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虹色の丘 17

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  メガネの母親は、私たちがやってきた時ちょうど夕食を済ませたところ
だった。こんな時間に私たちが現れた事に驚いていたが、快く中に通して
くれた。しばらく前に見た時よりは、メガネの母親は元気そうに見える…。
久しぶりの来客に、少しだけ嬉しそうにお茶の用意を始めた母親に、私は
ゆっくりしていられないと告げた。彼女は小さく頷くと、テーブルの椅子
に腰をおろして私の言葉を待った。

 私たちはこれまでの経緯をメガネの母親に語って聞かせた。少々驚きな
がらも、母親は時折うなずきながら私の話に耳を傾けていた。意外なのは、
この母親が一連の出来事をそれとなく予期していたことだ。

 

「…では、うちの主人が亡くなった事と息子の事…。それからあなたたち
の事もみんな繋がっているというんですね?」
「はい。それどころか今もまだ続いてるんです。それで今日うかがった
のは…」

 私は裕と顔を見合わせて言葉を止めた。聞き難い事を私はこの母親に尋
ねなければならない…。

「…実は、息子さんの事で聞いておきたい事があるんです。」

 母親は一瞬だけ動きを止め、それから私の言葉を読んだように口を開いた。

「ああ、息子のことね…。いいわ、ちょっとついて来て?」

 母親は椅子から立ち上がると、私たちをメガネのお父さんの部屋へと案内
した。

 

「部屋は主人が亡くなった日からほとんどいじっていないの。」

 その部屋は意外なものであふれていた。
メガネのお父さんは、炭鉱内で主に石油の採掘を担当していたらしい。部屋
には大小さまざまな石や鉱石類が飾ってある。そして、それらにまじって
、貝や昆虫の化石などがあった。中には見たこともないような物まで、そこに
飾られていたのだが、私が興味を引いたのが、渦巻き状に巻いた貝殻を持つ
生き物だった。大きいもので二メートルくらいはあろうか?たしか本で見た
事がある、アンモナイトという生き物の化石だった。

 学生の頃勉強した事を思い出す。石炭というのは大昔の植物が長い年月をか
けて地下で鉱物資源になると、そして石油は同じく大昔の生物やプランクトンなど
、さまざまな生物の死骸が途方もなく長い時間でどろどろに液体化したもの
をいうのだと覚えている。

「…これは、先カンブリア紀の生き物の化石だ。これ、全部この辺で取れた物
なんですか?」
「ええ、そうよ。主人が石油の採掘から帰るとよく持ちかえってきたものよ。
小さい頃は息子も喜んでいたわね。」

「…カンブリアって?」

 私が隣の裕にぼそりと聞いた。

「この地球上で初めて、大型の捕食動物たちが現れた時代だよ。そのあまり
の急激な生物たちの発生から、カンブリア大爆発っていう呼び名がついたん
だ。小さいものから巨大なものは十メートルを超すものまでいたんだよ。」
「ふうん…この巻き巻き貝みたいのも?」

 私はこの部屋で最も大きい化石を見つめて言った。

「うん、これは異常巻きアンモナイトって言って、イカやタコの仲間の頭足類
に分類されるんだ。その他にも、オウム貝なんていう七~八メートルにもなる
大型の仲間もこの時代にはいたんだよ。それが、それほど長くない期間で絶滅
してしまったんだ。あっという間に…。」

 その奇妙な化石の数々を裕は見つめながら、母親に例の話を切り出した。

 

「お母さん、息子さんは事故で亡くなったそうですけど…死因は何だったん
ですか?もしかして…」
「…たぶん、想像通りです。息子は炭鉱のある山に行って、転落したのだけ
ど……」

 それから母親はしばらく言葉をとぎって黙っていたが、勇気を出して語り
はじめた。

「息子は…主人と同じように骨だけで見つかったのよ…。」

 

 

 

 

 


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 一足先にペンションに戻った和美や大樹は、玄関のドアが開けっぱなしに
なっているのを見つけた。最後に外に出た大樹はたしかにドアを閉めてきた
はずであった。

「おかしいなぁ、たしかに閉めたはずなんだが…。」

 三人は用心しながらペンションの中に入り、あちこち調べて回ったが、特
におかしな事はなかった。

「ドア閉め忘れたんじゃない?」

 和美がふふっと笑いながら言いかけたとき、後ろの智佳子が小さな悲鳴を
上げた。

「…あそこ!龍之介くんが……」

 智佳子は部屋のガラス窓の外を指さして叫んだ。だが、和美と大樹が振り
向いた時には、そこに龍之介の姿はなかった。

「窓の外に…立ってこちらを見てたわ…。まっ白い顔で…ただこっちを見て
いたの…。あれはたしかに龍之介くんよ…!」

 なぜこんなところに行方不明の龍之介が現れたのか?

