ザ・怪奇ブログ

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マテリアル2 16話

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         16  三国街道沿いドライブインで…

 
 国道17号線を進むワゴンは、暗い山道が続く新潟県へと入った。
三国街道と呼ばれ、古くは上杉謙信の関東遠征の際に利用された主要な交易
道である。

 現在は新幹線、上越自動車道などの高速道路の開通以降、主要道路として
は機能していないが、それに次ぐ関東と新潟方面への重要な道として使用さ
れていた。群馬から新潟へと抜けるこの辺りは山深い峠道になっていて、特
に新潟寄りの越後湯沢など冬は大変な豪雪地帯となっている。


 その三国街道を、真理の運転する家族ワゴンはこれという障害も無く、秋
の山道を快調に進んでいた。市街地を抜けて山道の国道に入れば、何らかの
危険が想定されていたが、ここまでの所なんの問題も無くドライブを続けて
いる。
「ちょっと拍子抜けしちゃう感じよね。」

 運転をしながら真理は前方の山道に目をやると、立て看板を見つけた。
苗場スキー場まであと五キロの表示である。

 その看板が通り過ぎるのを、博士はじっと見つめながら後を追っていた。

 

 目的地の双子岳スキー場は、この苗場からはまだ150キロほども先であ
り、暗い山道を進む単調なドライブは真理たちの気分を少々緩めていた。
現在、夜の七時を回ったところだったが、夕飯はどこが良いか?などの会話
で車内は盛り上がっていた。

「…普通のドライブインとかで普通に食事してた方が、怪しまれないんじゃ
ないかしら?家族っぽくて。」

 検問でのやり取りを思い出して、秘書の女性が提案する。
たしかに、自分たちをよく知る者でなければ、車も違う青目の外国人もいな
い五人組の家族でしかない自分たちが、敵に見つかる可能性はかなり低いと
みていいだろう。

「あ、私ね、きのこ汁定食とか食べたいわ!ダメ?」
「…君、ほんとに日本は初めてなのかい?」

 純和風の食べ物を提案した光さんに、博士は眉をひそめた。

 

 越後湯沢をいっきに抜け、三国街道をひた走る事一時間。
真理の運転するワゴンは六日町の市街へと入り、とある大型スーパーの広い
駐車場に止まった。辺りは夜も更け、駐車場に止まる車も少なかったのだが
さすがに長旅の疲れが出てきた事もあり、ここで休憩する事となった。もち
ろん、例のトラックが通り過ぎても分かる位置にである。

「ほら、あそこにドライブインがある。何か食べたいわ!」


 駐車場の隅にお食事処と書かれた看板のお店があり、午後八時を過ぎてい
たが営業中で、明るい電気がついていた。光さんもワゴンの外に出るとお店
を指さして言った。相変わらず彼女は緊張感のかけらも無い。

「…腹が減ってはなんとかだ。真理さん、食事にしよう。」

 警部補の言葉に真理は小さく頷き、みなでワゴンを降り明かりのついたお店
を目指して夜の広い駐車場を歩いた。


 お食事処の店内は、こざっぱりとした和風の作りになっていて、テーブル
式でなおかつガラス張りなので、外の道路も充分に見渡せる位置に座った。

「…ちょっと部下に連絡を入れてくる。」
「あっ…私はお化粧直しに。」

 警部補は携帯をかけに一度外へ出て行き、光は急ぎ足でトイレに向かった。
真理は窓際のテーブルに腰を降ろしたが、落ち着かない様子で外の駐車場と
道路の方を眺めた。

 目の前に並んで座る二人の探偵は楽しそうにメニューを眺めていて、その
ほのぼのとした姿を、真理はぼんやりと肩肘をつき醒めた目で見つめていた。

「…なんだか楽しそうね?こんな危ないドライブの途中なのに。」
「まあ、なるようにしかならんのが人生だからね。どうしても必要な事は、神様
は上手い事やってくれるもんさ。」

 ぼうずの博士はそう言ってコップの水を一口飲んだ。
秘書はうんうんと頷くと、すぐにメニューへと視線を戻す。

「…そんなもんですかね?」
「例え、間違った選択をしたとしてもね。」

 一瞬だけ真理はおどけた表情を浮かべたが、外の広い駐車場を眺めながら
呟くようにぼそりと言った。肩ひじをつき、その目には涙を浮かべて…。

「…間違ってばかりの人生だったわ。」

 

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 それきり数秒の間、テーブルの三人はじっと黙ったままだった。
斜め後ろのテーブルのお客が立ちあがり、お会計を済ませに出口へ歩いて行
く。店内は味噌汁の良い香りが漂っていて、かちゃかちゃと食器の触れる音
が聞こえてくる。

