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虹色の丘 18

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  暗い闇の中を走るワゴンの中で、私たちは急ぎお互いの情報を整理した。
取り急ぎ優先することは、消えた智佳子を見つける事であったが、それに
ついて裕は炭鉱跡に向かったのではないか?と。それには私も賛成した。
なぜか分からないが、そんな確信があったのだ。

 そして突然現れたという龍之介の事もあったが、智佳子以外ここにいる誰も
その姿を見ていない。そちらはよく分からないので今は優先すべきではない
と判断した。

 そして私と裕が持ち帰った情報は、今も私たちが危険な状況にあるという
事を教えている…。メガネの死は、今もこの町で密かに続いている怪異の…
いや、もうすでに犠牲になっている者がいるかもしれないのだ。


「これを見てくれ。これはメガネが書き続けていた日記の一つで、山で亡く
なる数日前の事が書き残されてる。」

 裕が先ほど、別れ際にメガネの母親に手渡された日記であった。最後の方
のページには、私たちを驚かせる奇妙な「物」の事が書かれていたのだ。

 


三月二日

 「今日、炭鉱跡鉱山付近で面白い物を見つけた。自然の洞窟に続く小さな
 縦穴の茂みに、チカチカと光る黒い石を見つけた。それはゴルフボールく
 らいの大きさで、大理石のようにつやつやしていてまっ黒な色をしている。
 家に持ち帰りテーブルの上に置くと、それは薄く広がりヒルのように伸び
 たりちじんだりを繰り返した。最初石だと思っていたが、どうやら何かの
 生き物らしい。

  奇妙なのは、それが近くの虫を引き寄せるようにして食事をすること
 だ。その際に、時々妙な光をチカチカ点滅させているのだが、何かの作用
 があるのか?その光を見ると目がくらくらした。
 それは数時間生きていたが、しばらくするとカチカチになり最後には干か
 らびて無くなってしまった。今度また拾いに行ってみようと思う。

  なぜなら、見つけた場所の縦穴付近にたくさん落ちていたからだ。」

 


「…この後は日記は書かれていない。三日後に山で行方不明になっているか
らね。その一週間後、メガネは縦穴の底に落ちているのを発見された…。」
「…その時には白骨になっていたというわけか?」

 後部座席で大樹が、日記の内容を読み上げる裕に言った。

「うん…どうだろう?ここに書かれている生き物が、この町で亡くなった人
たちに関わっていると思うかい?」

「…そうだと思うわ。なんだか分からないけど、関わっているんだと思う。」
「…しかし、そいつはどこからやって来た?いったい何なんだ?」

「よく分からないけど、採掘で五億七千万年前の地層から石油を汲み上げた
時に、一緒に現れたのかもしれない。カンブリア紀の化石がたくさん出てきて
いるから、その時代のどろどろの沈殿物の中に生きてきた太古の生き物…それ
は普通の生き物と同じと考えるのは無理があるんだ。」

 

 私はメガネのお父さんの部屋にあった化石を思いだす。形も大きさも、今の
生き物とはまるで違う生物たち…しかもそいつは、唯一今も地下深くで生き残
ってきたのだ。大絶滅でも生き残ってきた、地球で最古の生物!

 

「この日記を見ると、そいつは身体全体で獲物に捕りつき消化する…あるいは
吸収のようにみえる。となると、極度に運動する必要が無い生き物なら、ある
程度食事をすると動かなくても生きていけるのかもしれない。」

「…つまり冬眠しながら生きていくことが出来るのかしら?」
「なるほど!それなら二十年おきに目を覚ますというのも頷けるな。もともと
長い時間を生きてきたんだからな。そいつにしたら二十年なんてあっという間
のことなのかもしれん!」

「だけど、その生き物ってみんな小さいの?それに数時間で死んだんでしょ?
それならたいして恐ろしい奴じゃないんじゃないかしら?」

 私がこれまでの情報を整理しながら言った。たしかに奇妙な生物には違いな
いが、大の大人が発作を起こすほど恐ろしい生き物には思えなかったからだ。
現に、メガネもほとんどそれを見て恐怖した様子はみじんも感じられない。

「たしかに…でも、数時間で死んだっていう事らしいけど、他にもたくさん
いたと日記には書いてある。ひょっとして…それはその生物の「種」のよう
なものだとしたら?家に持って帰った数時間で死んだのは、それが胞子のよう
なものだからかも知れない…となると、どこかに…」

 「そうだとして…それなら私たちはどう関わっているのかしら?」

 運転席から和美が声を出す。もっともな話だ。その奇妙な生き物と、私たち
がどうつながるのか?発作はなぜ起きたのか?行方不明の二人は何が起こっ
たのか?

