ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 13話

     f:id:hiroro-de-55:20200309162613j:plain

 

  授業が始まる少し前に、私は書きかけのキャンバスと絵具を自分の
机に準備しながら、やってくる生徒たちを緊張の面持ちで待っていた。
数人の生徒が教室に入ってきた頃、奈々子もあくびをしながらやって
きた。

 奈々子は私の隣の席に腰を下ろすと、ひとり言のように小さく囁いた。

「…あの人たち、どうした?」
「今日も捜し回るそうよ。何か分かるといいわね?」

 私が同じく囁くように言うと、奈々子は静かに頷いて自分の席に戻っ
ていった。

 授業の鐘が鳴り響く間、廊下を他の授業に向かう生徒達が足早に移動
していて、その中に真理の姿も見える。彼女はわき目も振らず廊下を
歩いていたが、ガラス張りの窓でチラリとこちらの方に視線を向けた。
一瞬、私と目が合った気がしたが、真理はそのまま足早に歩き去って
いった。

 教室の中は須永先生がいないという事もあり、数人の生徒たちは口
ぐちに昨夜の出来事を語りあっている。行方不明事件に加えて、今度
は理事長が発作で亡くなったのだから無理もない。
私は久しぶりに絵を書くことに集中しようと、キャンバスに向かった。


 しばらくぼんやりと書きかけのキャンバスを眺めているうちに、私
はある事に気ずいた。その白くぼんやりとした絵には、何も色が無い
のである。なんだか中身の無い、がらんどうのような絵であった。
思えば、これまでの自分はこの絵のような人生を送ってきたのではな
いのか?友達も作らず、特別興味を持つものもない。なんとなく絵を
描いて過ごしてきた日々…。

 時々、夢に出てくる「白い廊下」は、私の心の中身そのものなので
はないのか?

 そう考えると、私は急に恐ろしくなって手にしていた筆を置いた。

 

 

 

 

 
 高くそびえるように立っている、ブルクハルト学園の校舎を眺めな
がら、警部補は考えていた。

 …行方不明の女性徒が、理事長の養子の一人である事はこちらにも
分かっている。もう一人養子がいるらしいが、こちらは何故か理事長
がその生徒の名を明かしていない…。

 理事長が亡くなり、養子の一人も行方不明(消えて2週間以上が経つ。
おそらく生存の可能性は低い)。
たしかスイスにいた頃、理事長には六歳になる娘が一人いたが、病死
している。

 となると、理事長の莫大な財産(そんなものがあればの話だが)と、
この学園は全て、もう一人の養子のものとなるわけだが…。事はそん
なに簡単にはいくまい。

 …何かこの学園には秘密があるような気がする。
何故かこの学園には、政界の大物や財界の息子・娘がごろごろいる。
これまでも、妙な事件や事故が多発しているにも関わらず、学園を
運営してこれたのは……何かあるはずなんだ。俺の予感は決まって
よく当たる…。

 ふと、学園のレンガ作りの塀に妙なものを見つけた。
場違いなほど派手な生地の服の切れはしである。おそらく、塀を越え
た時に引っかけて破けたのだろう。

 良く見ると、雨でぬかるんだ地面に二つの足跡が残っている。大き
さから考えて、男と女の二人組みだ。何者かが、学園の中に侵入して
いるのだろうか?

 …よくは分からんが、あの二人の娘は何か知っている可能性が強い。
眼鏡の女性徒は、街で足をくじいたらしいが、これらの事件と関わり
があるとすると、かなり危険な状況であると思われる…。

 お腹の大きい警部補は、どうもやっかいな事件に首をつっこんだよ
うだなと思い、深いため息をついた。

 

 

 

 授業の間、ひっそりとした薄暗い校舎の中を二つの影が流れるよう
に移動している。

 想像以上に広く、迷路のような作りに何度か迷いそうになりながら
も、黒ずくめの博士は手帳に地図を書いていく。未知の場所に来た時
は必ずといっていいほど、彼はこの手法を取った。

 あちこち調べた結果、この三階建ての学園内は、二・三階に生徒ら
の教室と寮があり、学園の中で重要と思われる施設はおもに一階部分
にあると思われた。これまで調べた二・三階部分には特別重要と思わ
れる場所は無かった。というのも、この広い学園のほとんどの区画は
、生徒にとって役に立つ場所が無い、必要のない場所なのである。

 依頼者の女性徒たちが迷い込んだという奇妙な場所は、彼女たちが
話す事がらを考えると一階部分にあるのでは?と思われる。

 いつの頃からあったか分からない古い教会の跡地に建設された学園だ。
おそらく例の石作りの「奇妙な場所」は、一階から侵入出来る「地下」
にあると考えられる。

 

 一階の薄暗い階段の影で、博士と秘書の二人は一休みしていた。

「ふむ…疲れたかね?」
「いいえ、大丈夫です。」

 博士は懐のポケットからアメを一つ取り出すと、秘書の口にコロン
と入れて彼女の頭を撫でた。おかっぱ頭の秘書はにっこり笑って立ち
あがる。

「よし、一階も調べよう。行くぞ早紀くん。」

 二人は、上の階よりも薄暗い一階部分に溶け込むように消えて行っ
た…。

 

 

 

 

 

 学園の外に止めてある車の中で、警部補は電話をかけていた。

「…いいか、この学園周辺の病院でも診療所でもいいから、昨日足の
治療に二人組みの女の子が来たかどうか調べろ。怪我をしたのは眼鏡
をかけた女の子だ。いいな?分かったら俺に連絡しろ。すぐにだぞ?」

