ザ・怪奇ブログ

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マテリアル 21話

 

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  妖しく輝く間宮先生の瞳を見つめて、私は身体が硬直してしまったよ
うな気がした。さながら蛇に睨まれた蛙のように。

 その時、私にはようやく分かったことがある。
須永先生のアトリエで、絵ではあったが初めて理事長の顔とへーゼル・
グリーンの目を見た時に感じた、前にどこかで見た事があるという感覚
は、実はこの間宮先生の目ではなかったのか?という事だ。

 でも、どうして間宮先生が理事長と同じ色の目をしているのか?
何故、理事長と同じ雰囲気を先生から感じとる事が出来たのだろうか…

「…今はね、便利な物があるの。カラーコンタクトよ。それで、本来
の私の瞳の色を隠す事が出来たわ。こんな派手な色じゃ、街歩けない
でしょ?」

 間宮先生はそう言うとポケットからコンタクトを出し、自分の両目に
はめた。例の不気味な輝きは消え失せる。

「でも、どうして先生が…一体どうして…?」

 

 


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「簡単よ、私が理事長の娘だから…。」

 その言葉に衝撃を受けた私だったが、それで色々な事が理解出来た。
理事長と養子の二人…この三人が亡くなった事実は、娘である間宮先生
に財産と学園の全てが手に入る…という事になるのだ…

「でも…だって理事長の娘さんは…ずっと前に病気で亡くなっている
はずでしょう?たしか六歳の時に…」

 その私の言葉を聞いて、間宮先生は無表情で立ちつくしていたが、
また近くの池のふちのレンガに腰を降ろすと、ため息まじりに語り始め
た。

「そうよ。私は六歳の時に死んだ。ま、あんたもそこ座んなさい。」

 そう言って間宮先生は近くのレンガを指差した。
私は言われる通りにそこに腰を降ろす。

「スイスの山で遊んでいる時、私は肺にある植物の毒を吸い込んだとか
なんとかで、つまりその…死んだのよ。葬式も終わって理事長…つまり
私の母親はショックを癒すために日本に旅立ったという話よ。それが
私が六歳の時の事ね。」

 私は淡々と話す間宮先生に、なんだか奇妙なものを感じながらも、目
をちらりとそらして別のものを見る。さっき先生が引きずってきた何か
大きな荷物のような物が、数メートル先の暗がりに置いてあった。

「母が日本に旅立ったすぐ後、私は地下の礼拝堂で目を覚ましたわ。
なんでも当時はまだ研究段階だった新薬を、私で人体実験したんだそう
よ。もちろん、非合法だったからそれを行った薬剤師は私の事を世間か
ら隠して育てたの。その薬剤師の元で、私も薬剤の研究を勉強して育ち
ながら、母親のいる日本に行く機会を窺っていたのよ。」

「それで…日本にはいつ頃来れたんですか?」
「すぐよ、一年後日本に渡る機会があって私も一緒にやってきたの。
そこで薬剤師から逃げた私は孤児院に入ったの…七歳の時ね。それから
このブルクハルト大学に入るまではかなり苦労したわ。でも、ここで
私は理事長をやっている母親にようやく会えたのよ。もちろん、あの人
は私が自分の娘だとは夢にも思わなかったわ。」

 そこまで言って、間宮先生は頭を下げてうなだれた。
いつも活動的なその顔は、ひどく疲れているようにも見える。
 
「…あの人は、この学園でスイスの時に在籍していた結社を日本に持ち
こみ、大きなものにしていた。政界に財界の有力者たちを手だまに取り
、影の支配者として存在していたのよ。まったく馬鹿げてる!あんな
馬鹿で下世話な連中に祭りあげられている母を見ていたら…怒りが湧い
てきたの。ねえ、当然だと思わない?」
「でも…どうやってそんな力を理事長は手に入れる事が出来たんです
か?」

 私は間宮先生に疑問をぶつける。
彼女は私の方へやってくると、隣に腰を降ろしてティッシュで鼻をかん
だ。それから私の疑問に答え話を再会した。

「あなたも見たでしょう?ここに来る前にあった壁の文字や絵を。あれ
はね、私を生き返らせた薬の生成方法よ。ここで行っているのは私のよ
うに生き返らせるほどの力はないけど、病気を癒したり、寿命を少しだ
け伸ばす事くらいは出来るの。それがどんな事かは分かるでしょ?」
 
 寿命を延ばす…たしかにそんな事が出来れば、誰もがそれを求めて
やって来ることだろう…そしてそれは巨大な富を築く事になるはず…。

「…あとは、推測どおりよ。理事長も私が殺した。私が娘だと名乗った
ら、あの人発作を起こしたわ。私はそれを黙って見ていたの。特別何と
も思わなかったわね。それから養子の女性徒、あの子は理事長にくっつ
いて将来学園を自分のものにしようと考えていたのよ。しかも、この
教会の中にかってに忍び込んで…たぶん、もう生きてはいないわね。」

「…一つだけ、教えてほしいんですけど、真理はどうしてあんな事を…
真理は先生の事を知っていたんですか?」

 

