ザ・怪奇ブログ

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マテリアル2 7話

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           7   巡る事件の影


 二十二時を過ぎた頃、市街にある救急病院の木々が生い茂る庭の中で、辺
りの闇に溶け込むように「博士」と呼ばれたぼうずの男が、二階の窓の明かり
を見つめていた。先ほどからなにやら人の出入りが慌ただしくなっている。

 昨晩のニュースを聞いて博士と秘書の二人は、さっそく大学を襲ったという
暴漢が運び込まれた病院へと向かったのである。あの”いわくつき”の大学を
襲った犯人とは何者なのか?二人は好奇心に駆られて飛んできたのだった。

 もちろん、それだけじゃない。
二人がやって来た理由は、この事件にあの真理という女性が関わっているとい
う事であった。彼女は大学の講師となっているようで、その事もまた昨夜の件
と何か関係があるかもしれないと思ったのである。

 

 数年前のあの事件は、奇妙なものだった。
古い芸術大学に長いあいだ巣くっていた「秘密の結社」と思われる者たち…。
魔女と思われる理事長ブルクハルト氏を亡きものにしようと、かつて死んだ筈
の娘、間宮薫が大学乗っ取りを計画したが、本人焼死という結果に終わった。

 だが、あの事件は本当に終わったのだろうか?
結社と思われるメンバーは皆、間宮薫とその奇妙な存在「マテリアル」により
葬られたと思われ、実際どれくらいのメンバーがあの大学内に存在していたの
か、よく分かっていない。

 事件のあと、仮設に作られた大学に残ったのは僅かで、多くの生徒、職員は
離れていった。

 しかも、ブルクハルト理事長の遺体を最初に発見した給仕婦の青山は、その
後に行方をくらましている…。魔女の一人と思われる彼女は今どこに姿を隠し
ているのか?博士は今回の事件の鍵を握るのが、この行方不明の給仕婦では
ないのか?と考えていた。


「…博士、買ってきました。」
「おお、すまんな。君の分も買ってきたろうね?」

 小さく頷きながらコンビニの袋を手に博士の所へ戻ってきたのは、早紀と呼
ばれた秘書である。小柄な彼女も闇に紛れるような黒い服装をしていた。
何か女学生のような…紺色の制服を着込んできていた。これらはおそらく博士
の趣味である…。

「つい先ほどから部屋の中が慌ただしくなってきたんだ。警官らしき人影が部
屋の中をウロウロしだした。これはもしかすると…暴漢の意識が戻ったか、あ
るいは…」

 そう言いながら救急病院の一際明るい二階の窓を見つめる。
時折窓際に人の影が見える。つい先ほどまでは、時々見えるのは看護師の姿
くらいであったのだが、今は玄関の方にもパトカーがやって来ている。

「…こっちが博士のツナサンドと牛乳、これが私の…」

 秘書に渡されたパンをむしゃむしゃと食べながら博士は暴漢が運び込まれた
二階の病室の明かりを観察する。辺りは真っ暗で、人の動く気配はない…。
まだ秋の中ごろとはいえ、かなり肌寒かった。

「…ふむ、この製造番号105695はうまいな。」
「博士、こっちの105325も中々…」

 などと言いながら、お互いの食いかけのパンを仲良く食べさせっこしていた
その時ー

 ガチャンというガラスが叩き割られるような音が、例の二階の窓の方から聞
こえてきた。僅かに遅くそちらを振り向いた二人は、何が起きたのかよく判ら
なかった。そのガラスが割れる音はたしかに二度聞こえた。

 見ると、窓の下にガラスの破片が大量に落ちていて、中から割られたもので
あるという事が解る。

「何だ?一体どうしたんだ?君は何か見たかい?」
「いえ、食べるのに夢中で…。」

 二人はしばらくその場を静かに見つめていたが、割れた窓ガラスの中の部屋
には何の動きも無い。

 しばらく経ってようやく、一人の警官らしき男が割れた窓ガラスの近くに姿
を見せる。そして窓の外をきょろきょろと見回してから、奥へと戻っていった。


「…よし、近くにいってみよう。」

 博士と秘書の二人は暗がりから出ると、二階の明かりの下の割れたガラス片
を見つめた。

 その時、二人の後ろから強烈なライトが浴びせられ、何がなんだか分からな
いうちに見動き出来ないようにさせられ、そして車に乗せられてしまう。

 

 


世情/中島みゆき【オルゴール】 (ドラマ『3年B組金八先生』挿入歌)

 

 博士と秘書の二人は、その場で取り押さえられ、パトカーに連行されたので
ある。その際、博士はまったく抵抗しなかったが、大暴れした秘書を取り押さえ

るのに警察官五人を擁した…。

 

 それが、二十二時三十八分の出来事である。

 

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 門限時間を過ぎ誰もうろつく事も無い時刻、警部補は聖パウロ芸術大学内を
歩いていた。もちろん、給仕婦の青山がどこから学内に侵入したかを調べるた
めである。