「…なら、この旅はそれを正すための旅かも知れんね。きっと彼女も…」

 博士が言いかけた時、テーブルに光さんが戻ってきた。

 
「ここはどんな物がメインなのかしら?」

 光さんが窓際の真理の隣に腰を降ろしながら、博士に聞いた。
隣の真理は戻ってきた光に、顔を見られないように窓の外を見つめる。

「このすぐ近所に有名なブランド物の”まいたけ”工場があるんだ。それに
もやしね。おまけにこの辺りは、最高級の魚沼産コシヒカリが名産なんだけ
ど、その中でも幻とまで言われる塩沢の米が食べられるんだよ。」

 長々と博士は語り、やって来た店員に雪国もやし丼を注文した。

「あら、光さん、ちょうどきのこ料理が食べられるじゃないですか!」
「ほんとだわ!じゃあ…きのこのバター炒め定食にしよう。ご飯は大盛り。」

 もさもさとどんぶり飯を美味しそうにたいらげる光を横目に見ながら真理
は、いつの間にか自分は若年寄になっていたんじゃないか?と思えた。

 

 全員が食事を終えて、何故か光さんだけコーヒーを飲んでくつろいでいる
時だった。窓の外の広い駐車場の影から巨大なトラックが姿を見せこちらの
店の方へゆっくりとやって来て止まったのである。

「あれって……。」
「連中のトラックだ…!」

 にわかに店内の真理たちに緊張が走る…。
市街地を先に抜けて行ったあの運搬用トラックだ。

 ほんの数時間前、真理たちが地下の研究施設で危うく殺されかけた相手で
ある…。目を凝らすと、トラックの車体に大きなへこみが見えた。

 広い駐車場の真ん中に止まり、しばらく動きの無いトラックからは誰も降
りる事は無かった。真理たちのワゴンはこの店の裏側に停めてある…。

「…連中何をしているんだ?何故ここに…」
「さあ…分かりません。おや?」

 しばらくして、高い位置にある運転席のドアが開くと、中から四人の男た
ちが降りてきた。そしてこちらの店の方へと足早にやって来る…!

「どうしよう!こっちに来るわ…」
「待て、へたに刺激せず、普通にコーヒーを飲んでいよう。まだ我々が連中
に気ずかれたとは限らん…!」

 警部補がテーブルの真理に言葉をかけたが、その時の真理は少しの間、恐怖
に支配されていたのだ。なにより、連中に狙われているのは自分なのだと…。
大学の地下に広がる広大な研究施設が、得体の知れない薬剤のための施設で
あり、それが”真理”そのもので完成するかも知れないというのだ。捕まる
事は死を意味していると、真理は思ったのである…。

 

「いらっしゃい。」
 ベルのコロンという乾いた音が鳴り、店の中に四人の男たちが入って来た。
そして真理たちの反対側の一番奥のテーブルに座った。

 連中は店員にコーヒーや軽めの食事を注文すると、何やら会話を始めた。
まるで普通に休憩に立ち寄ったかのように…。ときおり笑い声も聞こえてく
る。

「…もしかすると、気ずかれた訳ではないのかも知れん…。」

 連中を背にして、警部補がぼそぼそと囁くように博士に話す。

「でも、油断はできませんよ…。すでにワゴンが見つかっているかも知れな
いし…。」
「もちろん、解っている…もしもの時は私が…。」

 真理たちはこれまで通り、家族のように振る舞う事にした。

 

「…すいませーん!プリン・アラモード二つお願いします。」

 楽しげに光さんが店員に声をかけ、デザートを注文する。
それとなく家族らしくデザートを食べ、連中よりも先に店を出ていこうとい
う手筈で、警部補や博士たちはコーヒータイムを演じていた。

 トラックの乗組員たちは、少々いかつい男たちではあったが、楽しそうに
笑いながら食事をしている。遠巻きで見ていると、とても彼らが”殺し屋”
だなどとは思えない…。

 だが、一人真理だけは、どうしても連中がここにやって来たのが自分を捕ま
えるためなのだと確信していた。それというのも、時々こちらをちらりと見る
彼らの目つきである…。

”…いや、こちらではない、彼らは「私」を見ているのだ…!四人ともが全員
、バラバラだけど、それぞれが「私」だけを…見ている…!”


