
講師たちが秘密結社だの…魔女とは思えないわ。毎日顔合わせてんのよ?」
「そうだね…だから、もしかするとそれらに関わりのある人間は、限りなく少
数なんじゃないかと思うんだよ。ひょっとしたら一人とか…あとは大学の外の
世界にいるとか…。」

「あの…大学に残った人たち…大丈夫かしら?」

 しばらく黙っていた秘書の女性が、博士に聞こえるように小さな声でぼそり
と言った。

「どうしてだい?」
「だってその…上に残った人たちって…見たところちょっと変わってる人たち
ばかりじゃないですか?もし、襲撃者がまた大学を襲ったりしたら…」

「…たぶん大丈夫よ。」  

 真理が秘書の後ろから即答して言った。
暗がりの中、皆は足を止めて真理の方を振り返る。

 

 

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「どうしてそう思うのかね?」
「…思い出したんだけど、給仕婦の青山さんに襲われた川村さんは、身長も私
と同じくらいだし、清水雪恵さんといつも一緒にいる所も似ているわ。おまけ
にあの時間帯は、私がいつも見回りをしている時間とぴったり合うのよ。」

「そうか!つまり給仕婦の青山は、その寮生を君と勘違いして襲ったという訳
か…。そうなると奴らの狙いは、益々君にあるという事になってきたぞ?」

「それに今、我々がここにいる事は、朝の食堂に集まった者しか知らん事だ。
何者かの目的が君にあるなら、とりあえずは上の連中には問題は起きまい。私
の部下もいるんだしな…よしんば我々の中にスパイが紛れこんでいたとしても
、敵は上ではなく本命のこちらに向かって来る筈だ…。」

 そう言いながら警部補は、コートの中で自分の拳銃を握りしめる。

 ”いざという時には役には立ってくれるだろう…その時が来なけりゃいいの
だがな…。”

 

 と、その時博士が地図を見つめながら声を出した。

「ここだ…数年前はここから上の古い教会へと上がっていったんだ。」

 よく見ると天井にコンクリートを塗り固められたような跡がある。つまり、
この上に新しい大学の校舎があるはずだった。

「問題は、ここ以外にどこからこの上の大学内へと侵入出来るかだ…。」


 皆が近くの暗闇で入口のような物がないか、と捜している時、真理は暗い地 
下の廃坑道で、ぼんやりと天井の暗がりを眺めていた。

 ”…間宮先生は、こんな暗くて何もない場所で、一体何を思って過ごしてい
たのだろう…そして何をしようとしていたのだろうか…。先生は私には何も教
えてはくれなかった。ここへくればその「何か」が解るような気がしたのだけ
ど…”


「…博士、アレを見てほしいんだけど…。」

 そう言いながら博士の袖口を掴む秘書は、暗がりの通路の先をライトで照ら
した。これまで四角く整備されていた天井が、僅かながら丸みを帯びている場
所があった。壁際には自然に生えた蔓植物がちらほら見える。

「んっと…何て言ったっけ…アーチ型?」
「そうか!ロココ調スタイルの洞窟…でかしたぞ!警部補さん、こっちです!
この通路の先に入口があるかもしれません。」

 ぼうず頭の博士は秘書の頭をわしわしと撫でて、ポケットからチョコを一つ
取り出すと、彼女の口に放り込んだ。秘書は嬉しそうな笑みを浮かべると、博
士を追いかけて走りだした。


 しかし、その先にあったものは上への出口ではなく…さらに恐ろしい場所へ
の入口だったのである。

 

 

 



 

 真理たちが大学を出てから数時間ほど経過した頃、光は部屋のドアを開け外
の廊下をそっと眺めた。腕の時計の針は十一時を示していて、二階の廊下には
誰も歩いていなかった。

 それもその筈、大学に残った寮生たちは僅かに十名にも満たない数だったか
らだ。おまけに講義は二・三日休みなのだから、各々自分の部屋で好きな事で
もしているのだろう。

 そっと真理の部屋のドアを閉め、光は音を立てずに廊下を歩き階段を降りて
一階へと戻ってきた。向かう先はもちろん、中央広間の柱の一つ…例の黄金の
蛇の彫像のある所である…。途中荷物を持った女性講師が広間を横切り奥の部
屋へと歩いて行ったが、光はある柱の影に隠れてやり過ごす。


 黄金の蛇が彫り込まれた柱の下までやって来た光は、腕を組んで上を見上げ
た。そして、しばらくその場で何やら考え込むと、おもむろにいつも日陰にな
っている柱の面の下部分を掴むと、上に力任せに引っぱってみた。もちろん、
コンクリの壁がそんな簡単に開いたり上がったりはしない…。

 光はため息をついて、隣の面の壁を同じく下から上に向かって引っぱってみ
た。すると、驚くほど軽い壁の板のような物が上にせり上がった。少々重い、
シャッターのようなものである。

「…わっ!」

 せり上がった壁の一部は、中が空洞になっており、下に向かう梯子がついて
いた…。光はそれを確認すると、壁の部分を元の位置に戻し、辺りを見回しな
がら二階の真理の部屋へと戻って行き、また廊下を見回してから部屋のドアを
静かに閉めた。

 外はにわかに降り始めた雨が、大学の建物に激しく叩きつけられていて、
あらゆる音を掻き消していた…。


(続く…)