ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 16話

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  ブルクハルト芸術大学の敷地の外で、警部補は普段よりも学園の明か
りが少ない事に気がついた。いつもなら見える部屋の明かりがほとんど
ついていない。おかげで、夕日がすっかりと沈んだ辺りは真っ暗闇であ
る。

 二人組みの探偵らしき人物たちの家は、小高い丘の上にたしかにあっ
た。だが、住人は不在で、数日は家に戻っては来ていないらしい…。
郵便ポストには手紙や郵便物がたまっていた。

 無駄足であったが、警部補はそのかわりに彼らが学園の中にいるので
はないかと考え、またもここに戻ってきたのである。

 戻ってきて、こんな敷地外の砂利道に車を止めて学園を見つめている
のには理由がある。警部補は、この学園に関わる一連の捜査から外され
たからだ…。

 つい先ほど、上のほうから連絡がきてそれを聞かされた。その理由は、
大事な学園の彫像物を壊した事にあるそうだが…。たしかに物を壊した
のはまずかったが、そんな事で捜査から外されるなんてことは初めてだ。

 

 警部補は車の中でハンドルに手をかけたまま、ひときわ明るい窓を見
つめながら一連の不可解な事件について考えた。


 …そもそも今回の事件の発端は、理事長の養子の一人である女性徒
が行方不明になったことから始まったのだ。

 それを捜していた友達の女性徒が、階段から落ちるという事件も起
きている。本人は突き落とされたと主張しているが、その証拠はない。

 その場に居合わせた女性徒が数日後に倒れ、二日ほど寝込むという
事も起きている。学園の中で迷っている最中に倒れたらしい。

その同じ女性徒は、さらに数日後街で足を負傷している。階段から落
とされたという女性徒と共に行動していたことから、何か事件と関わ
りがあると思われるが…。

 さらに理事長が発作により亡くなるという事件も起きた。
理事長は心臓に持病を持っており、薬を飲んでいたことが分かっている
が、その状況から何かショックな事があり発作が起きた可能性もある。
その日、理事長がどんな行動を取っていたか?または、誰と会っていた
のか?まるで分かっていないのだ。

 ただ、奇妙な事に理事長を発見した食堂の給仕婦が一人、翌朝にこの
学園を辞めて出て行った。いまのところその給仕婦の所在は掴めていな
い…。

 そして二人の探偵が、どうやらあの女性徒たちと関わりがあるらしい
のだが、その所在も掴めていない。一体この学園の何について調べて
いるのか?その探偵の家で、奇妙な事柄について書かれた本が数冊、机
に読みかけになっていた。その内容は、中世ヨーロッパの奇怪な儀式や
いわゆる…オカルト関係の本であったのだ。
それが一体何を意味するのか?

 最後にもう一人理事長には養子がいるが、その人物については確証が
ないまでも、おおよそ掴めている。調べてみたところ、両親が小さい頃
に別れていて、親戚のところで育てられてきたらしい。学園に来てから
理事長の養子になった可能性もあるが…。

 もし、この人物が一連の犯行を起こした張本人だとして……その動機
は一体なんだろう?

 養子の女性徒は行方不明、理事長が亡くなり、その娘もずいぶん昔に
病死している…。

 

…となると、もう一人の養子が実質この学園全ての権利を相続する事に
なる…。

 …今回の事件は、この謎の養子による財産横領であろうか…?
 

 しばらくそんな事を考えていた警部補は、夜の風にあたろうと車の外
に出てみると、後ろの森でざわざわという音が聞こえてきた。

 見ると森の一部から、ばさばさとコウモリの群れが暗い星空に飛び上
がり、散り散りに飛び去った。警部補は昔、中南米を旅行した時に洞窟
から飛び出てくる吸血コウモリの群れを見た事があった。

 それを思い出し、警部補は暗い森の中に足を踏み入れる。この森の中
に洞窟のようなものがあるのかも知れない…。

 コウモリが飛びだしてきた辺りまでやってくると、何か人の足で踏み
固められた道のようなものがある事に警部補は気がつく。
ライトで辺りを照らすと、そこに小さな防空壕の入口のような穴が見つ
かった。その穴を照らすと、かなり奥まで続いていることが分かる。

 しかし驚いたのはそれだけではなかった。
その穴のすぐそばに、人がうずくまるように倒れていたのだ。
ライトで照らすと、それは黒いドレスに身を包んだ少女のような女性
だった。

 

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 僅か数人しかいない広い食堂に、私と奈々子は夕食をとっていた。
多くの生徒が家に戻ったのだから静かであるのも無理もないが、なんと
も寂しげな雰囲気である。

