ザ・怪奇ブログ

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虹色の丘 21(最終話)

 

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  小さなライトの明かりを頼りに、私たちは暗い洞内をあてもなく走る。
後ろを振り返る余裕も、立ち止まる余裕も私たちにはなかったが、言葉を交わ
す事は出来た。

「…チコあなたの家って、何やってるとこなの!?」

 隣を走る智佳子に私は尋ねる。彼女は見事に鉄の棒を操り、襲い来る化け物
の触手を一時的に後退させたのだ。

「…ああ!ええとね…江戸時代から続く古武術の名家なの。ほら、私って一人っ
子でしょ?だから私が…」
「そりゃ…大変ね!でも助かったわ。」

「あの…結子!ちょっといい?私、話したい事がもう一つあるのよ。」

 少し後ろを走りながら和美が言った。そういえばここに入る前に、何かを言を
うとしていたようだった。

「なに?」
「私ね、小さい時ここで同じように何かから逃げた時…一人で急いで逃げちゃ
ったの…!あなたが後ろでつまずいたみたいだったんだけど…私、怖くて…
ごめんね!結子。」

 私は申し訳なさそうに叫ぶ和美の言葉に、笑いながら答える。智佳子も何故か
おかしくて笑っていた。

「しかたないわ、だってあんな化け物を見て逃げ出さない人なんていないわ?
あんな化け物、誰が見た事あんのよ!?」
「そ…そうだけど……そうよね?ちょっと安心した!」
「…おいおい!それどころじゃないぞ!後ろからでかいのが追ってくるぞ!」

 一番遅れている大樹が叫んだ。たしかに後方から、何かが慌ただしい音をたて
ながら、私たちに迫ってきている。何か…無数の足を持つ何かが…。壁をひっ
かき、その身体を引きずりながら、不気味な音を立てつつ私たちに迫る。

 

 そして最悪な事に、洞内の通路の先がそこで行き止まりとなっていることに
気ずいたのだ。通路は一本道だった、今更戻ることは出来ない…。


「……ジ・エンドね。ここまでだわ…。」

 和美が呆れたように言ってしゃがみこむ。私はきょろきょろと辺りを見回し
、ライトであちこちを照らす。通路の前方にライトがチラリと横切った時、私
は見てはならない物を見た。

 

 

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 坑道内の通路いっぱいぎっしりと、池の中にいた化け物がこちらに向かい迫
っていたのだ。その粘着性の身体をたえず動かし、触手を伸ばし、そして時々
巨大な牙が並んだ大きな口が開いては閉じを繰り返しながら。そのあまりの恐怖
に私の膝はがくがくと震えた。それは十数メートルの所までやってきていた。
その姿は、この世の物とは、到底思えない代物だった。

「…見ろ!上に通路があるぞ!」

 大樹がライトをそちらの方に向けて叫んだ。たしかに二メートル近く上の壁に
横穴が続いている。

「でかした!早く上に登りましょ!」

 急にむくりと起きた和美は元気になり、上の横穴に腕を伸ばして上がろうとす
るが、なかなか上がれない。私たちは皆で和美の身体をもちあげ、なんとか上
に上げる事に成功した。そして次に智佳子、そして私。大樹、そして裕は私た
ちで手を貸して上に引き上げた。


 そこで裕はライターを取り出して、かちかちやっていたが火はつかなかった。

「…誰かライター持ってないか?」
「……私、持ってるかも。」

 和美がポケットから取り出したのは、彼女が勤めていたキャバレーのライター
だった。セクシーな女性の絵柄が描かれている…。和美はばつが悪そうにそれ
を裕に渡す。

「……良いライターだ。」
「ど…どうも。」

「でも…ライターなんかでどうするの?」

 小さなライターひとつで一体どうしようというのか?私は裕に聞いた。

「あの化け物はずっと石油の中で生きてきたんだ。ほとんど身体は油と一緒の
筈で、いっきに燃えるはずだ!さあ、走るんだ!」


 裕はライターに火をつけると、下に見える暗い通路に投げ込んだ。その明り
に迫る化け物がチラリと映る。

 

             その瞬間…

 

 

    

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 物凄い音とともにオレンジ色の火に包まれた坑道内から風圧のようなものが
吹きあがった。私たちはそれを背中に感じながらも、急ぎ通路を走った。
やみくもに走る私たちの目の前に、淡いランプの明かりが見えた。来るときに
目印につけたランプである。それは出口が近いことを教えている。


「…やった!出口が近いわ!」

 私たちは迫る火の熱を感じながら、出口に向かって急いだ。

 

 

 坑道の出口を抜けた私たちは急ぎワゴンに乗り込みドアを閉める。
相変わらず運転席には和美がすわり、キーを差し込もうとしている。

「…こんな時って決まってエンジンがかからないとか…そういう…」
「ホラー映画だとそうなるね。」

 キーを回す和美につぶやくように私と裕が言ったが、ほんとに
エンジンがおかしな音を立て、タイヤが空回りしている。

「ちょ……あんたたちが変な事言うから…!」

 背後の私たちが出てきた穴から大きな音とともに、真っ赤に燃えた化け物が
飛び出してきた。その太い触手は燃え盛る炎に包まれ、まるで龍のように頭上
にその身をくねらせる。

 それはなおも、燃えながら不気味な光を放っていた。ちかちかと燃える火と
重なり、きらびやかな淡い虹色に輝く…。そしてそれは徐々に力を失い、その
明かりは小さくなっていく。

