ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル2 11話

 

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          11 運命の一日…そして朝食会


 朝の七時を過ぎた頃、ほとんどの寮生たちが一旦大学を離れていった。
もちろん二・三日の事ではあるが、この芸術大学に入学した者のほとんどが
寮生活を送っていたので、三日も大学を離れるという事は異例の出来事であ
る。

 さすがに二度にも渡る大学内での侵入者騒ぎと、とうとう死傷者までが出た
以上、安全の確保が出来るまでは寮生を一度家に帰すしかないという結論に到
ったのである。だが、これは個々の判断に任せられた。というのも、突然の事
なので、急に家には戻れない者や都合の合わない者もいるだろうと、ここに残
るという選択肢も設けられた。もちろん、事件が事件だけに大学に残るという
者はほんの僅かな人数であったが。


 臨時に用意させたバスに乗った寮生たちを見送りながら、須永理事長は隣の
警部補に疑問に思っている事を告げた。

「あの…どうして全ての寮生たちを家に帰さなかったのでしょうか?僅かです
けど、ここに残った寮生もいます。危険ではないのですか?」

 警部補は辺りを見回し誰もいないのを確認すると、小さな声で言った。

「…仮に襲撃者の目的がこの大学、いや…柏木真理さんにあるとすれば、彼女
がここにいる以上、襲撃者もここに残る筈だ。」
「つまり…寮生の中にその…襲撃者が潜んでいるという事ですの?」

 足元の砂利道を見つめるように警部補は、しばらくうつむいたままの状態で
須永理事長の質問に答える。

「…あの探偵のオカルトじみた仮説を信じるとするなら…その可能性も無い訳
ではない。そう考えるなら、襲撃者は必ずこの大学に残り、目的を果たそうと
するだろう。その目的が柏木真理にあるなら、他の寮生には危険は及ばないと
いうのが、探偵の見解でその点に関しては私も同じ意見だ。」

「…なら、真理さんは危険なんですのね。大丈夫かしら…。」
「そのために我々がいます。」

 二人は登りつつある朝日に反射して光る、白く美しい大学を見つめながら
何か妙な不安が湧きおこるのを感じた。

 


 早々と目を覚ました博士と秘書の探偵二人は、朝日が入り込む大学内を歩き
、散策していた。

 まるで大学の建物そのものが芸術作品と思える美しさで、壁という壁は全て
様々な装飾が施されていた。廊下や通路は全てアーチ型の天井や柱が並んでお
り、贅沢な装飾がふんだんに使用されている。天井には見事なフレスコ画で、
何かの聖人たちがびっしりと描かれていた。

「ふむ、ロココ調だな。」

 丸いアーチ型の天井を見上げながら、ぼうず頭の博士は一人つぶやいた。

「…ロココ調?博士、何ですかそれ。」

「十八世紀ヨーロッパで流行りだした建築様式だよ。ほら見てごらん、天井や
柱の上がみんなアーチ型に湾曲しているだろう?もともとは洞窟の壁に貝殻を
埋め込んで装飾にしたものが起源らしいんだ。だからほら、植物や枝をモチー
フにした曲線を使った装飾で飾られているんだよ。まるで植物の蔓や根が伸び
ているように見えるだろう?」
「ほんとだ、つまり…洞窟のイメージなのね。」

 二人がとりわけ目を引いたのが、中央広間の大ホールである。
まるでヨーロッパの美術館かお城のような豪華な作りで、ひときわ贅沢な装飾
が施されてあった。

「こりゃあ…ずいぶんお金かかってるなぁ。前の建物も凄かったけど、こっち
もかなりのもんだね。おや…?」

 博士は天井付近の、ある柱を見て足を止めた。
大広間の一番奥にあるその柱だけ、他のものよりも装飾が僅かに違っている。
そして柱の一番上の部分に、見た事のある像が掘り込まれているのが見えた。

