ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル2 9話

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            9  闇の遺産


 学内は今だ捜査中であったが、理事長室には警部補を含め五人の人物が集
まっていた。ラガーシャツの若い刑事と須永理事、そして博士と呼ばれる男と、
その秘書の女性の探偵二人。真理と光は着替えのため、まもなくここへやって
来るそうだ。

 今はちょうど須永理事が紅茶の道具を運んできて、皆が座るテーブルに置い
たところである。理事の持ってきた紅茶のセットは本格的な物で、ティーカップ
も上等な物だった。

「まず、お紅茶でもゆっくりお飲みになられて、お話はそれからでも…どうせ
真理さんたちもまだ来ていませんし。」
「…そんな悠長なこと言ってはいられんのですよ。おい君、なぜここに刑事が
現れると分かったのか説明してもらおうか?」

 若い刑事は長椅子に座るぼうず頭の博士に、詰め寄る勢いで問いただした。
同じく椅子に座る警部補も、静かに黙っていたが、気分は若い刑事と同じく目
だけを博士の方へと鋭く向けている…。

「…まあまあ、せっかく理事長さんが用意してくれたんだ、お茶くらい御馳走
になろうじゃないか?」

 博士がそう言うと、須永理事長はにっこりとお茶の準備を始めた。

「この紅茶、フランス製なんですのよ?お湯が湧くあいだ、お菓子でも召し上
がってて下さいな。」
「いや、こりゃどうも。」

 テーブルの上に出されたのは、ブランデー入りのチョコケーキの袋だった。
博士と秘書の二人は、袋を破いてさっそく味見を始める。ラガーシャツの刑事
は、ため息交じりに天井を見上げた。

「おい…!」
「ん~~~~っ!」

 博士と秘書の二人は小さなチョコケーキを一口かじって声を上げ、お互い顔
を見合わせる。

「うまいなー、お土産に貰っていこう…。」
「はい、博士…。」

 小さな声で言うなり、秘書はテーブルのケーキの袋をポケットにしまい込む。
博士はケーキの袋の裏をじろじろと見回して調べている。

「まだ沢山ありますのよ?あとでお持ち帰り下さい。」
「おい、我々は遊びに来たんじゃないんだ!まだまだやる事はいくらでもある
んだぞ、こんなところでお茶などしている場合じゃないー」

 ラガーシャツの男のどなり声で、部屋の中は静かになった。
博士は口の中のチョコを飲み込み、若い刑事のぎらぎらした目を見つめなが
ら静かに話す。

「…本が届くまで待ってくれよ。それに真理さんたちもまだ来ていない…彼女
らがいなければ肝心な話が進まないんだよ。よく言うだろ、慌てるこじきは貰
いが少ないってさ…。」

 何か言おうとしかけた若い刑事を制して、警部補が言った。

「…たしかに、彼女らがここにいなければ意味が無いだろう。おそらく、彼女
らはこの事件の何か重要なものに関わりがあるのかも知れんし…な。」


 

 

 

 理事長室で一悶着している頃、真理の部屋でも一悶着があった。
先ほど部屋の前で寝巻姿で飛び出して、恥ずかしい目に遭った真理だった
が、寝巻の上にいつもの白衣をはおると、部屋を出ようとした。

「…あら、真理さん、そんなかっこうで皆さんの前に出るんですか?」
「ああ、もうこれでいいのよ…。今更着替えても、かっこつかないでしょ?」

 そう言いながら光の方を振り返った真理は、その服装に驚く。

 彼女はロングのスカートを脱ぎ棄て、ひらひら付きのミニ・スカートを穿い
て鏡の前で腰に手をやりポーズを取っている…。

「ちょ…あのねぇ、三十過ぎのおば…女性がそんな生足出してたら…ダメっし
ょう?」
「あら、どうしてですか?これ、可愛いでしょ!日本に着いた時、空港のブテ
ィックで買ったの。」

 光はそう言いながらフリル付きのスカートの端をつまんで、悪戯な表情で笑
った。眠い目でその笑顔を見ながら真理は、きっとこの人は純粋な人なんだろ
う…と思う事にした。