 ”…血圧が上がってるな、塩分の摂りすぎのようだ。”

 乱暴に言って電話を切った警部補は、ため息を吐きながら前方の校舎
を見つめた。

 

 

 

     f:id:hiroro-de-55:20200309164732j:plain

 

「…おかしいな。」

 一階を探索していた博士と秘書の二人は、回りに回って先ほど降り
てきた階段へと戻ってきた。一階部分はさらに念入りに調査して回っ
たのだが、地下の奇妙な場所への入口は見つからなかったのである。
学生の彼女らが、いとも簡単に迷い込んだ場所が見つからないとは…。

 階段の下を見ると、その床にチョークで書いた線のようなものが見え
た。奈々子が突き落とされた場所を示す現場の跡だ…。
それを見た時、博士はある事を思い出した。

 ”そういえば、奈々子くんが階段から突き落とされたとすれば、彼女
は二階からやってきた事になる…。例の奇妙な場所が地下にあったとし
て、慌てて逃げたとしても二階の階段から突き落とされる…というのは
おかしい…。”

 博士はもう一度、メモ帳に書いた学園内の地図をじっくりと眺めた。
彼らが回って書き記した学園内の廊下と通路は、迷路のようではあるが
、良く見るとある特徴があることが分かる。学園内のほぼ中央部分、そ
こだけ空白の部分があった。それは一・二・三階ともに同じく中央部分
だけが空白となり、その周りを廊下や通路が渦巻き状に囲んでいる。

「そうか!解ったぞ。かつての古い教会を潰してこの学園が建てられた
んじゃない、”教会の周りを隠すように学園が建てられたんだ!”」

 そこで博士はもう一度、奈々子や沙織が例の場所に迷い込んだ時の
事を思い出した。

 

   ①奈々子は二階の階段から下に落とされた…。
   ②沙織は寮のある二階で、部屋を捜しながら迷い込んだ…。

 

「おそらく例の「奇妙な場所」は、寮のある二階部分にあるはずだ。
もう一度よく調べてみよう。見落とした個所があるのかもしれない。」


 二人は急ぎ二階を調べ直した。もう少しすればお昼になり生徒達が
寮のある二階へと戻ってくるだろう。

「博士、そっちはさっき通りました…」

「何か仕掛けがあるかもしれない。壁や床にも注意してくれ。」

 と、秘書の女性が寮の区画の一番奥の壁ぎわを触れた時、すっという
感じでドアのような物が内側に開いた。

「これだ…早紀くん良く見つけた!」

 

 


【無料フリーBGM】クールなサイバー&エレクトロ「Machinery」

 

 博士と秘書の二人は、例の奇妙な場所への隠し通路と思われる扉を
見つけ、中へと侵入して扉をそっと閉める。中は薄暗く、そしてこれ
までと違い壁は岩で出来たレンガで出来ていた。博士はペンライトで
壁を照らして見てみると、壁一面に何かの文字がびっしりと刻み込ま
れていた。

「…ここに間違いない。壁に書かれた文字は…ラテン語だ。」

 博士は一面の壁の文字から、ある奇妙な絵柄のある部分を重点的に
眺めた。何かの作業を示す絵が壁に彫り込まれている。

「…なんとか読めるぞ、プリマ…マテリアル…錬金術に用いる第一素
材の事だ。これは…何かの調合薬の生成が書かれているらしい…。」

 博士は物珍しそうに、壁に書かれた文字や記号を眺め、そしてカメラ
に写していく…。

「……こいつは凄い…これが世に出たら世紀の大発見だ…世界がひっく
りかえるぞ…!」

 すると、薄暗い通路の一番奥に奈々子や沙織が見たという奇怪な白い蛇
の絵が刻まれた壁があった。その不気味な壁を見ているうち博士は何かを
思いついた。

「これ…扉かも知れない。あちこち押してみようか?」
 
 そう言って博士が壁に触れた時、突如として激しい頭痛と耳鳴りのよ
うなものが二人を襲った。

 


 私は授業も終わりに近ずいた頃、ぼんやりとキャンバスをただ見つめ
ていた。奈々子を見ると、机に顔をくっつけて居眠りに夢中だった。
また私は書きかけの白いキャンバスに視線を移し、静かに見つめる…。

 と、キャンバスの乾きかけた絵具の塗料がポロリと剥がれた。
しばらく見つめて、それが小さな振動で剥がれ落ちたと解る。
黙って様子を見ていると、カタカタとあちこちが鳴り、音がしていた。

「…何なの?何の音?」

 教室の女性徒がその音に気ずいて言った。何人かは気ずいていない。
そしてそれが段々と大きく激しくなった。

 ほんの僅かな間だったが、頭の中にこだまするような激しい雑音の
ような音と、頭痛が私たちを襲った。中には、鼻血が出ている男の子
もいる。それを見て女性徒が甲高い声で悲鳴を上げた。

 

「何だこれは…?」

 学園の外で、車の中で待機していた警部補もその激しい音と頭痛を
感じ、慌てて外に出た。明らかに学園の建物内から、その音と振動の
ようなものが聞こえてくる…。


 教室の中は大騒ぎとなったが、その不可解なものはすぐに止んだ。
机から顔を離し、目だけを見開いて奈々子は私の方を凝視している。
教室の生徒たちは何が起きたのかと、口々に話しているが、私には前
にもこれと同じようなものをこの身に体験していた。

あの、「奇妙な場所」に入り込んだ時に感じた不可解な現象である。

 

 それはつまり…あの二人がそこに侵入した事を示しているのだった。


(続く…)