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虹色の丘 20

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  狭い洞窟の通路を抜けたところに、木で造られた古めかしい柵があった。
私は柵の所まで行くとその先の闇を覗きこむ。これまでよりもさらに暗い
暗黒がそこにあった。ライトを当ててもその先が見えないのは、そこが大き
なホールのような洞窟になっているからだった。

 天井も高く、そしてそこは石油の匂いが充満していた。あちらこちらから
水が滴り落ちていて、足元はきわめて滑りやすい…。

 

     …聞こえるのは小さな水滴が落ちる音だけ…。
 
 この場所こそが、二十年前に起きた炭鉱事故の中心地である。多くの人々
がその後の人生を変えた源の場所。私たちそれぞれの運命を変えた、多くの
謎がここにはあるはずだ。


「暗いわね…それになんだか凄く静かじゃない…?」

 私はライトで闇の下を照らしてみた。十数メートルほど下に水が静かに
波打つのが見える。いや、油であろうか?おそらく石油採掘当時の油が自然
に溜まり、プールのようになっているのだろう。

「ここが一番奥だと思うんだけど…智佳子はいないわね。」
「…三人の作業員が見つかったのも、ここだっていう…」

 

 


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 言いかけた時、それまで静かだった辺り一面がにわかに急変した。
まるで春の花がいっせいに咲き始める時のような、あるいは朝のラッシュの
ざわめきのように、その暗いホール全体から音が聞こえてきた。

 下の水面がざわざわと波打ち始め、あちらこちらから、がさがさと何かが動
き始める音が聞こえてくる。

 ひときわ大きな音は闇の底にある水面からだった。水の中に何かが動き始め
たような、水をはじくような大きな音がホール一面に響いていた。


「なに!?何の音なの?」

 和美が叫びながら言う声も聞きとれないほど、辺りの音は大きくなっている。
すると、闇の底の方がぼんやりと明るくなってきたのだ。その奇妙な赤い光は
次第に大きくなり始め、そのホール全体を照らしだした。

 私たちのいる洞窟の出口から見て、天上は上に十数メートルほどあり、
どうやらそこは自然の鍾乳洞のような場所であるようだ。壁は岩をくり抜いた
ように下に掘られ、十数メートルほど下に油と思われる池が出来ている。
そして今やホール全体を包む明かりは、次第に赤から紫色に染まっていた。
どうやら、水の中から光が発せられているようだ。

 その大きな池の中…ばしゃばしゃと波打つ油の中心に信じられないものが
いた。先ほど見た、元は龍之介であった存在に寄生していたあの黒い生物と思
われる物体が、巨大なプール一杯に小山のような全身を隠していたのだ。

 それが絶えず蠢き、形を変え細長い触手のような器官を伸ばしてはひっこめ
、あるいは巨大な口のようなものを出してはひっこめを繰り返している。
そいつは油の様に柔らかく、そして昆虫の甲羅の様に硬くもなる奇怪な生物
だった。

 

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「ありゃ何だ…!?あのでかいのは一体…!」

 大樹は柵から身を乗り出して下の池を覗きこんだ。さながら地獄の釜である。
その物体からは巨大な口やら触覚などが飛びだしては消え、何か獲物を捜し
ているかのようであった。

 
 見ると、見た事のある姿が現れては消えを繰り返している。
巨大な頭と口を持った爬虫類、あるいは何本もの足を持つ昆虫。巨大な吸盤
を持ったタコのような触手、硬い殻の生物たち…。それはありとあらゆる生
きものに形を変えては消えを繰り返している。そしてあろうことか、人間の
腕のようなものまでが、その物体から伸びていたのだ。

 時折その物体に穴が開き、そこから強烈な光がちかちかと点滅していた。
そのあまりの激しさに私たちは目をそむける。なぜか分からないが、その光
には頭痛を伴うものがあったからだ。

 そして耳鳴りのような音が、そいつから発せられた。それは耳を塞ぐほど
の強烈なものだった。まるで空気が揺れるように、ホール全体が震える。

「ちょっと…後ろから何か来るわ!?」

 振り向いた和美は何かを見つけ横に飛びのいた。私たちがやってきた洞窟
から、何か小さなものがやってくる。私や裕も横に移動してそれらを見た。
それは集団で移動しながらやってくるネズミの集団だった。

「ネズミだ…凄い数だぞ?」

 その小さな集団は続々と列を作って柵を越え、油の池に次々に落ちていく。
地獄の釜へ…まるで吸い込まれるようにネズミの集団は油の中の物体に飲み
こまれていった。良く見ると、別の洞窟の入り口からも様々な小動物たちが
走りながらやってきては、池の化け物に吸い込まれていったのだ。

