ザ・怪奇ブログ

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マテリアル2 6話

 

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           6  深夜の前の時間…


 夕食が終わり寮生たちは自室へと戻って行った頃、警部補は大学の中央広間
の隅で電話をかけていた。重症の給仕婦が意識を取り戻したらしいとの連絡が
入ったのである。現在は意識も落ち着いているとの事だった。

「…いいか、どんな事でもいいから何か思い出させるんだ。この数年どこにい
たのか、何故こっちに戻ってきたのか…あの事件の唯一の生き証人なのだから
な?」

 相手先の刑事は、きびきびと返事をすると電話を切った。
警部補は、女性徒を襲った給仕婦が意識を取り戻した事に安堵のため息を吐い
た。これで何かしら情報が得られるはずだ。

 そう思いながら警部補は食堂のテーブルで理事長と共にコーヒーを飲んでい
る稲本光を見つめる。


”…調べてみたところ、彼女はたしかに今日の朝、飛行機でニュージーランド
からこちらにやって来たのを空港のモニターで確認されているそうだ。数年前
の奇怪な事件の首謀者?であったとされる間宮薫(まみやかおる)の双子の姉
で、名前は稲本光(いなもとひかり)と名乗ったそうだ。生き別れたとされる
双子の姉がいるという事は、間宮薫の教え子だった柏木真理が証言しているが
それを知っている者は現在、彼女しかいない。

 昨夜の襲撃事件の翌日に現れた、旧ブルクハルト大学理事の血縁者である光
という人物は一体何者であろうか?数年前心臓マヒにより死亡したブルクハル
ト理事長の娘という事になるが…ここにやって来た目的は、妹の間宮薫の足跡
を知るためであるというのは本当だろうか?

 あの事件以来、ここにきて当時の関係者がこの場所に集まり始めた事と、給
仕婦の襲撃事件は何か関係があるのだろうか?講師として戻ってきた柏木真理
と行方不明だった給仕婦の青山。そして女性徒襲撃の直後にやって来た稲本光
という人物だ…。かつての事件は理事長が亡くなった事と、結社とみられてい
た連中のほとんどが、間宮薫の手?により全て消されたために、事件の背後が
まるで掴めなくなってしまった。背後などというものがあればの話だが…。

 いずれにしても、意識を取り戻した給仕婦の青山から、何かの情報が流れて
くるのを期待しているが…それがはたして事件を解決する事になるのか、ある
いは……長年の経験上、今回の事件もなにか『開けてはならないもの』の匂い
がするのだが…私はあと数ヶ月で定年なのだ…。”


 警部補は見張りの警官に、十分注意して警戒せよと告げると食堂の中へ入っ
ていった。

 

 

 

 誰もいない広い食堂の真ん中で、真理は須永理事長の入れるコーヒーを幸せ
そうに飲んでいる光を見つめながら彼女を観察していた。

 たしかに、光さんは間宮先生の双子の姉というだけあって容姿もしぐさも似
かよっているところがたくさんある。血の繋がりがあるというのは間違いない
だろう。だけど、真理の知っている間宮先生は、こんなに楽しげに須永理事長
と会話をしているのを見た事が無い。犬猿の仲というくらい二人はぴりぴりと
していたのである。そして間宮先生は歌を歌っているのも聞いたことがなかっ
たし、化粧どころかお祝い事の行事ですらジーパン・スタイルで、スカートな
ど履いたこともないのだ。

 真理には残念ではあったが、目の前の光が間宮先生と同一人物であるとは思
えなかった。

「…二・三質問をしてもいいかな?」

 真理たちの所へやってきた警部補は、隣のテーブルの椅子に座りながら話を
切り出した。

「どちら様ですか?」

 光はやって来た警部補を不思議そうに覗きこみながら言った。
真理は警部補が光の所へやって来たのを見て、一瞬だけ緊張が走る。一体何を
質問しようというのだろうか?

「こちら警部補さん…数年前の、薫さんの事件を担当した方でいらっしゃいま
すのよ…?」

 須永理事長も緊張しながら光に説明する。
何故なら実の妹を追い込み、捕まえようとしていた側の人間であるからだ…。

「ああ、あなたが…良いですよ?」

 意外にも光は警部補ににこやかな笑顔を向けて言った。

「まず、パスポートを見せてくれるかな?もちろん、持っていると思うが…」

 光は頷くと、胸のポケットに手を入れる。
と、光のポケットからパスポートは出てこなかった。

「…あれ?どこやったのかしら…」

 慌ただしくポケットやカバンの中をかき回す光は、椅子から立ち上がって
パスポートを捜し始める…。

「…パスポートがどうかしたのかね?まさか無くしたのではないだろうね?」
「無い…!落としたのかしら!?どうしよう…!あっ…!?」

 と、急に光は何かを思い出し、皆の前でロングのスカートをたくしあげた。
彼女のすらりとした脚についている黒いガーターベルトに、パスポートが挟め
てあった。

「ほ、ほら!ありましたわ!無くさないようにしまっておいたのを忘れてまし
たの…パスポートです、どうぞ。」
「…………。」

 警部補は光からパスポートを受け取ると、中の写真と印刷を眺め、彼女の顔
を見くらべる。

「…ふむ、おかしな所はないようですな。」

 光よりも、真理の方がなんだかハラハラしながらその様子を見守っていた。
おまけに真理の脳裏には、光の細くすらりとした生脚が焼き付いていて、どき
まきしている…。

 

