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虹色の丘 16

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  この間は行かなかった小高い丘のふもとにワゴンをとめて、私たちは
歩いて上まで登った。丘は背丈の長い草が生い茂り、歩き難かったが
夜空の星が明るいのでなんとか丘の頂上までやってきた。
春の夜風が心地よく私たちの顔を撫でていき、草のさらさらという音だ
けが辺りに響いている。


「チコ、何か思い出せる…?」
「いえ、なにも思い出せないわ…。」

 その丘は、私たちが期待したものは何もなかった。虹色でもなく、なんの
変哲もないただの丘であった。

「ちょっと拍子抜けよね。何か分かるかと思ったんだけど…」

 私は一通り見て回り、特別ここに居ても何も得られるものが無いと判断し
て、ペンションへ引き上げる事にした。

「帰るわよー!裕くん?」

 一人だけ姿の見えない裕を捜しながら私は声を出した。少し離れた丘の後
ろ側に裕はいた。なにやらしゃがみこんで何かを見ている。
私はその場所に向かって丘をゆっくりと降りながら声をかけた。

「どうしたの?何かあった?」

 裕がいる場所に私は並んで立ち、その視線の先に目をやると妙なものが
そこにあった。

「なにこれ?すごいね…」
「…たぶん木の根だよ。」

 私たちの視線の先には、たくさんの木の根が蛇のように渦を巻いて、から
みあうように地面から生えていた。さながら南国のマングローブを連想す
るような木の根が、その辺り一面だけに生えていたのだ。

「…木の根だとすると、これそんなに古いものじゃないね。まだ細いし。」
「でも…これ根だけで木が生えてないのはどうして?」

 確かに妙なものだった。これだと地面から根だけがせり上がってきたよう
に思える…。それもこの辺りの一面だけに。

「…まあ植物だから色々なー」


 裕が言いかけた時、私は丘の上から見下ろすようにこちらを凝視する智佳
子を見つけた。見ると目は病院に居た時のように虚ろで、何かぶつぶつとつ
ぶやいている。

「大丈夫?チコ?」
「…追ってくる……虹色よ…!」

 私が丘の上に戻ろうとした時、智佳子は叫びながら走りだしたのだ。また
何かの発作が出たのだろうか?

「誰か!智佳子が…捕まえてっ!」

 背の高い草の中を、智佳子は錯乱しながら逃げ惑うように走る。が、すぐ
にころんでその場にうずくまった。何かを叫びながら…。

「虹色……追ってくる…追ってくるわ!」

 私はうずくまる智佳子に被さるようにして、抱きしめた。

 

 興奮する智佳子に、医者から貰った薬を飲ませると、しばらくして落ち着
きを取り戻してきた。この発作の奇妙なところは、ほどなくして嘘のように
落ち着きを取り戻すことだ。ふと、智佳子の目つきが穏やかになる。

「大丈夫?」
「え、ええ、もう大丈夫よ。ごめんね…。」

 智佳子はゆっくりと起き上がり、丘の裏側をみつめた。いったい何に反応
したのだろう?

「ねえ、チコ。どうしたの?何か思い出したの?」
「いえ、分からないわ。でも…こっち側の景色の何かが…記憶にあるんだと
思う…。」

 私は智佳子が差し示した指の方向に目をやる。先ほど私たちがいた丘の裏
側で、その先には切り立った崖のある山のシルエットが見える。その山は例
の炭鉱跡がある場所だ。そこからは草原が広がりこの丘へと続いている。

「…とりあえず、戻りましょう。」

 たしか智佳子は言っていた。追ってくる…虹色が、と。それは一体何の事
であろうか?私たちは何から逃げるというのだろう?
まるで分からないまま、その丘を後にした。

 

 私たちがワゴン車のところに戻ると、後ろのタイヤ部分に大樹と和美がいて
何やら話している。大樹はかがみながらタイヤの辺りを調べていた。
先ほどの石に乗り上げた時に傷でもついたのであろうか?