「…さて、そろそろ行くかね?ママ。」

 警部補は席を立ち、目配せをしながら残るコーヒーを飲みほした。
へたに刺激して、我々の存在が連中に気ずかれる前にここを出て行こう…。
光さんが店員にお会計を済ませている時、トラックの乗組員たちの方から大
きな笑い声が聞こえた。

 その時、真理は連中が自分を見ながらゲラゲラと笑っている事に気がつい
たのだ。全員が下品な笑い顔を浮べて…。

 それを見た時、真理は頭のどこかがパチーンと弾けた。

 
「…ちょっと。」
 つかつかとトラック乗組員たちのテーブルへと真理はやって来ると、笑う
彼らに声をかける。

「あっ?」

 下品な笑い顔を浮べて返事をした革ジャンの男は、次の瞬間一瞬にして表
情をこわばらせた。男の顔の前に突きつけられたのは、サイレンサー付きの
拳銃だった。市街地を出る時に着替え中、ワゴンの中で警部補のコートから
見つけた物である…。

 

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「真理君…!?馬鹿な!」
 警部補はいつの間にか真理が自分のコートから銃を持ち出していた事に驚
き慌てる。しかも、これで彼らに我々の事が知れる事にもなってしまう…!

「…なに馬鹿面して笑ってんのよ?持ってる武器出しなさいよ…早く!」

 真理の啖呵に、苦々しい表情で睨みつけている革ジャンの男は、両手をポ
ケットの中にしまったままだった。

「聞こえないの?あんたの武器をテーブルに出すのよ!ほら、あなたたちの
もよ!?全部!」

 そう言いながら真理は、銃口を革ジャンの男のこめかみにグリグリと押し
つけながら言った。

 それを見た光は、お勘定を床に落として真理に何かを言おうと一歩前に出
ようとする。それを博士が手を伸ばして止め、光の目を見ながら首を横に振
った。

「あんたたち、私が撃たないと思ってるのね?知ってるでしょ?私が命知ら
ずの馬鹿だって事くらい。」
「………撃たないでくれ、武器を出す。」

 彼らは渋々銃をテーブルの上に次々と出していく。

「…携帯と財布もよ!全部出しなさい。ほら!」
「財布も?勘弁してくれ…こっちにも生活があるー」
「はぁ!?生活?笑っちゃうわね!あんたたちにも生活なんてものがあった
の?人の生活を奪っておいて自分の生活?どっからそんなおめでたい発想が
出てくるの?」

「……言う事を聞くからボスに連絡させてくれ。仕事を途中で投げ出せば、
こちらの命がやばい…。」

 と、そこでボスという人物が現実に存在するという事実に、真理は悪寒の
ようなものを感じて身震いした。これまでは漠然と敵を想像しているだけだ
った真理たちが、敵の口から”ボス”という言葉を聞いたのである。

「…ボスに連絡?んふふっ…!馬鹿ぞろいだね!ほら、そっちの壁に四人共
頭に両手を置いて立つのよ!」
「…分かった、俺たちはこれ以上追いかけないから撃たないでくれ…。俺たち
だって出来ればこんな仕事はしたくは無いんだ。」

 四人は頭に両手を置いて、意外なほど素直に壁に並んだ。
このような連中でも、さすがに自分の事となれば命が惜しいのだろう。

 その間に警部補はテーブルの武器や携帯を袋に詰める。

「…警部補さん、車のエンジンをかけてちょうだい。いつでも出れるように
ね!」
「よし…行こう。」

 警部補の合図で博士たちはお店を後にするため、入口玄関へと向かう。
そこで震える店員のおばさんに、警部補は警察手帳を見せると静かに言った。

「…あの連中は凶悪な者たちだ。すぐにここを出て警察に連絡してくれ。」
「コーヒーおいしかったですわ!」
「は…はい!どうも。」

 

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 店員が慌てて店から出ていくと、警部補たちも外に出てワゴンへ向かって
走る。それを窓ガラス越しに見ながら真理も銃を連中に向けながら、少しず
つ出口へと向かう。

「…おいあんた、出来たら俺の脚を一発撃ってくれないか?このまま無傷で
戻ったら俺たちどんな目に遭わされるか…。」
「…いくらあんたたちでも、そんな事は出来ないわ。財布置いてくから自分
たちで逃げなさいよ。」

 真理は彼らに銃を向けながらドアを開けると外に出て、みんなの待つワゴン
へと走る。途中エンジンをかけたままの運搬用トラックに近ずき、大きな前輪
のタイヤへ手にした銃の弾丸を数発打ち込んだ。

 三発目でようやくタイヤに当り、パンクのためにトラックの運転席側が大き
くへこんで傾く。それを見届けると真理はワゴンの運転席へと乗り込んだ。


「…行くわよ!?」

 アクセルを踏み、ワゴンを発進させるとドライブインの店内が見えるガラス
窓を、真理はちらりと見た。トラック乗組員たちは外に出て、こちらを追いか
ける事も無く、ただ走り去るワゴンをぼんやりと眺めていた。 


 
(続く…)