ザ・怪奇ブログ

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マテリアル2 2話

 

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            2  帰ってきた給仕婦

 

 襲われ倒れた二人の女性徒のうち、うつぶせに倒れていた方はほとんど怪我
らしい怪我はしていなかった。ただ、突き飛ばされ僅かな間気を失っていただ
けである。むしろ窓ガラスにもたれかかるようにしている美里の方が、怪我と
してはひどかった。急所ではなかったのが幸いしたが、出血がかなりあった。

「大丈夫よ…すぐに救急車が来るわ。大丈夫、傷は深くない。」

 真理の言葉に、美里は無言で小さく何度か頷く。
普段から透き通るような真っ白な肌が、さらに蒼白に見える…。
彼女を傍の椅子に座らせると、真理は割れた窓ガラスの下を覗く。二階から落
下した大きな人物は、床の上に長々と伸びている。そこに音を聞きつけて出て
きた教員と生徒たちの人だかりが出来ていた。

 僅かな間に外に赤いランプとサイレンの音が聞こえてきて、下の人だかりの
中に数人の警官がやってきた。

「…上に怪我人がいます!急いで下さい!」

 真理が二階の割れた窓ガラスから下に叫ぶと、救急隊の連中がこちらに向か
って走りだすのが見える。

 少しだけほっとして、真理はもう一度割れた窓ガラスの下を覗きこむ。
一人だけ遅くやって来た警官には見覚えがある。大きな腹をした、数年前の
事件を担当した…あの警部補だ。彼は倒れている人物に目をやり、そして二
階の真理と目を合わせる。彼は驚きとともに、何か不安のようなものを感じ
させる目で真理を見つめた。

 そのことにも真理は驚きを隠せなかったが、それよりも長々と横たわって
伸びている人物に見覚えがあることに気がつき、さらに衝撃を受けた。

 

 救急隊が二人の女性徒を担架に乗せて運んでゆく間、真理は椅子に腰かけ
しばらく茫然としていた。自分の生徒が襲われたこともショックではあった
が、何よりも、あの下で倒れている人物が自分の良く知っている者だという
事であった。

 あの悪夢は数年前に終わりを迎えたはずなのだ…。
だが、現実にあそこで倒れている人物の姿を見れば、再び悪夢は戻ってきた
のだと、思わずにはいられなかった。足元の暗いテラスの床には、凶器と思
われる小さな湾曲したナイフが落ちている。そのナイフを見ると、数年前の
出来事がついさっきの事のように真理の頭をよぎった…。

「…あと1ヶ月で定年だったんだがな…会うのは三年ぶりかな?」
「ええ、警部は…少しやせられたようですね?」

 二階のテラスへとやって来た警部補は、真理の隣へ座った。
帽子を取った頭は少しはげかかっていて、お腹の大きさもいく分減っている
ようだったが、当時の姿とほとんど変わりが無かった。この警部補に会うの
は、あの事件後初めての事である。

「君は…その姿から察っするに、講師のようだが…?」
「おかげさまで。二年ほどかかりましたけど。」

 真理はガラス窓の下をちらりと見ると、ちょうど二階から落ちた人物が担
架で運び出される所であった。人だかりの中に、慌てる須永理事長の姿が見
える。救急隊員は担架の上の人物に酸素マスクを付け、急いで外に運び出し
ていった。おそらく危険な状態なのだろう。

「…さて、下で倒れている人物を見たかね?」

 警部補は床に落ちている小さな湾曲したナイフを見つけると、手袋をした
状態でハンカチを使い持ち上げると、半透明の袋に入れ自分のポケットにし
まい込んだ。

「ええ、見覚えがあるわ…ブルクハルト大学にいた食堂の給仕婦ね。」

 ブルクハルト芸術大学の食堂にいた給仕婦は事件の後、行方不明となって
いた。理事長が自室で心臓の発作を起こし亡くなったのを最初に発見したの
がこの給仕婦である。

 あとから聞いた話では、この給仕婦も理事長を中心とした「結社」のメン
バーであった可能性が高い、との事で、事件後も警察は行方を追っていたの
だ。と、いうのもブルクハルト大学で起きた事件の背後にある結社の存在は
けっきょく証明されなかった。もともと少数だった事と、間宮薫が連中の存
在を「マテリアル」という奇怪な代物で次々に消していったため、謎は解明
されずに闇に葬られたのである。

 その唯一の生き残りが、行方不明の給仕婦だった。


「…こんな形で行方不明の給仕婦が見つかるとはな…最近ここで何か問題
は起こらなかったかね?今日あの給仕婦を見た、とか?」
「いいえ、私がここに教師となって来てからも何も起きてません。この大学
は入口もオ―トロック式で、管理人がチェックしていますから…外から押し
入る事は無理だと思います。」
「…たしかに、この建物周辺を調べさせたが、無理やり押し入った形跡はど
こにもない。」

 警部補はため息をつきながら、腕時計をちらりと見た。

「警部補…ちょっといいですか?」

 階段を上がってやって来たのはまだ若い刑事であった。
年の頃は三十位、髪型も服装もこれといって特徴もない男で、しきりにガム
を噛んでいる。近くに立つ真理にもこの男がかなりのヘビースモーカーであ
る事が匂いで分かった。