「どうしたの?」
「いや…タイヤに何かからまってるんだ。ガレージを出る時のやつだと思う
んだが。」

 見ると、後輪のタイヤに何かがびっしりとからまっている。ライトで照ら
すと、それは根っこのような物に見える。

「けっこう奥の方にまでからまってるんだ。」

 裕もやってきてタイヤの下を覗きこむ。

「…植物の蔓みたいだ。ほら、あちこちに葉がついてる。でも…これは巻き
込んだっていうよりも、むしろ伸びてからみついたって感じに見える。」

 ペンションのガレージに車を止めたのはほんの数時間前だ。それから蔓が
伸びてタイヤに巻きついたというのだろうか?裕はその植物の蔓を手に取っ
てじっと見ていたが、それはただの蔓と根っこだった。どこにでもある、
何の変哲もない根っこである。

「車は動くんだし、とりあえず戻りましょうよ。」
「ええ、そうね。」

 和美の言葉に私はうなずいて言った。

 

 

 来た道を戻りながら、私たちはペンションに向かってワゴンを走らせる。
戻る間、私たちは先ほどの会話の続きを始めた。大樹のUFO誘拐事件説
は一笑に付したが、彼は自分の仮説を中々あきらめずにいた。

「だって、こんな狭い町で何十年もじっとしてエイリアン達は何やってる
のよ?二十年おきに食事なんておかしいでしょうよ。」
「…いや、必ずしもおかしい事じゃない。」

 私の言葉を遮るように裕がぼそりと言った。

「生き物の中には、ごく限られた栄養素だけで生き続けられるものもいる
んだ。例えば爬虫類なんかがそうだ。蛇は一回の食事で数カ月は何も食べ
ずに生きる事が出来るんだ。そういう生き物は冬眠状態で長い時間を過ご
す事も出来る。」

「ふうむ、とすると…二十年ほど冬眠しながら起きては食事を取りまた冬眠
する、そんな生き物がいてもおかしくはないって訳だ。」

 大樹が興奮気味に腕を組みながら言った。自分の仮説がまんざらでもない
として、なんだか嬉しそうだ。

「そんな生き物は見たことも聞いたこともないけどね。」
「おいおい!いないのかよ…。」

 あっという間に裕に否定されて大樹は座席に深く沈みこんだ。

「だいたいそんな生き物がいたとしてもよ?記憶を消すなんて芸当がどんな
生き物に出来るっていうのよ?」

 運転席から和美が言う。

「…いる。イカやタコのような頭足類の仲間は、数十万年もの間に目や神経
系を発達させているんだ。目から発する光のようなもので獲物を金縛りにし
たり眠らせたりする…ある種の超能力のようなものがあるんだよ。」

「…あの本の数は伊達じゃないのねえ…。でも仮にそんな生き物がいたとし
て、そんな珍しい生き物がこんな山奥の町にいると思う?」

 私は関心しながらも、ちょっとあり得ない話に笑いながら言った。そんな
生き物がいたとすれば、それは化け物だ。


「まあ、仮説としてはゼロじゃないっていう話だよね。ごく限られた環境で
あまり移動しない生物が食事をする場合、例えば微生物や植物なんかが獲物
の栄養素を分解して吸収するような……ちょっと車止めてくれ!」

 裕の言葉で、車は急ブレーキをかけた。一体どうしたというのか?

「どうしたっていうのよ!?」
「たしかここから「メガネ」の家は近いはずだろ?ちょっと降ろしてほしい
んだ。」

「何かあるなら私も行くけど、なんなの?」
「メガネのお母さんにどうしても聞いておきたい事があるんだ。もしかすると
僕らの謎の一つが解けるかもしれない!」

 私と裕はワゴンから降りると運転席の和美に向かって言った。

「先にペンションの方に戻ってて。そんなに遠い距離じゃないから。」 

 和美は頷いてワゴンを発車させた。

 その車のバックライトが遠ざかるのを見ているうちに、私はなぜだか胸騒ぎ
のような感覚をおぼえた。


 だが、私と裕は踵を返すと、少ない町明かりの方向を目指して歩きだした。


(続く…)