「…もうそれでいいから、行きましょ!みんな待ってるし…」
「あらら…でもこっちの服もー」

 別な洋服を手にしていた光を押し出すように、真理は自分の部屋を出た。

 

 

 

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 真理と光が理事長室へとやって来た時、時刻は深夜の一時を回っていたとこ
ろであった。

「失礼します。遅くなりました…」
「あっ、真理さん、やっと来ましたね。みなさんお待ちでしたよ?」

 部屋の中の人物たちを見回しながら真理は、ソファーの長椅子へ向かうと二
人の探偵がいる隣に腰を降ろし、光もその隣に腰を降ろす。

「…どうも。お久しぶりね。」
 
 真理は隣の女性秘書の顔を見つめながらぼそりと言った。
秘書の女性はしばらく黙っていたが、ポケットから先ほどしまい込んだケーキ
の袋を真理と光に手渡した。

「……ありがと。」

 その時、理事長室に一人の警官が一冊の本を手にやって来た。

「警部補、頼まれていた本をお持ちしました。」
「おっ、これこれ、よく私の部屋から見つけたね?御苦労さま!」

 博士がその警官に礼を言うと、彼は律義に敬礼をして部屋を出ていった。
テーブルの上には『ケルトと失われた古代密教』と書かれた古めかしい本が置
かれている…。

「…さて、これで今ここには数年前のあの事件を知る者が揃った訳だ。二・三
ここにいない者もいるが…特にそれらは問題ではないでしょう。」

 真理はその博士の言葉を聞いて、それは親友でもある沙織や奈々子の事だ
と思った。隣に座る光をちらりと見ると、何が始まるのか?と、楽しげに待って
いる。

「最初に説明してもらいたいのは、何故あの病室から逃げ出した刑事が、この
大学へやって来て柏木真理さんの部屋を訪れる必要があるのかね?」

 警部補の疑問に、真理は黙って腕を組みながらちらちらと周りの人たちを見
回す。

「それにはまず、数年前のブルクハルト理事長が亡くなった事件に遡らなくて
はなりません。たしか心臓発作を起こして亡くなった理事長を最初に発見した
のが、給仕婦の青山という人物でした。彼女は次の日より数年間行方不明と
なっていました。」

「それが今回、戻ってきて凶行に及んだのは一体何故だ?」

「…詳しい事はよく判りません。ですが、推測は立てる事は出来ます。つい先
ほど病院で亡くなった給仕婦の青山さんは、ブルクハルト理事長と同じ死因…
心臓発作で亡くなりました。そして病室にいた若い刑事…彼はその後部屋から
逃げるように行方をくらましました。これは…数年前の事件と同じ事が起きて
いると考えられませんか?」

「それと君が、ここに行方不明の刑事が現れると推測出来た事とどう繋がるん
だね?彼はここに何をしに来たんだ?君は刑事がここに来ると推測したという
事は…目的が真理さんの所だと知っていたという事だ。何故だ?」

 警部補の質問に、それまでにやにやと成り行きを見守っていた光は、一瞬だ
け鋭い眼光を博士の方に向けるのを真理は見逃さなかった。

「あの刑事の経歴を調べたが、この大学人物に関わるものは何一つ出てこ
なかった。過去の事件についてもまるで知ることもない…まったくの無関係な
人物だぞ?何故こんなところにやって来なけりゃならん?」

 ラガーシャツの刑事が警部補に続いて言った。彼の話方は、半ば喧嘩腰に
近いものがある…。

「問題はそこにあるんですよ。それを知るには、これを見てもらわなくてはな
りません。」

 博士は例の古い本を開き、あるページで手を止めた。
そこには黄金に輝く蛇の図が描かれている。先ほど中央広間に落ちていた金
のブローチとほとんど同じ形である…。

「…古代ヨーロッパ周辺に点在していたケルト文明や様々な宗教感、主義の中
で必ずといっていいほど、どこでも蛇のイメージは存在します。古代のアステ
カ神話にも蛇の神が存在するし、この日本においても大蛇伝説、龍神にまつわ
る伝説があります。」

