ザ・怪奇ブログ

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マテリアル2 15話

 

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         15  夕方…市街地からの逃走


 聖パウロ芸術大学から市街地へ抜ける道は、森の中を走る一本の砂利道だけ
であり、もしも襲撃者たちが初めから出口に待機していた場合、この逃走劇は
そこで終わりを告げる。幸い砂利道の終点に怪しげな者たちはおらず街へ抜け
るのは簡単な作業に思えた。

 ところが、数キロにも及ぶ砂利道を百キロ以上のスピードで真理がワゴンを
かっ飛ばす間、博士は市街地マップを広げ綿密に計画を練っていた。もちろん
博士自身が提案した、隠れ場所までの逃走計画である。


「…今この状態で襲撃者のトラックを引き離して町まで抜けたとして、真理
さんのドライビングテク二ックをもってしても目的地まで走るのは厳しい。
しかも、警察の中にまで襲撃者の手の者がいる以上、公共の機関から我々の
情報が漏れている可能性がある。この車とかね。」

 博士の説明を真理は頷きながら聞いていた。
数年前あれだけの事件を起こし、火事で崩れたにも関わらず地下にあれだけの
施設を残していたのだ。敵は真理たちが考える以上に巨大な相手なのかもしれ
ないと…。

「いや、まず間違いなく我々の情報は流れていくはずだ。公共の機関や高速道
路は使えないし、もよりの警察に駆け込むのも駄目だ。なら一体どうする?」

「…砂利道を抜けて市街地に出たら、すぐにレンタカーを借りよう。たとえ、
車を借りたのが後で分かったとしても、先に目的地へ着いてしまえばしばらく
は時間を稼げます。敵も、ここで逃げ切ったばかりの私たちが町の入口辺りで
うろうろしているとは夢にも思わないはずだ。慎重に裏をかかなければいずれ
どこかで捕まるよ。」
「レンタカーか…なるほど。しかし、どこで借りるんだね?」

 ぼうずの博士は市街地の地図を運転席の真理に見せる。

「ほら、砂利道を抜けたすぐのところにスーパー街があるんだ。ここにレンタ
カー屋がある。ついでにこのスーパーで使えそうな物を手に入れておくんだ。
時間はそんなにないから急いで買い集めよう。」

 博士が手帳に書いた物は、いずれも怪しげなものばかりだった…。

 
 砂利道を抜けると道はT字路になっていて、角にはコンビニが、そしてその
隣には大型スーパーの駐車場が広がっている。真理はゆっくりとたくさんの車
が止まっている駐車場の後ろにワゴンをとめた。砂利道から運搬用トラックが
出てくるのが見える位置に。


「…来た!」

 巨大なトラックは、ゆっくりと通りに姿を見せると、高速道路への道ではな
く、国道への一本道へと向かって走り出して行った。

「…高速へ上がらなかったという事は、やはり公共機関にはすでに罠が張って
あるって事だ。高速の上なら逃げ場は無いからな。」

「よし。急ごう!とりあえず真理さんはレンタカーを借りてきて下さい。警部捕
さんは…この車を駐車場の裏の林に隠して下さい。この車の発見が遅れるほ
ど我々が逃げやすくなるんです。」
「…確かに、こんな近い所に乗り捨ててあるとは思わんだろう。」

 真理たちはそれぞれ急いで行動に移った。

 

「…あの、たしかに敵の目を誤魔化す必要があるのは分かるんだけど…これは
ちょっと若すぎない…?そもそも私が大学生って設定も無理があるし…。」

 借りたばかりの家族用ワゴンの中から着替えを済ませて出てきた真理が渋い
顔をしながら言った。彼女は赤い伊達眼鏡にキャラクターものの派手なパーカ
ーにジーパンを履いている。普段の真理にはありえないほど女の子している服
装である。

