ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 11話

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  タクシーで学園に戻ってくると、いつもは静かな玄関広場が赤々と
した光に照らされていた。

 パトカーが何台も止まっていて、救急車も一台待機していた。何事か
起こったのだろうか?

 タクシーの窓から外を眺めると、救急車の後ろのドアが開いていて、
無人の担架が置いてある。誰か運び込まれる予定なのであろうか?

 タクシーを降りた私と奈々子は、慌てて玄関の方へと向かう。軽い
捻挫をした私は、博士の秘書に連れられて近くの整形外科で治療を受
けていた。足首に包帯を巻いていたので、奈々子に肩を借りながら私
は門の前までやってきた。

 玄関先には数人の警官と、学園の守衛が驚きを隠せない様子で入っ
てきた私たちを見た。

「ここの生徒です…。」

 落ち着きのない守衛が私たちの事を警官に言うと、私たちは中に入る
のを許された。

 学園の中はいつもなら門限が近いせいもあって、人の姿など見えな
いはずだったが、廊下のあちらこちらに生徒や警官がいて、ただなら
ぬ出来事が起きたことが判る。

 私は何故か胸騒ぎがして、真っ先に真理の姿を捜した。

 二階の入口に須永先生がいて、私と奈々子の二人を見つけると急い
でこちらにやって来た。

「沙織さん!奈々子さんも……それどうしたの?」

 慌てふためいている須永先生は、私の足を見て驚いて言った。先生の
顔は恐怖に青ざめている。

「あ…街でころんじゃって…それより何かあったんですか?」
「理事長が……理事長が亡くなったの…!」

 私は先生の言葉に衝撃を受けた。

 

 学園に残っていた生徒のほとんどは、二階の食堂に集まっている。
捜していた真理は、食堂には入らずに入口の彫像のそばにいた。私が
近くまで来ても真理は気ずいていなかったが顔は蒼白で、その手は震
えている。真理は間宮先生と同じく、理事長の事も凄く尊敬していた。
私たち以上にショックは大きいはず。

「真理さん、大丈夫?」
「あ…沙織さん、理事長が……」

 ショックを隠せずに真理が私を見て言った。
だが、真理はすぐに私が奈々子と一緒にいる事に気ずいて、意外な顔
を私に向けた。そして私の足の包帯を見て、真理の顔はまたも蒼白に
なった。

 と、上の階から数人の救急隊員が毛布に包まれた担架を運んできた。
それを見るため、食堂の入口に生徒たちがたくさんやって来ると、私
たちは後ろに追いやられた。それでも通り過ぎる僅かな間に、担架の
上に横たわる理事長の足が見える。朝方、私が理事長に会った時に履い
ていたハイヒールだ。あの時は特別どこかが悪い、という風には見え
なかったが、数時間後このような姿で運ばれて行くとは思いもしなか
った。救急隊員と共に担架には間宮先生も付き添っていて、先生は、
しきりに生徒達に廊下から離れるように声をかけていた。

 

 

 救急隊員が担架を運び去ると、生徒たちは理事長について口々に話
をしながら、それぞれ散っていった。

 すると、しばらくして理事長の部屋のある上の階から、腹の出た警
部補が降りてきた。彼は渋い顔で頭をかきながら、ゆっくりと歩いて
食堂のあるこちらにやってくる。彼はすっかり困ったというような顔
で、時々立ち止まっては腕を組んで考えるポーズをとったりしている。

「いや、まったく困りましたな…。」

 警部補は私たちを見つけると、一瞬驚きの表情を浮かべてから、足早
にやって来た。

「…おや、そちらの髪の毛の長いお嬢さんは、傷の方はもうよろしい
ので?」

 そう言われた奈々子は、渋い顔をしながら小さく頷いた。何度も病院
に押し掛けてきたらしく、奈々子はこの警部補を苦手にしているようだ。

 だが、警部補が驚いたのはむしろ、私の足の怪我の方であった。

「その怪我…どうしました?」
「ああ、今日街に出掛けた時にくじいちゃって…。」

 少々しどろもどろの私の答えに、警部補は興味深そうに頷いていたが、
胸のポケットから手帳を取り出すと、何やらメモを取り始める。

「なるほど…つまり、今日は一日学園の外にいたわけですか?そちら
のお嬢さんも一緒ですかな?」

 警部補は奈々子に向かって尋ねると、私の方をチラリと見てから小さ
く頷いた。奈々子と出掛けた事に対しての真理の反応が気になった私だ
が、真理は放心状態でぼんやりと廊下の床を眺めている。

「…ふむ、ではそちらのお嬢さんは?今日はどちらにいましたか?」
「……私ですか?自分の部屋でずっと、課題の仕上げをしてました…」

 真理にも同じ質問をした警部補はまたも、まいったという顔を私たち
に向けて帳面を胸にしまった。

「ところで、理事長は何で亡くなったんですか?」

 私は警部補に質問をした。それだけは聞いておきたかったのだ。警部
舗はしばらく考え込んでからボソっと私たちに聞こえるくらいの声で話
した。

「…理事長は自分の部屋の机に座ったまま発見されました。見つけたの
は食堂の給仕婦です。いわゆる…心臓マヒという奴ですな。あー、とこ
ろで、あなたたちは理事長が心臓に病気がある事を知っていましたか?
薬を飲んでいるなどの…」

