ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

マテリアル 20話

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  開けっぱなしの扉を抜けると、私には見覚えのある場所に出た。
暗くカビ臭い通路は、古いレンガや岩で作られている。そこは私や奈々
子が迷い込んだ例の奇妙な壁画のある場所であった。

 こんなに寮の近くに入口があったことに驚いたが、私はまるで何かに
憑かれたようにどんどんと奥へと歩いて行く。

 あの時、私を悩ませた奇妙な音や振動はまるで感じられず、奇怪な白
い蛇の絵がある壁画へとやってきた。

 そして、さらに私を誘うように小さな隠し扉が壁画の下に口を開けて
おり、身を屈めながら私はその中へと入っていった。

 

 中へ入ると大きな鉄の扉があり、これもまた開いていたのである。
明らかに中へと誘い込もうという意図が感じられたが、私にはそれが
誰であるのか理解していて、どうしても知らなくてはならない事があ
る気がしていたのだ。

 鉄の門を抜けると、その先には蝋燭の明かりが二列並んで灯されて
おり、真っすぐに奥へと続いていた。段々暗闇に目が慣れてくると、
そこは大きなホールのような空間であるという事が解かってきた。

 ”…これは、教会だわ。こんな大きな教会が、学園の中に隠されて
いたなんて…。”

 私は驚きと共に、その場に立ち止まり辺りを見回した。
暗いながらも蝋燭の僅かな明かりが広い空間を照らしだしている。
天井はかなり高く、吹き抜けになっていた。そして足元は冷たく湿った
レンガで覆われていて、私が歩いてきた僅かな場所の両脇には、水がは
られた池のようなものになっていた。その水面は、とても穏やかに黒々
としていて、蝋燭の光に時折きらきらと輝いている。


 しばらく呆けたようにその水面を眺めていると、小さな靴音がその
広いホールに響いてきた。
カツカツというその靴音の主は段々近ずいてきて、暗い闇の中からゆっ
くりとその姿を現す…。

 白い白衣のようなものを着た人物が、何かを引きずりながらこちらに
向かって悠々と歩いてやってくる。
私の心臓はそれを見てどきどきと脈打ったが、その見覚えのある姿に
恐怖というよりは、困惑の感情を持って見守っていた。

 

「あらあら、こんな所まで来ちゃうなんて、あなた几帳面な性格してる
のね?」

 そう言いながら、白衣のポケットから取り出した眼鏡をかけると、
間宮先生は私の方へとゆっくりとやってきた…。

 

 


 静まりかえっている寮へ、両手には飲み物と、口にはパンをくわえて
奈々子は戻ってきた。食堂から食べ物を拝借してきたのである。

 自分の部屋に戻る前に、沙織の部屋を覗くと彼女はいなかった。
廊下を振り返って見ると、奈々子はそこに奇妙なものを見つけて、足を
止める。

 いつもはない場所に、扉のようなものが開け放たれていたのだ…。
口からパンを落とすと、手に持った飲み物を下に置いて奈々子はその扉
に向かって歩きだした。

 

 


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 暗い森の小さな穴の入口に集まった一団の中で、黒ずくめの博士と
呼ばれる男が懐から取り出した懐中電灯で穴の奥を照らす。それに続い
て、秘書の女性も電灯を取り出して穴の方へと向かう。


「…ちょっと待ってくれ。何が起きてるのか、説明してくれんか?犯人
が別にいるのだとしたら…一体誰で、何が目的なのかね?」

 穴に入ろうとしていた博士に、警部補はたまらずに聞いた。
ぼうず頭の博士は、その警部補の言葉に後ろを振り向き、僅かな間何か
を思案しながら小さく頷くと、近くにある大きな石に腰を降ろした。


「…一連の学園内で起きた事件事故は、おそらくある一人の人物による
ものだと私は考えています。その人物は、まず初めに養子の一人である
女性徒を亡き者にし、その後に理事長も発作で亡くなるよう仕向けた…
そして最後には、もう一人の理事長の養子である真理という女性徒も
亡くなってしまった。これらは全て、ある人物による学園と、理事長の
持つ全ての財産横領事件だ。」

「…そのある人物とは…誰なんだ?」

 警部補は逸る気持ちを押さえつつ、博士に聞いた。これだけ奇怪な事件
の真犯人とは一体何者なのか?