「博士…あれ…!」

 それは昨夜この広間に落ちていた、黄金の蛇をかたどった物と同じものが
あった。美しい装飾が施された大広間の一角に、まるで隠れるようにその黄
金の蛇が形作られてあったのだ。

「…あんな所に彫り込んであるとなると…どうやらこの大学が建てられた時
からあるようだな。となると…」

 

 

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「おはよう。」

 博士と秘書は突然の声に驚き後ろを振り向くと、食堂へと向かう真理と光が
こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

「…天井なんか見つめて何してんの?」

 やってきた真理は、二人の視線の先を見つめながら聞いてきた。
真理は二人がどこの何を見つめているのか解らないようだったが、光の視線は
真っすぐにあの、黄金の蛇が彫り込まれた柱を見つめていた。

「君、あれが見えたのかい?」

 すぐに博士が光に問いただすと、彼女は唖然とした表情で答えて言った。

「…ねえ、どうやったら天井に絵が描けるの!?長い梯子か何かに登って書く
のですか!?」

 

 

 

 


 広い食堂は人も少なくいつもの活気はなかったが、数名の寮生が静かに朝食
をとっている。食堂の入口には警官が一人立っていて、辺りに目を光らせてい
た。

 先に食堂へとやって来た真理と光は、探偵の二人と共に一番奥のテーブルで
学内に残った寮生たちが全員食べ終わるのを見守っていた。その他には何人か
の講師も同じく食事を取っている。

 ”…この食堂にいる人たちの誰かが…魔女だったというブルクハルト理事長
が「乗り移っている」可能性があるんだわ…。でも、乗り移るなんていう事が
本当に可能なのかしら…?”

 真理がそんな事を考えているうちに最後の寮生が食事を終えると、食堂の出
入口へと向かって歩き出した。

「…おはよう。なるべくこの数日は一人で行動しないようにね?いつも皆で行
動するようにお願いしますわ。」

 入口に須永理事長が現れると、すれ違う寮生に声をかけた。
「はい、理事長。」

 寮生たちは返事をすると、自分の部屋の方へと戻って行く。彼らは話をしな
がら小走りで立ち去っていった。事件の背景を知らない寮生たちに、それほど
緊張感は無かった。

 残りは一人二人の若い講師たちで、その者たちも食事が終わり席を立った。
一人は大橋という女性で、絵画を教えていた。真理はあまり彼女とは話をする
機会が無いが、少し不気味な絵画を描く講師で、ことのほか彼女の講義を受け
る者は多い。けして暗い性格ではなかったが、何故か真理には受け入れがたい
雰囲気が彼女にはあると思っていた。

 もう一人の講師は佐伯という男で、いたって普通の真面目なデザイン専攻の
講師だ。普段あまり関わりあう事も無く、真理は彼の事は詳しく知らなかった。
小さな芸術大学なので、他の事に関わる時間も暇もないというのが現状である。

「それでは私も部屋に戻るとします。御機嫌よう、理事長。」

 丸顔で小太りの小さな初老の男性、彫刻美術の準教授、蔵前氏も理事長に
挨拶しながら食堂を出ていく。それでこの広い食堂にはようやく真理たちだけ
となった。

「あー、お腹すいた!やっと心おきなく食べれるわ。」
「真理さん、それから探偵さん。私たちが食事をしてる間に、警部さんが応援
を連れて戻ってくるそうなので、ゆっくり食べましょう。」