「…あの炭鉱事故の日、私たちがあの中にいたとして、いったい何が恐怖の
対象だったのかしら?その…奇妙な生き物?死体?」
「分からないな…でも、あそこに行けば何か分かるはずだよ。」

 裕はそう言って近ずく山の黒い影を眺めた。

 

 炭鉱跡の入口は、かなり前に塞がれていたようだった。家ほどもある大きな
入口は完全に埋め立てられていたのだ。ここから中に入るのは不可能である。

「おい、これじゃあ中に入れないじゃないか?」

 車から降りると、大樹は山の麓にある巨大な埋め立て跡を見ながら言った。
私たちもそのあとに続いて外に出ると、その不気味な形をした山を見上げなが
ら辺りを見回した。見覚えのあるものは何もない…。

「うん…でも大きな炭鉱は、あちこちに通気口なんかの出入り口がいくつか
あるはずだよ。それを見つけて…」
「ああ、私知ってるかも…!」

 和美がぼんやりと山を見上げながらぼそりと言った。

「ほんと?どこなの?」
「あのね、ほら例の丘があるじゃない?あの草原をまっすぐ山に向かった所に
ある茂みの奥に…この南側のほうだわね。」

「なら、急ごう。そこは車で行けるのかい?」
「ええ、たぶん大丈夫よ。ちょっと泥があるくらいじゃない?」

 私たちはまたワゴンに乗り込んだが、大樹だけは渋い顔で後部座席に乗り
込んで、なにやら愚痴をこぼしていたが私たちは聞いていなかった。


 その入口に到着すると、穴の入口は外からは見えにくい場所にあった。
そしてそこに来たのは私たちだけではない事を、あちこちにある靴跡で分か
った…。

「…見て、靴跡がたくさんあるわ!大きいのから…小さいのまで、これ智佳子
のだわ…。」

 地面のぬかるんだ場所に点々と残る足跡を見て、私は言った。

「大きいのは龍之介の跡ね。さっき見たのと同じ跡だもの…それに私…」
「…もう一つあるね。きっと「へちま」のものだろう…。」

 なぜ彼らはこんなところにやって来たのか?そして今、何をしているのか?
私は皆と少し離れた場所で考え事をしている和美を見つけて、そっと近ずいた。

「和美…どうかしたの?」
「え?ああ、私ね、ここの入口の事、あの葬儀の日に見つけたんだけどさ…
実は今、別なことも思い出しちゃったのよ…」
「どんなこと…?」

 私は小さい声で和美に聞いた。なにか和美は話ずらそうにしている。

「うん…たいしたことじゃないんだけどさ。子供の頃からずっと気になってた
んじゃないかと思うのよね…私事故の日ー」
「おおーい!これを見てくれ!」

 下のやぶの辺りから、大樹が声を出した。何かを見つけたらしい。


 和美の話は途切れてしまったが、何事か起きたのかも知れない。とりあえず
私たちはそこに降りると、小高い崖の下に白い物体を見つけた。それは上から
落ちてめちゃくちゃになった龍之介の車だった。

「こりゃひでぇな…見ろ、運転席なんか半分くらい潰れてる…。」

 良く見るとほとんど乾いていたが、運転席や正面の割れたガラスにも血の跡
が残っている…。これがいつごろ前か分からないが、龍之介の靴跡はたしかに
穴の中へと続いている。数キロ離れたペンションにも姿を見せてもいる…。

「…おいおい、龍之介の奴こんな大事故を起こしたにも関わらず、えらく元気
に動き回ってるじゃないか?」

 私は大樹の言う、「動き回る」という言葉になにか得体の知れない恐ろしい
ものを感じた。そしてここには生き物を骨に変えてしまう何かが潜んでいるの
だ…。

「…あのさ、ひょっとして今の私たちって…もの凄く危険な感じ?」

 他の仲間はそれには答えずに、無言で頷いた。


「…今は彼女を見つけて、ここを離れるのが先だ。急ごう。」

 私たちは昔の炭鉱の通気口と思われる穴に向かって歩き始めた。手に二つの
懐中電灯を持って…。


(続く…)