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虹色の丘 12

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  山間の自動車道を智佳子も加え、かつての炭鉱町に向けて走る。
見通しの良い道はほとんどすれ違う車もなく、快適なドライブだった。


 それもそのはず、炭鉱が閉鎖されるとすぐに住民達は比較的大きな
隣町や市内の方にどんどん移り住んでいったのだから、今も町に残る
人々は少ないはずだった。山の合間の盆地ということもあって、僻地
と呼べる場所であり、炭鉱町に行くためにはこの道路一本しかないので
ある。

 私たちは途中で智佳子の注文どおり、バーガーを購入して車の中で
早い昼食をとった。狭い車内はバーガーとポテトの良い匂いが充満して
いて、私たちの気分をいっそう楽しくさせる。おいしい匂いには人を楽し
くさせる作用があると、私は思った。

 一人だけちょっと豪華なバーガーを注文した智佳子は、小さな口でぱく
ぱくとがっついて食べ、せわしなくストローでジュースを飲んだ。おいし
い物を食べる時の智佳子は、ほんとに幸せそうである。見てるこちらの方
が幸せになる。助手席の私は後部座席の元気な智佳子を見て、バーガーを
かじりながら連れ出して良かったと思った。

「あのねえ、あんたたち自分の分だけ食べてないで私にも食べさせようと
思わない?ええ?」

 運転しながら和美は隣の私にこぼした。私は笑いながら和美の分の包み
を取って言った。

「ごめん、忘れてた!」

 口を開けて待つ和美に、私はバーガーを食べさせようと近ずけたが揺れる
車のせいで和美の鼻にケチャップをつけてしまった。

「ちょと……!?」

 私は笑いながら謝ったが、反省はしていなかった。

「バーガーの次は、イモっていう感じで口にもってきてくれないと。」

 和美はこりずに、さらに注文をつけてくる。

「イモ……って、もう少し上品な言い方ないの?レディーなんだし。」

 注文通り私は和美の口…ではなくて顎の辺りにポテトをちょこんと押し付
けた。

「……あんたちょっと性格悪いでしょ?」

 狭い車の中はゲラゲラという笑い声に溢れた。

 

 

 食事もひと段落して、炭鉱町まであと半分の距離というところで、和美が
真剣な顔つきになって話を切り出した。

「あのさ…ちょっと言っておきたい事があるんだけど。」

 助手席で私は和美が真顔で話すのを聞き、何か重要な事実を打ち明けようと
しているのだと思った。思えば先日、カフェで何かを言いかけた時から和美
は悩んでいたように思う。私たちは黙って和美の言葉を待っていた。

「あの、あのね…私。」

 なかなか言い出せない和美を見ていると、よほど話しずらい事なんだろう
と私は思った。


 と、広い道路の端に車を止めると、和美はハンドルに手をかけたまましばら
くうつむいていた。

「和美…?」

 すると、和美は顔をあげて話し始めた。

「私ね、つい最近までキャバレーで働いてたの。ずっと黙ってようと思った
んだけど……軽蔑したでしょ?」


 ほんの一瞬だけ、車内に沈黙が流れたが、私は、ほっとして溜息をついた。

「なあんだ、どんな事かと思ったらそんなことか。」
「え?そんなことって…」

 急にまた、車内は先ほどのように賑やかになった。他の人も私と同じ思い
なのだろう。

「私はてっきり、人でも殺したのかと思っちゃった。」
「ちょ……と、どんなイメージなのよ!?」

 和美は少し動揺しつつも、他の皆が自分を見る目がいつもと変わらない事
に悩んで損をしたものだと思ったが、うれしくもあった。

「でも、ちょっと和美のお店に行ってみたかったな。だってやめちゃった
んでしょ?」
「うん。私けっこう売れっ娘だったのよ?」

 車はまた、目的地まであと少しの距離を目指して走り出した。

 

 炭鉱町までの道のりで、最後の難所であるトンネルが近ずいてきた。それ
ほど長いトンネルではないが、私たちは正面に近ずく黒々としたトンネルを
見て、全員が緊張の面持ちでいた。それはもちろん、発作のある智佳子や私
を心配してのことだ。いずれも発作のキーワードが暗闇であったからだ。
道端に町まで8キロの表示があり、ようこそ!と書かれたその朽ち果てた
看板が、私にはなんだか不気味に映って見えた…。


「それじゃ…いきますよ?」

 和美はスピードを下げてカーブするトンネルの入り口に向かって車を走ら
せる。何かが起こった場合に備えてのことだ。

 私は後ろの席の、不安げな表情の智佳子の小さな手を握りつつ、どんどん
近ずいてくるトンネルの入り口を見つめた。

 …大丈夫。皆がついているのだから…。

 穴の奥まで凝視するように、私はその黒々としたトンネルに魅入られていた。
心臓がバクバクと音を立てている気がして、冷や汗が頬をつたって落ちる。
智佳子も目をそらさずにいたが、私の手を握る力は尋常ではなかった。
私の目は何かもやのようなものがかかったように、ぼやけていって暗闇が渦を
巻くようにどんどんと広がっていく…。

 だが、ちらりと見た智佳子の隣に座る裕の姿を見た時、私はパチンと何かが
弾けるように、暗闇の恐怖から抜け出したのだ。

 彼はありえない事に、震える智佳子の隣で腕組みをしながら熟睡していた
のだ!あきれるほどのマイペースさに私はふきだしてしまった。
その私に気ずいた智佳子も恐怖が飛んでしまったのか、握る手の力は抜けてい
く。明るい日差しが窓の外からたくさん差し込んできた。

 

 気がつくと、私たちはトンネルを抜けていた。

大丈夫、発作は抑えられるんだ、と私は心の中で思いながら皆の顔を見回して
笑顔を見せた。きっと上手くいくわ。

 眼下には懐かしい町の景色が広がっていたが、なにかよく分からないが私
にはこの町全体が大きな口を開けて、私たちを待ちうけているようなそんな
予感がしていた…。

 

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 (続く…)