 ”…この大学の出入り口は一つでオートロック式だ。管理人の許可なくば通
り抜ける事も出来ない。その管理人は須永理事長の信用のおける人物だそうだ。
事件の起きた夜は来客も無く、モニターには誰も写ってはいない。

 そしてもう一つの外への出入り口は、中からしか出る事は出来ない非常出口
である。セキリュティーの解除でのみドアが開く仕組みで、そのスイッチが押
されると警報が鳴る仕組みらしいが、管理人が言うには事件当夜に警報が鳴っ
た事実は無いそうだ…。

 残された可能性としては、凶行におよんだ給仕婦がすでに学内に潜伏してい
たという事だ。だが、それはちょっと無理があるような気がした。

 まあ、いずれにせよ旧ブルクハルト大学から引き継いだこの芸術大学も、何
か秘密があるのかも知れない。あの火災で多くの大学関係者がここを去ったが
僅か二年でこれだけの大学を作ったのは、一体何の力によるものなのか?”


 その時、警部補の携帯が鳴った。
「どうした?何かしゃべったか?」

 電話の先の若い刑事は、興奮気味にまくしたてるように言った。

『…容疑者の青山ですが、意識を取り戻したあと黙秘を続けていまして、見張
りの刑事を残して私がトイレに行ってる僅かの間に…容疑者は死にました!』
「馬鹿な…!一体何があった…死因は!?」

『…おそらく心臓発作です。』


 警部補はそれを聞いて、一瞬携帯を耳から離した。

 

”…心臓発作だと?それではブルクハルト理事長と同じではないか…。自分が
数年前息を引き取る所を見つけた理事と同じ病で亡くなったというのか?”

 

『…警部!もうひとつあるんです。見張りにつけた刑事なんですが…病室から
消えたのです!部屋の窓ガラスが大きく割れている所を見ると…どうやら窓か
ら飛び降りたようです…。』
「何だと?とりあえず、そちらに向かう。話はそれからだ!」

 警部補は携帯を切ると、急ぎ足で出口へ向かった。

 

 

 

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 警部補が病室に到着した時は、ちょうど鑑識が現場を調べているところだっ
た。べッドの上には青い顔で倒れている給仕婦の青山がいる。ようやく意識が
戻ったというのに…。

 割れた窓ガラスのそばへと警部補が行くと、ラガーTシャツの若い刑事が近
ずいてきた。

「すみません警部…私がちょっと場を離れたばっかりに…。」
「…それより、部屋にいた刑事は見つかったのか?」

 警部補は窓の外を確認しながら聞いた。二階の窓の下には割れたガラスが散
乱している。

「いえ…家族にも連絡を入れましたが、戻っていません。」

 べッドの遺体のそばに近ずいた警部補は、その奇妙な死に方に見覚えがあっ
た。給仕婦の青山はひどく青ざめた顔色で、目と口を大きく開いていたが、口
などは顎が外れているのではないかというくらい開いている…。


”…数年前のブルクハルト理事長と同じだ。あの時もたしか彼女は目と口を大
きく開けて死んでいた。心臓発作という話だが…こんな奇怪な死に方をするも
のだろうか?

 しかし、何故この部屋にいた刑事が行方をくらませる必要があるのか?
窓をぶち破って部屋から逃げるほど、ここで何か恐ろしい事でも起こったの
か…?”


「…警部補。もう一つ、外の窓の下で不審人物を二名ほど逮捕しました。」
「不審人物だと?」
「それが…何故か警部補、あなたを知っていると…あなたを呼べと言ってるの
ですが…?」

 警部補は二人の不審人物という言葉に、ひらめくものがあった。

「…会おう、どこにいる?」
「一階のロビーです。」


 ロビーは警官やら看護師が慌ただしく動いていたが、警部補はナースセンタ
ーの近くに刑事に付き添われて立つ、二人の見覚えのある者たちを見つけた。

「…やあ!警部さん、お久しぶり!」

 両手に手錠をかけられているぼうず頭の男が、にこやかに声をかけてきた。
その隣では不機嫌そうに近くの刑事をにらみつけている小柄な女性もいる。

「…こんなところで何をやっている?」
「何って、暴漢が何者か見にきたんですよ。そしたら…これですよ。」

 博士と呼ばれるぼうずの男は、笑いながら両手の手錠を警部に見せる。

「……とりあえず別の場所で話そう。おい、手錠を外せ。」

 警部補は後ろにいるラガーTシャツの若い刑事に言った。

「えっ…取り調べもする前にですか?」
「知り合いだ…取り調べなど必要ない。」


 警部補の言葉に若い刑事は、渋々手錠の鍵を取りだす。
秘書の女性は、得意げな表情で若い刑事が手錠を外すのを無言で見つめた。

 

 

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        (続く…)