「そんな事ない、良く似合ってますわ!ほら、私も似合うでしょ?」

 楽しそうにポーズを取る光さんは、自分の変装後の姿をみんなに見せながら
言った。こちらは驚くほど見事にお母さんスタイルを楽しんでいる…。

「…確かにね、似合ってるけど…ちょっと美人ママすぎない?違う意味で目立
つんじゃない?」
「あなたのママなのよ?美人なのは当然じゃないの!」

 言いながら光は頭を掻いている真理の肩を抱いて、記念にと携帯で写真を
撮った。光さんはその目立ちすぎるいでたちを隠すため、茶色のかつらを被
り、その瞳をカラーコンタクトで隠すという、見事な変装である。おまけに
服も新調したのでとても機嫌が良いようだった。

「でも、あなたたちは良いわね…ほとんど変装しなくてもOKなんだから…」
「…我々は元々若く見えるもんでね。」

 真理は探偵二人の高校生スタイルを見て言った。
ぼうずの博士は黒い防寒着を脱いで白いワイシャツに黒いズボン。秘書の女性
は元々の制服に白いルーズソックスを履いている。どこから見ても高校生くら
いにしか見えない…。

「あっ…せっかくだから子供三人で一枚撮りましょう?」
「いや…私はもういいってー」

 秘書の女性が無理やり真理を引っぱりこんで一枚写真を取った。
今度は真理もバカ写真に協力して、可愛らしくピースサインで写真に収まる。

「…なんか調子狂うな…これから命がけの逃避行だっていうのに…。」

 撮り終えると一瞬で元の自分に戻り、口をへの字にして真理は誰にともなく
つぶやいた。

「…そろそろ出発だ。もうじき暗くなり始めるぞ。町を抜けるまでは私が運転
しよう…。」

 姿を見せた警部補は、これまたなんとも威厳のなさそうな中年親父スタイル
で、これで「家族全員」の準備が出来た。

「分かってると思うが、人前では絶対に名前で呼んではいかん。いいな?」
「ほんとにこんな事で大丈夫なのかしら…?」

 真理は不安に思いながら家族用ワゴンの後部座席に乗り込んだ。
時間は午後四時を過ぎたところで、辺りは薄暗くなり始めたラッシュアワー
かかり始めていた…。

 

     

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「…参ったな。こんな渋滞のところに連中が現れでもしたら…ひとたまりも
なく捕まってしまうぞ。」

 市街地を抜けるための国道は、帰宅途中の車のために完全に渋滞になってい
る。これは当然毎日の事なのだが、今このワゴンに乗っている者はみな緊張で
生きた心地は無かった。

 おまけに先ほどから、またも雨が窓ガラスに激しく当り始めていた。
幸いこの激しい雨が、車の中を隠す働きをしてくれていれば良いのであるが。

「それにしても…敵の狙いが真理さんにあるのだとしても、敵は一体何だ?
あれだけの襲撃者を送り込める力がありながら、何故ブルクハルト理事長は
危険を犯してまで何度も一人で大学を襲ったんだ?」

 運転席でハンドルを握りながら警部補は誰にともなく言った。

「…そもそも、ブルクハルト理事長とはどんな人物だったのかね?」
「私が一年半そばで見ていた理事長は、とても知的で聡明な人物に見えまし
た。穏やかで、芸術の才能溢れる素敵な女性だった…と思います。」

 真理は大学時代を思い出して、ブルクハルト理事長の姿を思い出していた。
しかしそれは表の顔であり、実際の彼女は魔女としてこの日本で君臨していた
というのだ。少なくとも、尊敬する間宮先生はそう信じていたし、憎んでも
いたという事だった。

「しかし、今回の…一連の事件で犯人と思われるブルクハルト理事長は、兇暴
で野蛮な行動のみしか見えてこない…。これは一体どう見たら良いのだろう?
探偵としての意見は…」

 赤信号で止まっている時、警部補は後ろを振り向き博士に尋ねた。

「……………。」
「博士?」

 彼はワゴンの後部座席で腕を組みながら、こっくりと居眠りしていた…。
この命のかかる渋滞の中で、である…。

「…信じらんない!よくこんな時に眠れるわね…。ほんとにこの人が間宮先生
を追いつめたなんてね…。」

 真理が彼の眠る顔を覗き込みながら言った。
と、光さんはそれを見てけらけらと声を出して笑い始める。

「そんな人だからこそ、薫さんを追いつめられたんじゃないかしら?もしかし
て薫さんも私たちも、何か見落としているのかも知れないわね。」
「見落としている…?」

 