「何だね?」
「外の連中に、女性徒を襲ったのは暴漢(男)だという情報を流せと本部長
からの伝言です…。」

 警部補は無言で頷くと、若い刑事に手で合図を送った。

「さて、二、三質問に答えてもらわなければならん。君の証言が必要だから
な、署まで一緒に来てくれんか。」
「私が…?何故ですか?」

 真理の疑問に、警部補の隣にいた若い刑事が代わりに答えて言った。

「あなたが事件の第一発見者であること…犯人の特徴や現場の状況、凶器の
短刀その他の様子をあなたは目撃している。」
「なるほど…わかりました。」

 そう言って椅子から立ち上がろうとする真理だったが、その時すぐには椅
子から立ちあがる事が出来なかった。何故か解からないが、その時何かの違
和感を真理は感じたのだ。それが何なのか、その時の真理には解からなかっ
た。

「…肩を貸しましょうか?」

 若い刑事は控えめの笑顔で真理に手を差し出しながら言った。
真理はその男の笑顔に薄気味悪いものを感じながらも、自分で椅子から立ち
上がった。

「いえ、けっこう。」

 真理と警部補は立ちあがると、重い足取りで二階のテラスを後にした。

 

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 聖パウロ芸術大学の入口を出た警部補と真理は、いつの間にかやって来た
数人の報道陣とカメラのフラッシュに晒された。二台の救急車は近くの病院
に向かって走り去った後である。

 玄関を出て外に止めてあるパトカーまでは数メートルほどあったが、記者
や報道陣から真理を隠すように、若い刑事は自分の背広を広げ歩く。初め真
理はこうべを垂れて隠れるように歩いていたが、刑事の着ているラガーマン
Tシャツを見て深いため息をつくと、背筋をしゃんと伸ばし、若い刑事の先を
カメラに映るのも構わずに進んで歩いた。

 ”どうして「さわやか体育会系男子を売りにする」男性って、ラガーマン
Tシャツを好むのかしら…?”

「真理先生…!」

 後ろから心配そうに声をかけてきた須永理事長に、真理は小さく片手を上
げおどけた表情を見せた。

「すぐ戻ります。」

 真理は汚れた白衣のまま、警部補のパトカーに乗り込むと、雨の中あっと
いう間に車は報道陣の中を突っきっていった。

 

 

 


SWEET MEMORIES/Seiko Matsuda [Music Box]

 


 外の激しい雨音の中、つきっ放しのテレビの音も聞こえずらい小さな食堂
に、二人の探偵が食事をとっていた。

 他に誰もお客のいない店内には、八〇年代のトップアイドルの曲が流れて
いる。

 博士と呼ばれるぼうず頭の男に、秘書の早紀…。
いずれも真っ黒な服装をしている二人は、黙々とラーメンをすする事に夢中
である。

「…君、言ったろう、こないだ博士に。風力発電がダメなら、どうして水力発
電に挑戦しないのかって…。」
「博士、一体何の話ですか…??」

 相変わらず奇妙な話を唐突に語り出す、博士の言葉は無視して秘書は食堂に
ある小さなテレビを見つめる。たった今、起きたばかりのニュースを報道して
いるところだった。

 

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『…先ほど、聖パウロ芸術大学で起きた事件の続報で、女性徒を襲った暴漢
は飛び降り自殺をはかり病院に運び込まれたという事です。現在は意識不明
の重体です。切りつけられた女性徒は病院に運び込まれましたが、命に別状
はない、との事です…。現在警察は、第一発見者の柏木真理講師から事情を
聞いているとい…』

「…博士、あ、あれ…!」

 秘書の言葉に、食堂内のテレビをちらりと振り返ったぼうずの博士は、画
面に写る真理の姿を見てラーメンを吹き出した。

「…聖パウロ芸術大学って…あの焼けた場所に新しく建った大学ですよね?
行きましょう!博士!」

 秘書の女性は慌てて財布から小銭を出すとテーブルに置いて席を立った。

「お、おい!博士がまだ…食べてる途中でしょうが!?」

 どこかで聞いたようなセリフを言ってから博士も席を立ち、秘書の女性を
追い食堂を出た。

 

 
 雨の中あっけにとられる報道陣たちは、今度はこの場に残った須永理事長に
ほこ先を向ける。いきなりのフラッシュと質問に困惑の表情を見せる理事は、
しどろもどろに言葉を発した。

「…ここでは前にもこんな事件が起きたんですよね!?」
「先ほどパトカーに乗っていった女性は!?」
「あなたはどういった立場のー」

 理事長はいっせいに集まる視線に僅かの間、言葉に詰まり固まる…。
と、理事長は急にいつもの柔らかい笑顔に戻って、記者や報道陣の一団に言
った。

「…まあ、こんな雨の中ではなんですから…皆さんも中へどうぞ。お茶でも
出しますよ?さ、どうぞ。」

 間の抜けた理事長の言葉に、彼らもやる気を無くしたのか、須永理事長の
後について大学の中へぞろぞろと入っていった。

 

 

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  (続く…)