 食事を取りにゆく真理たちに、やって来た須永理事長が声をかけ、そして
彼女も食事を取りにカウンターの所へとやって来る。

「あ…もしかして理事長も一緒にここで食事を!?」
「いけませんか?」

 驚く真理に、須永理事長は笑いながら言って好きなものをトレイに取り始め
る。理事長がここで食事を一緒にとる事は真理の記憶になかったからだ。

「…理事長、そんなに肉系ばかり取ってたらエレガントさに欠けますよ?」
「あら…そうでしたか?」

 と、食堂の入口に雪恵が現れ、真理たちを見て驚きと共に声を上げた。

「ちょっと、真理先生!髪切ったんですか!?」
「えっ?ああ、ほんのちょっとね…それよりあなたー」

 真理が言うなり、雪恵はそのそばへ駆けだしてくると、近くでまじまじと
新しい髪型を見つめる。

「とっても似合います!凄く可愛いですよ、真理先生!」

 興奮して大きな声を出した雪恵は、真理の後ろに須永理事長が立っているの
を見て、急に顔色を変え硬直する…。

「あ…理事長、すいません…!大きな声を…」
「…まあ、あなたも食事お取りなさい?」
「はい!はい……って、理事長!肉多すぎっ…!?」

 二人の人間に同じ事を言われた理事長は、顔をしかめてテーブルに座った。


 皆が食事を取りテーブルへついた頃、またも食堂の入口に人が現れる。
警部補とラガーシャツの刑事だった。警部補はなんだか冴えない表情をしてい
て、重い足取りでこちらにやってくる。

「…警官を集める事は出来なかった。この大学内には四名の警官を置く事しか
出来ない。侵入口の捜索は我々だけでやるしかなくなった…すまん。」
「しかたないですよ。あくまで仮説の域を出ないものに、人員は割けませんか
らね。我々だけでも探し出しましょう。」

 博士が食事の準備をしながら落胆する警部補に言った。

「さ、それじゃ食べましょう。警部さんもご一緒にどうぞ?」


 理事長が言うとさっそく真理は食事を始めた。

 皆が食べ始める中、博士と秘書はまだ食べずにいて何故か博士の方が秘書の
首に白いハンカチをナプキン代わりに装着している。おまけに自分と秘書の分
のパンを食べやすいようにちぎりトレイに置いた。その博士の奇妙なテーブル
マナーを、口いっぱいに食べ物を詰め込み食べている真理は眉をひそめながら
見つめる…。おまけに博士は秘書のスプーンをピカピカに磨いている。

 しばらくして自分たち以外全員が無言でその姿を見つめている事に気ずいた
博士は、少々照れながら言った。

「いや、久しぶりの豪華な食事なので…。」
「とても素晴らしい事ですわ。どちらでテーブルマナーを?」

 一人感心したように話す須永理事長は、博士に尋ねる。

「いや…かつてイエスが言ったんだ。異邦人の支配者はその民を治め、その上
で権力をふるっている。しかしあなた方はそうであってはならないと。むしろ
偉くなりたいと思う者は仕える者になり、かしらになりたいと思う者は、全て
の人のしもべとならねばならない。私が来たのも、仕えられるためではなくて
仕えるためである…ってね。」

 そう言いながら博士は自分のパンの欠片を一つ、秘書のトレイに置いた。

「あ、そんな…私はもう十分ですよ。博士こそどうぞ。」
「いやいや、君こそ…」
「いや、博士こそ…」
「いやいや、君こそ…」
「…ふんなら私が。」

 秘書の隣から手を伸ばし、秘書のトレイのパンをホークでひと突きすると、
真理は自分の口に放り込んだ。秘書と博士は口を開けて唖然とした。
それを見ていた雪恵は吹き出して笑う。

「なんか楽しい!」
 
「じゃあ、さしずめ私たちはキリストの十二弟子ね!まるで、最後の晩餐み
たいだし!」
「……最後の晩餐…。」

 なんとも場違いな事を楽しげに光は言い放つと、テーブルについていた全員
は動きを止める。しばらくぶりの楽しい食事の席が一瞬で凍りつく。

「あっ…なんか私、まずい事言いました?」
「…最後の晩餐ってさ、その中に一人だけ裏切り者がいるんだよね…?」

 小さな震える声で雪恵が言うと、みな食べる手を止めた。


 ここに集まった者たちはみな、自分たちの中にユダが混じっているかも知れ
ないという事を、この時まだ本気では思っていなかった…。

 

 

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         (続く…)