 人の数が減ったぶん、食事のメニューは少なかったが、今の私たちに
は食欲もないし関係なかった。

 あらかた食べ終えたあと、コーヒーを飲みながら奈々子が広い食堂に
バラバラと分かれて食事をとっている生徒たちを見回しながら、呟くよ
うに言った。

「…あのさ、分かっていない養子の子ってのが、今この学園に残ってる
可能性って大きいよね?」
「そうね。こんな時に家に帰らないんだから…その可能性は大きいかも
ね。どう?ここにいる子で、怪しげな子はいる?」

 奈々子は肩ひじをつきながら、数人しかいない食堂内の生徒を見回し
てから言った。

「…うーん、あの子もあの子も、知ってる子だし…家族が謎って子は
ここにはいないかなぁ…あ、そういえば真理って人はどうなの?今日
学園に残ったのかしら?」

 そういえば、今になって初めて気がついたのだが、真理は今日ここに
残ったのだろうか?お昼に間宮先生が休講を伝えたあと、その姿を見て
いない…。  

 「…今になって気ずいたんだけど、ここにきて三週間くらいなるけど、
真理さんが家族の話したこと無かったかも。私も特に聞かなかったけ
ど…。」

 すると奈々子は急に、何か思案するように口元に手をやって言った。

「…あの、この前私とあなたで街に出た時、出掛けること真理さんに
言った?」
「…ええ、話したわ。それがどうかしたの?」

 私がそう告げると、奈々子はさらに私の方に近ずいて、囁くほど小さ
い声で言った。

「…あのね、私たちが探偵事務所の帰りに襲われたのって…私たちが
出掛けるのを知ってて、それで襲ってきたって考えられるでしょ?」
「つまり…真理さんが私たちを襲ったって事?そんな馬鹿なこと……
一体何のために?」

「…いや、あの人かどうか知らないけど…じゃあ、それ以外に出掛ける
こと知ってた人いる?真理さんの他に。」
「…いるかも。出掛ける前に理事長に話したわ…。もしかしたら誰かが
それを聞いてたのかも知れないし…。あ、そういえば…」

 私はあの日、学園を出る時校舎のある部屋からこちらを見ている人影
を見たことを思い出した。

「うーん…以外に大ぜいいるのね…。これじゃ分からないわね。でも…
これまでに判ったこともあるわ。この学園に結社のようなものが存在し
ていたとしてもよ?たぶん、あんまりたくさんの人物が関わっていない
んじゃないかしら?ごく少数…限られた人たちだけが知ってる秘密なん
じゃないかと思うの…。」

「…でも、理事長は亡くなってしまったわ。」
「そう、たぶん理事長は結社のリーダーではあったはずよ。でも、もう
亡くなってしまった。これはもしかしたら…最初からこの一連の騒動は
、理事長ではない別の誰かが…起こしていたんじゃないかしら…?」

 たしかに、僅かな時間ではあったが、私たちの見た理事長の印象は
奇妙なものは感じたが、とても穏やかで知的なものであった。

 だが、この学園で起きている事は、ひどく暴力的で野蛮な感じがす
るのだ。階段から突き落としたり、山道で襲撃したり…それに何より
も決定的なことは、結社のリーダーである理事長が死んだ後も、学園
には何かが起きている。その証拠に、学園内を捜索する二人の探偵が
戻ってきていない事である…。

 あの昼間に起きた不可解な音や振動は、あの奇妙な場所に関わる事
に違いないのだ。

 

 

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「…それにね、一つ気になる事があるの…。」

 奈々子がひどく気弱な表情で辺りを見回す。

「なに?」
「ほとんどの生徒も、半分の先生たちもいなくなって…二人の探偵も
戻ってきてない。これって…いよいよ私たちやばくない?」

 その、ひどく気がかりな不安は私も感じていたのだが、それには
答えずに食事のトレイを持って私は立ち上がった。

「…行きましょう。」

 

 いつもより暗い廊下を、私たちは寮のある区画を目指して歩いてい
た。

 自分たちの部屋に戻る前に、私は真理の部屋をのぞいていこうと寄
り道をしたが、部屋には鍵がかけられていた。やはり家に戻ったので
あろうか?

 少しだけ安心して私は自分の部屋に戻る道に引き返すと、そこである
事を思い出した。

「…ねえ、奈々子さん覚えてる?須永先生の絵、理事長が部屋に飾って
たって言ってたよね?」
「うん、それが…?」

「ほら、入口にあった額かなんかの跡…あれ、須永先生が書いた絵を
飾っていた跡なんじゃないかしら?理事長の部屋に置いてあった品…
私、もう一回よく調べてみたいの、あの倉庫の絵を…。」

 奈々子は無言で頷いて、私たちはまた倉庫のある三階へと静かに登
っていった。

 

(続く…)