ザ・怪奇ブログ

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マテリアル2 8話

 

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           8   黄金の蛇  


 救急病院のロビーから少し離れた自動販売機で、暖かい飲み物を買いながら
警部補は長椅子に腰を降ろした。販売機のある場所は小部屋のような作りにな
っており、近くには警部補と探偵の二人しかいなかった。

「…捜査当局の中でも、あの時の事件の全容をしる人物は少ない。もちろん、
我々が見た代物も、結社の存在も実際には証明されていない。そのうえで今回
の事件について君たちに尋ねたい事がある。数年前のあの事件は…終わったと
思うか?この件に無関係だと思うかね?」

 警部補は販売機でコーヒーが出来るのを待っている、黒ずくめの博士に聞い
た。彼はコーヒーを自販機の中から取ると、先に飲み物を手にしている秘書の
隣に座った。彼女はそれとなく博士の方へとお尻をくっつけるように寄り添っ
ていくと、その押す勢いで博士の手のコーヒーがこぼれる。

「あちっ…!いや、そうは思えない。結社というのは組織です、実のところ
一つの組織にも下があったりさらに上があったり…実体が掴めないものです。
あの事件で、間宮薫が連中を全て排除したとは考えられない。しかも、行方
不明の給仕婦は、間違いなく魔女の一人です。彼女の行方が分からないとい
うのは…何か不安なものを感じるんですよ。」

 その博士の言葉を聞いて警部補は辺りを見回しながら小さな声で話しだす。

「…実は例の暴漢な、その給仕婦なのだ。戻ってきた理由も、どこにいたかも
まるで分かっていない。しかもだ…たった今、病室で息を引き取った…。」

 警部補の言葉に博士は驚いた。

「君の意見を聞きたいのはここからなのだが、その給仕婦は病室のべッドの上
で心臓発作で死んでいた。あのブルクハルト理事長と同じように…そして奇妙
な事は、同じ部屋で見張っていた若い刑事が一人、どうやら窓をぶち破って外
に出ていったらしいのだ。現在その若い刑事を捜している…君はこれをどう思
うかね?」

 それらを聞いた博士は腕を組んで僅かの間、無言で考えていた。

「…その若い刑事は、ほんとに窓をぶち破って外に出たんですか?あの部屋は
二階だったはず。」
「病室の外には刑事がいたし、病院自体は警官だらけだ。誰も見ていない以上
それしか考えられん。一体病室で何が起きたというんだ?若い刑事はどこに行
ったのか…。」

 ぼうず頭の博士は立ち上がって自販機の辺りをうろうろと歩き回りだした。

「…そもそも、その給仕婦はなんだって数年たった今頃、あの場所へ戻って来
たんだろう?目的は…」
「残念だが、その理由も目的も分からないまま亡くなってしまった。給仕婦は
女性徒を襲った所に現れた柏木真理を見て、ガラス窓をぶち割って下へと逃げ
ようとしたらしい。」
「…ガラス窓をぶち割るか…荒っぽい脱出方法だな。早紀君、君ならどう思う
ね?こんな人物を。」

 椅子に座りながら、両手で紙コップの暖かい物を飲んでいた秘書は、自分に
ふられた事にも動じずに、冷静に言ってのけた。

「…クレイジー。」
「たしかに!クレイジーだね。しかし…病室から飛び降りた刑事は、クレイジ
ーではない筈だ。と、なると…」

 博士はそれだけ言うと、黙り込んで何かを考え始める。
そして急に何かを思いついたように、慌てて警部補に言った。

「…警部さん、もしかしたら…その若い刑事、あの大学へ向かったのかも知れ
ませんよ!?すぐに連絡を入れた方がいいかもしれません!ひょっとすると…
もう間に合わないかもしれないが…。」

 警部補は理由も聞かず、取り急ぎ聖パウロ芸術大学にいる警官に連絡を入れ
、そして自分たちも大学へと向かって車を走らせた。

 

 

 

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 聖パウロ芸術大学に向かうパトカーを運転するのは、ラガーTシャツの刑事 
で、助手席には警部補が座っている。後ろの座席には二人の探偵がくつろぎな
がら座っていて、運転する若い刑事はなにか苦虫を噛み潰すようにミラーで後
ろの二人をちらちらと見つめながら、博士に質問した。

「…しかし、何故病室から消えた刑事が大学に向かったと思うんだ?一体何の
ために大学へ行くというんだね?」
「うーん…何故だろう?私にも分かりません。」

 博士は腕を組みながら、あっさりと言い放った。隣の秘書は一瞬あっけに取
られた表情を博士に向けたが、同じように腕を組んで小さく頷いて見せる。

「どういう事だね?」
「…いや、だから大学に行ってみれば分かる気がするんですよ。その刑事が
ほんとにやって来たなら…私の推測も成り立つかもしれないのでね…。」


 車は見覚えのある森の中へと入っていき、かつてブルクハルト芸術大学
存在した場所へと近ずいてゆく…。人の住む町から一本道を数キロ近く深い
森を進んだ先に、白い教会のようなシルエットが見え始めた。