 間宮先生は一つだけ深いため息をついてから、しばらくの間、真っ暗
な闇をぼんやりと眺め、それからつぶやくように言った。

「さあ…わかんないわ。でも、あの子は何も知らないはず。何も関わっ
てはいないし、知りえるはずもない…。」

 そう言ってまた先生は鼻をかんだ。
何度も鼻をすすっている彼女の目は、なんだか赤く腫れているように見
える。まるで、何時間も泣きはらした後のような…。

「…あなたたちを脅したのも全部私だし、実のところ真理をこの学園の
相続人にして、私が実際にこの学園を動かすつもりでいたの、真理の後
ろでね。もちろん私が理事長の娘である事は黙っているはずだった……
理事長はね、真理の事を死んだ私の代わりにしようと考えていたのよ。
私にはそれがどうしても許せなくて…あの子にはあの女や、こんな所で
はなくもっと別な人生を…」

 

 その時、この教会内に複数の足音がなだれ込んできた。
暗い教会内にライトの光がいくつも照らされ、私は眩しさのあまり目が
くらんだが、間宮先生は素早く立ちあがると音が聞こえてくる方を振り
向く。

 現れたのはお腹の大きい警部補と、例の二人組みの探偵の一団であっ
た。二人とも無事だったことに私はほっとする。

「…沙織くんか?無事だったかね!」

 だが、素早く動いたのは間宮先生だった。
彼女は私の後ろに回ると、倉庫にあったナイフを私の首に突きつける。

「…全員動かないで!動いたらこの娘が…死ぬわよ…。」

 

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 その場に居合わせた全員が、一瞬にして動きを止める…。
警部補だけが、一歩前に出て間宮先生に言った。

「やめろ…どのみち君はもう逃げられん。これ以上罪を増やすことは
ない。」
「…動かないで!」

 叫ぶ間宮先生は、ゆっくりと私ごと後ろにじりじりと下がりながら、
小さく囁くように私の耳元で言った。

「…あなたを傷つける事はしないわ。だから動かないで…?」
「…はい。」

 私には何故か間宮先生の言う事が信じられたので、じっと動かずに
いた。

 

  すると、黒ずくめの博士と呼ばれた探偵の男が前に出てきて言った。

「あなたが間宮先生かね…?」
「…そうよ。」

「一つ質問してもいいかな?君を再生した万能薬…そのマテリアルとは
どんなものなのかね?」

「再生って…あなた、私が理事長の娘だとなぜ判ったの?」
「…あくまで推測だがね。」

 その博士の言葉を聞いて、一瞬だけ間宮先生は驚きの表情を浮かべた
が、また一歩下がりながらその質問に答えた。

 

「…マテリアルが万能薬を生成するための材料だって事は知ってるのよ
ね?ここで…私が扱うマテリアルは「血」にだけ反応するの。」

 先生がそう言った時、突然池の水面から波しぶきを上げて何かがせり
上がってきた。そしてそれは、先ほど数メートル先に置いてきた何か大
きな荷物の上にドサンと落ちたのだ。

「何だ!?」

 警部補が音のする方を振り向くと同時に、今度はそれが上に持ち上が
ってゆく。何か大きなものを掴んで…。

「人が…人が持ち上げられているんだ…!」

 博士がそう叫ぶと、私もその持ち上げられた物の方を見た。
それはたしかに人だったが、私にはその姿とシャツに見覚えがあった。
ラガーマンTシャツの大男だ…。

「…あなたたちが教会の入り口で襲われた時の男…。彼は結社のメンバ
ーで、理事長に従っていた者の一人よ。」

 間宮先生は、二人の探偵に向かってそう言った。

「あの時の奴か…まさかラガーマンTシャツの男に殺されかけるとは
思わなかったな…。」


 私はあの大男が結社のメンバーであった事よりも、その大男を持ち上
げている物に唖然とした。

 暗がりの中でも気味の悪いくらい真っ白な身体は、蝋燭やライトの光
に反射して見え隠れしている。男を掴み持ち上げているのは、その奇怪
な代物の手のように見えた。

 いや、むしろ手というよりは…蛸の足のように見える白い身体に、赤
い吸盤のようなものがついていた。

「何だこりゃあ…!?」

 警部補は頭上数メートル上に持ち上げられた大男を見て声を上げる。

「…ちょっ、何よこれ…!?」

 さらにここへやってきた奈々子も、驚きの表情で広い教会内の天井
の方を見上げていた。

 その奇怪な白い物体は、掴んだ大男を勢いよく背後にある「本体」と
思われる物へと投げ込むと、真っ赤な大きな口のようなものが開き、男
を飲み込んでしまった。

「…早紀君見たか?あれは…壁画に描かれていた化物だ。」

 博士の言葉に、秘書の女性は傍らに立ちつくしていたが、その醜悪な
姿の化物を見て恐ろしさのあまり博士のコートをつかんだ。

「…早紀君、この姿を例えるなら何と言う?これに似ている物を見た事
があるかね?」
「………スーパーの鮮魚売り場で見たわ。」

 黒いドレスの女性は小さな声で言うと、その奇怪な物に鋭い視線を
向け、拳を構えた。彼女の本能が、目の前の物を「敵」であると判断
したのだろうか? 

 たえず動き続けるその弾力のある身体、そして何本もの巨大な蛇のよ
うな足…その動きを何かに例えるなら、さながら巨大な蛸である。いや、
蛸とも呼ぶことも出来ないその奇怪な姿は、この世の物ではありえない
ように思えた。

「これが、私のマテリアル…この学園に隠された秘密よ…。」


 その白い物体は、私の数メートル先の暗がりから巨体をさらに膨らま
せて、不気味に身悶えを繰り返した。

 

 

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 (続く…)