 

「…彫刻担当講師の、間宮薫です。この人物が財産横領の犯人であり、
新しくこの学園に存在する秘密の結社の頭になった人物です。」

 

 その人物の名前を聞いて、しばらくぼんやりと考えていた警部補だっ
たが、なるほど言われてみれば私が捜査から外された経緯などを考えれ
ば、頷ける事がいくつかあるなと思った。
私が捜査から外されたのは、彼女の彫像を壊した事でもある。だが…

 

「何故、彼女が犯人だと解かったのかね?犯人と思われる真理という
女性徒が自殺するという形で事件は終わりを迎えたのではないか?」

「もちろん、私も真理という女性徒が自殺したと聞いてなければ、間宮
という先生が犯人だと看破することはありませんでしたよ。そして彼女
の正体もね。」

 そう言って博士と呼ばれる男は、腕組みをして表情を曇らせた。

「正体…だと?一体何のことを言ってるんだね?」

「あのねえ警部補さん…この事件にはまだ奇妙で恐ろしい事が隠れている
気がするんですよ。覚えてますか?理事長には六歳で亡くなった娘さん
がいたことを。もしも生きていれば三十代になっているはず…。」

「ああ、それがどうしたというのかね?」
「これは…あくまでも私の推測なんですがね?間宮先生は…その娘さん
ではないかと考えているのです。」

 

 そんな馬鹿な、と警部補は思った。その娘が亡くなっている事も直接
スイスの機関に確認を取っている。たしかに生きていれば三十代にはな
っているはずだが…。

「そもそも、この秘密の結社で作られていたのがパナケイアと言われる
万能薬です。私とこの早紀君が見つけた壁画に、その生成方法が刻まれ
ていました。錬金術的に言えば、古代より「飲める黄金」ともいわれた
もので、万病を治し再生する…現代でいえばさしずめ「細胞再生薬」と
でもいえるものです。」

「死人でも生き返るというのかね?」

「…場合によっては、ね。理事長は三十年ほど前までスイスのある結社
に所属していましたが、娘さんが病気で亡くなるとそのショックを癒す
ために日本にやってきました。ひょっとして…娘さんはその再生薬によ
って生き返ったのかもしれない。間宮先生の経歴を調べましたが、孤児
として育っていました。これは警部補さんも調べたでしょう?」

 たしかに、一通り学園に関わる人物は経歴も含め調べている。間宮薫
は七歳の時に千葉の孤児院に入れられているが、それ以前は分かってい
ない…。

 そして彼女はブルクハルト学園を卒業後、ここの講師として理事長の
下で働くようになったのだが。

「この事件を間宮と呼ばれる女性が起こしたのだとすれば、そこには深い
動機があるはずなんだ。たとえ財産に目がくらんだとしても、はたして世話
になった理事長を亡き者にしてまで行うだろうか?何故、厳しい掟がある
結社の頭に彼女がすんなりなれたのか?もしも彼女が理事長の娘だった
とすれば…すんなりと結社の頭になれたのも頷ける…。」

「でも博士…その間宮って人、理事長の娘さんだとしたら、外国人顔っ
てことになるんですよね?みなさん顔の特徴で気がつくんじゃないです
か?」

 しばらく黙っていた秘書の女性が言った。

「…いや、たしかに私が見た彼女は色白で目鼻立ちもハッキリしては
いたが。だが、理事長の目の色はへーゼルグリーンだが、彼女は黒だ
ったぞ?いやいや…そもそも何故、間宮薫が真犯人だと思うんだ?」

 警部補の問いに、博士は懐から小さな手帳を取り出して答える。

「ここに書かれているのは、沙織君に頼んだ学園内の人物に関する特徴
なんだ。真理という女性徒はこの、間宮先生に大変尊敬の念を抱いてい
ると書かれていて…おまけにハートマークも書かれていた。こりゃあ、
同じ年頃の女性にしか理解できない感情でしょう。」

 その博士の言葉に、秘書の女性がうんうんと頷いて見せた。

「…つまり、真理という女性徒は間宮薫をかばって自殺したというのか?」
「あくまで推測ですが、間違いないでしょう。それも含めて確かめに行き
ましょう!」

 博士は立ち上がると、懐中電灯をつけて穴の入口を照らした。

 

 

 

 

 いつもと同じ作業で汚れた白衣を着込んだ間宮先生は、私のそばへと
やって来ると水がはられた池のふちに腰を降ろした。
蝋燭の明かりだけが灯る暗い空間に見えるのは、いつもの間宮先生の姿
である。

 引きずってきた荷物は少し先に置いてきていたが、ぼんやりとその輪
郭が見えている。なんだかよく見えないが、かなり大きな荷物のようだ
った。

「まあまあ、コーヒーでも飲む?」

 先生はポケットから缶コーヒーを取り出すとそう言って勧めたが、私
は首を横にふる。

「あら、そう。」

 間宮先生は缶の蓋を開け、ぐいっといっき飲みすると片手で缶を握り
潰して私の前に放り投げてよこした。

 …硬い缶はねじられたようにくちゃくちゃになっている。
先生は片方の眉毛だけを上げて、おどけた表情を見せた…。


「それで、何が聞きたいのかな?」

 晴れ晴れとした表情で間宮先生は言うと、かけていた眼鏡をはずして
その場から立ち上がった。


 その瞳は、蝋燭の明かりの中でもはっきりと分かるくらい怪しい光を
たたえて、へーゼルグリーンに輝いていた。

 

 

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    (続く…)