「おい、見えてきたぞ。」
 
 時刻は0時を少し回ったところで、当然大学内はすでに電気も消えている
はずであった。だが、あちこちの電気が点けられていて、何か問題が起きた
様子がうかがえる。

「何かあったのか?おい、入口に止めろ!」

 警部補は若い刑事に命じると、入口に車を止め急いで大学の玄関へと向かっ
た。玄関先には何人かの人が立っていて、その中に須永理事長の姿も見える。


「あっ、警部さん!たった今そちらに連絡しようと思ったところでしたの!
ああ、でも、どうしてこちらに?」
「…それはいいが、何が起きたんです?」

 玄関入口を通してもらい、中へと案内しながら須永理事長はしどろもどろで
話しだした。

「…あの、私は見ていないんですが、また誰かがこの大学内に侵入してきたん
ですの…!その人が落としていった手帳が落ちてたんだけど…あっ、あちらで
すわ!」

 須永理事長が指さした中央広間入口付近に、小さな黒い手帳が落ちていた。
警部補と若い刑事はそばに近ずいて、手袋をはめながらその手帳を確認する…
手帳には何者かの血痕がついている。床にもいくつか点々と血痕が残っていて
、建物の奥へと続いていた。

「…ふむ、警察手帳だな。おい、この手帳が例の病室から消えた刑事のかどう
か確認しておいてくれ。」
「分かりました。」

 若い刑事はそれを手にすると、この場を離れていった。
警部補はゆっくり立ち上がり、ぼうずの博士の方を見つめて不安な表情を向け
た。博士の言うとおり、行方不明の刑事はここへやって来たようだ。だが、何
のために…?

「警部さん…これ…!」

 博士が床に落ちている何かを指さすと、そこに小さな金で作られたブローチ
のような物がころがっていた。

「…何だ?これは。」

 薔薇の模様を包み込むように、牙を剥き出しにした蛇が掘り込まれている。
とても小さい物だが全てが純金で出来ていて、瞳にも青い宝石が入れてあり
、かなり高価な物と分かる。なにか、それを見ていると妙な不安感を覚える…。

「…これ、見た事があります。たしか事務所の本の中に載ってた気がする。」
「その本、ここへ持ってきてもいいかね?何という題名だ?」
「たしか…『ケルトと失われた古代密教』という題名だったかと思います。」

 警部補はハンカチに包むと、その金細工のブローチをポケットにしまい込ん
だ。

 と、須永理事長は警部の後ろに立つ二人の探偵に目がいった。

「あら…あなた方は、いつぞやの!お久しぶりですわね!まあまあ、お紅茶で
も出しますわ!」
「いや…今はけっこう。後でもらうとしますよ。」

「それで…そいつは一体何をしたんですか?誰かまた怪我でも?」
「いえ、誰も怪我人はいません。けど…その人、真理さんの部屋に入っていっ
たんだそうです!」

 須永理事長は二階にある真理の部屋に向かいながら警部に説明する。
二階にはまたも、事件が起きた事で寮生たちがちらほらと部屋の外に出てきて
いた。

「なんだと?だが、一体どうして…なぜ何事も無くその男はここを立ち去った
のだ?」
「いいえ、とんでもない!何事も無くはないですわ!その人、顔が変形するく
らいの怪我をして、命からがらここから逃げていきましたのよ!?」
「…一体何が起きたんだ?」


 真理の部屋の手前まで来て、須永理事長は指をさしながら言った。

「…真理さんの部屋に入ってきた男を、光さんが彫刻用の素材でぶっ叩いたん
ですの…!」
 
 理事長のさす指の先に光がいて、ドアが開いている部屋の前で、白い角材を
持って立っている。

「あの…さっきの人、大丈夫だったかな?いきなり部屋に入ってきたものだか
ら、つい泥棒だと…。」

 光はそう言いながら、照れ笑いを浮べて自分の持っている角材を見つめ、横
に放り投げおどけた表情を見せた。

 

 ほんの十数分後、またも大学内は警官がやってきて騒がしい状況となってい
たが、二階の真理の部屋の前では警部補が光に、状況を聞いていた。

「あの…真理さん眠ったままなの。凄く疲れていたみたいだから、そのまま寝
かせておいてほしいんだけど…。」

 光の言葉に警部補は部屋の中を覗きこみ、べッドの下で静かに眠る真理の姿
を確認すると、小さく頷いて見せた。

 警部補が真理の部屋のドアを静かに閉めると、光は安心したような表情を見
せる。が、視線を外した先に、二人の探偵がいるのを見つけて光は動きを止め
た。二人も光の姿を見て、驚きの表情を見せる。それは無理もない話だ。

「…あ、こちらね、間宮薫さんの双子のお姉さんで…光さんっていうの。驚い
たでしょう?」

 須永理事長が二人の探偵に光を紹介したが、三人はお互い固まったように見
つめ合っていた。


 と、部屋のドアが中から開くと、眠い目をこすりつつ真理が廊下へ出て来て
言った。

「…ちょっと何やってんの?光さんどこいったの?」

 真理の目の前には驚くほど大勢がいて、皆が唖然としながら真理を見つめて
いた。それもそのはず、真理は就寝スタイルで、ピンクのパジャマ姿で廊下へ
出てきてしまっていたのだ。


 下を向きつつ真理は無言で、またも自分の部屋へと戻っていった…。

 

 

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           (続く…)