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 だが、それっきり皆は黙りこんでしまう。
それというのも、前方の大きな橋の手前に赤いランプの光がいくつか止まって
いるのが見えたからである。それは警察の検問であった…。


「…さて、工作をしたのが吉と出るのか、仇となるのか…市街地を抜ける前に
正念場だな。」

 検問の赤いランプが近ずくたびに、どんどん緊張は高まってくる…。
もうすでにこのワゴンはあと車二台と迫っていた。

「ちょっと良いですか?」

 警官はワゴンの運転席と助手席側に立ち、窓を開けるように言った。
棒のランプを持つ警官はいたって普通の警官である。

「…何かあったんですか?事故?」
「ええ、盗難車とその犯人グループを捜していて…中を見ても良いかね?」
「…ああ、どうぞ。」

 警官は懐中電気で中を照らして覗きこんだ。
後部座席には子供…にふんした三人が…緊張しながら黙って警官の顔を見つめ
る。
「その泥棒はどんな連中ですね?」
「…五人組でして、白いミニ・ワゴンに乗っていると…その内一人は金髪青目
の外国人女性だと聞いている。」

 警官はこの車の乗客が五人である、というところに何かひっかかるのか中々
立ち去らない…。

 ”…感ずかれたか? ”

 警部補はハンドルを握る手に力を込める。
だが、その重苦しい雰囲気を破ったのは光さんであった。

「まあ…外国の女性ですの?さぞ目立つでしょうねえ。パパ、この辺で外国人
の女性なんておりました?」
「あ?ああ…いや、住んでるというのは聞かないな…ママ…。」
「ほら、あなたたちは?知らない?」

 光さんは後ろの三人にウインクしながら警部補に言ったのと同じ質問をする。

「…知るわけねえっつうの!だいたい今どき外国人なんて何処にでもいんだろ
っつーの!」

 急に悪びた言葉でしゃべり始めた真理に、光はさらにエキサイトして言う。

「まっ!あなた一番上のお姉さんのくせになんて言葉使いなんでしょう!家に
帰ったらパパにおもいっきり叱ってもらいますからね!?パパもなんとか言っ
て下さいよ!大体普段あなたがこの子たちを甘やかすから…!」
「…私のせいだってのかね?忙しい中をせっかく休暇を取ったというのに!」

 あっという間に、ワゴンの中は言い争いが始まり大騒ぎとなった。
だが、それを止めたのは検問の警官であった。

「ああ、奥さん、奥さん!もういいですよ、せっかくの家族旅行でしょ?仲良
く旅行続けて下さいよ。」
「えっ?ああ…あらやだ。恥ずかしいところ見せちゃったわ…。」

「いえ、お手間を取らせました、お気をつけてどうぞ。」

 警官はワゴンを誘導して道路へと通してくれた。
辺りはすっかり日も落ちて真っ暗になっていたが、これでようやく市街地を
抜ける事が出来たのである。

「すぐに車を変えた事と、変装が効果があったようだな。もし、後から車を
借りたなら必ずそこから足がついて、我々はどこかの道で捕まっただろう。
これで、我々は目的地まではかなり楽に進む事が出来る事になったぞ。」

 警部補が嬉しそうに後ろの博士に向かって言った。
博士はいつの間にか起きていて、緊張から解放された車内でくつろぎながら
静かに話した。

「でも、いつかは車も見つかり、レンタカーを借りた事も分かるでしょう。
なるべく早く目的地に着かなくちゃならない。そしてその間に、敵の正体を
探り出し反撃の方法を見つけないと…。」


 真理たちを乗せたワゴンは県境を抜け、山道の中を新潟へと入って行った。
目的地である、かつて双子岳スキー場があったロッジを目指して…。

 

(続く…)