 警部補はテーブルの上に先ほど拾った金のブローチを置いた。
蛇の形に彫り込まれていて、不気味な輝きを放っている…。

「一番有名なところでは、創世記のアダムとイブに知恵をつけた蛇が登場して
くるが、蛇は常に知恵と知識を象徴してきたんだよ。あの数年前のブルクハル
芸術大学に巣食っていた結社と思われる存在も、蛇を象徴としていました。
それと共に、太古から蛇のもつ強靭な生命力は、魔術を扱う者たちの中では常
に「不老不死」の象徴でもあったんだ。」

 その博士の解説を聞きながら真理は、間宮先生の事を思い浮べ、隣の光さん
をちらりと見つめた。彼女はにこやかに話を聞いていたが、その瞳はどこか鋭
い輝きを放っているように見える。

「中世ヨーロッパでは、そういった生命への執着から不老不死への研究が盛ん
に行われていたんだ。その一つが…数年前の事件の元にもなったマテリアルな
んだ。この柏木真理さんを蘇生させた秘密の力でもある…。様々な錬金術には
ね、一時的に精神を別の肉体へと移してまでも生き長らえる…そんな方法を編
み出す者までいたそうだ。」
「…そんな馬鹿な!」

 若い刑事が博士の言葉に反応して叫ぶ。

「…伝説の中でも、数百年を生きたとされる謎の人物は存在する。ドイツに古
くから存在する「薔薇十字団」の創設者といわれたローゼン・クロイツ。中世
ヨーロッパに実在した謎の怪人・サンジェルマン伯爵…いずれも錬金術や魔術
に精通する者たちだ。ポピュラーな所でいえば…東欧諸国に伝わるバンパイア
伝承で、血を飲むことで生命を維持してきた…誰もが知る不老不死伝説だ。」

「あっ!それなら知ってる!私、ニュージーランドで見た事があるわ。」
 勢いよく光さんは言ってその場に立ちあがった。

「ほんとかね!?どんな奴だった?」
「あのね、球場に試合を観に行った時なんですけど、キャッチャーの後ろに
マスク付けて立ってたの!」
「そりゃ、アンパイアでしょうが!?」

 真理は間髪いれずに光に鋭くつっこみを入れた。
光は真理の剣幕にも、にこにこと笑みを浮かべて喜んでいる…。

「…いい?あなたは少し静かにしてて。いいわね?」
「はいはい。」

「…それで、君はまさか今回の事件はそういう類の奇怪な出来事が関与してい
るというのか?」
「はい。そう考えるのが一番すっきり当てはまる気がします。数年前、間宮薫
により乗っ取られた結社と古代の秘宝は、彼女によってその多くは処分された
はずです。だが事件以来、闇に消えた結社の連中は、その事を良く思ってはい
ない筈です。生命を復活させる方法が、たった一人の人物によって葬られ、そ
の闇の遺産は今やこの…「真理さんそのもの」のみとなったのだからね。」

 博士はそう言うと真理の顔を見つめた。
真理は自分の首筋の辺りを手で触れる…あの事件のあと、沙織から聞かされた
のは、間宮先生の「不思議な処置」によって命を取り戻したという事である。
博士の話から、それはこの世界で生きる者たちにとってはとてつもない出来事
である。真理にもその事がどういう意味を持つのか…なんとなく解る気がした
のだ。

 

”…今度の事件は、私そのものが中心にあるんじゃないかしら?間宮先生が私
に与えてくれた命そのものが…でも、一体どういう…?”

 

 そんな事を考えながら、真理は底知れぬ不安感のようなものが湧きあがるの
を感じた。そんな真理の不安を気ずいているのかいないのか、隣の光は真理の
顔をじっと眺めていて、目が合うとにんまりと笑顔を向けた。


「…つまり、あの給仕婦は復讐のためにここへ送り込まれたというのか?」

 ラガーシャツの男が博士の後ろをうろうろと歩き回りながら言った。

「いや、送り込まれたんじゃない、おそらく…あの給仕婦はブルクハルト理事
長本人だ。」

 その博士の言葉は、この場にいた者たちを唖然とさせた。


(続く…)