ザ・怪奇ブログ

怪奇小説・絵画・怪奇の世界!

虹色の丘 13

   f:id:hiroro-de-55:20190926072220j:plain

 

  町まであと少しの峠にある食堂に停車した私たちは、先に到着して
いた大樹と合流した。彼はクリーニング店のワゴン車でやってきてい
たが、病院に入院していたと聞いていた智佳子が私たちと一緒なのを
見て驚いた。私が大樹にこれまでの出来事を説明している間、他の仲
間たちは眼下に見える町を眺めていた。


 四方を山に囲まれた盆地状の大地にちらほらと建物や家が見える。
今この町に残る人々は年寄りや、小さなペンションなどを経営してい
る僅かな数の人たちだった。この町を一望できる場所にある食堂にも、
お客の姿は無い。そもそも経営しているのかも分からなかった。


「チコ、大丈夫?」

 町を見下ろす智佳子に和美が声をかけた。3月も半ばであるが、峠
の風はまだまだ寒いくらいである。智佳子は小さく頷くと町の方に視線
を戻した。

「私、あの丘を見てみたいな。皆はもう行ってみたんでしょう?」
「うん、なんだか妙な感じがしたよ。なにがどうってこともない丘な
んだけどね。後で行ってみよう。」

 裕はそう言うと、智佳子や和美とともに私のところに戻ってきた。
もうお昼はとっくに過ぎた時間である。

「ねえ、これからどうするの?」

 ここへ来る事までは予定していたが、実際何をしていいのかは私にも
分からない。裕には何か考えがあるだろうか?

「とりあえず、二十年前の事件を確認したいんだ。この町にも図書館が
ある。まずはそこに行って当時の記事が残ってないか調べよう。ところ
で、君の両親に当時の事件について何か聞き出せたかい?」

「全然、参考になるような事は両親ともに覚えていなかったわ。炭鉱で
事故があったってだけね。詳しくは知らないってさ。それよりも、私た
ちが夜になっても戻ってこなかった事が両親には大変だったらしいわ。」

「それについてなんだが…。」

 そこで大樹が話に割って入ってきた。彼は意外にも、私が話した最近の
出来事についてたいへん興味を示していた。

「両親やら町の連中が覚えていないのは分かるとして、当のおれたち
が事故の日の事を覚えていないというのはおかしいじゃないか?みんな
で集団記憶喪失にでもなったのかね?」

 私たちは彼の疑問には答えられなかったが、みな同じ疑問を抱いていた。
それを解消するべく、私たちはここに戻ってきたのだから…。

 

 

 

 

    f:id:hiroro-de-55:20190926072433j:plain

 

 図書館は町の中心部にひっそりとあった。建物は古く、あちこち痛んで
いたが開いているようだった。もちろん中には本を借りに来る人も、読書
にいそしむ者もなかった。

 長いドライブの疲れを考慮して、智佳子を先にペンションに送ってもら
い、この図書館に来たのは私と裕の二人だけだった。おそらく古い新聞を
読むのは時間のかかる作業だろうと判断したからだ。

 中に入ると床は板張りで、歩くとあちこちがぎしぎしときしむ音がする。
薄暗い館内は電気もほとんどついてはいなかったが、少ない窓からは外の
日差しが所々入っている。入口の受付には一人、あくびをしているおばさ
んが座っていたが、小さなテレビに夢中だった。

 

「…ここは来たことがあるわ。微かに覚えてる…。よく本を返しそこねてて
怒られた思い出があるの。」

 人の記憶というものは良くできているものだ。どんなに前の事も、忘れて
いた事も、その場所に戻ると思い出すことができる。それだけに、町を揺る
がした事故を思い出すことができないのが奇妙だった。大樹の言う疑問通り、
私たちは集団記憶喪失にでもなったのか?

 だが、そんなことが本当に起こりうるのだろうか…。
さっそく私たちは図書館の中をあちこち歩き回って、目的のものを捜した。

 奥の本棚を捜している時、私は朝から気にしていた事を口にした。静まり
かえった館内で、私はささやくように裕に言った。

「あの…あのさ。昨夜の事なんだけど…私、朝は和美に強い感じで言ったでし
ょ?それで、気を悪くしたんじゃないかなぁ…て。」
「ああ…あの事か。」

 私は少しテレながら、新聞の記事を捜す裕に言った。実は昨夜、降りや
まない雨のために、私一人べッドに眠らせてもらったのだが、眠ってる間に
発作を起こしたのだ。その後は不安定な私をソファーで一緒に寝かしつけて
くれた裕だが、彼の寝かしつけ方はとても上手で、三十近い私を少女のよう
にあやすのだ。裕曰く、「姪っ子二人もあやしてたから上手になった」と。
少女のようにあやされるのは悪い気がしなかった私は、驚くほどすぐに裕の
膝を枕に眠ってしまったのだった。

「そんなこと気にしてないよ。むしろ君のような娘が一緒で楽しかったし。」

 裕が朝の私の言葉に気を悪くしていないのが分かって、私は気が楽になった。
楽になったついでに、もう一つ注文をつけた。

「じゃあ……この町から戻ったら、また泊めてもらっていい…?」
「……そいつは楽しみだな!今すぐにでも戻りたいね。」

 そう言って彼は笑うと、私も意地悪い笑みを浮かべて笑った。

「それじゃ早いとこ問題をやっつけて帰るとしますか。」

 しかし小さな図書館とはいえ、これだけの本棚から目的の品を探し出すのは
骨の折れる仕事だった。ましてや、そんな記事が残っているかどうかもわから
ないのだ。

「あ、これじゃないかな?」

 だが、意外に早くそれは見つかった。本ではなく大きなファイルに束ねられ
た地方新聞記事だ。かなり長い間の記事が残っており、その分厚い皮のファイ
ルは三十冊はあった。

「こいつは…全部見てたら時間がかかるぞ?」


 私たちはそのファイルを持ってテーブルに座り読むことにした。年代で新し
い方から開いて見る。新聞記事は飛び飛びだったが、ほぼ年代ごとにファイル
されていた。隣の椅子に座りながら裕はペラペラと記事をめくっていく。

 なんてこともない田舎町の記事が載っているだけで、めぼしい事件は起きて
いない。私も記事を見落とさないように、徐々に隣の裕の椅子に寄っていく。
新聞記事をいっしょうけんめい読み続けている裕の隣に、もうほとんどくっつ
く距離の私は、開いたもう一つのファイルも見ずに別の所を見ていた…。


「うーん、事件らしい事件は起きていないなあ。そっちはどうかな?」
「…えっ?何が?」

 私はぽーっとして裕の顔を眺めた。意識は別の所に飛んでいたのだ。

「いや、だから…記事が…。」
「ああ、記事ね…ええと…なんにもないわ。」

 私がそう言って視線をファイルにおとすと、裕はまた記事を読み始めた。
すると私はまた裕に視線を変えるのだった。こうなると、ちょっとした病気
だ…。

「おっと!あったぞ。これだこれだ。」

 その言葉で我に返った私は、同じく問題の記事に見入った。私たちは二十
年前の事故の記事をとうとう見つけたのだ。

 

      < 炭鉱で事故!作業員三人行方不明。>

 

 その記事を読んだ裕は、そのファイルをペンションに持ち帰るつもりだと
私にささやいた。皆にも見せた方がいいだろうと思ったからだ。


 私と裕はその三冊のファイルを持って、こっそりと図書館を抜けだした。

 

(続く・・・)