ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

虹色の丘 14

   f:id:hiroro-de-55:20190926080835j:plain

 

 私と裕がペンションに戻るとすでに日は落ちかけていた。
町からかなり外れた山の、スロープの中腹にそのペンションはあった。
もちろん泊り客は私たちだけで、お客が来るなんてずいぶん久しぶり
の事だ、と宿主は言った。

 部屋に戻ると和美と智佳子が夕食の支度をしていた。夕食といっても
来る途中のスーパーで買ってきたものだったが、智佳子がもりもり食べ
る姿を見てうれしかった。病院にいた時などは、ほとんど口にしては
いなかったからだ。それだけに、私たちが持ち帰った炭鉱の記事につい
て、智佳子がショックを受けないか…それが心配だった。

 それだけ私たちが図書館で見つけた当時の事故記事は、奇妙で恐ろし
いものだった。

 ひととおり夕食が終わった頃、私は図書館から拝借してきた新聞記事
を皆に聞かせた。それによると、おおよそこんな事である。

 

 


【無料フリーBGM】不穏で緊迫感のあるBGM「Suspense4」

 


1985年、4月20日

 炭鉱洞内の石油採掘施設において、爆発事故のため作業員3名が行方
不明となった。洞内を捜索3日後、作業員の制服並びに長靴などが見つ
かり、さらに洞内の石油採掘ポンプ付近で3名の白骨死体が見つかる。
その後、事故検証中に落盤事故で怪我人多数。

 以後、同炭鉱閉鎖、入口を立ち入り禁止とした。

 


 だが、奇妙なのはその後の記事だった。

 


同年、 4月20日

 落盤事故による炭鉱入口閉鎖後、炭鉱洞内よりこれまた行方不明だっ
た少年少女8名が戻ってきた。彼らは洞内より出てきたとだけ告げたが
、どこから洞内を抜けたのかは不明。記憶の欠如が見受けられる。
また、彼らの一人は白骨死体で発見された作業員の1人の子供であった。

 

 私たちはしばらく、皆でかわるがわるに新聞記事を読みふけった。
この一連の炭鉱事故には、いくつも不可解な事柄があるが、一番衝撃的
なことは、3名の作業員が白骨死体で見つかったことだ。爆発事故であ
る以上、焼死したことは考えられるが、奇妙なのはその3人の制服なら
びに靴がほとんど無傷で見つかったことである。

 では、爆発で被害を受けていないとしたなら、一体どのようにして
3日で人の身体が白骨化するだろうか?

 

「…思ったよりずっと奇妙な事件じゃないか?」

 大樹が新聞記事から顔をあげて言った。私たちの中で一番長く、この
記事を興味深く読んでいた。

「…私たち、炭鉱の中で何してたのかしら?」

 智佳子の隣にやってきて彼女の肩に手を添えながら私は言った。

「たぶん、メガネのお父さんを探しに炭鉱の中に入ったんじゃないだろう
か?植物クラブのメンバーで。」

 裕は外の眼下に見える町の明かりを見ながら言った。このペンションから
は、例の炭鉱跡はそう遠くない位置にある。


「…あの、ちょっといいかしら?」

 それまで黙っていた智佳子が話しだした。夕食の時とは違い、顔も青ざ
めている。

「なに?」
「私ね、炭鉱の中の記憶がちょっとだけあるの。ほら、さっきトンネルに
入った時のことなんだけど…その時に思い出したの。まっ暗な洞窟の中を
走り回る記憶が…ずっと長い間夢に出てきてて…でも夢じゃなかったんだ
わ、きっと。」

 たしかに智佳子は顔色が青ざめてはいたが、これまでとは違い、どこか
が違って見えた。それはもしかすると、記憶が徐々に戻りつつあることに
関係があるのだろうか?昨夜、裕が言っていたことだが、分からない記憶
が恐怖となっているのではないか?それらを思い出す事によって私たちは
この奇妙な事件から救われるかも知れない…と。


 私や智佳子、それに和美や裕が心に残した失った記憶の深い傷跡…。
これらは過去の出来ごとに関係している。それを思い出すことで、きっ
と私たちはこれまでの止まった時間を動かす事ができ、救われるのだと。
私はそう思っていた。これはすでに過去に終わった出来ごとの産物でしか
ないと。だけど…

 私がそんなことを考えている時、裕が奇妙なことを言い出した。

 

「実は…三冊ある新聞記事の最も古い方のファイルに妙な記事を見つけた
んだよ。」

 裕が示した記事は炭鉱の事故よりも、さらに二十年ほど前に起きた事件
のことだった。

「…ほら、ここを見てくれ。例の炭鉱が昔、石炭の採掘をしている頃の事件
なんだが、山で行方不明になってる人が相次いでいるんだよ。それとここ
を見てくれ…」


 さらにそこから二十年前、約六十年近く前にもこの炭鉱町で数名の行方
不明事件が起こっていたのだ。そして私は思い出した。自分の足を運んで
訪ねた「へちま」が行方不明になっていること…。そして龍之介はどうな
のだろう…?そういえば「メガネ」もまた、この山で事故に会い命を落と
しているのは、つい最近の出来事ではなかったか?


「…ちょっと待ってくれ。じゃあ、二十年おきに行方不明事件が起きてい
るっていうんかい?この町で…?」

 大樹がそう言うと裕は小さく頷いてみせた。へちまや龍之介と連絡が取
れないのは、この町で起きた事柄に何か関係があるのだろうか?あるいは、
メガネが事故死したこともこの出来事が依然として終わっていないという
事を示しているのか?


「おそらく、二十年前の炭鉱事故は、この奇妙な出来事のほんの一つでし
かないのかも知れない。それはまだ今も続いているんじゃないだろうか?
この町で…。」


 そして私たちは、その奇妙な出来事の「何か」を、目撃しているかも
しれないのだ。私はへちまの言葉を思い出した。

 

      …嫌だ、お前には絶対捕まるもんか……。

 

「…その、へちまの言う、「お前には捕まるもんか」っていうのは…誰か
の事を指しているのか?」

 腕組みをしながら大樹が言った。彼はずっと何かを思案しているように
私には思えた。

「…あるいは「何か」だ。」

 裕がそう言って町明かりが見える窓のカーテンを閉めた。

私たちは、想像以上に危険な事に遭遇しているのかも知れなかった。


(続く…)