「たぶんここに一年くらいいる生徒なら、みんな知ってると思います…
時々飲み薬を持ってましたから理事長…」

 真理はそれだけ言うと、自分の部屋の方に向かって歩いていった。


「やれやれ、今度の件で犯人の目星がまるで掴めなくなりましたな。
この学園のほぼ全員に、その可能性がある訳ですから。もっとも、理事
長の件はただの病死であるとも考えられるが。そもそも行方不明の生徒
がどこに消えたのかも判っていない…」

 と、警部補が近くの彫像に手をかけると、像の顔の辺りがボロッと
崩れた。その崩れた内部から、妙な異臭が漂い始める。
あまりにも強烈な匂いに、そばにいた私と奈々子は鼻を手でふさぐ…。
まるで、何かの肉が腐ったような…そんな匂いである。
警部補は突然ハッと何かを思いつき、おもむろに剥がれかけた彫像の
顔の部分をはがしにかかった。

「…まさか、彫像の中に…!」

「ちょっとあなた!何してるのよ!?」

 下から戻ってきた間宮先生が、彫像のひび割れを剥がしにかかる警部
舗を見つけて叫ぶ。が、彼女が駆けつける前に警部補は彫像を力まかせ
に床に倒してしまった。

 彫像は乾いた音を立てて、バラバラに砕け散った…!

 もちろん砕けた彫像はただの石膏で、中は空洞になっており、警部捕
が”期待していたようなもの”などは何も出てこなかった…。

「…なんてことだ。ただの彫像だったか…。」
「あたりまえです!何てことしてくれるんですか、あなたは!?」

 間宮先生は謝る警部補に、ガミガミと雷を落としながら散らばった破片
をかたずけ始める。

「この凄い匂いは何なんだね?」
「特殊な粘土を使ってるんです!空洞になってるんだから臭い匂いが
溜まっててもおかしい事じゃないでしょ!まったく…」

 私と奈々子は、そのどさくさに紛れ足早に食堂を後にした。

 

 

 

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 いつもに比べて生徒たちが門限時間を過ぎても、あちこちにうろつき
何かを話していた。廊下をすれ違う時も聞こえるのは理事長の話だった。
私たちはそれには構わず、自分たちの部屋に向かって戻っていた。

 真理の部屋の前まで来ると、ドアが開いていて中で彫刻作業をしてい
る彼女の姿が見える。私は奈々子に先に部屋に戻るように言うと、部屋
のドアをノックした。

「どうぞ。」

 真理の部屋に入った私はドアを閉めると、しばらく真理の作業を眺め
ていた。机の上で熱心に粘土をこねて、それからはけを使って形を作っ
ていく。

 小さな部屋の中にはCDの音楽がかかっていた。曲はたしか真理が好き
だと言っていた昔のヒットソングで、軽快でさわやかな恋を歌った曲で
ある。気分の良い時などは鼻歌まじりによく歌っていた。

「…作業してたほうが気が紛れるでしょ?よし、今日はこの辺にして
おきましょう。」

 真理は作業を中断して、洗面所で手を洗った。
そうしてからべッドに横になって伸びをしながら私に言った。

「それで…何か調べものは収穫あったの?奈々子さんと一緒だったん
でしょう?」

 私は彼女に全部見透かされているような気がしたが、真理に隠し事を
するのはナンセンスだと思い、部分的にかいつまんで話した。

「うん、でも…重要なことはなんにも。ただ、行方不明の子が理事長の
…養子の一人だったって事が判ったの…」
「まあ…ほんとに?それって…」

 真理はべッドから跳ね起きると、興味深そうに言った。

「それとね、亡くなった理事長が魔女だったんじゃないかって…」

 その話を聞いた真理はべッドの上で吹き出した。

「ちょっとちょっと!私ここに二年近くいるけど、そんな風には全然
見えなかったわよ?それに、もしも理事長が魔女なんだったとして、
病気で亡くなるっておかしくない?魔女でもなんでもないじゃない…」
「……たしかに考えるとおかしいわ…」

 私は考え込んでしまった。
一連の事件の首謀者、結社の頭とも思われた理事長が亡くなったの
だから…。そもそも、結社など存在しているのかすら疑わしい。

「でも、気おつけなくちゃいけないわね。その足、転んだだけとは思
えないんだけど…?」

 私は無言でうなずいて真理に言った。

「そうね。事件が解決するまでじっとしてる事にするわ。あのふとっち
ょ警部さんにまかせて。あの人食堂の彫像壊して間宮先生にしぼられて
たけどね!」

 私と真理はしばらくの間、その話題でバカ笑いしていた。
なぜか判らないが、その時は真理のそばにいてあげたかったのだ。


(続く…)