 その時、ワゴンのエンジンが良い音をたててかかった。私たちを乗せた車は
勢いよく走りだし、燃え盛る火の明かりから遠ざかっていく。その背後の明か
りを私たちは揺れるワゴンの中から眺めていた。虹色に淡く光る、奇妙な色に
染まった丘を…。

 

 

 

 

 

 


PeriTune - Nostalgic2(Celtic/Royalty Free Music)

 

 

              エピローグ

 

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 次の日の午後、強い日差しの中で私たちは帰り支度を始めた。と言っても
持ってきた物は少なく、車へ積み込みにかかる時間は僅かであった。
私はペンションの入口から、和美の車に荷物を積み込み終わり出てくる智佳子
の姿を見た。彼女は頭に麦わら帽子をかぶり、時折子供のような高い声で笑っ
ていた。

「ほら、結ちゃん!ペンションのおばさんに貰ったの。似合うでしょ?」

 少女のように笑う智佳子を見ると、もう発作も悪夢も彼女を苦しめる事はない
だろう、と私は思う。


 今回の、この炭鉱跡で起きた一連の事故と出来事は、いくつかの謎を残しな
がらも終息に向かっていた。

 

 行方不明になっていた、へちまはどうやら精神を病んでいて医者にかかって
いたようだった。その友達である私たちが、彼を捜してこの町までやってきた。
その中には、もちろん龍之介もいたという事である。へちまを捜してアパート
までやってきた二人の友達を、隣の部屋の住人が証言していた。もちろん私た
ちである。おまけに入院中の智佳子を捜しに私たちが炭鉱跡内に入り込んだ事
も智佳子の母親が証言してくれた。

 炭鉱内で丸一日燃え続けた火災も、警察は錯乱したへちまが火をつけたとい
う結論にたっしたようだった。車で事故を起こした龍之介も、その火災に巻き
こまれたのではないか、との事だ。鎮火した炭鉱内から、二人の焼け焦げた骨
が見つかった。火災は炭鉱跡の外には広がらず、被害は少なかった。

 何人かの犠牲者を出した出来事も、終息に向かったのである。


 ワゴンに荷物を詰め終わった大樹が小走りでやってきた。泥だらけになった
その車は皆で水をかけて綺麗にしたのでピカピカだった。

「じゃあ先に帰るよ。たぶん、もう会う事はないとは思うが…元気でな!」
「そっちもね!社長!」

 小太りの大樹は、少しテレながら挨拶して大きなワゴンを走らせた。

「…子供が大きくなったら自慢するんだ。父さんはとんでもない化物と戦った
んだってな!」

 大きな声でそう言うと、大樹のワゴンは勢いよく走り去った。

 

「…それじゃ、私たちも帰るかな?結子、また連絡するわね。」

 和美が私に向かって言った。智佳子を乗せて一緒に帰るのだ。

「和美、これからどうすんの?」
「しばらく旅行でもしようかな?けっこう貯めたのよ。でも、またしばらくし
たら元の仕事場に戻るかもしれないし…ね!」

 

 和美はにんまりと笑いながら言った。和美の容姿なら、いつでも戻れるだろう。
それに、人はそんなにすぐには変われない。

 

「じゃあ…結ちゃん、またね。色々ありがとう!結ちゃんが連れ出してくれな
かったら私きっと一生治らなかったかも。」
「大げさだよ。でもよかった!チコが元気になって。」

「私ね、家に戻ったら、しっかり跡継ぎの勉強するわ。何百年も続いた家です
もんね、私の代で潰せないから。」

 麦わら帽子をかぶる智佳子は、ほんとに子供のような笑顔で笑った。

「でも、大変よ?」
「大丈夫!あんな怪物を見たあとじゃ、家の跡を継ぐくらい訳ないわ!」

 

 そう言って笑う彼女は、本当に良い笑顔をしている。
智佳子は車が離れて見えなくなるまでいつまでも手を振り続けていた。

 


 ペンションの入口に二人残された私と裕は、目の前に広がる炭鉱跡の山を
眺めていた。最初に見た山の印象は、今はまるで違うように見える。とても
のどかな春の山だ。嵐が過ぎた後のような、なんとも穏やかな景色だった。

「…あのさ、この前部屋に泊ったときに見つけたんだけど…」

 しばらく黙っていた私だったが、ポケットから古い一枚の写真を取り出した。
かなり色あせ、しわしわになった写真には女の子が映っている。二十年近く前
の小学生の時の私だった。

「…これ、もしかしてずっと持ってたの?」
「うん。それしかなかったもんでね。」

 裕は遠くの山を見つめながら言った。
こんなぼろぼろになった写真を、裕はずっと大事に飾っていたのだろうか…。

「…正直言うと、あの生物には感謝してるんだ。また君に会う機会をくれたか
らね。」
「そうね。」

 私は裕の肩に頭をもたれかからせると小さくつぶやくように話した。

「…新しい写真あげようか?」
「いいね。どうせならちょっとセクシーなのがいいな。肩丸出しで上目使い
な感じの…」

 そのあからさまな注文に、私は鼻で笑ってしまった。だいたい肩丸出しとは、
どういう状態の事なのか?

「…そんなものなら写真じゃなくてもいいよ?」

 

 私は上目使いでそう言うと、裕の手を取りペンションの中へと戻っていった。

 

 

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   ( 了 )