 

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「…もう一つ、君は数年前の事件について知っているかね?」

 この警部補の質問には、さすがの光さんも真面目な表情に変わる。
この警部捕は、数年前の事件の時、いつかの時点において真理が事件に関わっ
ているかもしれないと、看破していた切れ者刑事である。

「ええ、いくつかは…妹を探す過程で何人も探偵さんを雇いましたし、自分で
も色々と情報を集めたりしました。ブルクハルト理事長とその大学についても
探偵さんが調べ教えてくれた情報に『秘密列車』というものが…」

「……………。」
「………………。」

「………列車?」

 光の言葉にその場にいた三人は一瞬、無言で固まる…。

「……光さん、あの…結社じゃないかしら?秘密結社…。」
「…そう、それですわ!秘密結社!」 

 須永理事長の囁き言葉にあいずちを打って光は答えた。
この時点で真理には、この問答には意味が無いのではないか?と思い始めてい
た。

「…その結社についてですがね、あなたは何か知っている事があるかな?」
「あの…ところで結社って…一体なんの事ですか?」
 
 肩肘を突きながら問答を聞いていた真理は、光のとんちんかんな答えにがっ
くりとうなだれた。
「魔女よ…!魔女の集会。そういう連中の集まりや団体の事を言うのっ。」

 光は真理の言葉を聞いて、両手を頬に置いてびっくりした表情を見せる。

「ああ…それなら知ってますわ!ムチで叩いて傷めつけたり、木で作られた乗
り物に無理やり乗せられたりするあれですか?」
「それはマゾでしょうが!あなた…ちょっと耳がおかしいんじゃないの!?
大体、今どき三角木馬とか…」

 真っ赤な顔で興奮してまくしたてる真理にも、光はにこにこと笑顔で意に介
した様子はなかった。

「…警部補、もういいでしょ?この人も長旅で疲れてるでしょうから、もう部
屋で休ませます!」
「お休みなさいませ。」

 楽しげに警部補に挨拶する光を、真理は無理やり押し込みながら食堂を出て
行く。

 食堂に残された須永理事長と警部補は、騒々しく食堂を出ていく二人の姿を
唖然としながら見送った。

 

 

 

 

 

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 光を自室へと連れてきた真理は、持ち込んだ布団を狭い部屋のべッドの下
に置いた。

「…いくらなんでも、同じべッドで眠る訳にいかないでしょ?お客さんなんだ
し…。」

 普段真理が寝ているべッドの上に腰を降ろしている光は、物珍しそうに部屋
の中を見回しながらお礼を言って上着を脱いだ。真理の狭い部屋の中は、淡い
オレンジ色のスタンドの明かりで照らされている。

「真理さん、今日は楽しかったわ。おやすみなさい。」
「ああ…なんだかとっても疲れたわ…昨夜寝てないのもあるけど、今日は特別
に疲れた…。」

 そう言いながら真理はべッドに横になった光の顔を見る。
彼女は相変わらず楽しそうに、真理を見つめながらにやにやと笑みを浮かべて
いる。

「…なにがおかしいの?」
「気が強いのね。」

 真理はそう言われて頭の上で腕を組み、視線を天井に向け黙った。
たしかに自分でも気が強いと思う。生まれた時から両親も無く、唯一親戚夫婦
の家でもぞんざいに扱われてきた真理にとっては、常に一人で生きてきたとい
う自負がある。強くならなくてはならなかったのだ。

 そんな真理の前に、同じく一人で生きていた間宮先生のスタンスに共感以上
のものを感じたのである。

「…薫さんは強い女性だったのね?」
「ええ、私には憧れだったの。」

 なかなか寝付けずにいた真理は、しばらく間宮薫の話を光に聞かせていた。
彼女は真理のとりとめのない話に楽しそうに付き合ってくれた。

 

「でも…もしかしたら薫さん、そんなに強い人じゃないんじゃないかな?」
「えっ…?」

「さっきの話だと、真理さんがいなくなって薫さんは自分から命を捨てたんで
しょう?きっとその時、薫さんは何もかも無くしたような気になったんじゃない
かしら?悲しくて…。だってあなたが生き返れるって保証はどこにもなかった
訳だし。」

 その光の言葉は、真理には軽いショックであった。
これまでずっと、薫先生がそんな風に思っていたなんて考えもしなかったから
だ。
「…そうかな?」
「そうよ!」

 本物の双子の姉の言葉には、何か信憑性のようなものが感じられる。

 すると、光はカバンの中から小さな小瓶を取り出し、グイっとひと口だけ
あおると、それを真理に手渡した。

「…私あまりお酒は飲まないんだけど……わっ!何これ…きつい!」

 そんな真理の姿をみながら光はべッドの上でけらけらと笑った。

 

「…ほんと、この世は『素晴らしきかな人生』よ?」

 光は小瓶をちびちびと飲みながら、鼻歌まじりにべッドの上で長い脚を曲げ
たり伸ばしたりを繰り返す。真理はその光のシルエットを見つめながら、美し
いな…と思った。


 そしてその同じ頃、さらなる事件が起ころうとしていた。


(続く…)