「…ハエ取り草を見た事があるかい?食虫植物の仲間で、同じ場所を動けない
その植物は、甘い匂いや蜜のような物で昆虫を吸い寄せて食べてしまう…。
お腹の消化液で何日もかけて溶かしてしまうんだ。」
「…あれも同じだっていうの?エサを吸い寄せて…そして食べる?」

「うん、それにあの光…、あれはきっと相手の思考をストップさせる働きが
あるんじゃないだろうか?とすれば僕らが昔、ここで記憶を無くしたのは
長時間あの光を見たせいなのかも知れない。」

 裕は私の横で、地獄のような下に広がる光景を見ながら話した。私もその
恐ろしい物体から目が離せないでいた。

「けど…そんなことが同じ生き物に出来るの?獲物を吸い寄せたり、記憶を
無くさせたりなんて…。」

「…数億年も生き残ってきた生物なんだ。少ないエサを取るために進化して
きたはずだよ。僕たち人類は、自分で食物を手に入れる必要が無くなったか
ら、そういう意味では退化しているのかも知れない…。」

 池の中で口やら伸ばした腕や触覚は、この生物が食物を得ようとする唯一
の欲求が形になったものなのかも知れない。哀れな私たちは、数億年という
途方もない時間の中で、偶然にもこのような生物に遭遇してしまったのだ。
小さな子供時代に…地球の歴史そのものと言える生命体にである。

 

 

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 それまで動きのなかった池の物体が、にわかに動き始めた。
長い触手のようなものを、あちこちに伸ばし始めたのである。その黒い大理石
のようなゲル状の身体をくねらせながら。それらは空中から、あるいは壁を伝
い、私たちの方へと鞭のようにしならせやってくる。

 智佳子を捜しながらここまでやってきた私たちだが、もはやこの場には立ち
止まってはいられないようだった。

「…と、ここを離れましょう!」

 私は先ほどやってきた洞窟の方へと向きを変え、走り出す。
しかし、ホールの明かりの届かない洞窟の奥から、人影が二体こちらにゆっく
りと近ずいてきた。闇の中から現れたのは、真っ白な骨を露わにした二人の
男の死体だ。元は私たちの仲間であった者たちである。だが、その中身はすで
に別の物である。私たちは後ろと前…完全に挟まれてしまった!

 後ろからは巨大な物体が、池の中より壁にへばりつきながらゆっくりと上が
ってきており、正面はかつての仲間が迫る。骨が露わになったその内側には、
あの黒光りする物体で溢れているのだ。
私たちは大きな悲鳴をあげて、一か所に固まった。そのとき…


 正面の暗い洞窟の、二体の蠢く死体の後方より素早くやって来るものがあっ
た。それは死体の後頭部に飛び蹴りをくらわせると、素早くもう一体にも回し
蹴りを入れた!二体の死体はもんどりうってその場に倒れる。

 私たちが唖然とする中、現れた人影は壁際より鉄の棒状のものを掴むと、凄ま
じい早さで棒を十文字に回転させぴたりと小脇に抱えて構える。

「…今のうちに下がってちょうだい!」
「……智佳子!?あなたー」

 その場に唖然とする私の腕を裕がひっぱりながら、現れた智佳子の後ろ側に
移動すると、和美や大樹も同じように移動した。その時、頭上に蠢いていた
黒い触手たちが私たちめがけ、いっせいに襲いかかってきた。

「…せいっ!」

 何本もの不気味な触手が私たちに降りかかったが、智佳子の鉄棒が凄まじい
早さで次々と叩き、十文字に弾き飛ばす!まるで見えない壁でもあるかのよう
に、その触手たちは私たちに届く前に全て叩き落ちる。それでも後から後から
伸びてくるその触手を、鬼神のような動きで智佳子はそれ以上の進行を許さな
い。その凄まじいさばき方はただの動きではありえない。一体、智佳子の家は
何の名家だったのであろうか?

 一瞬、その触手たちが動きを止めた。

 その隙に、智佳子は後ろの私たちに振り向いて言った。その目はしっかり
と私たちを見据えていて、智佳子本人の強い意志を感じた。


「…こんな所で、お婆ちゃんの稽古が役に立つとは思わなかったわ!さあ、
早いとこ外へ出ましょう!結ちゃん?」
「は…はい!」

 動きを止めたのは一瞬の事で、またおびただしい数の触手がこちらに向かっ
てやってくる。私たちはやってきた細い洞窟に向かって走りだした。

 

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       (続く・・・)