「あいつ来てるなら何で顔出さないんだ?ちょっと連れてくる。」

 大樹が一人で玄関に向かいながら言った。

「…駄目よ!一人で動かないで!」

 和美が叫ぶように言った。なぜだか分からないが、和美の頭の中で警報が
鳴り響いていた。今日ここで起こることは、まったく予期できない事が起こ
るかもしれないと、来る途中の車内で裕が話していたからだ。

 そしてこれまで行方不明だった龍之介が現れた。それならなぜ、普通に私
たちの前に現れないのか?

「…チコ、ここを動かないでね?何かあったら大きい声で叫んで、いい?」
「…わかったわ。」

 そう言って頷いた智佳子の目は、どこか集点が定まらないように見えた。
虚ろな目で、窓の外の暗闇を見つめている。

「…ほんとに大丈夫?」
「ええ…。」

 和美は智佳子にそう言うと、大樹と共に玄関の外に出た。
二人は先ほど智佳子が見たという窓の外へとやってきた。和美の手には傘が
握られている。

「おい、何で傘なんて持ってきたんだ?相手は龍之介なんだぞ?」
「…私にも分からないの!でも…」

 そこには妙なものがあった。
おそらく龍之介の靴跡と思われるものに、油の染みが広がっている。それが
点々とあちこちにあったのだ。

「油……何でこんなところに…。」

 見ると、龍之介の大きな靴跡の油が、湿った地面にじわじわと広がり、そし
て徐々に染み込んでいくように見えた。

 和美は結子が発作を起こした、水たまりの油を思い出した。なぜかうなじの
後ろが逆立つような感覚を和美は覚えた。

「…戻りましょう、中に!」

 二人は足早にペンションの玄関に向かって移動した。
部屋に戻ると、智佳子の姿は消えていた。

 二人が外に出た僅かな間に…。

 

 

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「…ねえ!どうしてメガネと二十年前のお父さんが亡くなった事故が同じく
骨だけになるの!?」

 私たちは急いで走りながらペンションに向かっていた。メガネは二十年前
に炭鉱で亡くなった三人と同じく、あの山で白骨化して見つかった。

「…例の図書館で事故の記事を見てから考えてたんだ。君は肉食性のバクテ
リアを知っているかい?近年、アフリカなんかで見つかる発熱性の病原菌
なんかをー」

「エボラとか…そういう奴?」
「そう、最初そういう病原菌の類だと思ったんだ。でもそれなら僕らも、とっ
くの昔にそれにやられているはずだ。だからきっと目に見えない病原菌やバク
テリアではないと思うんだよ。それはきっと、生きて目に見える物であるはず
だ。でなきゃ、僕たちはその記憶が恐怖として残っているはずがない…僕たち
はそれを見ているんだ。そしてそれは今も、僕らや色々なものに影響を与え続
けているー」

「でも…それなら人を骨に変えちゃうものって、一体何なの?」
「よく分からない、分からないけど…きっと昔の炭鉱事故の時、それは起こっ
たはずだよ。何か…油や石油に関係があるのかも知れない。何か…」

 

 息を切らせて走る私たちの目に、ペンションの明かりが見えてきた。
何か様子がおかしい…。誰かが外に出て、なにやら騒いでいる。近ずいてみる
と、どうやら和美と大樹のようだった。智佳子の姿が見えないようだが…。

「ちょっと、どうしたの!和美?」
「智佳子がいなくなったの!ほんの少しの間に!龍之介を見たって言ってた!
ねえ、どうしよう…!?」
「龍之介が…?そんなバカな!」

 和美は錯乱状態で叫んでいたが、裕はしばらく茫然と何かを考えていた。

 

    …龍之介が?どうしてここに?

 私はその言葉に、益々訳がわからなくなってしまった。おまけに智佳子が
いなくなったという…。

「…こんな暗い中、どこ捜せばいいのよ!?ねえ、どうしよう!?」
「いや…大丈夫だ、落ち着いて!場所は分かってる。一緒に行こう!」

 裕の意外な言葉に私はびっくりした。いや、たぶん私も分かっている。智佳子
が向かったとすればきっとあの場所に違いない。

「…ワゴンを出してくれ!」
 
 私たちは急いでワゴンに飛び乗ると、車を走らせた。
その先には、暗い闇の中にもうっすらとそのシルエットが見える、炭鉱跡のある
山がそびえていた…。


(続く…)